真実はどこにあって。

真実と名のつくものは一体、何なのだろう。

私が掲げた正義と、私が掲げた戦う理由と。

それらと対極にある存在である、オーブという国。

何故、その道を選んだのか。

何故、同じコーディネイター同士で戦うのか。

その理由も、そこにあるのだろうか……?





ヴァルキュリア
#20   ーレライ〜後〜






「こんな発表、素直に信じろっていうのか!?」

ダン、と響く音に、 は思わず顔をしかめた。

短気な彼の、彼らしい行動といえるかもしれないそれは、時折妙に癇に障ることもある。

それは、自分も彼に心のどこかで賛同しているときだ。

今も、そう。オーブの背信を、 こそが疑っているから、だからなんの躊躇いもなく周囲に向かって憤りを露わにするイザークが、癇に障って仕方がなかった。

ニコルの隣、アスランの対角線上に立津 の耳には、イザークの怒鳴り声がよく響く。それも、この際彼の行動が癇に障る所以かもしれなかった。

「“足つき”は既にオーブから離脱しました、なーんて本気で言ってんの?それで済むって?俺たちはバカにされてんのかね?やっぱ隊長が、若いからかな?」

「ディアッカ!」

「隊長が若い云々は関係ないんじゃない?ただ単に、オーブが不誠実なだけでしょ」

!」

揶揄するような口調のディアッカと、端からオーブを信用していない の発言を、さすがにニコルが窘める。

しかし二人に堪えた様子はなく、ただ肩を竦めた。

するとそれまで黙って皆の発言を聞いていたアスランが、凭れかかっていた壁から身を起こした。

「そんなことはどうでもいい……。だがこれがオーブの正式回答だという以上、ここで俺たちがいくら嘘だと騒いだところで、どうにもならないということは確かだろ」

「何をォ!」

「押し切って通れば、本国をも巻き込む外交問題だ」

「“足つき”を見つければ、いくらオーブと雖も無事ではすまなくなるんじゃない?」

尋ねる の声は、言葉は無垢そのものだったが、内容が過激すぎた。

彼女はたまに、こんな物言いをする。それは決まって、ナチュラルが問題に介入したときだ。

しかしそんな を、イザークが制した。

「さすがは冷静な判断だな、アスラン。……いや。ザラ隊長」

「だから?ハイそうですかって帰るわけ?」

「それじゃ、追いかけてきた意味も理由も意義も皆無じゃない。それはないでしょ」

「カーペンタリアからも圧力をかけてもらうが……すぐに解決しないようなら、潜入する。それでいいか?」

普段決して積極策をとらないアスランの、思いがけない大胆な提案に、一同言葉を失った。

しかしすぐに、ニコルが勢い込んで発言し、アスランの提案を言外に賛同した。

確認をこめたニコルの発言に、アスランも頷いて肯定を示す。

「“足つき”の動向を探るんですね?」

「どうであれ、相手は仮にも一国家なんだ。確証もないまま、俺たちの独断で不用意なことは出来ない」

「突破していきゃ“足つき”がいるさ!それでいいじゃない?」

ディアッカの言葉に、 も頷く。

“足つき”は必ず、オーブにいるはずだ。あのまま艦が離脱したなど有得ない。

真偽のほどは定かではないとはいえ、オーブ全代表首長の娘が乗っているかもしれない艦を、そのまま離脱させる筈がない。

そんな彼らに、アスランは静かな声で事実を告げる。

決して過小評価することは出来ない、事実を――……。

「ヘリオポリスとは違うぞ。軍の規模もな。オーブの軍事技術の高さは、今更言うまでもないだろ?表向きは中立だが、裏ではどうなっているか計り知れない、厄介な国なんだ」

の機体は他の機体とは作り手が異なるため、 にはそれを実感として知ることは出来ないが、他の四人はそれを実感として知っている。

知らない は、だからこそ神妙な顔をするメンバーに、一瞬呆れてしまった。

アスランの発言に、イザークが渋々と賛同する。

感情のみで行動するには、彼はあまりにも聡明すぎた。

その瞳はつい、見なくていいところまで見て、感じて、考えてしまう。

しかしそれでも嫌味を忘れないところが、彼の彼たる所以だった。

「フン。OK従おう。俺なら突っ込んでますけどね。さすがはザラ委員長閣下のご子息だ」

