そう言ったら、君はどうする……? V 発展感情 アカデミーに入学した理由は、自分でも良く分からない。 ただ、もう随分と前から戦争の噂は絶えず囁かれており、自分の命を護るものは自分しかいないと思っていたのは事実だった。 入学を反対する両親も、涙ながらに引き止める恋人もいなかったから、そのままアカデミーに入学した。 広い敷地に、呆然としたのを覚えている。 戦争が近づけば、当然政府はその関係施設の充実を図る。 そのため、士官学校であるアカデミーは、教育施設としてはプラントでも最高峰の水準の学校だったのだ。 「寮……?どこだよ」 用意された略地図は、略されすぎていてわけがわからない。 早く着きすぎたのか、周囲には係の人間もいなかった。 仕方がない。 軍人を養成するための学校。それが、士官学校だ。 当然、時間には正確に、が主となる。 遅刻は勿論論外だが、早すぎるのも問題というわけだ。 どうしたものかな、と頭を抱えた。 「あの……」 声をかけられたのは、その時だった。 少女の、声。 でも、アカデミーの人間ではないらしいことは、声でなんとなく察しがついていた。 振り返ると、案の定そこには少女の姿があった。 緩くウェーブのかかった、セミロングの髪は、漆黒。 対を成す、極上の翡翠。 その身に纏うのはアカデミーの緑の制服――女性用はオレンジだったか?――ではなく、グリーンがかった白のワンピースだった。 「何かお困りですか?」 「え?あ……ああ。寮の場所って……」 「新入生の方ですか。……寮はこちらです」 そう言って、少女は歩き始める。 どうやら、案内してくれるらしい。 「有難う。助かった、本当に。誰もいないから、どうしようって……」 「入寮日初日の三時間前じゃ、いくらなんでも誰もいませんよ」 にっこりと微笑む少女に、わけもなく心臓が早鐘を打つ。 相手に聞こえているような気がして、慌てた。 とまれ、と命じても、止まる筈もなく――止まったら、怖いけどな――、ほんの少しだけ自分自身を呪った。 「アカデミーの生徒?」 「違います。ただ、小さい頃から出入りしているので、ここのことなら何でも知ってるだけです」 「そうなんだ……」 翡翠の瞳をきらきらとさせた、可愛らしい少女。 確かに、軍人には見えない。 軍人を育てるアカデミーにもそぐわない、少女。 「寮は、あちらです。頑張ってくださいね」 「あ……あぁ、有難う」 にこりと笑う少女に、礼を言って。 少女は、ぺこりと頭を下げる。 遠ざかる少女の背中を見つめながら、ハイネはぼそりと呟いた。 「名前、聞いてない……」 名前を聞くことすらも、忘れてしまった。 初歩的な、こと。 普段のハイネであれば、おちゃらけながらも聞いていただろう。 ――――『有難う。俺は、ハイネ=ヴェステンフルス。君、名前は?』―――― なんて。 そのときの自分すらも、容易に想像できるのに。 ガシガシと、ハイネは髪をかき回した。 一目惚れ、だとか。 そういうものを軽視していたのに。 その自分が、一目惚れ? なんていうことだろう。 「また、逢えるといいな……」 また、逢いたいと思う。 逢えると、いい。 少女が確かにアカデミーに出入りしているとすれば、それは不可能なことでもないように思えて。 それを思って、心を慰める。 また、逢えるといい。 胸に灯る暖かい感情を、そっと抱きしめて――……。 「おっ。 嬢だ」 「 嬢?」 アカデミーに入学して、首席の成績を常に収め続けた。 別段成績にこだわるつもりはなかったが、負けるのも嫌だった。 その時、彼女を見かけた。 先輩に当たる青年が、彼女を『 嬢』と呼んで、それが彼女の名前であることを知った。 「何、お前。知らないの?あぁ、新入生だもんな。彼女は、 = 嬢。有名だよ、アカデミーでは」 「 というと……」 「 教官の娘さん」 「え……!?」 思いがけない言葉に、ハイネは目を瞠った。 強面で評判の、 教官。 ハイネも、何度もしごかれたことがある。 それが、彼女の父親。 「ま、父親に似なくて良かったな、って感じだよな」 「それもそうですね」 ハイネも、頷く。 いつか、出逢えればいい。 そう思った、少女。 諦めるつもりは、勿論なかった。 いつか……いつか……。 彼女の父親である 教官に呼び出されたのは、アカデミー首席卒業を間近に控え、卒業後は『赤』を約束された、まさにその頃だった。 「婚約……ですか?」 「そう。うちの娘…… とだ。どうだね、ハイネ」 「何故、俺なんですか?」 問い返しながら、凡その見当はついていた。 開戦は、最早噂ではなくなってきつつある昨今の状況を鑑みるに、 教官も、娘を軍人にするかどうかの瀬戸際に立たされているのだろう。 アカデミー教官。 それを考えれば、戦場に軍人を送り出すことを考えれば、自分だけ娘を軍人にしないわけにはいかない。 少女といっても、後方に空きはいくらでもある。 そして軍は、プロパガンダを必要とするのだ。 より多くの人員を、戦場に集めるために。 最早開戦は、想像の外にあるものではなく、現実。 そしてそれは、総力戦となる。 総力戦ともなれば、数で劣るコーディネイターだ。 なんとしても、より多くの人員を集めたいだろう。 「これを見たまえ、ハイネ」 そう言って、書類を手渡される。 『部外秘』と記されたその書類。 ぱらぱらと捲ると、そこには遺伝子の適性率が記されていた。 どうやら、アカデミーの生徒全員分のデータであるらしい。 『ハイネ=ヴェステンフルス× = =82%』 驚くべき数値が、書かれていた。 80%を超えるカップルなど、滅多にいない。 あのアスラン=ザラとラクス=クラインでさえ、77%だったと聞く。 「どうだね、ハイネ」 「これは……すごい数値であるとしか言いようがないですね」 「君は、どうしたい?ハイネ=ヴェステンフルス。私の娘…… = を妻とし、護る覚悟はあるかね?」 少女の父親である 教官も、印象的な翡翠の瞳をしていた。 自分と、同じ瞳。 同じ色彩の瞳をしっかりと見据えて、ハイネは頷いた。 「それはもう」 「では、決まりだな、ハイネ。今度我が家に来てほしい。娘を紹介しよう」 「はっ!」 敬礼して、一礼する。 あのときの、少女。 願ってもなかったことだ。 教官の思惑は、分かっている。 娘をアカデミーに、ひいては軍に入れないために、ハイネを利用しようとしているだけだ。 それでも、欲しかった。 どうしても、欲しかったのだ。 あの少女。 = が。 どうしても、欲しくて……。 アカデミー卒業後に、約束された地位。 そして約束された妻。 どうしてもハイネは、欲しかったのだ。 教官の娘と知っても、諦めたくなかった。 『首席』に固執したのは、そのせいだったろうか……。 それは、自身でも判然としない。 それでも……。 心奪われたのは、真実だから――……。 『destined for...』第3話をお届けします。 あとがき……。 ハイネに愛されてください。 あぁもう、それしか言いようがない。 嫉妬心バリバリで、独占欲バリバリのハイネ=ヴェステンフルス。 でも、好きなこの前ではへタレ、を。 なんか目指してる感じですが。 大好きだ、ハイネ。 暫くの間は、一人ハイネ祭りします。 ハイネを祭ります。 ということは、暫くの夢小説更新はほぼ、このシリーズです。 欲望のままに生きすぎ、私……。 ここまでお読みいただき、有難うございました。 |