君はあまりにも細くて、華奢で。 だからこの手で抱きしめて、守りたいと思った――……。 壊さぬよう、離れぬように 地球軍新造艦、『アークエンジェル』。 『大天使』の名を持つその艦は、実のところ、『疫病神』の名の方が適切であったかもしれない。 ヘリオポリス崩壊後、現在に至るまで、数々の難題が持ち上がってきた。その都度に何とか解決出来たからいいようなものの、もしも出来ていなかったら、今頃宇宙の塵となっていたかもしれない。 もっとも、だからといって現状において彼らはまだ完全には危機を脱してはおらず、苦い攻防戦を繰り広げながら、進路をアラスカにとっていた。 そんな艦の操舵を任せられたのが、25歳の曹長アーノルド=ノイマンであった――……。 重力区の一つである食堂に足を運び、彼は椅子に腰掛けた。 トレイの上には、栄養学的には満点だが、個性には乏しい食事が、雑然と並んでいる。 「ご苦労様です、曹長」 「ああ、か。君もこれから食事を?」 「はい」 今日はとても忙しくて、漸くご飯にありつけるんです〜、と彼女は笑顔で答える。 その笑顔に、普段からやれ眉間に皺が寄ってるの何のといわれる彼も、表情を和ませる。 彼女の笑顔には、人を和ませる力があるようだった。 「、丁度俺も一人なんだ。良かったら一緒にどうだ?」 「喜んでご同席させていただきます」 軽く微笑して、敬礼までした彼女に、彼は声を立てずに笑った。 久しぶりに零れた、笑顔だった――……。 「さん、お隣良いですか?」 「ミリアリア……ええ、勿論。構いませんよね、曹長?」 「……ああ」 「失礼しま〜す」 「失礼します」 ミリアリアに相席を頼まれ、彼女は快くそれを受け入れた。 勿論、その恋人であるトール=ケーニヒも一緒だ。 暫く黙って食事をしていたミリアリアだが、不意に顔を上げた。 「さん、聞きたいことがあるんですが、良いですか?」 「え……私で答えられることなら……」 「さんとノイマン曹長って、付き合ってるんですか?」 「ミ……ミリィ!!」 「どうしてそう思ったの?」 恋人の不躾な質問に、トールは慌てた。 ただでさえ眉間に皺を寄せることの多い曹長の眉間は、普段よりも深く、皺を刻んでいる。 「だって、曹長とさんって、年結構離れてるじゃないですか。それなのにフラガ大尉が、『あの二人、付き合ってるんだぞ〜』なんておっしゃって……気になったんです」 (フラガ大尉ね……) ノイマンはその名を深く、心に刻む。勿論、何らかの形で報復するために、だ。 ふと周囲に目をやると、食堂にいるすべての人間が、聞き耳を立てている始末だ。 別に知られて困るわけではないが、私生活の一部なりとを明かすという行為には、何らかの抵抗を覚えるものだ。 「どうなんですか〜?さんvv」 「どうって……」 ちらり、とはノイマンに視線を流す。 それを受けて、彼は溜息をついた。 あくまでも彼女は、自分の意思を尊重してくれようとしている。もしも彼が否、と言えば、彼女も同じことを言うだろう。 それが分かっているから、彼は頷いた。 「付き合っている……よな?」 「付き合ってます……よね?曹長」 「「嘘ォ!?」」 それまでしきりに恋人を諫めようとしていたトールも、思わず素っ頓狂な声を上げる。 (まぁ、予想はしていたが……) 彼の部下である=は18歳。 階級は、軍曹。CICの管制官をしている。 特に際立った容姿をしているわけではないが、笑顔の愛らしい明るい少女だ。 対するアーノルド=ノイマンは25歳。 階級は、軍曹より一階級上の曹長。AAの操舵士を務めている。 少し陰鬱な印象を与えはするが、まず端整といってよい容姿の持ち主で、女性からの人気は高い。 しかし彼は、時々どうしようもなく考えてしまうのだ。 自分は、彼女の横に立つに、ふさわしい男なのか、と。 年の差だってある。 なのに、階級差はわずかに一つ。 不安にならないわけが、なかった。 「だって、全然恋人同士らしい甘い雰囲気じゃないんだもの!」 「「「は?」」」 「だから、『愛しているよ、vv』『私もよvv』みたいな雰囲気」 「「……」」 ミリアリアの言葉に、二人は思わず固まる。 しかし、取敢えず彼女の言う『甘い雰囲気』とやらを実践してみることにした。 「好きです、曹長」 「俺も君が好きだ、」 「……こんな感じでいい?ミリアリア」 「違いますよ。大体、階級呼びなんて……」 ミリアリアがなおも言い募る。 しかしにも、譲れないものはあるのだ。 「でも私、曹長の部下だし……」 「でも!さんと曹長は付き合っているんでしょう!?」 「……ですよね?」 「……だな」 「だ〜か〜ら〜!!」 なおもミリアリアは言い募る。 が、は、それを聞きながら(おそらく大半は右から左へ抜けている)黙々と食事を片付けている。 