ただ男に護られる女なんて、性に合わない。






U   友情未満






母上は、私が小さい頃に亡くなった。
いかにコーディネイターの頭脳が優れていようとも、そんな小さな頃に亡くなった人のことなんて、よく覚えていない。
私は殆ど、父上に育てられたようなものだった。
父上が、男手一つで育ててくださった。

その恩は、痛いくらいに感じている。



だから、なのかも知れない。
いつの間にか私は父上の望まれる私を演じる習性がついた。
父上の名前に恥じないように。

アカデミーの教官を勤める父上に、恥じないように。
けれど、父上の望まれるような、淑女に。
そう、自らを偽り続けてきた。
そして今まで、それには誰も気付いていなかったのに――……。



**




「一体、どういうことですか」


父上が婚約者といって連れてきた人が帰った後の夕食の席で、父上を問いつめる。
こんな勝手な決定、守るべき理由なんて、ない。
勝手に、私の一生を決めないで。
そう憤っていた私は、到底猫なんて被っていられなかった。


「い……いや、それは……
「私は、今の学校を卒業次第、アカデミーに入学したいと言っていた筈ですが?」
「いや、だから……」
「父上も、許してくださったではありませんか。それを、今更違えるおつもりですか?」


言葉に詰まる、父上。
いかに恩があろうと、こんなときは引き下がれるはずもなくて。
詰め寄る私に、父上もたじたじになっていた。


「分かってほしい、
「分かりませんね。分かる筈もありません。どうして?なぜ、婚約なのですか?」


納得いかないのは、用意されていた『婚約』だった。
確かに私は、コーディネイターの成人をとうに超えている。
それでもまだ、社会的には親の庇護下にある子供だから(こういうとき、コーディネイターは面倒だ)、親元で生活している。それに、婚約イコール今すぐ結婚、というわけでもない。
かのアスラン=ザラとラクス=クラインだって、婚約はしても結婚は親の庇護下を離れてから、ということになっている。

それでも、納得いかない。
いづれその話が来るとは、思ってはいた。
コーディネイターは、自然発生では子供を授かりにくい。
散々遺伝子を弄った結果、遺伝情報が似通ってしまったのだ。
似た遺伝子の者同士では、子供はできない。
だから、遺伝情報の異なるもの同士をパートナーとする。それが、婚姻統制だ。

それによって、二世代目同士でも子供を授かることはできる……と政治家は言う。
実際には、そうしても出生率は下がるばかりで、殆ど政略結婚と大差はないらしいけれど。
結婚なんてまだしたことない私(当然のことだけど)には、今一その辺はよく分からない。

でも、分からなくてもこれだけはいえる。
何故、今、婚約なんてしなければならない!?


「どうやら、本格的に戦争になりそうなのだ」


父上の言葉に、私は目を見開いた。
どこと、とは聞かない。
それは、もうずいぶん前から言われていたことだった。
ずいぶんと前から、地球のプラント理事国とプラントの間で、戦争の噂が囁かれていた。

それでも、本格的に戦争になるとは、思っていなかった。
ただ、ナチュラル側がほんの少し、ほんの少し譲歩してくれれば、それですむ問題じゃない。
別に私たちコーディネイターは、大それたことを望んでいるわけじゃない。
ただ対等の存在として、話し合いをしたいだけ。
支配されたいのではなく、共存し、共生したいだけ。
それがどうして、戦争に結びつくの?


「お前の考えは分かる、 。だが、これも仕方がないのだ。ナチュラルは一歩も譲歩しようとはしないのだから。これでは……」
「一方的な支配と服従関係でしかない、と。そう考えるのも無理はありませんね」
「そうだ。事態はどんどん深刻化している。いつ、戦争になってもおかしくはない。そんな時に……」
「娘をアカデミーになど入れたくない、と。そういうことですか?」


尋ねると、父上はため息をついて。
それから、ゆっくりと頷いた。

それは、アカデミーの教官を勤める父上が、してはならないことだったのかもしれない。
自軍の勝利を信じ、子供があればその子をアカデミーに入学させ、戦場に送り出す。
それが、軍人として称揚される道であったのかもしれない。
けれど父上は、親子の情に負けたのだ……。


「だから、婚約なのですか?」
「お前とハイネの遺伝子の適性率がいいのは、事実だ。二世代目同士、どれだけ高くとも……あのアスラン=ザラとラクス=クラインでさえ、70%強という適性率の中で、お前とハイネの適性率は80%を超えたのだ」


