ただ男に護られる女なんて、性に合わない。 U 友情未満 母上は、私が小さい頃に亡くなった。 いかにコーディネイターの頭脳が優れていようとも、そんな小さな頃に亡くなった人のことなんて、よく覚えていない。 私は殆ど、父上に育てられたようなものだった。 父上が、男手一つで育ててくださった。 その恩は、痛いくらいに感じている。 だから、なのかも知れない。 いつの間にか私は父上の望まれる私を演じる習性がついた。 父上の名前に恥じないように。 アカデミーの教官を勤める父上に、恥じないように。 けれど、父上の望まれるような、淑女に。 そう、自らを偽り続けてきた。 そして今まで、それには誰も気付いていなかったのに――……。 「一体、どういうことですか」 父上が婚約者といって連れてきた人が帰った後の夕食の席で、父上を問いつめる。 こんな勝手な決定、守るべき理由なんて、ない。 勝手に、私の一生を決めないで。 そう憤っていた私は、到底猫なんて被っていられなかった。 「い……いや、それは…… 」 「私は、今の学校を卒業次第、アカデミーに入学したいと言っていた筈ですが?」 「いや、だから……」 「父上も、許してくださったではありませんか。それを、今更違えるおつもりですか?」 言葉に詰まる、父上。 いかに恩があろうと、こんなときは引き下がれるはずもなくて。 詰め寄る私に、父上もたじたじになっていた。 「分かってほしい、 」 「分かりませんね。分かる筈もありません。どうして?なぜ、婚約なのですか?」 納得いかないのは、用意されていた『婚約』だった。 確かに私は、コーディネイターの成人をとうに超えている。 それでもまだ、社会的には親の庇護下にある子供だから(こういうとき、コーディネイターは面倒だ)、親元で生活している。それに、婚約イコール今すぐ結婚、というわけでもない。 かのアスラン=ザラとラクス=クラインだって、婚約はしても結婚は親の庇護下を離れてから、ということになっている。 それでも、納得いかない。 いづれその話が来るとは、思ってはいた。 コーディネイターは、自然発生では子供を授かりにくい。 散々遺伝子を弄った結果、遺伝情報が似通ってしまったのだ。 似た遺伝子の者同士では、子供はできない。 だから、遺伝情報の異なるもの同士をパートナーとする。それが、婚姻統制だ。 それによって、二世代目同士でも子供を授かることはできる……と政治家は言う。 実際には、そうしても出生率は下がるばかりで、殆ど政略結婚と大差はないらしいけれど。 結婚なんてまだしたことない私(当然のことだけど)には、今一その辺はよく分からない。 でも、分からなくてもこれだけはいえる。 何故、今、婚約なんてしなければならない!? 「どうやら、本格的に戦争になりそうなのだ」 父上の言葉に、私は目を見開いた。 どこと、とは聞かない。 それは、もうずいぶん前から言われていたことだった。 ずいぶんと前から、地球のプラント理事国とプラントの間で、戦争の噂が囁かれていた。 それでも、本格的に戦争になるとは、思っていなかった。 ただ、ナチュラル側がほんの少し、ほんの少し譲歩してくれれば、それですむ問題じゃない。 別に私たちコーディネイターは、大それたことを望んでいるわけじゃない。 ただ対等の存在として、話し合いをしたいだけ。 支配されたいのではなく、共存し、共生したいだけ。 それがどうして、戦争に結びつくの? 「お前の考えは分かる、 。だが、これも仕方がないのだ。ナチュラルは一歩も譲歩しようとはしないのだから。これでは……」 「一方的な支配と服従関係でしかない、と。そう考えるのも無理はありませんね」 「そうだ。事態はどんどん深刻化している。いつ、戦争になってもおかしくはない。そんな時に……」 「娘をアカデミーになど入れたくない、と。そういうことですか?」 尋ねると、父上はため息をついて。 それから、ゆっくりと頷いた。 それは、アカデミーの教官を勤める父上が、してはならないことだったのかもしれない。 自軍の勝利を信じ、子供があればその子をアカデミーに入学させ、戦場に送り出す。 それが、軍人として称揚される道であったのかもしれない。 けれど父上は、親子の情に負けたのだ……。 「だから、婚約なのですか?」 