拭いきれない それ 傷つけてしまったものは あまりにも愛しすぎた…… ]W 別離 先輩が、戦死した。 ラスティも、もう何処にもいない。 オロールも、マシューも。どこを探しても、いない。 みんなみんな、私の目の前で戦死した。 「くぅ……うあぁぁぁぁああああっっ!!」 誰もいない展望室で、誰もいないことをいいことに、喚き散らす。 心が、おかしくなってしまいそうだ。 喚かなければ、叫ばなければ、狂ってしまうかもしれない。 好きだ、と言ってくれた人。私を、愛してくれた人。 私は何も、返せなかった。 好きだと言ってくれて。愛していると言ってくれて。兄のように優しい愛情で包んでくれた人に。 私は何一つ返せないまま、目の前で死なせてしまった。 好きだ、と言ってくれた。愛していると、言ってくれた。 私を、望んでくれた人。 私はその人に、何も返せなかった。 「先輩……先輩……ごめんなさい……私……私……」 優しかった、人。 優しすぎた、人。 私を、愛してくれた人。 必要だと言ってくれた人。 それなのに、私は……私は何一つ返すことも、与えることも出来なかった。 もう、この世界のどこを探しても先輩はいない。 辛いときに、抱きしめてくれた腕。 命を捨てようとした私を、諫めてくれた。 何かあればいつも、駆けつけてくれた。 私はこんなにも先輩に、甘えていたんだ。 人気のない展望室で、膝を抱える。 暁の空を見上げて 捧げる祈りは 空しさを孕んで 君の面影を探し続ける僕の心を濡らし続ける この歌が、届くといい。 先輩の元へ、届くといい。 大きなショックに我を忘れていた私は、ここが軍艦の中だと言うことも失念して。 公共の場であることも、忘れて。 ……彼に、気づけなかった。 生まれて始めて、俺は実戦を体験した。 手の中にまだ、自分が屠った命の感触が残っているような気がして、気持ちが悪い。 シュミレーションとも、模擬戦とも違う。 確かに命を奪った。その重みが、俺の両肩に圧し掛かって。 圧迫されそうになる。 ……苦しい。 命を奪う、と言うこと。 戦うと言う、こと。俺はその半分も理解していなかったことを、思い知る。 展望室に向かったのは、こんな無様な自分を、誰にも見られたくなかったからだ。 あそこなら、誰もいない。 そう思って無重力化を浮かびながら移動する俺の耳に、聞き覚えのある歌が飛び込んできた。 この心に今も鮮明に 君は残っているのに もう何処にも 君の温もりは残っていなくて どうかお願いだから せめて夢の中だけでも 僕に逢いに来てほしい もう一度 その微笑を もう一度だけ 君の温もりに触れさせて 抱く者のない腕の中 君の痕だけが残ってる 切ない余韻を孕んだまま 君の温もりを 望むまま 俺は、その歌を聴いたとき、何を思ったのだろうか。 気がついたときは、いけ好かない筈のあの女―― = ――の傍らに、立っていた。 「……アスランか」 気配を感じたのか、あの女は顔も上げずにそう尋ねる。 否、それは確認を取るといった言葉のほうが適切だっただろう。 「情けないと思わないか?アスラン。軍人として、実戦経験もある私が、涙しか出てこないんだ……」 「……」 は、相手がアスランではなく俺だと言うことに、気づいていないようだった。 返事がない俺を怪しむ様子もなく、 は尚も言葉を紡ぎ続ける。 「アスラン私……先輩に告白されたんだ。好きだ、と」 「――っつ!?」 「でも私は、応えられなかった。私は先輩を、『兄』としか見れなかったから」 悲しげな声で、言い募る。 この女は、ミゲルが絡んだときだけ、こんな顔を……こんな声をするんだ。 感情なんてどこかにおいてきましたとでも言いたげな、いけ好かない態度で普段は皆と接しているくせに。 ……それがどうしようもなく、苛つく。 「私は、応えられなかった。私は……イザークを、愛しているから」 静かな声、だった。 感情なんて置き忘れてきた人間が、紡ぐにはあまりにもその声は静かで。言葉は、あまりにも重過ぎた。 誰が、誰を、なんだって? 貴様が、俺を? = が、イザーク=ジュールを。愛している、と? そんな筈が、ない。 俺はあれだけ、貴様を傷つけた。 否、傷つけたではすまないことを、した。 自覚は、している。 憎まれこそすれ。さげすまれこそすれ。愛される筈が、ない。 おかしい。こんなのは、おかしい。 何かが、間違っている。 「お前も先輩も、言っていたな。何でこんな目に遭ってまで、イザークを想うのか、って」 「……」 「答えは、簡単だ。あまりにも簡単すぎて、イザークでさえ、忘れただろう。 お前と出逢う一年前……だったか。私は偶然、イザークに逢ってるんだ」 膝を抱えて、下を向いたまま。 が、訥々と話し始める。 普段ならば苛ついて仕方のないその話し方も、今はちっとも気にならなくて。 それだけ俺は、 の言葉の続きが、気になって仕方がなかった。 