「よく来てくれたわね、

囁くその人に、母様の面影を見た、と。

そう思ったんだ――……。






番外編   恋の、歌〜V〜






手を掴んでも、抱きしめようとしても。
いつもいつも、逃げようとする。
逃れようと、身を捩る。
それが、俺の犯した罪の報い。

どれだけ言葉を連ねても、謝罪すら出来ないことを、俺はしてしまった。
苦い苦い、罪。

俺は、を傷つけた。
傷ついたを支えたのは、ミゲルだった。
ミゲルは、を愛した。
は、ミゲルを『兄』でしか見れなかった。

俺はを愛していると思いこもうとした。





愚かな俺を、それでもは愛してくれていた。

悔やんでも悔やんでも、悔やみきれない。
俺は、傷つけただけだった。
彼女の痛みを、考えもしなかった。
償いをしようにも今は……。

彼女と俺の間には、確かな隙間があって。
手を掴むことも、抱きしめることも出来るはずなのに。
彼女は俺を拒む。




それが、俺の犯した罪の証。


「マティウスは、初めてだ」
「そうか?」


訥々と、話す。
言葉を操るのが苦手なのだと言うことすら、俺は気づいていなかった。
俺はを、あまりにも知らな過ぎた。
を愛したのは、俺じゃない。
をこちらに繋ぎとめ続けたのも、俺じゃない。
全部全部それは、ただを愛し続けたミゲルの功績。

ミゲルに告白されたと、は言った。
ミゲルはただ、を愛していた。
自分を愛してくれなくても、と。
そう言いきれるミゲルが、羨ましい。

出来ることならば過去をリセットして、もう一度やり直したい。
あの過ちを犯す前に、リセットしてしまいたい。
家の夜会で出逢った、あの日へ。
俺たちの二度目の出逢いだったあの日へ、帰れればいいのに。

けれど現実は、あの日から俺はを憎んだ。
を憎み、を愛した。
愛していると思いこもうとしたその結末が、このくだらない茶番か。
愚かな俺の、愚か過ぎるこの茶番か。


の墓にも、先輩の墓にも行けなかった……」
「あの下に、遺体はないぞ」


我ながら、愛想の欠片もないと思う。
けれど、嫌なんだ。
ミゲルのことを、話さないでほしい。
今は、俺だけを見ていて欲しい。
そんなこと、思う権利すら俺にはないのに。
願う資格すらも、俺は自ら擲ったというのに。
現実は、俺はそれを望まずにはいられない。

俺は、傷つけるだけだった。
俺は、何も見ていなかった。
俺は……。


「遺体がなくても、いいんだ」
「墓に行きたかったのか?」
「……先輩に、会いたかった」


それは、どこまでも妹の兄への想いと、分かっているのに。
妹の、兄への追慕と、慕情と分かっているのに。
腸が煮えくり返りそうに、なった。
俺はミゲルに、嫉妬している。
分かっている。
の中でミゲルがいかに大きな存在かなんて、分かりきっている。
を見守り続けた、ミゲル。
を愛し続けた、ミゲル。
を庇護し続けた、ミゲル。
がミゲルを想うのも、当然のことなのに。
俺に嫉妬する権利なんて、ないはずなのに。
それなのに……。


「そう、だ。イザーク、アスランは……?」
「アスラン?アイツは、オーブだ」
「オーブ……」


俺の答えに、は微かに顔を顰めた。
オーブ。オーブの資源衛星で死んだ、ミゲル=アイマン。
それを、思い出したのか。



ミゲルの死後、はヴェサリウスを離れた。
それからの道は、俺とは異なる。
ヴェサリウスを離れ、地球に行った=は失明という重いハンデを背負うことになった。


もしも……仮定が無意味なことと分かっていても、問いかけずにはいられない。
もしも、俺が最初からを愛していたら。
こそを愛していたら、の瞳は、光を失わずにすんだのかもしれない。
婚約して、その後ヴェサリウスを降りていたら。
軍人から民間人に戻ってさえいたら。
彼女の瞳は、光を失わずにすんだのかもしれないのに……。


「アスランはオーブで、何を?元気にしているだろうか」
「さぁ……」
「元気だと、いいのに。アスランに、伝えられたらいいのに。私は、恨んでいない、と。言えたらいいのに」


アスランの親友が、ミゲルを殺した。
それすらも、は割り切っているのか。
戦争をしていたから、仕方がない、と?


