それこそが、彼女の卓絶した戦闘能力の有無だった。 地球連合軍の主力がMAであるとはいえ、一回の戦闘で戦艦ならびにMAをほぼ一人で撃退したものなど、いかにコーディネイターとはいえ彼女だけだった。 それこそが、彼女の秘密の、最大の鍵だったのだ――……。 #23 間奏曲6〜後〜 モルゲンレーテのバギーに先導されて、キラはストライクを移動させた。 モビルスーツをそのままエレベーターに乗り入れて、地下へと足を踏み入れる。 ラダーを伝って地上に降りると、一人の女性が歩み寄ってきた。 ついてくるよう言われ、彼女のあとをついていく。 「ここは……」 「ここなら、“ストライク”も完璧な修理ができるわよ。いわば、お母さんの実家みたいなものだから」 にこりと笑う女性――エリカ――に、キラも硬い笑顔を返す。 自動扉をくぐると、キラはあっと声を上げた。 何体ものモビルスーツが、そこにはあった。 「これ……」 「そう驚くこともないでしょう?貴方もヘリオポリスで“ストライク”を見たんだから」 きょろきょろと見渡すキラに、エリカはこともなげに言った。 けれどいくらみたとはいえ、慣れるものではない。 また、自分たちが知らないところで、自分たちの国がこのようなものを開発していたということに、キラは驚きを隠せずにいた。 目を見張るキラに、少女の声が被さった。 ――カガリだ。 相も変わらず汚いバギーパンツにシャツ一枚。 とても姫とは思えないその格好の変わりなさに、キラはほっとした。 「これが中立国オーブという国の、本当の姿だ」 「カガリ」 「これは“M1アストレイ”。モルゲンレーテ社製の、オーブ軍の機体」 信じ難い思いで、キラは機体を見上げる。 何故、中立であるはずの自国に、このようなものがあるのだろう。 「これを、オーブはどうするつもりなんですか」 「どうって?」 「これは、オーブの守りだ。お前も知ってるだろう?オーブは他国を侵略しない。他国の侵略を許さない。そして、他国の争いに介入しない。その意志を貫くための力さ」 キラの言葉に、エリカは面白そうに問い返した。 それに、カガリが答える。 こともなげに。その時キラは、カガリの頬が少し腫れているのに気付いた。 また、誰かと殴り合いでもしたのだろうか。 「オーブはそういう国だ。――そういう国の筈だった。父上が裏切るまではな!」 「え……?」 「あら。まだ仰ってるんですか?そうではないと何度も申し上げたでしょう?ヘリオポリスが地球軍のモビルスーツ開発に手を貸していただなんてこと、ウズミ様はご存知……」 「黙れ!そんないいわけ、通ると思うのか?国の最高責任者が。知らなかったといったところでそれも罪だ」 厳しい言葉だ、とキラは思う。 確かに為政者である以上、『知らなかった』では済まされない。 それは、ただの言い訳にしかならない。 しかし身内に向ける言葉にしてはあまりにも厳しく容赦がない。 「だから責任はおとりになったじゃありませんか」 「職を叔父上に譲ったところで、常にあぁだこうだと口を出して。結局何も変わってないじゃないか」 「仕方ありません。ウズミ様は、今のオーブには必要な方なんですから」 「あんな卑怯者のどこが!」 カガリが大きな声で叫ぶ。 それを聞いて、エリカはやれやれと溜息をついた。 「あれほど可愛がってらしたお嬢様がこれでは、ウズミ様も報われませんわねぇ」 エリカの言葉に、カガリは幾分ばつが悪そうに顔を背ける。 「おまけに昨日のあの騒ぎでは、確かにほっぺの一つも叩かれますわ」 「え?」 どうやら頬が腫れた原因は、親子喧嘩にあったようだ。 しかしカガリは一向に堪えた様子もない。 呆気に取られて二人を見つめるキラに、エリカは声をかけた。 「さ。こんなおバカさんは放っておいて。……来て」 エリカに促され、キラはその後をついていく。 それに、カガリも続いた――……。 案内された場所は、どうやら試験場のようだった。 前面に大きな強化ガラスがはられた視察用のブースがある。 そして試験場には、三機の機体が並んでいた。 その三機に向けて、エリカがインカムで呼びかける。 「アサギ、ジュリ、マユラ!」 <はぁ〜い!> 返ってきた声に、キラは思わず目を見開いた。 これが、パイロットなのだろうか。 