この女が何を言わんとしているのか。俺には心当たりがあって。でも、それはあまりにも今とそぐわなくて。 おかしい。そんな筈が、あるわけがない。 この女が、あの少女である筈が、ない。 「知ってるだろ?私はずっと、この瞳が嫌いだった」 「……」 「この瞳は、私たち兄妹に父様がくれた唯一のもので。母様は綺麗と言ってくれたけど、私たちを捨てた男の遺伝なんて、私は欲しくなかった。勿論、 も。 でも、だからと言って、持って生まれたものは変えられようもなくて。ずっと、気持ちが悪いって言われ続けた。赤い瞳なんて、気持ちが悪いと。 でも、イザークは言ってくれたんだ。綺麗だって」 「……」 「嬉しかった。生まれてはじめて、だったから」 の持つ空気が、その時ふっと緩んで。 穏やかに、なった。 「それ以来、ずっとだ。ずっと = はイザーク=ジュールを想い続けた。……だから、無理なんだ。年季が入りすぎて、あいつを心から消せない」 「……」 「先輩に、言えばよかったのかな。あいつを忘れて、先輩と生きたいって。そう言えば少しでも、先輩の魂は安らいだだろうか。……らしくもない。さっきからずっと、そんなことを考えていた」 苦笑いをかみ殺すような、そんな空気が伝わってきて。 そんな中で、俺はただ頭を抱える。 気持ちの……心の整理が、出来ない。 俺は、何をした? = に、イザーク=ジュールは何をした? 何を、してしまった? 欲望に任せて、無理矢理に蹂躙した。 愛情の欠片すらも、与えなかった。 これは、なんという茶番だ。 幼い頃の小さな、儚い邂逅。 その対象と当に再会していたのに。俺はそれに気づきもせずに。愛しいと想っていた筈の少女を、無意識に傷つけ続けた。 なんて、愚かだったのだろう。 あまりの愚かしさに、自嘲の笑みさえ洩れない。 あまりにも、俺は愚かで。幼くて。 そして何も……何も、見ていなかったんだ。 「こんな結末が待っていると知っていたなら、先輩にあげればよかった。私を、あげればよかったんだ。 どうせもう、綺麗な躯じゃない。大切に想っていたものでさえ、無残に打ち砕かれて……そんな私を支えてくれたのは、先輩だったから。先輩に、あげればよかった。 = を、あげればよかったんだ……!」 「……」 かける言葉が、見つからない。 呆けたように、俺は無言で立ち尽くして。 の言葉を、聞き続ける。 それが、俺に課せられた罰だ、と。その時俺はそう思っていたのかも知れない。それくらいのことで、消える筈もない罪だけれど。 「でも、先輩はそんなこと、望まなかったんだ……。先輩が望んだのは、私に先輩の気持ちを告げることだけ。それ以上は何も……何も、先輩は望まなくて……!私は……」 「 ……」 思わず、声をかけていた。 今までの俺からは想像もつかないような声が、俺の唇から滑り落ちて。 が一瞬躯を強張らせて、それから俺を見据えた。 「イザーク……?」 赤い瞳を、大きく見開いて。 あどけないとさえ思える顔で。俺を、見上げる。 けれど見る見るうちにその顔は強張って。座り込んでいた床から立ち上がると、後ずさる。 けれど の様子に頓着する余裕など、今の俺にはなくて。 「今の話……どういうことだ?」 「……何のことだ?」 「今、言っていただろうが。お前……あの時の……?」 「何のことだか分からない。お前が何を言わんとしているか分からない。……だから、私じゃない」 「あの時も…… 家の夜会で初めて逢った時も、貴様はそう言った」 俺が言うと、 は僅かに目を逸らした。 嘘をついている。直感で、分かった。 「何をどう言われても、私は知らない。分からない」 「貴様が自分で言っただろう、今!俺と昔逢った、と」 「……言った覚えなど、ない」 「言った!」 水掛け論だ、と思った。 俺がいくら聞いたと言っても、 は否定する。 そして が言ったと言う確証は、俺が聞いたと言う事実しかなくて。 どうしようもなく、歯痒かった……。 突然目の前に現れたイザークに、私はただ驚いて。 気づかなかった。アスランだと、思っていた。 イザークが私に近付く筈がない。そう思っていたから。 でも、聞かれてしまった。 ――――『どちらが先に出逢ったとか、どちらが先にあの人に惹かれたかなんて、関係ないことでしょう?異母姉様はこれから先ずっと、 異母兄様として生きるのですもの』―――― ――――『異母姉様よりも私のほうがずっと、イザーク様には相応しいですわ。異母姉様も、そう思われません?』―――― あぁ、あの子の声が、聞こえる。 思い出したくもないのに。あの子のことなんて、忘れてしまいたいのに。 本当は、分かってた。 あの子の方がずっと、イザークには相応しい。 生まれも、育ちも。 分かってた。父様もそう仰った。 私はただ、愚かな夢を重ねていただけ。 ――――『= は死んだ。お前は、 = だ』―――― ――――『我が家にはジュール家のバックアップが必要だ。