婚約していれば、いくらでも言い逃れはできる。
婚約者が、娘が戦場に出ることを望まないと言っている、とか。理由を取り繕って、戦場を回避させることもできる。
どうやら、そういうことらしかった。





父上の望むままを演じてきた、嘘吐きの =
だから、父上の望むままに、婚約を承諾してしまったの。

愚かな愚かな、弱い = は。



**




「紅茶とコーヒーと、どちらになさいますか?」
「紅茶がいいな」
「分かりました。ミルクとレモン、どちらですか」
「ストレート」
「砂糖は?」
「だから、ストレートだってば」


テーブルの上に手をついて、ハイネ=ヴェステンフルスは言う。
彼ご所望の紅茶を淹れていると、不意に手を掴まれた。


「何ですか?ヴェステ……」
「……ハイネ」
「あぁ、申し訳ありません。ヴェス……」
「だから、ハイネだってば」


ちちち、とでも言うように、指を振る。
大仰な、仕草。
自分に自信を持っているからこそ、できるもの。

でもそんなところが、イライラするの。
それは私が、自分に自信を持っていないから。
だから、自信に満ちた彼を見ていると、無性にイライラして。
絶対に、名前なんて呼ばない。なんて思ってしまう。


「何で は、そんなにツンツンしてんだ?」
「してません」
「してるだろ?て言うか、そんなに俺のこと嫌い?」


尋ねるその人に、ええそれはもう!なんて言えたら、どれだけスッキリするだろう。
でも結局私は、


「そんなことはないですよ」


それだけしか、言えない。


「そんなことあるだろ。そんなに表情硬くて。おまけに話し方もつっけんどん。どこがそんなことないわけ?」


不満げな……不満げな、言葉。
声。

うるさいわ。関係ないでしょう。
私が自ら望んだわけじゃない。
父上と貴方が、勝手に決めたことでしょう?
睨みつけると、ククッと彼が笑った。


「その方が、らしいね」
「はい?」
「今のあんたが、本当のあんただろ?


そっちの方が、好ましい。

言外に告げる翡翠の双眸に、逃げ出したくなった。
逃げ出したい……!
この瞳の届かないところに、逃げてしまいたい。
まっすぐすぎる瞳は、視線は、息苦しくて。
呼吸が、楽にならない。
逃げ出したい。


「ま、いきなり婚約じゃ、しゃあないか」
「……?」


温かそうなオレンジの髪を、ガシガシと掻き毟る。
それでも、前髪は崩れないところに、彼の己の髪に対する執念のようなものを感じた。


「とりあえず、『オトモダチ』でどう?」
「友達?」


それは、明確な意味での婚約破棄を意味するのだろうか。
それは、困る。
父上の望むままに生きてきた私は、父上の望みから離れたくない。
父上の望みは、この人と結婚することだもの。


「悪ィ悪ィ。俺、言葉足んねぇんだわ」


瞳を伏せた私に、何を思ったのだろうか、彼はあわてて言う。
少し、そんなところがおかしくて。


「『オトモダチ』から始めねぇ?


真剣な……真剣な、翡翠の双眸。
私と同じ瞳。
でも澄んだ……綺麗な翡翠。

別に、貴方を認めたわけじゃないの。
ただ、ほんの少し……ほんの少しだけ、貴方を知りたいと思っただけなのよ。
ただ、それだけよ。
勘違い、しないでよ?

そう思いながら、こくりと頷く。


「『よろしく』な、
「……よろしく、ヴェス……」
「だーかーらー!ハイネ!俺は、ハイネだってば。それともお前、友達も姓で呼ぶわけ?」
「まだ、友達じゃないでしょう?」


まだ、友達になろうとしている段階でしょう?
言外に告げると、彼は額に手をやって。
ハァ、と溜息を吐いた――……。









暫くは、一緒にいてもいいかなって思っただけ。
ただ、それだけ。


まだそれは、『友情未満』の感情――……。



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まだ、恋愛の『れ』の字も出ていないハイネ夢。
ていうか、これを夢と言っていいものかどうか。
当初はただ、ザラやキラに対して言いたいことを言うためだけのはずが、ここまで大幅に膨らみました。
ごめんなさい、未亞嬢。
貴女様から頂いたナイスなネタ。必ず昇華させて見せます。
昇華できるかは、謎、ですけど……。