一体私はなんで、『女』なんだろう

貴方に愛されることもなく

憎しみしか与えられないなら

いっそ女で生まれたくなどなかった

男だったら 良かったのに

そうすれば 何時までもこんな思いを抱き続けることなく

貴方を忘れてしまえたかもしれないのに――……。






X   婚約発表






ひっそりと、溜息を吐いた。
体面を重んじる上流社会。
盛大に祝われる婚約発表の席で、祝われている当人が溜息を吐くなど、許されるはずがなく。
私はただ、ひっそりと何度目になるとも知れない溜息を洩らす。

式は、盛況だった。
私の意志とはかけ離れたところで。

先ほどからもう、何人に声をかけられただろう。何人が口にしただろう。


――――『ご婚約おめでとうございます』――――
――――『実にお似合いですね。御二人はきっと、我らコーディネイターの未来を照らす光となられるでしょう』――――


本当にそう思うのか?
イザークは、一度も私を見ない。
それで、お似合い?笑わせる。


「おめでとう、
「それは嫌味か?アスラン」
「まさか。……わぁ。のドレス姿、久しぶり。すごくよく似合ってるよ」
「……有難う」


褒められるのは、嫌いじゃないけれど。
嬉しいけれど。
でも、その言葉はどうせなら、イザークの口から聞きたかった。
イザークの声で、囁いて欲しかった。






……一生叶うべくもない夢。
抱き続ける私は、本物の愚か者だ。


「アスラン?こちらの方は……?」
「あ……彼女は……」
「お初にお目にかかります、ラクス=クライン嬢。私は、=と申します。アスランとは、幼い頃からの幼馴染です」


アスランの隣で、小首を傾げた可愛らしい少女。
ああ、護ってあげたい、と。そう思わずにはいられない、綺麗で儚い少女。

……ラクス=クライン。


「初めまして、様。本日は本当に、おめでとうございます」
「……有難うございます」


何がそんなに、おめでたいものか。
何を以って彼女たちは、来賓は『おめでたい』というのだろう。
冷ややかな夫婦にしかなれないだろう、私たち。
結婚してもすぐに別居するだろう。体面を重んじて家庭内別居ということになるかもしれないが、どちらにしても同じことだ。

私は、彼から愛してはもらえない。
無様に這いつくばって愛を乞うには、私はプライドが高すぎて。
無言で訴え続ける私に応えるほど、彼は私に関心を示しはしない。

ああ、本当におかしすぎて、涙すら出てきそうだ。
さし伸ばしても、届かない手。
見えない心。
もしもこの場で心臓を取り出して見せることが出来るなら、私の心は血の涙を流して泣いているのだろう。


「本当によく似合ってるよ、
「有難う、アスラン」
「でも、の好きな色じゃないよね。が好きな色は……」
「言うな。アスラン」


『赤』
血の色。好きじゃない。


「似合ってるけどね、勿論。赤。の篝火みたいな綺麗な瞳の色と同じ。すごく綺麗……」


気持ち悪い目だ、といわれたんだ。アスラン。
私の目の色は、気持ちが悪いと。古い文献で、赤い目は人食いの目だと書かれている、と。
人殺しの私には、お似合いの目だ、と。

アスラン。死ねるほど焦がれている人にそう言われたら、私はどうすればいい?
この瞳を抉り出せば、彼は満足するのだろうか。


……でも、それは出来ない。
目が見えないことは、軍人にとって致命的すぎる。
軍をやめるのは、絶対に嫌だ。


「さっき、ラスティたちに会ったよ。ミゲルも、いた」
「迷わずにこれたんだな、良かった」
「うん。そうみたい。後で、挨拶にくるって言ってたよ。……嬉しい?」


覗き込むようにして尋ねるアスランに、コクリと頷いてみせる。
綻ぶように笑うアスランに、私も微かに笑みを浮かべた。

そして、唐突に気づく。
ラクス嬢。彼女を置き去りにして、二人だけで話しこんでしまった事実に。
相変わらず可愛らしい顔ににこやかに笑みを浮かべ続けるラクス嬢。
でも、組まれた指が、微かに震えている。


……ごめんなさい。
そんなつもりは、なかった。
でも、心地よさに甘えて、束の間の時間アスランをラクス嬢から奪ってしまった。

「アスラン。ラクス嬢をきちんとエスコートして差し上げるんだぞ」
「……はすぐにお姉さんぶる」

唇を尖らせるアスランに、微笑ましい思いで一杯になる。
一つの年の差。今はもう、アスランの方が私より身長は高いが。
それでも、可愛い可愛い私の弟。


「よーっす、
「やっほ、。招待ありがと」
「先輩……ラスティも」


脇からかかってきたお気楽な声に、顔を上げる。
あぁ、いけない。『お気楽』なんて言ったら、機嫌を悪くしてしまいそうだ。
ミゲル先輩。雰囲気が、なんだかに似ていて、胸が一杯になる。
は黒髪で、赤い瞳で。顔は全然似ていないのに、もっている雰囲気がそっくり。
そうでなくても、先輩は優しい。
だから、人見知りの激しい私でも、何の抵抗もなく側にいて苦にならないのだと思う。


