後悔先に立たず。

よくよく言われるその言葉を、まさか身をもって知るはめになろうとは思いもしなかった。

身から出た錆とも言うが、まさしくそのとおり。

後悔しても、し切れない。

これ以上、傷つきたくなどないというのに……。






Y   同室






「今の言葉、もう一度言っていただけますか?」


私が尋ねると、ビクビクした様子で、男は何度も首をたてに振った。
私の隣では、アスランがかなり心配そうに私を見ている。
大丈夫だ、と。普段はそう言うけれど。今の私にはそんな心の余裕なんてまったくなかった。


「ですから、 = とイザーク=ジュールは本日から同室にせよと……」


その命令がどこから出ているか、考えるのも嫌になって諦めた。
ザフトを統括するのは、評議会議長。
その下には国防委員長ならびに国防委員会があり、ザフト司令部がそれに続く。

要するにこの命令は、国防委員会から出た、ということだ。
そして国防委員会には……エザリア=ジュールがいる。

してやられた、と。そう思わずにはいられない。


……どうするんだ?」
「誰が一緒の部屋になんかいたいものか」
「いや、でもね、


アスランが溜息混じりに言う。
世話になるなら、私の味方についてくれそうなのはアスランとラスティ、ニコルとミゲル先輩。これくらいだろう。
内、アスランとミゲル先輩は除外する必要がある。
アスランには、ラクス嬢がいる。そしてミゲル先輩には、この前も助けてもらったばかりだ。
これ以上、面倒はかけられない。

先輩は、優しいから。
頼めばそれなりの便宜を図ってくれることは分かっている。だからこそ、これ以上は甘えられない。


「そもそもなんで、男女同室にするんだ?それは規則で禁じられているはずだろう?」
「しかし、上からの命令で……」
「上?父上が、そんな命令を下すとは思えないが?」


アスランからの詰問に、男は目に見えて蒼くなった。
少し、可哀想かもしれないとも思ったが、誰が同情なんてしてやるものか。


「大方、国防委員会の独断による命令だろうよ」
「国防委員会?」
「そう。そこまで言えば、あとは分かるだろう?」
「……エザリア=ジュール……!!」
「ご明答だ」


余計なことを、してくれる。
不自然な結びつきの末に、不自然に子を生してどうする?
結局、新たな歪みを生むだけではないか。
愛がなくても結婚は出来るだろう。でも、私は嫌だ。
不自然な結びつきの果てに、不自然な子供なんて、要らない。
どうしてもジュール家のために子供が必要なら、本当に のクローンでも創ればいい。

そうやって、一生 を思い続ければいいんだ。
私には、関係ない。アイツとの子供なんて、欲しくはない。
子供を生むということが私に課せられた使命なのだというならば、私はそんな使命はいらない。

私は、一人で生きるから。遠くで、想い続けるだけで幸せだったのに。
こんなもの、婚約者だなんで肩書き、私には必要なかった。

どうして、私を放っておいてはくれない?
私を自由にしてくれない?
所詮私は、籠の鳥と。そういうことか?
所詮私は、ただの代えのきくだけの存在で。
家のためならいくらでも差し出せる存在と。


「どうする?
「ラスティの世話にでもなろうかな、さし当たって今日は」
「明日は?」
「ニコルかな。部屋を転々とすればいいさ。どうせ私の部屋にあるものなんて、たかがが知れている。アスランに、保管を頼んでもいいか?」
「構わないけど。……何?」
「写真だ。あとは、 や母様に頂いたものが少々。たいして値の張るものではないが、私にとっては何にも代えがたいものだから……」


だから、アスランに預けるのだ。
アスランならば、きちんと保管してくれる。

さし当たって、今日はラスティのもとへ交渉にでも行こう。
部屋に泊めてくれるように、頼めばいい。
……一泊いくらくらい必要だろうか……。











「う〜んと。一泊コーヒーつきで……」
「やっぱり、金を取るんだな……」
「あったりまえっしょ。イザーク敵にまわすんだよ?こっちは」
「……すまない」
「いいって、いいって。そだね。さしあたって、キス一回でいいよ?」


くるん、と青い目をいたずらっ子のように細めて、ラスティは言う。
冗談めかしたその様子に、心は穏やかになって。
彼らがいれば大丈夫、と。そう思わずにはいられない。


「頬でいいのか?」
「いいよ〜」
「ラスティ!お前は!!」


にこぉっと笑うラスティ。
アスランとは違うけど、やっぱり可愛い。
年下、だからかな。ラスティも、私には『可愛い』になってしまう。

笑ったまま、ラスティは右の頬を私のほうに向けてきて。
どうやら、そこに『お礼のキス』をしろ、ということらしい。
小さく笑うと、私はラスティの頬に唇を寄せた。
さすがはコーディネイター。男だというのに、その肌はすべすべとしていた。


「へへ。役得。ミゲルに自慢してやろうっと」
「何で先輩に」
「俺だってと踊りたかったのにぃ。すごく悔しかったんだよ?なんかミゲルとって、すごく決まってたしさ」
「あ、それ俺も思った」


ラスティに言葉に、アスランも賛同する。
……決まってた……?どういうことだ、それは。


「ミゲル、なんだかんだいって身長高いし。も女の子にしちゃ身長高いほうでしょ」
「ああ」
「すごく絵になってたよ。ミゲルと


ラスティの言葉に頷くと、アスランがそう言って微笑む。
絵になっていた……?ミゲル先輩と……?


