彼女に初めて逢ったのは、ザフト軍の中でもエリート部隊と名高いクルーゼ隊に配属されたとき。

彼女を一目見て……。




恋に、落ちた。

手に入らないと分かっていても

焦がれずには、いられなかった……。






T   覚醒






入営日に、入営時間通り、入営手続きを行う。
軍隊。
日常生活においてさえも、しばし約束や契約は重きを成し、それを正確に行うことが出来なければ、『いい加減なやつ』の烙印を押される。
まして、俺が所属するのは、軍だった。


一つの過ちが、自軍の崩壊すらも招きうる、極限の場所。
約束や命令違反の代償に支払うのは、ともすれば己の命。



そんな、場所。


「イザーク=ジュール」
「はっ!」
「ディアッカ=エルスマン」
「はっ!」
「それから、ラスティ=マッケンジー」
「はっ!」
「へぇ。三人とも赤なんだ。今年は、優秀な奴が多いな。……俺はミゲル=アイマン。お前らの二期上だ。俺のことは、ミゲルでいい」


先輩ということを聞いて、一応頭を下げる。
実力主義の風潮が蔓延するプラント。目上だからという理由で、敬意を払う必要はない。
が、それでも一応、先輩は先輩だ。

軍服の色は、緑。
軍服の色だけで判断すれば、こいつより俺のほうが優秀、という計算にはなるが……。


「で?お前らなんで昨日来なかったの?」
「は?」
「入営は本日とのことでしたので」
「でも……アスランとニコル……だったか?は昨日来たんだぜ?おかげで俺は、二日続けてルーキーどもに話をしなきゃならなくなったんだぜ?」


第一印象は、いい加減な奴、だった。
それが貴様の仕事だろう!
思わず口をついて出そうになる言葉を、堪える。

これでも一応、先輩だ。
そう、己を納得させる。

宿舎へ案内する、といってミゲル……は、先頭に立って歩き出す。
いかにも軍人らしい、足運び。
いい加減そうに見えても、その実ちゃんとしているのかもしれない、と俺は認識を改める。



その時、廊下の向こうでミゲルを呼ぶ声が、した。
少女の、声。
けれどその身に纏う軍服は……赤、だった。


「ミゲル!」
か。どうした?」
「ふふ。新入りの顔、みにきたのよ。……あらあら、今日来たのも、『赤』だったのね」
「うるせぇ」


ミゲルの悪態に、 と呼ばれた少女がつん、と顔を背けて。
それからおもむろに、俺たちのほうへ向き直る。
艶やかな、漆黒の髪。
印象的な、橙の瞳。
そしてその身に纏うのは、エリートの証。
赤の軍服……。


「初めまして、ルーキーさんたち。私は、 …… = よ。よろしくね」
= ってひょっとして!」
「そ。お前らの一期上。女性初の赤のMS乗りだな」


ラスティの言葉に、なぜかミゲルが得意そうに答える。

その時に、予感はしてたんだ。
ミゲルと、 。二人が、恋人関係にある、ということ。


「何、貴方がいばってるのよ、ミゲル」
「いいだろ?別に」
「まぁ、いいですけど。アイマン先輩は、筆記がズタボロでなければ赤は確実って言われてたんですものね〜?」
「実戦で、筆記試験で暗記したこと思い出しながら戦ってたら、絶対に撃墜されるね。賭けてもいい」
「た、確かに……」


ミゲルの言葉に、ラスティが頷く。
……納得、するなよ。


「もう。私はいい加減嫌よ。何で貴方の分の書類整理までしなきゃならないのよ!」
「しゃあねぇだろ。苦手なんだから」
「本気になれば、出来るくせに!」
「本気になんか、なりたくありませ〜ん」


今、目の前で繰り広げられているものは。痴話喧嘩と言うものなのだろうか。
思わず絶句して、先輩二人を見つめる。
さすがにばつが悪くなったのか、 がコホン、と軽く咳をして。


「と……とにかく、入隊おめでとう。何かあったら、いつでも聞いて頂戴。一応貴方たちよりは先輩だもの。私で答えられる範囲なら、教えるわ」
「何、 。これから用事?」
のメンテ。あ、ミゲルのジン、右足のバランスセンサーの調整が終わったらしいわよ。あとで確認しときなさいね」
「りょーかい。んじゃ俺、ルーキーどもを宿舎に連れてくから。……また、後でな」
「はいはい。お仕事頑張って」


ただその時は、 の笑顔に見惚れた。
信頼しきった、目。
ミゲルも、そうだ。
を見つめる瞳は、何処までも優しくて……。

言葉にせずとも、分かる。
互いが心底お互いを想い合っている、という事実。
それが、なんだか羨ましくて……。

タタッと格納庫の方へ向かって駆け足をする を、ミゲルの琥珀の瞳が見つめる。
それから、俺たちのほうに向き直った。


「言っとくが、お前ら。 には手ぇ出すなよ」
「えぇ!?あんな美人つかまえて、それはないでしょ、ミゲル先輩」
「初陣のとき、事故と偽って撃墜されたくなきゃ、絶対に手は出すな」


戦場において、もっとも難しいのは、初陣を生き抜くことだという。
そのため、初陣の際はしばしば先輩がその補助役を買って出る。
もしもその時、事故と偽って撃墜でもされたら……。






待っているのは、『死』だ。



いい加減なやつだ、と思った。
第一印象はそんなものだったのに、人の印象というものはこうも変わるのか。
今のミゲルの顔に、『いい加減さ』なんて欠片たりとも残っていなくて。
代わりにあるのは、真剣な……本気の色だった。

これが、カスタムジンを許された男の、真実の姿なのか。
その時俺は、戦慄すら覚えていた。
ディアッカやラスティも同じらしく、一様に押し黙る。
そんな俺たちを見て、ミゲルがふっと空気を緩ませた。


「で?お前たちのほうから、何か他に質問はあるか?」
「え……?」
「まぁ、アカデミートップテンの赤を許されてるお前らだ。そうそう分からんことはないと思うが……。ほら、例えば。『どうして隊長、あんなマスクをしているんですか?』とか。『あのマスクって本当に全然、外さないんですか?』とか」


絶句、した。
こうもくるくると表情は変わるものなのか。
底の見えない……捕らえどころのない男だと、思った。
















それが、出逢いだった。
どこか痛みすら孕んだ、微かな予兆。
心のどこか深いところで、上がった産声。




恐怖すら孕んで、その感情は覚醒した――……。







イザークに切ない片思いをさせよう!と思いたちまして。
相も変わらずシリアスですけど。
もう一つがギャグ路線なので、バランス取れていいかな、と思います。

最初ヒロインさんがミゲルの恋人なのは……緋月がミゲルを恋人にほしいから、です。

こんなお話ですが、よろしくお願いいたします。



ここまで読んでいただき、有難うございました。