ラスティ。ラスティは、面白い。
ミゲル先輩とラスティが仲が良かったから、必然的に親しくなったけど、ラスティはとても面白くて、そして人をよく見ていると思う。
間を取り持ったり、励ましたりするのが、本当にうまい。
人と人をよく見ていて、他人によく目がいって。だから出来る、ラスティの美点。


「へぇ。ドレス似合うじゃん」
「先輩の正装も素敵ですよ」
「あ、ミゲルズルイ!俺が先に言おうと思ってたのに!!」
「ラスティも、すごくかっこいいぞ」
「へへ。ありがと、


お世辞じゃなく、二人とも正装がよく似合う。
会場中の女性の視線を一身に集めているのは、きっと私の錯覚ではない筈だ。

勿論、アスランやイザークが似合わないのではなく、二人は婚約者持ちだから。

婚約者。私は今、彼女たちにとって羨望の的なのだろう。
そんなにも私が羨ましいというなら、変わってやるのに。
イザークの婚約者。
そんなもの、何時だってくれてやるから。
代わりに、私にもっと優しく接してくれるイザークが欲しい。
そのためなら、こんな地位も彼を縛るものもすべて、誰かにあげるから。

だからお願いです。
私に優しく微笑んでくれる、そんなイザーク=ジュールを。そんな幸せな地位を、私にください。
彼に微笑まれる権利を、私にください……。


「あ、いい音楽」
「踊れば?。ほら、アスランとラクス嬢も踊ってる」

「……ミゲル先輩、お相手していただけますか?」
「へ?そりゃ、俺は構わないけど……アイツは?」


先輩がそう言って、イザークを差す。
ああ、まただ。
そんな目でいつも、私を睨みつける。
まるで私が、この世に存在してはいけないものであるかのように、憎しみの瞳で……。

少しでいいから。お願いだから。
もっと、優しくして……?


「イザークは、私のこと、あまり好きじゃないですから」
!ミゲルの次は俺と!ね?」
「ああ、ラスティ。こちらからお願いしたいくらいだ」


に似ている、ミゲル先輩。
でもそれ以上に、先輩は私にとってお兄さんみたいで。
やっぱり、落ち着くんだ。一緒にいると。
それは、アスランに感じているものとは別種の、それでも同じ凪のように優しい感情。

ミゲルにエスコートされる私を見て父様が顔色を変えて、エザリア様が険しい眼で私を見ている。
来賓も、ひそひそと陰口を叩き始めたけれど。

耐えられないんだ。イザークの腕の中で、を思われながら抱かれることに。


――――『まぁ。婚約されたばかりだというのに』――――
――――『恥知らずな方ね、=という方は』――――
――――『どういうつもりだ、ルーク』――――
――――『すまない、エザリア。どうも娘の考えていることが私には分からなくて』――――


構いませんよ、エザリア様。
貴方の息子に恥をかかせた娘との婚約なんて、今すぐこの場で破棄したらいかが?
憎まれているのに、私はこのまま偽りの微笑を浮かべて婚約者を演じられる自信など、ないから。


「何をしている、イザーク。嬢はお前の婚約者だ」
「母上」
「それをこのまま、みすみす指を銜えて見ているつもりか?」


エザリア様に叱責されて、さも面白くなさそうにイザークがこちらに向かってくる。

ああ、嫌だ。
貴方の腕に、抱かれたくなんかない。


「先輩、すみません」
「あぁ?別に構わないって。俺はむしろ、と踊れて役得だし」
「……有難うございます」


イザークが入り込むタイミングを見計らってるのを知りながら、そのタイミングを外させようとターンを繰り返す。
心配そうに私を見る先輩に、大丈夫だと表情で告げた。


大丈夫。何とかなる。
実家を追い出されても、私はまだザフトに帰ることが出来る。


「でもお前、アイツのこと好きだろ?」
「何で皆、知ってるんだろう……?」
「て言うかお前、分かりやすすぎ」
「……そうですか?」


それほど分かりやすいというのなら、何故彼は気づいてくれない?




それはきっと、それだけ彼が私に無関心だということなのだろうか。

ああ、辛いな。
そう、思う。
こんな苦しいだけの恋を、どうして私はしてしまったのだろう……?