だがお前では話しにならん。イザーク君には、 を娶わせる』―――― 知ってる。知ってる。私では、ジュール家の格式に合わない。 が死ななければ、私は一生男として生きることになっていた。 が死んだから、私は必要になった。 知っている。分かってる。 だから……だから私を放っておいて。 私は、イザークに逢ってなんかいない。 私とイザークが初めて逢ったのは、 家の夜会。 の紹介。 そう。それが決められていたこと。定められていたこと。 それより先に、私はイザークと逢ってはいけなかったの……!! 「お前……なんだろう?あの時、泣いていた少女は。お前……だろう?」 「聞いてなんになる?」 「……謝りたい。今までのこと、全て」 真摯に言い募るイザークに、笑いたくなった。 結局お前は一度も、私を見てはくれなかった。 その事実が、滑稽で。笑ってしまいたくなった。 先輩の言葉が、よぎる。 先輩が死んでしまった今、それは私への先輩の、餞の言葉。訓示として、私の中に残っていて。 私は、私だから。 イザークは、どうあっても私を見はしないのだろう。 イザークにとって必要なのは、過去の私。 の代わりとしての私。 それを思い知って。それでもなお、一緒に生きることは、出来ない。 それはもう、プライド以上の問題。 イザークは、今の……現在の私を否定する。 否定し続けて、過去に拘泥する。 そんなの、私はゴメンだ。 私は、お前が好きだから。 それは、過去だけじゃない。今も、好きだから。愛しているから。 昔ほどの優しさを感じられなくなっても、その気後れするほどの高潔さとか、自分を厳しく律するところとか。 私は、今もひっくるめてお前が好きだから。 だから私は、お前と一緒にはいられない。 漸く、分かった。 お前を好きな気持ちに、偽りはない。 だからこそ、私はお前と一緒には生きられない。 「俺は、あの時逢った少女が忘れられなかった。 に会ったとき、最初に惹かれたのは、 が彼女に似ていたからだった」 「……」 「だから、彼女と似ているのに違うお前に反発した。でも……彼女は、お前だったんだろう?」 「……お前は結局、一度も私を見てはくれないんだな……」 「何?」 私の言葉に、イザークは顔色を変える。 一度も、お前は私を見てはくれなかった。 お前が愛してくれる私は、記憶の中の……誰かの代わりとしての私。 それも、一つの形なのかもしれないけれど。私は、そんなものは要らない。 私は、私を見て欲しい。 私を、愛して欲しい。 望むことは、それ。 だから……。 だから私は、お前の傍にはいられないんだ。 「婚約は、正式に破棄しよう」 「……何故?」 「お前はただ、過去に縛られている。私は、そんなものは要らない。それで、うまくいく筈がないだろう。エザリア様には、私から申し入れる。……もう、終わりにしよう」 憎いから、離れるのではない。 ただ、私が愛しすぎたから。 だから、離れよう。 私は、負けたんだ。 私は、イザークを愛しすぎた。 「終わりに、しよう。全てを清算しよう。……気にするな。私は家を出る」 「だが、それは……」 「私は、一人で生きられる」 自由に、自分の足だけで立ってみよう。 は、自分の命と引き換えに、私に翼をくれた。 今なら、そう思える。 手折られた翼に、先輩が……ラスティが、アスランが……たくさんの人の優しさが、力をくれた。 だから私は、一人で生きていける。 家に頼らず、 として。私は、生きていける。 意地だけで、軍人を続けてきた。 平和を希求する気持ちは、今も変わらない。 でもそれは、クルーゼ隊でなくてもいい。 転属届けを出そう。自分の気持ちに、しっかりとけりをつけよう。 そのためにも、離れよう。 イザークと離れて。アスランたちとも離れて。一度一人になろう。 「今まで有難う、イザーク」 「 ?」 「だがこれからは、私は一人で生きる。これで、私たちは仕舞いにしよう」 立ち上がって、イザークに歩み寄る。 手を差し出すと、空虚な瞳で、イザークがそれを見返してきて。 無理矢理笑みを作る。 そして、囁いた。 「さようなら。イザーク。……ずっと好きだった」 「 ……」 名を呼ぶその人に、微笑む。 これで、お仕舞い。 ずっとお前が、好きだった。イザーク。 だから……さようなら。 人のいなくなった展望室に、俺はいつまでも呆けたように立ちすくんでいた。 綺麗に微笑んで、立ち去った 。 いつも俺を想い続けてくれていた、 = 。 「俺は、バカか……」 逃したものは、あまりにも大きかった。 もう何も言うことないです。 これも一つの生き方と。 そう思ってください。 て言うかこの話の中のイザークがアホになってしまっていて、すみません。 あまりにもぽんぽんと気持ちを変える男ですみません。 次で最終話です。 この二人がつける決着を、見守ってくだされば幸いです。 ここまで読んでくださって、有難うございました。 |