俺のしでかしてしまった罪

拭いきれない それ

傷つけてしまったものは

あまりにも愛しすぎた……






]W   別離






先輩が、戦死した。
ラスティも、もう何処にもいない。
オロールも、マシューも。どこを探しても、いない。
みんなみんな、私の目の前で戦死した。


「くぅ……うあぁぁぁぁああああっっ!!」


誰もいない展望室で、誰もいないことをいいことに、喚き散らす。
心が、おかしくなってしまいそうだ。
喚かなければ、叫ばなければ、狂ってしまうかもしれない。

好きだ、と言ってくれた人。私を、愛してくれた人。
私は何も、返せなかった。
好きだと言ってくれて。愛していると言ってくれて。兄のように優しい愛情で包んでくれた人に。
私は何一つ返せないまま、目の前で死なせてしまった。

好きだ、と言ってくれた。愛していると、言ってくれた。
私を、望んでくれた人。
私はその人に、何も返せなかった。
「先輩……先輩……ごめんなさい……私……私……」


優しかった、人。
優しすぎた、人。
私を、愛してくれた人。
必要だと言ってくれた人。
それなのに、私は……私は何一つ返すことも、与えることも出来なかった。

もう、この世界のどこを探しても先輩はいない。
辛いときに、抱きしめてくれた腕。
命を捨てようとした私を、諫めてくれた。
何かあればいつも、駆けつけてくれた。


私はこんなにも先輩に、甘えていたんだ。

人気のない展望室で、膝を抱える。



伸ばした手 届かない声

暁の空を見上げて 捧げる祈りは

空しさを孕んで

君の面影を探し続ける僕の心を濡らし続ける




この歌が、届くといい。
先輩の元へ、届くといい。








大きなショックに我を忘れていた私は、ここが軍艦の中だと言うことも失念して。
公共の場であることも、忘れて。



……彼に、気づけなかった。



**




生まれて始めて、俺は実戦を体験した。
手の中にまだ、自分が屠った命の感触が残っているような気がして、気持ちが悪い。
シュミレーションとも、模擬戦とも違う。
確かに命を奪った。その重みが、俺の両肩に圧し掛かって。
圧迫されそうになる。
……苦しい。
命を奪う、と言うこと。
戦うと言う、こと。俺はその半分も理解していなかったことを、思い知る。



展望室に向かったのは、こんな無様な自分を、誰にも見られたくなかったからだ。
あそこなら、誰もいない。
そう思って無重力化を浮かびながら移動する俺の耳に、聞き覚えのある歌が飛び込んできた。



君の声 君の笑顔

この心に今も鮮明に 君は残っているのに

もう何処にも 君の温もりは残っていなくて



どうかお願いだから

せめて夢の中だけでも 僕に逢いに来てほしい

もう一度 その微笑を

もう一度だけ 君の温もりに触れさせて

抱く者のない腕の中

君の痕だけが残ってる

切ない余韻を孕んだまま

君の温もりを 望むまま






俺は、その歌を聴いたとき、何を思ったのだろうか。
気がついたときは、いけ好かない筈のあの女―― = ――の傍らに、立っていた。


「……アスランか」


気配を感じたのか、あの女は顔も上げずにそう尋ねる。
否、それは確認を取るといった言葉のほうが適切だっただろう。


「情けないと思わないか?アスラン。軍人として、実戦経験もある私が、涙しか出てこないんだ……」
「……」


は、相手がアスランではなく俺だと言うことに、気づいていないようだった。
返事がない俺を怪しむ様子もなく、 は尚も言葉を紡ぎ続ける。


「アスラン私……先輩に告白されたんだ。好きだ、と」
「――っつ!?」
「でも私は、応えられなかった。私は先輩を、『兄』としか見れなかったから」


悲しげな声で、言い募る。
この女は、ミゲルが絡んだときだけ、こんな顔を……こんな声をするんだ。
感情なんてどこかにおいてきましたとでも言いたげな、いけ好かない態度で普段は皆と接しているくせに。
……それがどうしようもなく、苛つく。


「私は、応えられなかった。私は……イザークを、愛しているから」


静かな声、だった。
感情なんて置き忘れてきた人間が、紡ぐにはあまりにもその声は静かで。言葉は、あまりにも重過ぎた。
誰が、誰を、なんだって?
貴様が、俺を?
= が、イザーク=ジュールを。愛している、と?



そんな筈が、ない。
俺はあれだけ、貴様を傷つけた。
否、傷つけたではすまないことを、した。
自覚は、している。
憎まれこそすれ。さげすまれこそすれ。愛される筈が、ない。
おかしい。こんなのは、おかしい。

何かが、間違っている。


「お前も先輩も、言っていたな。何でこんな目に遭ってまで、イザークを想うのか、って」
「……」
「答えは、簡単だ。あまりにも簡単すぎて、イザークでさえ、忘れただろう。

お前と出逢う一年前……だったか。私は偶然、イザークに逢ってるんだ」


膝を抱えて、下を向いたまま。
が、訥々と話し始める。
普段ならば苛ついて仕方のないその話し方も、今はちっとも気にならなくて。
それだけ俺は、 の言葉の続きが、気になって仕方がなかった。
この女が何を言わんとしているのか。俺には心当たりがあって。でも、それはあまりにも今とそぐわなくて。
おかしい。そんな筈が、あるわけがない。
この女が、あの少女である筈が、ない。


