年頃の男女が押し込まれた、そして寮という閉鎖された空間。

例え今が戦時下であろうと、そこが軍人を養成するためのアカデミーであろうとも。

恋の花咲くことはあるのです。






T   大好きな人






学校生活の醍醐味。
放課後のお約束といったら、まずはこれだろう。
……校舎の裏に呼び出してヤキいれ……。
ではなくて。
放課後の告白タイム。

呼び出されているのは、金糸を思わせる豪奢な金色の髪に、悪戯っぽく輝く琥珀色の瞳を持つ少女。
どこか大人びた印象を受ける少女に告白するのは、一人の下級生。


「ずっと貴女が好きでした。お付き合いしてください!」


すると少女はフワリと微笑んで。
つとめて優しげな口調と表情で言い放つ。


「ごめんなさい。私、好きな人がいるの」
「そ……そうですか」
「気持ちは本当に嬉しいんだけど、今はその人のことしか考えられないから……」
「わ……わかりました……お時間をとらせてしまって、すみません」
「気にしないで」


ニコリと笑うと、彼女はそのまま寮へと戻っていく。
がっくりと項垂れた少年に友人と思しき生徒たちがわらわらと集まり、慰める。


「だから言っただろ。あの人は高嶺の花だって」
「女なのに『赤』を約束されてるんだもんなぁ……」
「ホラ、落ち込むなよ」


彼らは全員、一度は少女に告白してふられた者たちだった。
昨日の自分を見ているように意気消沈している仲間の姿に、慰めるのは当然のこと。

……ある意味、連帯感できてるよな。

一人の少年が、思い出したように遠い目をして。


「でも、あの人の好きな人って一体誰なんだろう……」


と呟いた。
好きな人がいる。そう言って数多の告白を退けた少女の思い人は、実は謎に包まれているのだった……。










「相変わらずだな、
「あら、イザーク」
「下級生ども、泣いてたぞ?」
「下手に期待もたせたりしちゃ、可哀想でしょ」


腰のところに手をやり、やたらと偉そうな態度で言い放つ。
彼女の場合、その様が実に絵になっていた。
肩までない短く切られた金の髪が、その肩先で跳ねて夕日を反射して、目に眩しい。


「まぁ、それもそうだな」
「卒業が決まってからこっち、いい加減呼び出される数も多くてさすがにウンザリよ。……いよいよね」
「ああ。お前は何処の隊に配属だ?」
「クルーゼ隊に決まってるじゃない」


第一希望よ。と言って、少女は笑う。
その笑顔が、眩しくて。


「イザークは?」
「俺も同じだ」
「そ?じゃ、これからもよろしくね」


そう言って差し出されたその手を、イザークはしっかりと握り締めた。




少女が、好きだった。



けれどイザークは、なかなか少女に告白することが出来なくて……。
下級生に対し、侮蔑的な彼の言葉は、ひょっとしたら自分自身にこそ向けられていたのかもしれない。

素直に感情を明かすことのできる彼らを、羨ましいとさえ感じている、彼自身の心にこそ……。



**




翌日。
入営日の一日前に彼ら――ニコル、アスラン、そしては軍本部へきていた。


「ところで。さんはどうして、クルーゼ隊を希望されたんですか?」
「え?」
「あぁ、それは俺も思った。どの成績もいいのに、どうしてクルーゼ隊なんだ?別に後方でも……」


ニコルの質問に、アスランも便乗する。
この少女に思いを寄せているのは、何も下級生やイザークだけではない。
寧ろ皆が皆、ライバルといったところだ。

ニコルやアスランの質問に、少女は艶やかに微笑んだ。


「クルーゼ隊に、大好きな人がいるの」
「「えっ!?」」


思わず、二人は声を上げる。
立ち止まる二人に目もくれず、少女はさっさと待ち合わせの場所に向かって歩いていて。
慌てて、二人は後を追いかけた――……。







「アスラン=ザラ」
「はっ!」
「ニコル=アマルフィ」
「はっ!」
「へぇ。二人とも、赤なんだ」
「はぁ?」


緑の軍服を纏った男が、三人の前に立っていた。
極上の金糸を思わせる、サラサラの金髪。
悪戯っぽく輝く琥珀の瞳。

誰かに似ている、と二人は思った。


「いやいやいや。優秀なルーキーがきてくれて、俺も嬉しいですよ。俺はミゲル=アイマン。お前らの二期上だ」
「はっ!」
「よろしくお願いします」
「あ……あの、アイマン先輩」
「ミゲルでいいよ。なんだ?」


