こんなにも傷ついてしまう

その理由が、分からない――……










Z   イタミ









 彼と私の関係は、結局あまり変わらない。
 あいも変わらず、私と彼は、『オトモダチ』だった。
 それは、父上が私たち二人に望む関係とは、違うけれど。
 ひょっとしたら、彼自身が望むものとさえ、違うのかもしれないけれど。
 少なくとも私は、今の関係で十分だと思っていた。


「父上ったら、もう……」


 軽く悪態をつきながら、私はその時父を探していた。
 アカデミー教官を務める父が、自宅に忘れ物をしたので、それを届けに来たのだ。



 ごく幼い頃から、私はアカデミーに出入りをしていた。
 理由は、簡単。
 私の母上は、私が幼い頃に亡くなったから。
 父は、アカデミー側に許可を取って、私が出入りすることを許してもらったのだ。
 幼い一人娘が、一人で自宅で過ごすことがないように。

 あれから私も成長したけれど、アカデミー側は変わらず、私の出入りを許してくれている。
 もっとも、以前と違って、いちいち入所時や対所持に、名簿に署名しなければならないけれど。
 だからアカデミーは、私にとってもう一つの自宅みたいなものだった。


「そう言えば……」


 そう言えば、ハイネもここで、私と会ったのだと、言っていた。
 でもやっぱり、覚えていない。
 あんなにも華やかで、圧倒的な存在感を持つ人。忘れるわけなんて、ないと思うのに。

 そう……だ。
 せっかく、アカデミーに来たんだもの。
 婚約者に、面会しようか。

 彼はいつも、休暇の度に私のところにやってくる。
 でも私は、一度も面会日に、彼を訪ねたことは、ないから。

 婚約者として、それはあまりにあまりだと思う。

 ちょうどいいことに、今日は面会日だから。


「すみません、 = です。ハイネ=ヴェステンフルスと、面会できますか?」


 インフォメーションコーナーにいるアカデミー生に、尋ねてみる。
 アカデミーでは、ほぼ何でもアカデミー生が担当する。
 夜回りや、案内なども、アカデミー生の訓練の一環だ。

 父への用事も終わったことだし、彼に会ってから、帰ろう。


「可能です。第3面会室へ、どうぞ」
「有難うございます」
「あ……!ご案内します、 = 嬢!」


 お礼を言って、私は面会室のほうへ向かった。
 後ろから声がかかるけれど、気にしない。
 案内なんて、不要だもの。



 でもここも、やがてもっと閉鎖的になっていくのだろう。
 今は、私でも割合自由に出入りすることが、できるけれど。
 きっともっと、閉鎖的になっていく。
 父の言ったとおり、本当に戦争が始まるのだとしたら。
 軍と並んで、アカデミーもまた、軍事機密の集合する場所に、なるだろうから。

 こうして、出入りできるのもきっと、今だけなのだろう。


「有難う。でも、場所は分かりますから。第3面会室、ですね?」
「は……はい!」


 きっと、アカデミーに入って、間もないのだろう。
 どことなく不慣れな様子が、私にそう思わせた。
 そう言えば、ハイネも。
 ハイネもきっと、こんな時があったのだろう。
 ほんの少し、微笑ましい気持ちに駆られた。

 あぁでも、彼ならば。
 彼ならばきっと、入学した当初から、今のような人だったのかもしれない。
 初々しい彼、と言うのは。どうしても想像できないような気が、した。

 廊下を歩いていると、声が聞こえてきた。
 休憩中の、アカデミー生のようだ。
 別に話を聞くつもりもなく歩いていると、彼の名前が、飛び込んできて。
 思わず耳を、澄ませる。


「しっかし、ハイネも上手いことやったよな」
「あぁ、あれ?婚約者の話か?」
「そう、それ」
「え、何それ。アイツ婚約者決まったわけ?」
「あ、お前知らなかったんだ。
= だよ、 = 教官の、娘」


 飛び込んできた自分の名前に、躯が竦む。
 何を、言っているのだろう。
 何を、言おうとしているのだろう。


教官って確か、特務隊だろ?」
「その一人娘と、婚約だって。ハイネのやつ、軍での出世は間違いないよな」
「アカデミー首席卒業で、レッド決まってるんだから、少しは俺たちにそう言う幸運、譲って欲しいよな」
「えぇ〜、俺はヤダよ。上官が舅とか」
「違いない」


 げらげらと、笑い声が、響く。
 脳裏に、こだまして。
 何、を。
 何を、言っているのだろう。

 彼は、優しくて。
 いつも、優しくて。
 休暇の度に、うちにきて。
 何も、打算めいたものは、感じなくて。
 ハイネ、と。名前を呼んだだけで、嬉しそうにしてくれて。
 そんな、打算。
 私は、感じたことなんて、なかったのに……。



 おかしいわ、
 おかしいわよ、 =
 だって彼とは、お友達じゃない。
 ただの、お友達じゃない。

 それは、やがて結婚することになるのだろうけど。
 でも、お友達じゃない。
 おかしいわ、


?」


 ぐらぐらと揺らぎそうになる。
 こめかみを押さえて立ち竦んでいると、聞き慣れた声が、かけられた。
 ハイネ……だ。


「面会に来てくれたんだって?有難う。でも、どうしたんだ?第3面会室って言われたのに、なかなか来ないから…… ?」
「……で」
?」
「触らないで!」


 手が、伸ばされる。
 その手を、振り払った。
 振り払って、走り出す。

 おかしい……おかしい……おかしい……。
 おかしいわ、私。
 おかしい。

 傷つく理由なんて、どこにあるというの?





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 お久しぶりです、『destined for...』なんか急に、展開してしまった気がしますけれど。
 ハイネ、ヘタレてしまいますねぇ……。
 アタシ、帝王な彼が好きなんですけど。
 そこはかとなくサドな彼が好きなのに。
 ……ヘタレ。
 カッコいい彼が書けたらなぁ、って、思います。

 ここまでお読みいただき、有難うございました。