どう考えても、少女としか思えない。 <あ、カガリ様!?> <あら、ホント> <なぁに〜?帰ってきたのぉ?> 「悪かったな」 カガリが憮然として呟く。 モビルスーツの試験場とは思えない華やいだ空気が一瞬その場を包んだが、エリカの厳しい声によってそれは遮られた。 「始めて!」 <はぁ〜い!> 返事とともに、機体のアイセンサーに光がともる。 そして、ぎしぎしと音を立てながら、そのモビルスーツは動き始めた。 ――――驚くほどののろさで。 なにやら中国拳法か何かの型を取っているようだが、あまりにも遅くて何をやっているのかさっぱり分からない。 「相変わらずだな」 「でも、倍近く早くなったんです」 エリカの言葉に、キラは驚く。 ということは、何か。以前はこれの倍以上、遅かったということなのか。 「けどこれじゃあ、あっという間にやられるぞ。何の役にも立ちゃしない。ただの的じゃないか」 カガリが無慈悲に断じる。 するとその言葉に、操縦者である少女たちが反発した。 <ひっどぉい!> 「ほんとのことだろうが!」 <人の苦労も知らないで!> 「敵だって知っちゃくれないさ、そんなもん」 <乗れもしないくせに!> 「言ったな!じゃあ代わってみろよ!!」 怒鳴りあう少女四人に、エリカが割って入る。 「はいはいはい、やめやめ。……でも、カガリ様が言うことは事実よ。だから私たちは、アレをもっと強くしたいの。――貴方の“ストライク”のみたいにね」 「え……?」 エリカの言葉に、キラは瞳を見開く。 そんなことになろうとは、思ってもいなかった。 「技術協力をお願いしたいのは、アレのサポートシステムの、OS開発よ」 微笑むエリカに、キラの顔は強張る。 一体いつになったら、自分は『キラ=ヤマト』に戻れるのだろう。 出来るから、出来るだけの力があるから、と。 それだけの言葉で容易く、キラ自身の言葉も飲み込まれて。 したくないことまで、皆のためにはと従事しなければならない。 一体、いつまで――……? 答えを、少年は知らなかった――……。 “ストライク”の修理も、“アークエンジェル”同様急ピッチで進められていた。 コックピットの中でキーボードを叩きながらOSをいじるキラの頭上に、幾分無遠慮な声が投げかけられる。 「うわぁ。早いなぁ、お前。キーボード。……あ。何だキラか。誰がストライクに乗ってるかと思った」 「あぁ、工場の中、軍服でちょろちょろしちゃまずいってさ」 自分の格好を見下ろしながら、キラは言った。 今、彼が身に着けているのは、モルゲンレーテの職員と変わらない作業服だった。 「でも、君も変なお姫様だね。こんなところにばっかいて」 「悪かったなぁ。姫とか言うなよ。そんなこと、全然思ってないくせに。そう言われるの、本当に嫌いなんだ」 「けど。やっと分かったよ。あの時カガリが、モルゲンレーテにいたわけ」 「まぁな。モルゲンレーテが、ヘリオポリスで地球軍のモビルスーツ製造に手を貸してるって噂聞いて、父に言ってもまるで相手にしてくれないから、自分で確かめにいったんだ」 「それでアレか……」 キラの脳裏に、日取るの光景がリフレインされる。 ヘリオポリスが崩壊したあの日、カガリが叫んだ言葉。 あの悲痛な声が。 ――――『お父様の裏切り者!!』―――― 暗い顔をするカガリを何とか慰めたくて、キラは必死に言葉を紡ぐ。 「でも、知らなかったことなんだろう?お父さん……ていうかアスハ代表は」 「内部ではそう言う者もいるってだけだ。父自身はそうは言ってない。そんなことはどうでもいい、と。ただ全ての責任は、自分にある。それだけだ、と。父を信じていたのに」 「カガリ……」カガリの言葉に、キラは察した。 カガリはおそらく、父に否定してもらいたかったのだ。 自分は知らない、自分のあずかり知らないことだ、と。 尊敬し、愛しているからこそ、些細な瑕が許せないのだ。 カガリの言葉が途切れ、外を歩く技師たちの声がキラの耳に入った。 「電磁流体ソケットの磨耗が酷いな」 「駆動系はどこもかしこもですよ」 「限界ぎりぎりで、機体が悲鳴を上げているようだぜ」 技師たちの言葉に、カガリが「だってさ」と続ける。 コックピットから出たキラは、ディアクティブモードのグレイの機体を見上げた。 