大切だったもの。

ずっと大切にし続けてきたもの。

願い続けてきたもの。

それはただ、君の幸せだったのに――……。






W   クルーゼ隊






兄妹と俺が過ごした時間は、実はあまり長くはない。
俺が四歳のとき知り合って、六歳のとき俺が月に行くために別れて、それきり。
十三になってプラントに戻ってきたときにはもう、隣家に二人の姿はなかった。
父上に伺った話によると、二人の母親が死に、父親に引き取られたという。


逢えなくなることは、悲しかった。
でもこれで、二人は幸せになれるものだと思っていた。
女手一つで、餓えることはなくとも裕福とはいい難い生活を送っていた二人が幸せになること、それだけが俺の願いだった。

けれど、現実はそうではなかった。
そのことを思い知ったとき、俺は力を欲した――……。













女性用軍服に身を包んだの姿を見て、隊の全員が目を瞠っているのを、俺はどこか誇らしい思いで見ていた。
当然だ。だっては、綺麗だから。
普段は結んでいた緩くウェーブのかかった綺麗な漆黒の髪は、今は下ろして。
篝火みたいな、綺麗な赤い瞳に、赤の軍服はよく映える。
本当に、今まで男と偽ってきたのが勿体無いほど。よくばれなかったもんだと思ってしまうほど、は綺麗だった。


イザークなんかには、本当に勿体無い。
のいいところも優しいところも何も知らないイザークなんかには、はあまりにも勿体無さすぎて。
正直、俺がこの婚約を破談にもって行きたいくらいだ。


俺との遺伝子の適性さえ良ければ、俺が妻に迎えたかった。
のこと、誰よりも幸せにしてあげられたのに。


「隊長。さんは、女性だったんですか……?」
「そうだ、ニコル。彼女の双子の兄にあたる=の死後、彼女は兄君に変わって軍に入ることを望んだのだ」
「ま、確かに男にしては可愛すぎるとは思ってたけどね」
「騙していて、申し訳ありませんでした」

ねぇ、が頭を下げる必要なんて、どこにもないんだよ?
君はただ、命令に従っただけ。
辛い思いをして、それでも軍に所属し続けて頑張ってきたのは、間違いなく君の努力の賜物なのに」

「何、イザーク。お前、婚約したのかよ」
「まぁな。婚約発表は今度の休暇中だ」

さも嬉しそうにイザークは言うが、その瞳は笑っていないし、冷たい目でを見続けている。
苦しそうに顔を背けるに、腸が煮えくり返りそうになった。
お前なんかに、は勿体無い。お前なんか、がお似合いなのに。


睨みつける俺を見て、イザークがフン、と鼻で笑う。
窘めるように小さく笑うを見なければ、俺は怒りに駆られてイザークに殴りかかっていたかもしれない。
の笑顔は、久しぶりだったから。

再会した時、はあまり笑わなくなっていた。
俺は、のあの笑顔が、とても好きだったんだ。
春の日差しのような、温かい笑顔に、俺は心惹かれたから。
まるで感情をどこかに置き忘れてきたようなの姿に、ショックを受けた。勿論、それに続いた言葉にも。



――――『が、死んだ』――――

=の双子の兄。一対の双子と称されるくらい、二人はよく似ていた。
艶やかな、緩くウェーブのかかった漆黒の髪も、篝火のような赤い瞳も、本当にそっくりで。
そっくりで、そして仲の良かった双子の兄妹。
死んだというなら、どれくらいショックだったのだろう。









今日のミーティングは、急を要するようなものがなかったせいか、幾分早く終わった。
隊長が解散を告げると、わらわらと隊員がを取り囲む。


「あ〜…………?」
です、ミゲル先輩」
「ん。。今までよく頑張ったな。偉いぞ」

ポン、とミゲルがの頭を撫でる。
表情を崩さないことが多いの顔がクシャッとなって、泣き笑いみたいな笑顔を浮かべた。

「有難うございます、ミゲル先輩」
「辛いだろうが、一緒に頑張ろうな」
「はい」

……なんて言うか。ミゲルと。すごくお似合いな気がする。
そりゃあ、ミゲルはより年上だし、より身長高いしな。


女性にしては長身のは、身長は167センチと俺と大して変わらない。
対するミゲルは、180センチの長身だし、年だってより5つ年上で。
こうしてみると二人はとてもお似合いに見える。