「知ってるだろ?私はずっと、この瞳が嫌いだった」
「……」
「この瞳は、私たち兄妹に父様がくれた唯一のもので。母様は綺麗と言ってくれたけど、私たちを捨てた男の遺伝なんて、私は欲しくなかった。勿論、 も。

でも、だからと言って、持って生まれたものは変えられようもなくて。ずっと、気持ちが悪いって言われ続けた。赤い瞳なんて、気持ちが悪いと。
でも、イザークは言ってくれたんだ。綺麗だって」
「……」
「嬉しかった。生まれてはじめて、だったから」


の持つ空気が、その時ふっと緩んで。
穏やかに、なった。


「それ以来、ずっとだ。ずっと = はイザーク=ジュールを想い続けた。……だから、無理なんだ。年季が入りすぎて、あいつを心から消せない」
「……」
「先輩に、言えばよかったのかな。あいつを忘れて、先輩と生きたいって。そう言えば少しでも、先輩の魂は安らいだだろうか。……らしくもない。さっきからずっと、そんなことを考えていた」


苦笑いをかみ殺すような、そんな空気が伝わってきて。
そんな中で、俺はただ頭を抱える。
気持ちの……心の整理が、出来ない。


俺は、何をした?
= に、イザーク=ジュールは何をした?
何を、してしまった?
欲望に任せて、無理矢理に蹂躙した。
愛情の欠片すらも、与えなかった。

これは、なんという茶番だ。
幼い頃の小さな、儚い邂逅。
その対象と当に再会していたのに。俺はそれに気づきもせずに。愛しいと想っていた筈の少女を、無意識に傷つけ続けた。
なんて、愚かだったのだろう。
あまりの愚かしさに、自嘲の笑みさえ洩れない。
あまりにも、俺は愚かで。幼くて。

そして何も……何も、見ていなかったんだ。


「こんな結末が待っていると知っていたなら、先輩にあげればよかった。私を、あげればよかったんだ。
どうせもう、綺麗な躯じゃない。大切に想っていたものでさえ、無残に打ち砕かれて……そんな私を支えてくれたのは、先輩だったから。先輩に、あげればよかった。 = を、あげればよかったんだ……!」
「……」


かける言葉が、見つからない。
呆けたように、俺は無言で立ち尽くして。
の言葉を、聞き続ける。
それが、俺に課せられた罰だ、と。その時俺はそう思っていたのかも知れない。それくらいのことで、消える筈もない罪だけれど。


「でも、先輩はそんなこと、望まなかったんだ……。先輩が望んだのは、私に先輩の気持ちを告げることだけ。それ以上は何も……何も、先輩は望まなくて……!私は……」
……」


思わず、声をかけていた。
今までの俺からは想像もつかないような声が、俺の唇から滑り落ちて。
が一瞬躯を強張らせて、それから俺を見据えた。


「イザーク……?」


赤い瞳を、大きく見開いて。
あどけないとさえ思える顔で。俺を、見上げる。
けれど見る見るうちにその顔は強張って。座り込んでいた床から立ち上がると、後ずさる。

けれど の様子に頓着する余裕など、今の俺にはなくて。


「今の話……どういうことだ?」
「……何のことだ?」
「今、言っていただろうが。お前……あの時の……?」
「何のことだか分からない。お前が何を言わんとしているか分からない。……だから、私じゃない」
「あの時も…… 家の夜会で初めて逢った時も、貴様はそう言った」


俺が言うと、 は僅かに目を逸らした。
嘘をついている。直感で、分かった。


「何をどう言われても、私は知らない。分からない」
「貴様が自分で言っただろう、今!俺と昔逢った、と」
「……言った覚えなど、ない」
「言った!」


水掛け論だ、と思った。
俺がいくら聞いたと言っても、 は否定する。
そして が言ったと言う確証は、俺が聞いたと言う事実しかなくて。
どうしようもなく、歯痒かった……。



**




突然目の前に現れたイザークに、私はただ驚いて。
気づかなかった。アスランだと、思っていた。
イザークが私に近付く筈がない。そう思っていたから。

でも、聞かれてしまった。


――――『異母姉様はまさか、ご自分がイザーク様に相応しいとでも思っていたのですか?』――――

――――『どちらが先に出逢ったとか、どちらが先にあの人に惹かれたかなんて、関係ないことでしょう?異母姉様はこれから先ずっと、 異母兄様として生きるのですもの』――――

――――『異母姉様よりも私のほうがずっと、イザーク様には相応しいですわ。異母姉様も、そう思われません?』――――



あぁ、あの子の声が、聞こえる。
思い出したくもないのに。あの子のことなんて、忘れてしまいたいのに。

本当は、分かってた。
あの子の方がずっと、イザークには相応しい。
生まれも、育ちも。
分かってた。父様もそう仰った。
私はただ、愚かな夢を重ねていただけ。


――――『 が死んだ今、お前はこれから として生きてもらう』――――

――――『= は死んだ。お前は、 = だ』――――

――――『我が家にはジュール家のバックアップが必要だ。だがお前では話しにならん。イザーク君には、 を娶わせる』――――



知ってる。知ってる。私では、ジュール家の格式に合わない。 が死ななければ、私は一生男として生きることになっていた。
が死んだから、私は必要になった。
知っている。分かってる。
だから……だから私を放っておいて。

私は、イザークに逢ってなんかいない。
私とイザークが初めて逢ったのは、 家の夜会。 の紹介。
そう。それが決められていたこと。定められていたこと。
それより先に、私はイザークと逢ってはいけなかったの……!!