アスランが声をかけると、ミゲルはくるりとアスランに向き直って。
鍛え抜かれた長身は、間近で見ると迫力がある。


「あの、一人抜けてます。もう一人……」
「あ?……あぁ、ホントだ……って!=アイマン!?」
「兄さんvv久しぶり!!」
「何やってんだ、お前はっっ!!」


ミゲルの言葉に、二人は遠い目をした。
話の流れを鑑みるに、二人は兄妹らしい。
そして兄(ミゲル先輩)に黙って妹()はアカデミーに入り、兄(ミゲル先輩)と同じクルーゼ隊に配属届けを出したらしい。

兄(ミゲル先輩)の疑問も、尤もだと思ったのだ。

しかし次の瞬間、二人は耳を疑った。


「なんで髪切ったんだ!?」
((そこか―――っっ!?))
「だって、アカデミーに入るなら邪魔になるし。……兄さん、あまりうちに帰ってきてくれないし」
((うちに帰ってこないのと、髪を切ったのとどう関係があるんだ!))
「分かった、。今日からは俺がちゃんと髪洗ってやるから、また伸ばすんだぞ?」
「うん。兄さん、大好きvv」


アカデミーの頃、沈着冷静。クールビューディとさえ言われていた面影、皆無。
まるで、仔犬のようだ。
もしも尻尾が見えるなら、振り切れんばかりに振っているのだろう。


、お前赤なのか?」
「兄さん、筆記がボロボロで、ナイフ戦が苦手だったから、緑なんでしょ?私、よく教官に言われたよ?『君があのミゲル=アイマンの妹か?』って」


くるくると表情を変えて、満面の笑顔で。
兄と話をするに、二人ははっと顔をあげた。


((ひょっとしてさん)の好きな人って!?))


二人の視線の先で、ミゲルがニヤリ、と笑う。
例えるならばそれは、


『誰がお前らなんかに大事な妹やるか。悔しかったら俺から奪ってみな』


とでも言いたげな、挑発的な笑顔で。
思わず二人は、殺気の籠もった目でミゲルを睨みつける。
そんな視線など、意に介した様子もない。






三人を宿舎のほうに案内し、他愛もない雑談に興じる。
その間も、アスランとニコルの心中は穏やかではなかった。

いくら兄妹とは言え、密着しすぎていないか!?(アスラン、心の声)

例えば、がミゲルに何か話しかける。
ミゲルは身を乗り出した挙句、片手での髪を撫でながらそれを聞く……と言ったように。
アスランやニコルにしてみれば、羨ましい以外の何者でもない。




やがて、ミゲルが腕時計に目をやって立ち上がる。


「あ、もうこんな時間か。お前ら、荷物ほどいたら昼飯にしな。俺、を部屋に案内してから行くから」
「え?私、ここじゃないの?」
「あのな、。お前は女なんだから、個室に決まってるだろ?」
「私、兄さんとがいい……」
「分かった、分かった。たまには泊まりに行ってやるから。な?」

な?じゃないでしょ、な?じゃ!!(ニコル、心のツッコミ)

「うん」


納得するな!なんて二人が思ったとしても、それは当然のことといえよう。




の肩を抱いて、ミゲルが部屋を出る。
クルリ、と一回振り返って。


「お前ら……との交際は、俺が認めた奴とじゃなきゃ絶対に認めないからな!」
「くぅっ……!」
「(立ち止まって何を言うかと思えば……!)」
「それから……」
「「((まだあるのかよ(あるんですか)!))」」
「お前ら……死ぬなよ」
「はいっ!」


と二人は元気よく返事をする。

心の中で、

さん)をミゲル先輩から奪うまでは絶対に死なない(死にません))

と呟きながら。








個性の強すぎる、クルーゼ隊、赤服ルーキー五人組(を除く)。
これ以降、ある一定のコトにおいて、遺憾なくチームワークを発揮させるようになった、らしい……。







書いてて異様に楽しかったです。
ギャグは久しぶりですが、いかがでしょうか?
こんな感じで、彼らの日常が書けたらいいなぁ。


感想などありましたら、是非。
ここまで読んでいただき、有難うございました。