本来ナチュラル用に開発されたこの機体を、そのもてる潜在能力ぎりぎりまで引き出し、酷使して来た。 いかにPS装甲が施されているとはいえ、ビームにかすられたこともある。 キラとともに、数多の戦闘を渡り歩いてきた機体だ。 「それでも、守れなかったものが、たくさんある……」 哀しげに呟くと、キラは休憩所のほうへ歩き始めた。 その後を、カガリがついて来る。 並んでドリンクを買いながら、キラが先ほどまでの話を再開する。 「それで、レジスタンスに入っちゃったの?頭来て、飛び出して?」 「父に、お前は世界を知らないといわれた。だから見に行ったのさ」 「だからって……」 キラが買ったドリンクを受け取りながら、カガリがいう。 それに、キラは呆れてしまった。 普通、世界を見に行くといって砂漠でレジスタンスに組して戦うだろうか。 「砂漠ではみんな、必死で戦っていた。あんな砂ばかりの土地なのに。それでも守るために、必死でな。なのにオーブは。これだけの力を持ち、あんなこともしたくせに。いまだにプラントにも地球軍にも、どっちにもいい顔をしようとする。ずるくないか!?いいのか、それで!?」 カガリは挑むようにキラを見据えながら、強い語調で言い募る。 まっすぐで一本気な彼女は、白黒どちらかつかないと満足できない。 それは、たしかに彼女の美点ではあるが、世の中には白黒つけられないことのほうが圧倒的に多いのだ。 それを、強引に決着をつけていいのだろうか。 貧弱な武器しか持たぬ実で、それでも必死になってザフトと戦い続けたメンバーを見れば、富み栄えるわが国を恥じるカガリの気持ちは、キラにも痛いほど分かる。 しかし、それで『いい』のだろうか……。 「カガリは、戦いたいの?」 「っ……戦争を終わらせたいだけさ!」 ストレートなキラの問いに、カガリは一瞬ひるんだ顔を見せた。 しかしどこまでもまっすぐと、そう答える。 その答えを聞きながら、それでもキラは思うのだ。 オーブが参戦すれば、戦争は終わるのか。 一体いつになったら、戦争は終わるのか。 カガリの言葉を首肯しながら、でも、とキラは続ける。 「戦っても終わらないよ、戦争は。きっと……」 戦えば戦った分だけ、戦火が広がってゆくような気がする。 戦い、殺せば殺された者の遺族は殺した者を憎む。 そうやって憎しみ合い、戦火はどんどん広がってゆく……。 キラの呟きに、カガリはムッとしたように黙り込む。 カガリにはこの時、キラの言葉があまりにも臆病なことであるかのように感じられたのだ。 やるだけの力を持っているのに、やろうとしない。そんな、無責任なもののように――……。 扉が開くと、少年たちは嬉々としてそれぞれの両親の元へ駆け寄った。 ささやかな面談が、実行されたのだ。 島から出すことは出来ないが、軍本部内での面会を許可する、と。 我が子を抱きしめ、嗚咽を洩らす。 久しぶりの再会に、両親のほうも喜びを隠せない。 何か、話したいことがあるはずなのに、胸が詰まって言葉が出てこない。 今までのこと、これからのこと。両親のこと。聞きたいことは、山ほどあるのに。 言葉が、出てこなくて。 抱き合い、再会を喜び合う親子の中に、キラたちヤマト家の姿だけが、なかった――……。 同時刻、キラは頬杖をつきながら、パソコンに向き合っていた。 方に止まったトリィが、愛情表現の一種でかキラの頬をつつく。 両親を失ったフレイには、面会に訪れる家族はいない。 雑用を片付けると、フレイはそのままキラの部屋へと向かった。 途中食堂や下士官用の共同の寝室なども覗いたが、仲間の姿はどこにもなかった。 おそらく今頃、両親と面会中なのだろう。 むっつりとしながら、フレイはキラの部屋に足を踏み入れた。 きっと、キラもいない筈だ。 きっとキラも、両親に会いに行っているに違いないのだから――……。 「お帰り」 「キラ……?」 いる筈のない人に声をかけられ、フレイは慌てる。 何故、キラがここにいるのか。 両親に会いに行ったのではなかったのか? 「どうして……?」 「あぁ、ゴメン。もうすぐ終わるから、待っててくれる?先に食堂行く?」 「何で行かないの?」 「え?」 「キラも家族来てるんでしょ?何で会いに行かないの?」 戸惑うばかりのフレイだったが、だんだんと事態を飲み込むと、その顔が強張った。 