クルリ、と踵を返すと、それにディアッカも座っていたソファから立ち上がり、その後ろに従う。

「ま、潜入ってのも面白そうだし。案外奴の……あのストライクのパイロットの顔を、拝めるかもしれないぜ?」

イザークの言葉に、アスランはあからさまに顔色を変えた。

も、さっと顔を強張らせる。

ストライクのパイロットの正体を知る、二人はいわば『共犯者』の関係だった。

イザークにそれを知られれば、潔癖な彼のことだ。いかなる手段をとるか分かったものではない。

二人の態度に、ニコルは怪訝な顔をした。

しかし何故、二人がこうも顔色を変えたか、それはニコルには分からない。

彼の中でその時、小さな疑惑が生まれていた。

それは、容易には消し去ることの出来ない棘として――……。



**




オーブに入国したアークエンジェルは、しばしの艦内待機を命じられていた。

中立国にいきなり武装したまま入国したことを思えば、その措置は仕方のないものだった。

プラントに……ザフトにばれれば、彼らがオーブをどう処遇するか、分かったものではない。

また、中立を守ることで辛うじて自国を戦火から遠ざけていることを思えば、どちらかに肩入れすることはすなわち、戦争に参戦することを意味していた。

食堂に集まっていたヘリオポリスの学生の面々は、自分たちのおかれた立場の皮肉さを思って話をしていた。

彼らは正真正銘のオーブ国民だ。

しかし、今現在の彼らの肩書きは、地球軍の兵士なのだ。

彼らでなくとも、その皮肉さに愚痴の一つも言いたくなるだろう。

「こんな風にオーブにくるなんてな……」

「ね、さぁ。こういう場合って、どうなんの?やっぱり降りたり……って出来ないのかな?」

「降りるって……」

「いや、作戦行動中は除隊できないってのは知ってるよ……。けどさ……休暇とか」

カズイの言葉に、サイはあからさまに顔をしかめる。

覚悟が足りない。そう思わずにはいられない。

カズイはいつもそうだ。何かあったら除隊できないか、とそればかりで……その覚悟をして軍に残ることを決意したんじゃないのか、と。サイでなくとも言いたくなるだろう。

そんなカズイの様子に、同じく食堂でドリンクを飲んでいたノイマンが声をかけた。

「可能性ゼロ、とは言わないがね。どのみち艦の修理をする時間も必要だし」

「ですよね!」

ノイマンの答えに、カズイが嬉しそうな声を上げる。

だが、常に別の可能性も考慮しなければならない。

ぬか喜びをさせては、その期待が大きければ大きいだけ、絶望も大きくなってしまう。

「でもまぁ、ここは難しい国でね。こうして入国させてくれただけでも、結構驚きものだからな。オーブ側次第ってことさ。それは、艦長たちが戻らんと分からんよ」

「父さんや母さん……いるんだもんね……」

「会いたいか?」

ポツリと呟くミリアリアに、ミリアリアたち学生に、ノイマンが優しく声をかける。

そこにあるのは、優しさ。

年長者による、年少者への。

そして答えを聞くまでもなく、ノイマンにも答えは分かっていたから。

だから殊更優しく……本当にそれを望んでいるかのように、呟く。

「……会えるといいな」









食堂にフレイの分と二人分のドリンクを取りに言ったキラが、部屋に戻ってくると、フレイは身を乗り出すように画面を見つめていた。

しかし画面は何も映してはおらず、ノイズ交じりの『砂嵐』が映っているだけだった。

それに、切なさにも似た寂しさを感じてしまう。

「……外が見たいの?」

「ううん。別に」

ドリンクを渡すと、フレイも礼を言ってそれを受け取る。

そのまま、キラはフレイの隣に腰をかけた。

「上陸、出来るかもしれないって」

「そう……」

「フレイも、オーブに家、あるんでしょ?」

「オーブにもあるけど……でも、誰もいないもの。ママは小さいときに死んだし、パパも……」

そしてその『パパ』を、キラは護れなかったのだ。

責められるかと思ったキラの胸に、コテンとフレイは頭を傾ける。

ああ。とキラは思った。

これは、切なさ……寂しさ、なのだ。

父親を亡くしたフレイと、同胞と戦い続けるキラ。頼るべきものをなくした二人は、同じ痛みを抱えていたのかもしれない。

だからこそ、傷を舐めあうようなこの行為を続けているのだろうか。