「お前……なんだろう?あの時、泣いていた少女は。お前……だろう?」
「聞いてなんになる?」
「……謝りたい。今までのこと、全て」


真摯に言い募るイザークに、笑いたくなった。

結局お前は一度も、私を見てはくれなかった。
その事実が、滑稽で。笑ってしまいたくなった。


――――『お前は、お前だ。お前は、「 = 」という名の、一人の人間なんだ。お前の価値は、お前自身が決めろ』――――



先輩の言葉が、よぎる。
先輩が死んでしまった今、それは私への先輩の、餞の言葉。訓示として、私の中に残っていて。

私は、私だから。
イザークは、どうあっても私を見はしないのだろう。
イザークにとって必要なのは、過去の私。 の代わりとしての私。
それを思い知って。それでもなお、一緒に生きることは、出来ない。
それはもう、プライド以上の問題。
イザークは、今の……現在の私を否定する。
否定し続けて、過去に拘泥する。
そんなの、私はゴメンだ。

私は、お前が好きだから。
それは、過去だけじゃない。今も、好きだから。愛しているから。
昔ほどの優しさを感じられなくなっても、その気後れするほどの高潔さとか、自分を厳しく律するところとか。
私は、今もひっくるめてお前が好きだから。




だから私は、お前と一緒にはいられない。
漸く、分かった。

お前を好きな気持ちに、偽りはない。
だからこそ、私はお前と一緒には生きられない。


「俺は、あの時逢った少女が忘れられなかった。 に会ったとき、最初に惹かれたのは、 が彼女に似ていたからだった」
「……」
「だから、彼女と似ているのに違うお前に反発した。でも……彼女は、お前だったんだろう?」
「……お前は結局、一度も私を見てはくれないんだな……」
「何?」


私の言葉に、イザークは顔色を変える。
一度も、お前は私を見てはくれなかった。
お前が愛してくれる私は、記憶の中の……誰かの代わりとしての私。
それも、一つの形なのかもしれないけれど。私は、そんなものは要らない。
私は、私を見て欲しい。
私を、愛して欲しい。
望むことは、それ。
だから……。




だから私は、お前の傍にはいられないんだ。


「婚約は、正式に破棄しよう」
「……何故?」
「お前はただ、過去に縛られている。私は、そんなものは要らない。それで、うまくいく筈がないだろう。エザリア様には、私から申し入れる。……もう、終わりにしよう」


憎いから、離れるのではない。
ただ、私が愛しすぎたから。
だから、離れよう。
私は、負けたんだ。
私は、イザークを愛しすぎた。


「終わりに、しよう。全てを清算しよう。……気にするな。私は家を出る」
「だが、それは……」
「私は、一人で生きられる」


自由に、自分の足だけで立ってみよう。
は、自分の命と引き換えに、私に翼をくれた。
今なら、そう思える。
手折られた翼に、先輩が……ラスティが、アスランが……たくさんの人の優しさが、力をくれた。
だから私は、一人で生きていける。
家に頼らず、 として。私は、生きていける。





意地だけで、軍人を続けてきた。
平和を希求する気持ちは、今も変わらない。
でもそれは、クルーゼ隊でなくてもいい。
転属届けを出そう。自分の気持ちに、しっかりとけりをつけよう。
そのためにも、離れよう。
イザークと離れて。アスランたちとも離れて。一度一人になろう。


「今まで有難う、イザーク」
?」
「だがこれからは、私は一人で生きる。これで、私たちは仕舞いにしよう」


立ち上がって、イザークに歩み寄る。
手を差し出すと、空虚な瞳で、イザークがそれを見返してきて。
無理矢理笑みを作る。
そして、囁いた。


「さようなら。イザーク。……ずっと好きだった」
……」


名を呼ぶその人に、微笑む。
これで、お仕舞い。







ずっとお前が、好きだった。イザーク。
だから……さようなら。































人のいなくなった展望室に、俺はいつまでも呆けたように立ちすくんでいた。
綺麗に微笑んで、立ち去った
いつも俺を想い続けてくれていた、 =


「俺は、バカか……」












逃したものは、あまりにも大きかった。







もう何も言うことないです。
これも一つの生き方と。
そう思ってください。
て言うかこの話の中のイザークがアホになってしまっていて、すみません。
あまりにもぽんぽんと気持ちを変える男ですみません。
次で最終話です。
この二人がつける決着を、見守ってくだされば幸いです。

ここまで読んでくださって、有難うございました。