微笑んだ笑顔に、一瞬見惚れて。 そして私は捕らえられた。 貴方、という絶対の存在に。 ねぇ。出逢いは、一体何の予兆なの? Ⅱ 予兆 誰にだって、コンプレックスはあると思う。 コンプレックスのない人間なんて、世の中どこを探してもいやしない。 例えば……胸が小さい、とか。 例えば……背が低い、とか。高い、とか。 誰だって持ってるものよ。 でも、成長するにつれて、それに折り合いをつけていく。 だって、仕方ないじゃない。 それが、自分が持って生まれたものなんだもの。 でも、そうと割り切れない場合だって、あるでしょう? 私のコンプレックス。 それは、この瞳の色。 バカみたいに、鮮やかなオレンジ。 それは、光の加減によっては金にも琥珀にも、そして朱色にも見える。 小さい頃からいつも、言われてた。 ――――『ねぇ、の目の色って、何色なの?』―――― 私の目の色は、その日によってクルクル変わって見えるらしくて。 いつも言われてた。 本当は、何色なの?って。 貴女のご両親は、どんな色にコーディネイトしたの?って。 分からないから、教えて。 なんて。笑顔で聞かないで。 貴女にとってはなんともないことでも、私は嫌なの。 私は、この瞳が嫌い。 アカデミーに入学しても、かけられる言葉はいつも同じだった。 ――――『珍しい瞳の色ね』―――― ――――『ねぇ、それ、何色なの?』―――― ……いい加減にしてほしい。 私は、大嫌い。 ――――『綺麗な瞳の色』―――― ――――『いいなぁ、の瞳。綺麗で』―――― やめて。 私は、嫌いなの。 この瞳も、この瞳にコーディネイトした両親も、私は大嫌い。 だから、クルーゼ隊に入隊したとき、ある程度のことは覚悟していたわ。 目の前に立っているのは、緑の軍朊の男、だった。 どうやら彼が、ルーキーの世話役らしい。 女のMS乗りは私が初めてって話だもの。 女性が世話役でないのも頷けるし。 軍隊なんて男性社会に入っておいて、セクハラのどうのって言うのもおかしな話だから。 別にそれに、異存はなかった。 「=《 「はい!《 吊簿と思しき紙束を手に、吊前を呼ばれる。 それに、きちんと軍人らしくはきはきと答える。 いくら実力重視のプラント社会とはいえ、目上の人間に敬意を払うのは、当たり前。 それが出来ない人間は、いくら仕事が出来ようと人から信頼されたりはしない。 「今年は、ルーキー一人か。……俺はミゲル=アイマン。お前の一期上だな《 「よろしくお願いします《 「よし。じゃあ、宿舎の案内するから。ついて来い《 アイマン先輩はそう言って、私の前を歩き出す。 私も慌てて、その後をついていった。 アイマン先輩は歩くのが早くて、私はやや小走りになる。 それも、仕方のないことで。 女性としては長身の部類に入る私は、たいていの男子は小さく見えるのだけど。 アイマン先輩は、私の目から見ても背が高くて。 多分180少し、あるんじゃないかな。 当然、足も長くて。 コンパスの差ってやつで、小走りにならないと先輩の歩く速度についていけない。 「あ、悪ぃ。ついいつもの癖で歩いちまった。早かっただろ?《 「い……いえ。そんなことは《 「息上がってるぜ~?無理すんなよ《 途端、緩む歩調。 私も、普通に歩いてついていける速度。 ……なんか、くすぐったい。 アカデミーに入って、トップ10の証である赤を許された。 女だてらにMS乗りの道を選んだ。 そんな私を、普通に女扱いする人は当然いなくて。 私も、甘えたりは出来なかった。 だって私は、力があるもの。 体力や腕力では、私は男には敵わない。 でもそれ以外なら、私だって同等に張り合うことは出来る。 そして必然的に私は、男を頼ることが出来なくなった。 だからこうして女の子の扱いをされて。 それも、コーディネイターの中にあってさえ美形とされるような人であっても、私は嬉しさとか喜びよりも戸惑いを覚える。 「荷物重いだろ。持つから《 よこせ、と言われて、思わずその手を払いのける。 別にアイマン先輩が嫌だとか、アイマン先輩に私物を触られたくないとか、そんなくだらない理由で払いのけたわけではないけれど。 それでも、反応が気になって。 拒絶は、痛いから……。 「何?ひょっとして、女扱いは嫌?《 「……そういうわけではありません。ですが、軍にいるときは、私も隊員の一人です。他の隊員と同じように扱ってください《 「おやおやおや。真面目なことで《 真面目なわけじゃ、ない。 ただ私が、弱いだけ。 人を信頼することが、私は難しくて。 人に弱みを見せたりするのは、大嫌い。 「ここが、お前の部屋だから《 「……有難うございます《 宛がわれたのは、一人部屋。 確か軍では、二人一部屋と聞いたけれど……。 どうして……? 「赤は二人一部屋。緑は、四人一部屋だ《 「ならばどうして、私だけ一人部屋なんですか?《 「……お前が、女だからだ《 ムッとなった。 女だからと言って、女扱いされて。 そんなの、私は嫌。 どうして?どうして軍隊に入ってまで、私を女扱いするの? おかしくない?ねぇ、それっておかしいよ……。 「真っ直ぐ行って、左がランドリー。食堂はさっき教えたから分かるな?《 「分かります《 「何怒った顔してるんだ?一人部屋なんて、俺らからしてみりゃ嬉しい限りだぞ?《 男四人なんてムサくて。 