遺伝子の適性率さえイザークよりも高ければ、俺はミゲルを進めたな。
なんて。弟の気分で考えてみる。

本当は、弟以上を望んでいるんだけど。
でも、にとって俺はあくまでも弟で。の望みが俺が弟であることなら、俺は自分の気持ちなんて捨ててしまってもいいと思えるほど彼女が好きだった。
本当は、俺が守ってあげたかったんだ。を。


「今度の休暇中に、発表するそうですが、先輩もいらっしゃいますか?」
「OK.時間があったら行くよ。のドレス姿を見に」
「先輩。それ、セクハラ発言です」

ミゲルの前だと、はよく笑う。
多分これは、ミゲルの人柄によるところも多いのだろう。
ミゲルは、明るくて。そして何事にも真剣で話しやすい、おおらかな人柄の持ち主だから。
そういうとこ、結構に似てるよな、って思う。ああ、ミゲルってと似てるかもしれない。
だからも、ミゲルの前だと屈託なく明るいのかな。
=はミゲルに似た、明るくて屈託のない性格の持ち主だった。


いつも、笑顔で。怒ったことなんてないんじゃないかと思うほど。
そんな彼がザフトに入隊したと聞いたときは、ただ純粋に驚いた。
そして、事故死したなんて……。


俺は結構人付き合いが苦手なタイプで。
でも、なぜか知らないけどだけは……とキラとだけは、そんなことを感じずに仲良くなれた。

そんな彼が死んでしまったことが、ただ単純に俺はショックだったのだ。

いい奴だったのに、
を本当に大切にしていて。
母子三人で暮らしていたほうが、たちはずっと幸せだったんだろうな、って。今では俺も疑いなくそう思う。


幸せになって欲しかったんだ、には。


父親がいなくて。
プラント市民の中でも底辺の生活をしていて。
食べ物に事欠くことはなくても裕福じゃなくて。
それでも、俺たちは仲良くなった。
気難しい俺の父も、のことは本当に可愛がっていたっけ。
多分、父にも分かったんだろうな。身なりは酷くても、は本当に『綺麗な』人間だってことが。

貧しくても、それでも幸せそうにいつも笑顔だった
あんなに綺麗に笑う二人だったのに、今のにはそれがないことが、俺は無性に悲しいんだ。


この婚約が決まってから余計に、は笑わなくなった。
今までは、例え微かではあったけど、俺にだけは時々笑ってくれたのに……。


その事実に、俺はほんの少しだけ、優越感を感じていた。
隊の皆が知らないの綺麗な笑顔。知っているのは幼馴染の俺だけ。
その事実は、まるで美酒のような心地よい酩酊感を齎してくれた。


「会場は、家だそうです。先輩、場所分かりますよね?」
「あ〜、大丈夫。大丈夫。アスランと一緒に行くことにすっから」
「駄目ですよ、先輩。アスランはラクス嬢をエスコートするんですから」
「大丈夫だって、。ミゲルの面倒は俺がしっかり見るから」
「よろしく頼むな、ラスティ」

ラスティの申し出に、がほっとしたような表情をする。
あ〜あ。こんなときにまで、俺やラクスに気を使わなくてもいいのに。
俺はの力になれたら、それだけで嬉しいのに。


「アスラン。きちんとラクス嬢を伴ってくるんだぞ?出なければ、立ち入り禁止だ」
「え?それはないよ、のドレス姿見るの、何年か振りなのに」
「ならば、きちんとラクス嬢を伴ってくることだ」

そんなに何度も念を入れて、俺に思い知らせてくれなくても、俺は大丈夫だよ。
俺だって、分かってるから。
だからそうやって、現実を思い知らせないで。






ちらり、と視線をからずらすと、イザークが忌々しそうにを見ているのに気がついた。
その冷たい眼差しに、思わず背筋が凍りつきそうになる。

そんなイザークの目を見て、ちらりと頭に浮かんだ考え。

でも俺はそれを、勢いよく頭から追い出した。



だって、そんなこと信じられない。
そんなこと、ある筈がない。











その時、イザークの視線から、への憎悪を感じ取った、だなんて――……。







『恋哀歌』第四話目でございました。
どんどん泥沼の様相を呈していくようですが。

嫌いじゃないです、昼メロ風泥沼。
書くのは非常に楽しいですね。


今回は、あまり痛くないなと自分でホッとしてます。
あまり痛くしたくないんですけどね。
どうなることやら。


ここまで読んでいただき、本当に有難うございました。