愛しいと切望することすらも

君を穢すと言うのなら

罪悪だと言うのなら

俺は何も望まずに

君の望む『兄』を演じ続けよう






]U   絆






がいないことに気づいたのは、が部屋から姿を消して、暫く経ってからのことだった。
が腰掛けていたベッドのシーツは、冷たくなっていて。それが俺に、時間の経過を教えてくれていた。


「何処に行ったと思う?」
「分からない……自殺は、考えてはいないと思うけど」
「もしかして……!」


ニコルが声を上げて、全員が注目する。
どんなに小さくてもいいから、手がかりが欲しかった。
そこまで心配するなんて、過保護もいいところだって?
それはそいつに、大切なものがないから言えるんだ。
本当に大切なもののためなら、何だって霞んで見える。『大切』って、そういうことだろ?唯一絶対の至上のものだから、『大切』なんだ。


「イザークのところに、行ったんじゃないですか?」
「ちょっと待て、ニコル。いくらなんでもそれは有得ないだろう。はイザークに犯されたんだ。怖くて、行けねぇだろ、普通」
「いや、ミゲル。有得なくはないと思う」
「何でだ?アスラン」
がいなくなる前、俺たちがしていたであろう話を、思い出してみろ」


アスランに言われ、俺はその時していた会話を辿る。
が顔色を変えた……あぁ、あれだ。


「俺がイザークを殴った話、だな」
「ああ。なら、それだったら行きかねない」


イザークを許せないと感じたときに、ある程度の覚悟はしていた。
イザークは赤で、俺は緑。
イザークはエザリア=ジュールのご子息様で、俺はしがない一般家庭の身の上。
やりすぎれば、下手すりゃ首が飛ぶだろうな、なんて。覚悟はしていたさ。
もっとも、いくら緑といっても、俺はカスタムジンを許されてるから、悪くて左遷だろうが。



は、優しいんだ。基本的に。
言葉が苦手なのか、人との付き合いが苦手なのか。話をすることは苦手だし、表情も動きにくい。常に冷静だから、冷たい人間と思われがちだが、それは違う。
は、優しい。他人のことまで考えて……考えすぎて身動きが取れなくなるほど優しいんだ。
だから、俺は惹かれた。
それは、アスランも同じだろう。



優しくて、不器用で。
そんなお前が、好きだよ。……。
一生秘めたままの恋心になってしまっても。変わらずお前が好きだ。
きっとこれは、俺の心に細胞レベルまで組み込まれていて。そして俺はこの感情を捨てることを望まないのだろう。

誰よりも、愛しい少女。
それは、=と。俺の心に刻まれているんだ。
恋しい、愛しい。
これほどの情熱を傾けられるほどの女性なんて、滅多にいない。
きっとが、初めてなんだろうな。

女に不自由したことはなかったし。
付き合ったことがある女性なんて、片手じゃ足りないほどだけど。
その全てが、他の男からすれば『羨ましい』の一言で済ませられるような女性だけど。
俺にとってはそれ以上の存在。
どんな女も、お前には敵わない。
血で染まった我が身をお前は時々悔いているみたいだけど。それでも、その輝きは他者を圧倒する。

あ〜あ。ホント、イザークには勿体ねぇや。
俺はあったことないけどさ。の異母妹の=には。
でも、ほどの女性、滅多にいないと思うぜ?