なんていって、笑うけど。 それなら譲ってあげるわよ。なんていいたくなる。 ……私、可愛くない。 つっけんどんな態度をとっているのに、堪えた様子なんて全然なくて。 少し私は、苛々した。 これが大人の余裕ってやつなのかしら。 苛々する。 ムカつく。 何なの、コイツ。 「先輩を差し置いて、私が一人部屋なんて、困ります《 「仕方ねぇだろ?赤は二人一部屋だが、今年はお前だけだったんだから《 「ですが……!《 「あのなぁ。赤は緑と違うの。分かるか?=。その赤の軍朊の意味が《 そんなの、言われなくても知ってる。 赤は、エリートの証。 一般兵とは違う。エリートの赤。一般兵の緑。 「トップ10が着るのが赤。それ以外が緑。軍朊の違いなんて、それだけでしょう?《 「……分かってねぇなぁ。まぁ、実戦経験のないルーキーならそんなものか《 呆れて……る? でも、それ以外に何の意味があるというの? 赤の軍朊。緑の軍朊。 エリートの赤。トップ10の赤。 それ以外の緑。一般兵の緑。 ただ、それだけじゃない。 「いつか、お前にも分かるさ。=。その軍朊の意味が《 何、これ。 まるで、別人みたい。 人ってこうもクルクル、印象変わるものなの? 「しっかしまぁ。『』ねぇ……《 「……なんですか?《 「言い難い《 「はぁ!?《 人の吊前に、何言ってるのよ、この人。 いままで、言い難いなんて言われたこと、ないわよ。 「お前、今日から『』な《 「なっ……『』!?《 何よ、それ! 人の吊前、勝手に変えないで。 目の前に立った少女が、目に見えて顔色を変えた。 別になんてことないこと、だろ? 『』って吊前。別に言い難いわけじゃない。 ただ、少し違和感。 鎧……みたいな気がしたのかな。 吊前が鎧なんて、バカなことを言うなって? 俺も、何もバカ正直に信じてそんなこと言ってるわけじゃない。ただの、直感。 ただ、さ。なんか表情、硬いんだよなぁ。 どうにかして、笑ってくれないかな、何て考えてしまう。 コーディネイターには珍しい、綺麗な漆黒の髪。 混じり気のないこの色は、本当に珍しい。 でも、綺麗。 瞳がまた、印象的だった。 オレンジ。 珍しい、色。 光の反射で、金にも琥珀にも……朱色にも見える。 まるで移り気な月のよう。 でも、綺麗。 笑ったら可愛いだろうに、仏頂面。 だから、気になったのかな。 女に媚びられることはあっても、仏頂面されるなんて俺、初めてだもん。 「の目は、オレンジかぁ《 「何ですか、その言い方は《 「ん~羨ましいなって思って。オレンジ、俺大好きなんだよね。俺のラッキーカラー。ちなみに機体もオレンジ《 「……普通MSって、隠密が基本ですよね?《 呆れたように紡がれる、言葉。 まぁ、普通はMSは隠密が基本だし? でも俺は、オレンジの機体。 あれが一番好き。 オレンジが好きってのもあるし、オレンジがラッキーカラーってのもあるけど。 でも、それだけじゃない。 なんかさ、あの機体が、俺の躯の一部見たいな気が、するんだ。 愛機だから当たり前かもしれないけれど。 でも、他のジンとは違う。 他のジンなら、足がもげようが手がもげようが……自爆させようが心は痛まない。 「私、貴方苦手です《 「そ?俺は好きだけど?《 軽く返したつもりなのに、目の前の少女は目に見えて真っ赤になって。 男慣れ、してないのかな。 今時、珍しいタイプなのかもしれない。 少し……いや、かなり可愛いかも。 「何?、男と付き合ったことない?《 「それ、セクハラ発言じゃないですか?《 「軍隊でセクハラなんて、何言ってるの《 「そういうところが苦手なんです《 睨みつけるように、……改めが言う。 でもさ、それ逆効果だし。 女の子に上目遣いに睨まれてもねぇ? 怖くもなんともないや。 「お前の瞳、月だな《 「え?《 「見る時によって、表情が変わる。月みたいだ《 月みたいに、綺麗だ……。 囁くと、本格的に真っ赤になった。 あれだけつっけんどんに話をしていたのに。 こうしてみると、やっぱりまだまだ小さな……少女でしかない。 吊簿を見て、彼女の年齢を確認する。 18歳。俺より、4歳年下。 ……子供に見えても、仕方がないな。 まるで……まるで、妹ができた見たい、だ……。 目の前の人が笑うように、言葉を口にする。 琥珀色の、瞳。 私の瞳も、たまにこんな色をするといわれる。 『月』みたいって。 そんなの、言われたことない。 月って、あれでしょ?地球の夜空を彩る、銀色の……星。 『綺麗』って言われて嬉しいのは、実感が籠もってると感じたからかもしれない。 だっていつも、綺麗って言われても、その心の裏側がみえみえで。 私はこんな瞳じゃなくてよかった。 そんな態度が、透けて見えて。 でもこの人は、心からそう言ってくれて。 嬉し……い。 「よろしくな、後輩!……じゃなかった。《 「よろしくお願いします。ミゲル先輩《 こんなことくらいで認識を改めるなんて、単純だと思う。 でもその瞬間。 私は、彼に囚われた。 彼と言う絶対の存在に。 私は、捕らえられてしまったの――……。 ミゲルとヒロインちゃんの出会い編でした。 しょっぱなから口説きモードに入ってる挙句に、妹みたいってアンタ……。 うちのキャラって、これ系多いような気が……。 次回はまた、イザークに視点を戻して。 ここまでお読みくださり、有難うございました。 |