私はきっと、に微笑むイザークが好きだったんだ。
だから彼から憎まれる自分が。彼から憎しみを与えられることが、悲しくて仕方がないのだろう。
イザークと同じだけ、私もイザークを憎めればよかった。
存在すらも汚らわしいと、そう思えればよかったのに。

なのに私の心は、無意識にイザークを想い続ける。
少しでも微笑んでくれないか、優しくしてくれないだろうかと。ありえない夢に、幻想に溺れて……。


「分からないのは、アイツが鈍感なせいもあるんだろうけど。お前も、アイツの前では態度に出さなすぎる」
「そう、ですか?」
「好きなら、伝える努力もしないとな。そうしないと、何も伝わらないぞ?」
「分かってるんですけど……」


伝えたところで、何も変わりはしないと、私の中の冷静な部分が告げている。
どうあっても、彼は変わりはしない。
彼が愛しているのは、=
私の、異母妹。

私はいつも我慢して、彼があの子と温かい感情を育んでいる時も、戦場にいた。
戦場で、ナチュラルどもの命を屠り続けていた。


心は、どこまでも泣いていたのに……。
私には、抱き寄せてくれる温かい手はなかった。


「先輩と話をしていると、本当に落ち着きます」
「あらら、俺って癒し系?」
「兄に、似てます、先輩。本当に、そっくりで……」


泣いてしまいそうに、なる。
私のほうこそ、先輩の優しさに、甘さに甘えているだけなのかもしれないけれど……。


「そんな顔をして……。王子様が睨んでるぞ?
「自分に恥をかかせた私が不快なんでしょう。二言目には、私はとは……異母妹は大違いだ、が彼の口癖ですから」


睨まれるのはいつものことなのに。なのに、慣れない。

笑いを含んだような声で告げる先輩に、自分から私の現実を告げる。
私は、彼から憎まれているのだ、と。
彼は、私が死ねばよかったと思っている、と。


死にたかったのは、私のほうなのに。
前線で戦って、命を落としたなら私は、に逢えるだろうか。
母様にも、会いたい。
二人に会えるなら、何時死んでも構わないのに――……。




婚姻統制を行ってもなかなか出生率が上がらない、コーディネイター。
ならば婚姻統制など行っても無意味なのに。
なのにどうして、それに賭けようとするのだろう。
いくら私とイザークの遺伝子の相性が良くても、私と彼自身の相性は最悪なのに。
それで子供なんて、出来る筈もない。


「ミゲル」
「イザークか。どうした?」
「俺の代わりに我が愛しの婚約者殿の相手をしてくれたことには感謝するが、交代だ。どいて貰おう」
「……嫌」


イザークが、ミゲル先輩の肩に手をかけて、どかそうとする。
嫌だ。嫌だ。イザークの腕になんか、抱かれたくない。
あんな冷たい腕の中に、私は抱かれるのは嫌だ。

ぎゅっと先輩の服を掴むと、先輩は分かったように溜息を吐いて、イザークに向き直った。


「嫌だ、って言ったら、どうする?」
「いかに恥知らずな女とはいえ、俺の婚約者だ。聞き入れてもらおう」
「だってさ。どうする?


そんなことを言われて、憎まれているのが分かっていて、一体どこの誰がそれを望むというのだろう?
絶対に、嫌だ。
でも、これ以上はミゲル先輩に迷惑がかかることも、分かるから。
優しい先輩に、迷惑だけはかけたくない。


「気分が優れませんので、部屋に戻ります。先輩、今日は本当に有難うございました。ラスティに、謝っておいていただけませんか?この埋め合わせは必ずするとお伝えください」
?」
「義務で一緒にいていただかなくても結構だ。エザリア様に叱られたなら、私がそう言っていたと言うがいい。私は、お前と必要以上に側にいる気などない」
!」


私の言葉に、イザークが顔色を変える。そのまま、怒鳴りつけられた。

それでも、私の気持ちは変わらない。

こんなくだらない茶番。耐えられない。

急いで踵を返し、部屋に駆け込む。
喧騒が、部屋まで聞こえてくるようで居たたまれない。


ああ、一体何時になれば、この想いに終わりは来るのだろうか……?
何時まで、こんなくだらない茶番に付き合えばいい?
苦しくて、苦しすぎてもう、涙すら出ない。
辛くて、耐えられなくて。
痛む心を抱えたまま、すぐさま実家を後にして官舎に戻る。

あのまま実家に居座れる筈も、なかったから。


休暇が終わっていつもどおりの日常が始まる、筈だった。
しかし、そうはならず。








私が、自分のしでかしたことを後悔するのは、それからすぐのことだった――……。







相も変わらずいやな男、イザーク=ジュール。
『恋哀歌』は、今まで書いたことがないストーリー展開だったので、大丈夫かな?と不安だったのですが。
苦情が来ないってことは、大丈夫だと判断してもいい……のでしょうかね?
このまま突っ走ってちゃん苛めても良いですか?
イザークがちゃんに対して心境変化するかも微妙なんですが(え;)。


こんな話ですが、ここまで読んでいただき有難うございました。