案外、エザリア=ジュールが今回の婚約を進めたのかもな。
場所は違えど、エザリア女史もも、『戦う女』だ。男に従うことを潔しとしない、高潔なまでの誇り高さは、両者に共通している。
ただ黙って従属するだけの女じゃない。
男と同じ目線に立つことが出来る女性。

滅多にいねぇよ、そんな女。


「とりあえず、イザークのところに行こう。今はが心配だ」
「ああ」


頷いて、それに了承する。
イザークは、何をするか分からない。
しかもすでに、やらかした後だ。
頷いて、俺たちは部屋を飛び出していた。



**




無重力下をふよふよと浮きながらイザークの部屋に向かう。
……じれったい。
重力下なら、走っていけるのに。
普段以上に時間が流れているような気がして、壁を蹴り倒したくなった。

ややもすると、同じようにふよふよと浮きながら、がこちらにやってきて。


「先輩?アスランにニコル、ラスティまで……どうしたんだ?」
「どうしたんだ?じゃねぇ。お前、何処行ってたんだ?」
「……展望室に」


?目、泳いでるぞ?
お前、ホント分かりやすいのな。
嘘ついているかどうか、すぐ分かる。


「イザークのところにいったこと、分かってるんだよ?
「……話をしに行っただけだ」
「話?何の?」
「大したことじゃ、ない」
「大したことじゃない、じゃない。俺のこと、なんだろ?」


尋ねると、は呆気に取られた顔をして。
それから、渋々と頷いた。
言う気、なかったんだろうな。
自分は何をこうやった!なんて手柄顔で話をするようなタイプじゃない。気づかれなければそれでいい、みたいな。そんな感じで淡々と仕事を処理するタイプだから。


「何もなかったか?」
「何もありませんよ、先輩。気にされないでください」
「俺がしたことが、帰ってお前に迷惑をかけたみたいだな……。すまない」
「違う。それは違います、先輩。私が、したかったんです」


そんなこと言って、いいの?
お前が俺のこと、『兄貴』としか見れないって知ってるけど俺、期待しちゃうよ?


「守られるだけは、嫌なだけ。それだけです、先輩」


の赤い瞳が真っ直ぐに俺を見つめて。
本当に、やめて欲しい。
期待のもちようもないことを知っているのに。恋心が増長して、留まるところを知らなくなってしまいそう。


「そんなことしなくても、よかったんだ。いくらエザリア=ジュールの愛息子を殴ったからって、軍も俺を除隊させることなんて出来る筈がないんだから」
「分かってます。先輩の実力は、私は重々承知しています。伊達に先輩と戦列を共にしてきたわけじゃありません。先輩の事だったら、悪くて左遷だってことも想像はついてます」
「じゃ、何で?」
「先輩が左遷させられるのも、嫌だったからです」


赤い瞳は、真剣そのものの光を湛えていて。
本当に、綺麗。
真剣そのものの顔で言い募るに、俺は頷いて。
ぽんぽんと頭を撫でる。


「そっか。有難うな、
「私のほうが、先輩にお世話になりっぱなしですよ?」


小首を傾げて、笑う。
微かな微かな、微笑。
それでも、笑ってくれたことが、素直に嬉しい。
=を名乗っていたときから、が笑うのは滅多になくて。
でも、時々俺にだけは笑ってくれたり、些細な感情の波をぶつけてくれて。
俺は本当に、嬉しかったんだ。

今は俺だけじゃなくて、アスランやラスティも込みだけど。
それでも、君が笑ってくれればそれだけで、俺は嬉しい。


「左遷も、嫌だったんです。先輩がクルーゼ隊を離れるなんて、絶対に嫌……」
「最前線から俺を外すほど、軍首脳部は馬鹿じゃないと思うぜ?」


悪戯っぽく笑うと、もふわっと顔を綻ばせた。
……可愛い。
本当に、可愛いと思ってしまう。

弟みたいだ、なんて。初めのうちは思っていた。
を名乗っていたとき。
下に小さな弟がいる俺は、がほっとけなくて。
もう一人弟がいる気分で、に構っていた。
でも、が本当はと言う名前の少女だと知って。
俺の中に別の感情が生まれた。
それは、愛しい、と言う感情だった。
が、愛しかった。

妹ができたらこんな感じかなって、最初は思ったりもしたけど。
きっと妹がいても、こんな感情を抱きはしなかったと思う。
こんな熱い感情は、激しい感情は、他に抱きようがない。
相手が、だから。
だから俺は、この感情を抱いた。
妹とかなんだとか。そんな言葉で飾るのは、きっと間違いなんだ。