硬い声で、問いかける。 一瞬沈んだ顔をしたキラだったが、次の瞬間にはさも仕方がないという声を作って、フレイの質問に答える。 「これ、思ったよりかかりそうでさ。やらないと。“アークエンジェル”の出航までに…」 「嘘!」 キラの言葉を、遮る。つかつかと、フレイは歩み寄った。 「嘘よ、そんなの!」 ダン、とデスクを叩く。 ――キラは、自分のために残ったのだ。 フレイに惨めな思いをさせまいと、それだけのために。 「何よ!同情してるの!?あんたが?私に!?」 「フレイ……」 戸惑ったように、キラがフレイを見上げる。 その顔に浮かぶ傷ついたような色に、余計フレイの怒りがあおられた。 「私には誰も会いに来ないから……だから、可哀想って。そういうこと!?」 「フレイ……そんな……」 キラは慌てて立ち上がり、フレイと視線を合わせる。 そして差し伸ばした手を、フレイが叩き落した。 「冗談じゃないわ、やめてよね、そんなの。何で私が、あんたなんかに同情されなきゃなんないのよ!」 「フレイ……」 「辛いのはあんたのほうでしょう?可哀想なのはあんたのほうでしょう?――可哀想なキラ。一人ぼっちのキラ。戦って辛くて、守れなくて辛くて、すぐ泣いて。だから……!」 だから、利用してやろうと思ったのだ。 父の敵を討つためにキラを利用して、そしてキラも死んでしまえと。 それなのになんで、何でキラはこうまで優しいのか。 自分の醜さを鮮明にするほど、綺麗でいられるのか。優しいのか。 詰るように発したはずの言葉が、哀しい響きで持って滲みる。 耐え切れずに、フレイはキラの胸を叩く。 自ら抱え込んだ激情を、押さえる術も知らず、幼い子供のように泣き喚く。 「なのに、何で私が!あんたに同情されなきゃならないのよ!!」 「フレイ……もう、やめて……やめようよ、もう……。僕たち、間違ったんだ……」 キラが、絞り出すように囁いた。 デスクの端を掴んだ指が、微かに震えている。 関節が白く浮き上がるほど、握り締めて。 泣くフレイから、瞳をそらす。 「何よ……何よ、そんなの!」 フレイの躯を押し返して言うキラに、フレイが叫ぶ。 憎い敵の一人であるはずのキラが与える温もりが、優しくて。 優しいからこそ切なくて、遣り切れない。 キラの躯を突き飛ばすと、そのまま廊下へと駆け去る。 間違えたのだ、最初から、間違えていたのだ。 キラは、フレイを愛していなかった。 確かに憧れてはいたけれど、『愛』と呼ぶにはそれは幼すぎる感情で、キラが見ていたのはという名の少女だった。 ただ、与えられた温もりに縋りついた。 温もりを与えてくれたのがフレイだったから、辛くて辛くてどうしようもないときに、温もりを与えてくれたのが、フレイだったから。 だから、縋りついた。 それはもう、愛情とは呼べない代物だった。 間違えたのだ。 二人とも、間違えた。 そしてその間違いを直視することなく、今日まで至ってしまったのだ――……。 どこにも行き着くことの出来ない感情。 どこにももって行きようのない、関係。 それが、辛くて。 そして、切なかった――……。 同時刻、軍本部の一室に、客人の姿があった。 キラの両親だ。 二人の前に、オーブ全代表首長、ウズミ=ナラ=アスハの姿が現れると、二人は弾かれたように立ち上がった。 「ヤマトご夫妻、ですな」 「ウズミ様……。二度とお目にかからないという約束でしたのに……」 「運命の悪戯か、子供らが出会ってしまったのです。致し方ありますまい」 ウズミの言葉に、キラの母であるカリダが唇を噛み締める。 その肩を、父親であるハルマが抱き寄せた。 重々しく、カリダが口を開く。 それはもう、この夫婦の間での決定事項だった。 「どんなことがあっても、私たち夫婦があの子に真実を伝えることはありません……」 「きょうだいのことも、ですな」 確認するウズミの言葉に、今度はハルマが頷く。 「可哀想な気もしますが、その方がキラのためです」 「全てのことは、最初のお約束どおりに。ウズミ様にこうしてお目にかかるのも、これが本当に最後でしょう」 「分かりました」 ウズミが、頷く。 秘密を共有する者たちの間に、静けさに似た余韻が残る。 「しかし、知らぬというのもまた、恐ろしいような気がします。