「お前とハイネの遺伝子の適性率がいいのは、事実だ。二世代目同士、どれだけ高くとも……あのアスラン=ザラとラクス=クラインでさえ、70%強という適性率の中で、お前とハイネの適性率は80%を超えたのだ」 婚約していれば、いくらでも言い逃れはできる。 婚約者が、娘が戦場に出ることを望まないと言っている、とか。理由を取り繕って、戦場を回避させることもできる。 どうやら、そういうことらしかった。 父上の望むままを演じてきた、嘘吐きの = 。 だから、父上の望むままに、婚約を承諾してしまったの。 愚かな愚かな、弱い = は。 「紅茶とコーヒーと、どちらになさいますか?」 「紅茶がいいな」 「分かりました。ミルクとレモン、どちらですか」 「ストレート」 「砂糖は?」 「だから、ストレートだってば」 テーブルの上に手をついて、ハイネ=ヴェステンフルスは言う。 彼ご所望の紅茶を淹れていると、不意に手を掴まれた。 「何ですか?ヴェステ……」 「……ハイネ」 「あぁ、申し訳ありません。ヴェス……」 「だから、ハイネだってば」 ちちち、とでも言うように、指を振る。 大仰な、仕草。 自分に自信を持っているからこそ、できるもの。 でもそんなところが、イライラするの。 それは私が、自分に自信を持っていないから。 だから、自信に満ちた彼を見ていると、無性にイライラして。 絶対に、名前なんて呼ばない。なんて思ってしまう。 「何で は、そんなにツンツンしてんだ?」 「してません」 「してるだろ?て言うか、そんなに俺のこと嫌い?」 尋ねるその人に、ええそれはもう!なんて言えたら、どれだけスッキリするだろう。 でも結局私は、 「そんなことはないですよ」 それだけしか、言えない。 「そんなことあるだろ。そんなに表情硬くて。おまけに話し方もつっけんどん。どこがそんなことないわけ?」 不満げな……不満げな、言葉。 声。 うるさいわ。関係ないでしょう。 私が自ら望んだわけじゃない。 父上と貴方が、勝手に決めたことでしょう? 睨みつけると、ククッと彼が笑った。 「その方が、らしいね」 「はい?」 「今のあんたが、本当のあんただろ? 」 そっちの方が、好ましい。 言外に告げる翡翠の双眸に、逃げ出したくなった。 逃げ出したい……! この瞳の届かないところに、逃げてしまいたい。 まっすぐすぎる瞳は、視線は、息苦しくて。 呼吸が、楽にならない。 逃げ出したい。 「ま、いきなり婚約じゃ、しゃあないか」 「……?」 温かそうなオレンジの髪を、ガシガシと掻き毟る。 それでも、前髪は崩れないところに、彼の己の髪に対する執念のようなものを感じた。 「とりあえず、『オトモダチ』でどう?」 「友達?」 それは、明確な意味での婚約破棄を意味するのだろうか。 それは、困る。 父上の望むままに生きてきた私は、父上の望みから離れたくない。 父上の望みは、この人と結婚することだもの。 「悪ィ悪ィ。俺、言葉足んねぇんだわ」 瞳を伏せた私に、何を思ったのだろうか、彼はあわてて言う。 少し、そんなところがおかしくて。 「『オトモダチ』から始めねぇ? 」 真剣な……真剣な、翡翠の双眸。 私と同じ瞳。 でも澄んだ……綺麗な翡翠。 別に、貴方を認めたわけじゃないの。 ただ、ほんの少し……ほんの少しだけ、貴方を知りたいと思っただけなのよ。 ただ、それだけよ。 勘違い、しないでよ? そう思いながら、こくりと頷く。 「『よろしく』な、 」 「……よろしく、ヴェス……」 「だーかーらー!ハイネ!俺は、ハイネだってば。それともお前、友達も姓で呼ぶわけ?」 「まだ、友達じゃないでしょう?」 まだ、友達になろうとしている段階でしょう? 言外に告げると、彼は額に手をやって。 ハァ、と溜息を吐いた――……。 暫くは、一緒にいてもいいかなって思っただけ。 ただ、それだけ。 まだそれは、『友情未満』の感情――……。 まだ、恋愛の『れ』の字も出ていないハイネ夢。 ていうか、これを夢と言っていいものかどうか。 当初はただ、ザラやキラに対して言いたいことを言うためだけのはずが、ここまで大幅に膨らみました。 ごめんなさい、未亞嬢。 貴女様から頂いたナイスなネタ。必ず昇華させて見せます。 昇華できるかは、謎、ですけど……。 |