そんな言葉で片付けられる感情なら、初めから抱きはしなかった。


「んじゃ、も無事なことだし。部屋に戻るか」
「うわぁ。もうすぐ消灯時間だ」
「ははっ。早く部屋に戻らなきゃな」
さんは今日は、ミゲルの部屋にお泊りですか?」


ニコルに問われて、が伺いをたてるみたいに俺のほうを見つめる。
アスランが一瞬顔を顰めたような気がしたけど、構うもんか。
俺の気持ち、知ってるんだもんな。アスラン。
でもお前だって、俺の気持ち知ってるだろ?お前にも俺、を渡したくない。


「ああ。は俺の部屋に泊まらせる」
「じゃあ、明日は僕の部屋に泊まりに来てくださいね、さん」
「え……?」
「待ってますから」
「……いいのか?」


ニコルの言葉に、は戸惑いがちに尋ねる。
不安……なのかな。
を見ていて感じるのは、自己の存在に対する実感が希薄と言うことだ。
自分をなかなか保てない、とでも言うのかな。
自分の存在と言うものを、酷く懐疑的に考えているような気がする。

私はここにいてもいいのか。
私は必要なのか。

そんなことを、常に周りに問いかけずにはいられない。そんな感じ。
ある種のトラウマって言うのかな、これも。

自分て言う存在を、周りに問いかけずにはいられないほど。追い詰められた生活をしていたのかと思うと、それだけで痛ましい気持ちになる。
そしてそういう追い詰め方を、イザークもしていたのかと思うと余計に、目の前の少女が哀れで仕方がない。
それでも、こいつはイザークを想うんだ。
どうして、あそこまで酷い目にあってなお、イザークを想える?
想うおうと、思うことができる?



それは、お前の強さなのかな、
それとも、弱さなのだろうか。
そんなことを、ふと考えた……。



**




夜更けに、人の気配を感じた。
先輩の部屋で、先輩のベッドを占領して、私は寝ていた。
申し訳なくて、ソファで寝るといったのだけど、先輩は頑として許してくれなくて。

シーツに包まってると、先輩が好む香水の独特の香りが微かに香って。
ここが自室ではないことを、ぼんやりと教えてくれていた。

きしり、と微かにベッドのスプリングが軋む。
気配を殺すことなく、誰かが近付いてきた。


……」


呼びかけられて、一瞬どきりとした。
声は、紛れもなく先輩のもので、驚く必要も、不審に想う必要もなくて。
眠ってると思ってるんだろうな、と思いながら、寝たふりをしていた。
私にとって先輩は、何処までも『お兄さん』でしかなかったから。

先輩の指が、私の髪を撫でて。


「好きだ、……」


囁かれて、私は思わず目を見開いた。
好き……?誰が……?誰を……?
混乱する頭を宥めようとしていると、先輩がすっと腰をかがめて。
頬に、吐息がかかる。
普段よりも一層強く、先輩の香水が香って。
頬に、何かが触れる感触と、温もりを感じた。







築き上げてきたものが、変わる音が、聞こえた……。















愛しいと想うことすらも、君を穢すこと。

そう分かっていてもなお、君に焦がれ続ける俺。

君が、好き。

愛しいと、切望せずにはいられない……。







ミゲルの恋心って書いたことなかったので、すごく新鮮で。
て言うかいい加減ミゲルとくっつけたい緋月ですが。
如何せんこれはイザーク夢。
イザークは短編で存分に苛めることにします。
いや、ミゲル死ぬし。
不安に思ってる方に改めて。
ハッピーエンドはイザークと、です。ミゲルとくっつけると死にネタ悲恋になるので。
ちゃんとイザークとくっつけます。

ここまで読んでいただき、有難うございました。