現に、子供たちは知らぬまま、出会ってしまった……」 「因縁めいて考えるのはやめましょう。私たちが動揺すれば、子供たちにも伝わります」 「ですかな。しかし、どうして彼は今日……」 ハルマの穏やかな中に芯の強さを垣間見せる返答に、ウズミは薄い笑みをその口元に刷いた。 そして、ふと問いかける。 キラが、両親との会見を断ったことに、彼としても不思議に思わずにはいられない。 「今は、会いたくないとしか……」 カリダの言葉に、ハルマも心持うなだれる。 そうしてみると、ごくありふれた夫婦にしか、見えなかった――……。 アストレイの試験場では、デモンストレーションが行われていた。 冷やかしのつもりなのか、フラガの姿もそこにはある。 キラはパソコンをいじりながら、改良点を告げる。 しかしキラのそんな言葉よりも、繰り広げられるデモンストレーションのほうがより雄弁に、改善を物語っていた。 同じ操縦者、同じ機体とは思えぬほど、それは滑らかに動き出したのだ。 「新しい量子サブルーチンを構築して、シナプス融合の代謝速度を40%向上させ、一般的なナチュラルの神経接合に適合するよう、イオンポンプの分子構造を書き換えました」 「良くそんなことをこの短時間で……すごいわね、ホント」 エリカが賞賛するが、キラの顔は暗かった。 賞賛されればされるほど、キラの心は重くなる。 まるで、コーディネイターの能力だけが必要とされているようで、暗然とした気持ちになる。 「俺が乗っても、あれくらい動くってこと?」 「えぇ、そうですわ少佐。お試しになります?」 エリカの言葉に頷きかけたフラガだったが、キラの暗い顔に思わず顔を険しくする。 はしゃぎながらモビルスーツの性能について話す“アストレイ”のパイロットたちとエリカに、キラは頭を下げた。 まだストライクのことで、やらなければならないことが残っている。 その背中に、フラガが追いすがった。 「なぁ、キラ!」 「何ですか?」 「君こそ、その不機嫌面は何ですか?」 「そんな顔、してません」 「してますって」 鬱陶しそうにキラは答えるが、フラガが堪えた様子はない。 それどころか、なおも食いついてくるフラガに、いい加減辟易する。 「家族との面会も、断ったっていうじゃないか。どうして……キーラー」 「今会ったって、僕、軍人ですから」 それだけ答えると、キラはストライクのコックピットに乗り込んだ。 作業用の梯子の上から、フラガがキラを見下ろしている。 「軍人でも、お前はお前だろうが。ご両親、きっと会いたがっているぞ」 案じるフラガの言葉に、キラはやけになったように答えた。 嫌なのだ。 人を殺して、殺人マシーンになってしまったような気でさえいるのに。 それなのに『人として』両親に会うということが。 酷い、矛盾のように思えるのだ。 「こんなことばかりやってます、僕。モビルスーツで戦って、その開発やメンテナンス手伝って。……できるから」 「キラ……」 「オーブを出れば、すぐまたザフトと戦いになる」 はきっと、自分を許しはすまい。 アスランも、そうだ。 そうやって、大切な人たちと戦う自分が、家族に会う!? そんな人間らしさ、許されるはずがない……。 「キラ。それは……」 「今会うと、言っちゃいそうで嫌なんですよ」 「何を?」 「何で僕を、コーディネイターにしたの?って」 キラの言葉に、フラガは目を見開く。 そして改めて、キラの心の傷の深さを思い知った。 そう。キラは、普通の民間人の少年なのだ。 戦う力を持ってはいても、戦うにはそぐわない……繊細な子供なのだ。 キラの肩先に止まっていたトリィが、何かに反応したように顔を上げた。 そのまま、偶然が導く残酷な舞台に、キラを連れて行く。 照らす夕日は、血のように赤かった――……。 ヒロインの出てこない名前変換小説。 それも今回で終わりです。 次からはまた視点をヒロインに戻して。 しかし本当に、このくだりは長かった。 省けばよかったかなぁとも思ったんですけど。省いてきちんとあとにお話が繋がるかの自信もなかったもので……。 本当に、申し訳ありません。 次回はイザークも登場させますので。 今後ともよろしくお願いいたします。 ここまでお読みいただき、有難うございました。 |