フレイの頭を抱えるように抱き寄せながら、ふとキラはそんなことを思った。

寂しさを、孤独を、同じだけの切なさを、共に抱えながら――……。



**




オーブ前代表首長、ウズミ=ナラ=アスハに呼ばれたマリュー、フラガ、ナタルら士官クラスの面々は、彼の執務室に通されていた。

やがてやってきた男が、静かに口を開く。

「ご承知のとおり、我がオーブは中立だ」

「はい」

「公式には、貴艦は我が軍に追われ、領海から離脱したということになっておる」

「はい」

頷くしか出来ないマリューに代わって、フラガが彼らを助けた、オーブ側の真意を問う。

「助けてくださったのはまさか……お嬢さまが乗っていたから、ではないですよね」

「国の命運と甘ったれたバカ娘一人の命、秤にかけるとお思いか」「失礼いたしました」

「そうであったなら、いっそ分かりやすくてよいがな……」

ウズミの言葉に、さすがのフラガも言葉に詰まる。

さすがはオーブ前代表首長を務めた男、とでも言うべきか。彼の言葉には、なにやら威圧感すら感じてしまう。

圧倒されてしまうのだ。

「ヘリオポリスの件……巻き込まれ、志願兵となったというこの国の子供たち……。聞き及ぶ戦場でのXナンバーの活躍……。人命のみを救い、あの艦とモビルスーツはこのまま沈めてしまった方が良いのではないかとだいぶ迷った。今でも、これでよかったものなのか分からん」

「申し訳ありません。ヘリオポリスや子供たちのこと……私などが申し上げる言葉ではありませんが、一個人としては……本当に申し訳なく思っております」

謝罪するマリューに、ナタルが目を剥く。

この場合、最高責任者に当たるマリューが、謝罪することに、彼女としては不快なのだろう。

最高責任者が謝罪するとはすなわち、自分たちの属する陣営が行ったことが誤りであったと、そう認識しているも同じことだから。

「よい。あれはこちらにも非のあること……国の内部の問題でもあるのでな。我らが中立を保つのは、ナチュラルとコーディネイター、どちらも敵としたくないからだ。が、力なくばその意思を押し通すことも出来ず、だからといって力を持てばそれもまた狙われる……。軍人である君らには、いらぬ話だろうがな」

「ウズミ様のお言葉も分かります。ですが我々は……」

この状況で、闘わないことを決めたのは、闘うことを決めるよりはるかに難しいことであったかもしれない。

ウズミの話は、確かに理解できるし、それが本来あるべき姿とも思う。

だが、マリューの頭にはその時、亡きハルバートンの言葉がよぎったのだ。

――――『ザフトは次々と新型を投入してくるのだぞ!なのに、利権ばかりで役にも立たんことに予算をつぎ込むバカな連中は、戦場でどれほどの兵が死んでいるかを数字でしか知らん!』――――

考え込むマリューに、ウズミが更に言葉を繋ぐ。

「ともあれ、ことらも貴艦を沈めなかった、最大のわけをお話しせねばならん。ストライクの、これまでの戦闘データと、パイロットであるコーディネイターキラ=ヤマトの、モルゲンレーテへの技術協力を、我が国は希望している。叶えば、かなりの便宜を貴艦にはかれることになろう」

「ウズミ様、それは……!」

Xナンバーは、地球軍の軍事機密に当たる。おいそれと他国のものに明かすことは出来ない。

しかしそれを作った国はどこかと聞かれたら、それはオーブだ。

オーブが作った以上、確かにその所有を求め、その機密を求めても無理はない。

しかしそれは、キラを切り売りするも同じこと。

「ウズミ様、それは……!」

立ち上がり、否と口にしようとしたマリューを、『オーブの獅子』はただ静かな目で見つめるだけだった――……。



**




「ええい!自分で歩ける!」

「駄目でございますっ」

先ほどまでカガリの部屋でしていたドタバタが、今度は廊下で繰り広げられていた。

食堂に向かおうとしていたキラとフレイは、偶然その場に行き合わせる。

人ごみの中から現れたのは、上品なドレスに身を包んだ一人の少女だった。――カガリだ。

汚いカーゴパンツにジャケットといった姿からは、カガリのこの姿は想像できないほど……しかしこれこそが彼女の本来の姿と思わずにはいられないほど、ドレス姿が板についている。