の髪って、黒でしょ。ミゲルは金。なんか、絶妙の艶があるって言うか、なんて言うか……」


……艶……?
ラスティ、お前、頭湧いてないか?
女らしさの欠片もない私と、ミゲル先輩がつり合う筈が無い。
でも、ダンスはしやすかったな、ミゲル先輩。

ちゃんとリードしてくれたし、背も高いから。なんか安心感を感じた。
私は、ダンスだとか上流階級の嗜みだとか言ったものは本当に苦手で。
父上に引き取られるまで、そんなものと無縁な生活を送っていたから、それは仕方がないと思うんだが、そんなこと、あの父上やイザークには通じない。
ダンスが苦手なのも、上流階級の雰囲気に慣れないのもすべて、私の努力不足。
そう、言われてしまうんだ。
一度も、庇ってくれたことなんて無い。

でも、先輩は別だった。
一回だけ足を踏んでしまったときも、痛かっただろうに表情さえ変えずに、


――――『悪ぃ。踊りにくかったか?もう少しテンポ遅くしような』――――


なんて、笑顔で言ってくれた。
本当に、優しい優しい先輩。
優しくて……優しすぎて、時々困ってしまう。
お兄さんみたいだな、って思う。に、似てるな、って。

優しくて、甘えさせてくれて。
先輩の側にいるとき、私は自分がどれだけ温もりに……優しさに、無条件に注がれる愛情に飢えているかを思い知らされる。
そしてそれを惜しみなく与えてくれるから、先輩のことが好きなんだろう。

男と偽っていたときも、先輩は私のこと、妙に心配してくれていたっけ……。


――――『こんなに細い腕で、大丈夫か、お前』――――
――――『とりあえず、まずは体力つけることから考えろ。確かにお前の技術はすごいが、体力無きゃそれも活かせないぞ』――――


本当に、優しい人。
お調子者で、先輩が原因で怪我したことだってあったのに、憎めない人。


「ま、がミゲル好きじゃあ、イザークなんかと合うわけないね」
「え……?」
「え?、ミゲルが好きなんじゃないの?」


きょとんとした目で、ラスティが尋ねてくる。
ひょっとして、ずっとそう思われていた?
私が好きなのは、イザークなのに……。


「違うよ、ラスティ。が好きなのは……」
「言うな!アスラン」
……」
「言うな。言ったって、どうにかなるわけじゃない……」


言ってどうにかなるなら、とっくに私は解放されている。
どうにもならないから、こんなにも苦しい。
愛している、と。
彼に私が言うことは、おそらく永遠に無いだろう……。




言ったところで、彼は私を見てはくれない。
アイツは私を、の身代わりにするだけだ。










身代わりなんて、もう嫌だ。
どうか、お願いだからイザーク。
私を、認めて。
私は=
=でも、=でもない。
私を……=としての私を、認めて欲しい……。



愛して欲しいなんて、そんなことは言わないから。
お願いだから、私を見て。
私の存在を否定しないで。
死ねばよかったなんて、そんなこと言わないで……。


……」
「言っても……聞いてもどうしようもないことなんだ、ラスティ。私は一生、彼から愛されない……」
「そんな……」


少しでも、私を見てくれるなら、私は何だってするのに。
少しでも微笑んでくれるなら、明日には死んでも構わないのに。










こんな気持ちで、同室なんてなれるわけが無い。
プライドをかなぐり捨てて、跪いて。
そうやって愛を乞うなんて、私には出来ないから。
そしてそうしたところで、結果は見えてるから。
せめて私は……私だけは、私を大事にしたいんだ





その日私が、イザークと同室にといって宛がわれた部屋に帰ることは、無かった。
そしてそれが、更なる歪みを産むことに、私は気付いていなかったのだ――……。







お待たせしました。
『恋哀歌』第六話をお届けします。
最近、アンケートでこれに投票してくださる方も出てきて、かなり嬉しいです。
初めての試みで不安も大きいのですが、それなりに受け容れていただいていると、そう解釈して喜んでいます。
まだまだ先の長そうな長編ですが、よろしくお願いいたします。

おそらく、全十五話でカタがつくのではないか、と。

ここまで読んでいただき、有難うございました。