今は、戦時下である。 いつ、何が起こるか、それは誰にも分からない。いつ、何が起こってもおかしくはない。それが、『戦場』である。 軍人である彼女は、それを良く知っている。 「曹長、ドリンクを取ってきましょうか。何が良いですか?あ、ミリアリアとトール君も」 「コーヒー」 「はい、コーヒーですね。スプーン半分の砂糖でミルクはなし。薄めでしたよね?」 「ああ」 「二人は?」 クルリ、とは二人に向き直る。 彼女の柔らかな長い髪が、僅かに跳ねた。 「あ、良いんですか?さん……すみません。紅茶をお願いします」 「紅茶ね。砂糖とミルクは?」 「両方とも一杯ずつ」 「OK。砂糖とミルク一杯ずつの紅茶ね。トール君は?」 「あ、俺もミリィと同じで。でも、ミルクはなしでお願いします」 「分かった。じゃあ、少しだけ待っててくださいね」 そう言い置くと、彼女はドリンクのコーナーへと姿を消した。 その姿が見えなくなったところで、ミリアリアはにんまりと笑った。 その笑顔に見覚えのあるトールは、思わず背筋を伸ばす。 「愛されてますね、曹長vv」 「……」 「すごいな、さん。やっぱり憧れちゃうvv普段から仕事をきっちりする人だなぁと思って憧れてたけど、今日のでますますその思いが強くなっちゃった。私も、あんな風になりたいなぁ」 「?どういうことだよ、ミリィ」 トールが尋ねると、ミリアリアはふわり、と笑った。 「だってさん、ちゃんと恋人の好みを知っていたのよ。砂糖は何杯、とかコーヒーの濃さとか。そういう心遣いが出来るって、やっぱりすごいと思う。きっとさん、曹長のこと大好きなのよ。でも、普段はそれを表に出さないの。だって、二人は上官と部下でしょう?示しが付かないと思われちゃう。それなのに、こういった場合に恋人が何を望むか、それはちゃんと把握してるの。そういう関係って、素敵。憧れちゃう」 「ああ、成る程。それで『愛されてる』」 「そっ」 ミリアリアの言葉に、ノイマンは微かに笑みを浮かべる。 そういえば、と思ったからだ。 言葉に出さずとも、彼女になら、伝わることが多かった。 それを不思議に思わない、といえば、それは嘘になる。 自分は一体、何を悩んでいたのだろう。 (俺がお前を想うように、お前も俺を想ってくれたというのにな……) 「はい、もってきたわよ。これがミリアリアの分ね。こっちがトール君で、はい、これが曹長の分です。……曹長?どうかなさいましたか?」 ドリンクを取りに行ってたが、柔らかく微笑むノイマン(滅多に見られないシャッターチャンスものの笑顔)を目撃するまで、もう少し――……。 「アーノルド?」 「ん?」 「さっきから、何を思い出し笑いしているの?」 二人っきりになると、彼女は彼を『アーノルド』と名前で呼ぶ。 それは、二人の中の暗黙の了解。 「のことを」 「何か笑われるようなことをした?」 「いいや」 「じゃあ、何で笑ってるの?」 「幸せだから」 「この状況で?」 質的にも量的にも足りない兵力。 いつ終わるとも知れない旅。 それなのに、幸せ? 「がいる」 「だから、幸せ?」 「そう」 これ以上を望めば、罰が当たるんじゃないかと思うほど、幸せ。 「私も。幸せよ?」 「何故?」 「『曹長』と一緒だから☆」 「……こんな時は名前を呼んで?」 「アーノルド……。アーノルドと一緒だから、幸せ。」 優しく囁く少女。 彼が手に入れたかったもの。 彼が手に入れたもの。 生涯離さぬことを誓ったもの。 溢れんばかりの愛しさを込めて、彼はそっと、彼女に口付けた――……。 細くて、華奢で。思わず守りたい、と思った少女を、壊さないように……。 * * =。 彼女はアーノルド=ノイマンと付き合っている。 普段、人前では階級呼び・敬語使用という堅苦しいカップル。 アーノルド=ノイマン。 彼は、=と付き合っている。 普段人前では、苗字呼び捨て・ポーカーフェイスで応対、の堅苦しいカップル。 けれどそれは、お互いのため。 アーノルド=ノイマンにとって、彼女を壊さないためには『ポーカーフェイス』が必要で、=にとって、離れないためには『敬語』が必要で。 だから、他人から見て堅苦しいそれらは、彼らにとっては必要不可欠なのだ。 そして今日もまた、食堂では彼らの会話が聞こえる。 「喜んで、曹長」 Fin +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+ テーマは、「階級呼びカップル萌え☆」でした。 アホですみません。 緋月は、ノイマンさん大好きですよ! どうもうちのノイマンさんは妙な人ですが。 ついでに言うと、『少尉』より『曹長』のほうが好みでした。 だからなんだ、って感じですね。 それでは、さん、ここまで読んでくださって、有難うございました♪ |