キラは砂漠の虎の元で一度だけカガリのドレス姿を見たことがあるので慣れたものだが、初めて見る者は驚愕するだろう。

カガリの仏頂面を見て、キラはクスリと笑う。

キラの笑いに気づいたカガリが、ぷいと顔を背けた。

おおかた、何笑ってんだ!とでも思ったのだろう。

想像すらついてしまって、キラは余計にほほえましい。

甘えるようにキラの腕を取ったフレイは、キラのそんな様子に唇を尖らせた。

自分以外の女に、目を奪われるなんて。

そんな嫉妬が、フレイの胸内を逆巻く。

炎のような目でカガリの後姿を、フレイは睨みつけた。

「何よ、あんなの……」

呟くフレイの怨嗟に満ちた声に、キラはぎょっとする。

フレイがカガリに憎しみを抱くほど、二人は親しくなかった筈だ。



キラには、分からないのだ。

それは、嫉妬だった。キラの目を奪った少女に対する、フレイの。

憎しみに目を奪われ、復讐にキラを利用しようと考えた少女。

彼女の心にも、変化が起こり始めていた――……。



同時刻。アークエンジェルの士官クラスの三人――マリュー、ナタル、フラガはウズミの執務室から帰り、艦長室にいた。

「私は反対です!この国は危険だ!」

案の定、ナタルがウズミの要求に対し批判の声を上げる。

地球の一国家である以上、オーブも無条件で地球連合軍の保護をすべきだ。言葉には出さなくとも、それに近いことを思っていることは疑いない。

「そう言われたって……。じゃどうする?ここで艦降りてみんなでアラスカまで泳ぐ?」

「そういうことを言っているのではありません!修理に関しては代価をと!」

「分かりますけどね」

ナタルとしては、承服しがたいのだろう。

そこで、今まで黙って話を聞いていたマリューが口を開いた。

「それですむものかしら……。何も言わなかったけど、ザフトからの圧力も、もう当然ある筈よ。それでも庇ってくれている理由は、分かるでしょう?」

「艦長がそう仰るなら、私には反対する権限はありませんが……。この件に関しましては、アラスカに着きました折には、問題にさせていただきます!」

まるで教本に書かれている敬礼の手本のように、綺麗な敬礼を施すと、ナタルは踵を返す。

そしてそのまま、部屋をあとにした。

「ふっ。この件も、だろ?」

「ふふっ」

ナタルがいなくなった室内で、フラガがそういう。

ここまでしてきた失点なんて、考えるだけで憂鬱になるからやめた。

けれどマリューのそういうところのおかげで、アークエンジェルはここまで辿りつくことができたのかもしれない。

「また、坊主には悪いけどな」

「ええ……。あ〜、もう……」

マリューはデスクに突っ伏した。

理由はどうあれ、それはキラを切り売りするも同じこと。

既に多大なる負荷を背負わせてしまっているのに、こうして彼の助けを必要とする己のありように、忸怩たる思いを抱く。

マリューの方を、フラガはぽんぽんと労わるように軽く叩く。

「やめてください、少佐。……セクハラです」

「あっ、そう?」

やめて欲しい。こんなにも最低のことをしようとしている自分に、優しくしないで欲しい。

甘えたくなってしまって、困るから――……。



**




翌朝、朝まだき。

ストライクに乗ったキラは、オーブからの迎えを先導に、モルゲンレーテへと向かっていた。

そして、同時刻。

アスランたちもまた、オーブに侵入する。

オーブ側に潜入しているザフト軍工作員が、アスランに手を差し出す。

その手を取って地上に上がると、次々に他の少年たちも上がった。

その数、五人。

当然そこに、の姿もある。

差し出されたイザークの手を、顔を背けながら取り、も地上に上がった。

そのまま、アスランが名乗る。

「クルーゼ隊、アスラン=ザラだ」

「ようこそ、平和の国へ」

皮肉気に唇を歪めて、男はそう言った――……。





巡り続ける運命の先にあるもの。

そしてこの先に待ち受ける過酷な道を、少女はまだ知らなかった――……。











鋼のヴァルキュリア、第二楽章終了です。

……十ヶ月もかかってますね。

サイト休止期間を除いても……八ヶ月ですか。

長くかかってしまい、申し訳ありません。

これからも、よろしくお願いしますね。