「私は、傷つけてばかりだ……」


小さな呟きは、それでも俺の耳に入って。
傷つけた?誰が?誰を?
傷ついたのは、お前の方なのに。
誰よりもお前こそが、傷ついたのに。
傷ついて、血を流し続けて。
それでも一途に、俺だけを想い続けてくれた、少女。
償う道すら見出せぬほど、俺は彼女を傷つけ続けたのに……。

彼女が誰かを傷つけてばかりというなら、俺はどうなる?
が誰かを傷つけた、それ以上に俺はを傷つけた。
そんな俺は、どうすればいい?




(これからは、俺の傍で幸せにする。何があっても、この手で護る。……それは、代償になるだろうか)


問いかけずには、いられなかった。
彼に。
少女を愛したミゲル=アイマンに。
そうであればこそ、問いかけずにはいられなかったのだ――……。



**




シャトルを降り、エレカに乗り換える。
それから暫くエレカを走らせ、漸くマティウスにあるジュール家の本宅に到着した。


「よく来たわね、
「……エザリア様、ですか?あの……」


挨拶をしようにも、目の見えないはどこに母上が立っているかも分からない。
母はそれを察して、挨拶など不用と笑顔で言う。


「急なことで、驚いたでしょう?でも、いくらなんでも一人で生活するのは、無理だわ」
「どこか、施設を探せば……私みたいな身の上の人間は、多いでしょうし……」


何でもないことであるかのように、言う。
怖い、癖に。
本当は、怖くてたまらないくせに。
俺が病院に行った時、一瞬嬉しそうにしたくせに。
強がって。

強がりな、=
怖いくせに。本当は、怖くてたまらないくせに、強がって。


「遠慮は無用よ、。これは、私とイザークの望みです。勿論、貴女には拒否する権利もあるけれど」
「私、は……」
「イザークが何をしてしまったか、私はイザークから聞きました。……我が息子ながら、情けない。イザークを赦せとは言わないわ。寧ろ、許さなくて当然と私も思います。その罪滅ぼしというわけではないけれど、貴女の面倒を私たちに見させて頂戴」
「ですが……」


強情に、承諾することを拒絶する。
分かってる。
お前が拒絶することだって、分かっていた。
俺はそれだけのことをしたし、そのことに関して言えば、俺はお前に何一つ言う権利はない。
苦情を申し立てることも、何も出来ない。
俺はそれだけのことをしてしまったし、そのことに対しては俺はどんな贖いも辞さない覚悟はある。

それだけの覚悟なしに、俺はと生きたいと決意はしなかった。
お前の罵倒も、罵りも、全て甘受するしかない。





あの日。に「もう、いい」と言ったあの日。
医者に言われた言葉が頭をよぎる。


――――『彼女の目には、どこにも異常は見られないのです』――――


医者は、確かにそう言った。
けれど実際に、の目は見えない。
ふざけたことを言うなと声を荒げる俺に、医者は静かに言った。


――――『彼女は、見ようとしないのです。……言い換えるなら、「見る」という行為を、彼女は拒絶してしまっているのです』――――


見たくないから、目を閉じる。
目を閉じれば、その瞳には何も映らない。
暗闇を恐れながら、暗闇に安堵しているのだと。

医者の言葉に、俺は言葉を失った。


――――『=の瞳が見えないのは、精神的なものが理由です。医学的には、原因は見つからないのです』――――


では、どうすれば、いい。
をそこまで傷つけた俺は。
心に傷を負ったが、光を失うことを無意識のうちに望んだのだとしたら。
俺は、どうすればいいのだ。




ならば俺に出来ることは、一つしかないではないか。
もう二度と彼女が傷つかないよう、この手で守りぬく。
それだけしか、出来ない。










俺は、分からなかった。

が本当は何を望んでいたかなんて、分からなかった。

俺はただ、を守りたかった。

けれどは、そんなことは望んでいなかった。

それでも、俺にはこの道しか選べなかった。

この手で守り抜いて、この手で幸せにする。








それ以外に、に詫びる術を俺は持ち合わせていなかったんだ――……。







『恋の、歌』第三話をお届けいたします。
スランプを脱出しまして、漸くかけるようになりました。
少しでもお楽しみいただけましたら幸いでございます。

『恋の、歌』なんだかんだいって、十話近くまで行きそうでヒヤヒヤです。
しかしこれで漸く、イザークにもドツボにはまるくらいの後悔をしていただけるんじゃないかな、と。
期待しています。

ここまでお読み頂き、有難うございました。