『もう、君なしじゃ生きられない』


有り触れたチープな口説き文句。

言葉にするのは、照れくさいけど。

この気持ちを、歌に込めてみようか――……。





もはやなしじゃ始まらない






「ミゲルさ、歌好きだよね」
「そりゃ、勿論。従軍する前は歌手でしたから」


好きに決まってるでしょ?
琥珀の瞳を細めて、囁く。
その指は、 の髪を梳いたまま。


「でも、 の髪も好き」
「私の髪は、歌と同レベルか」
「怒った?」


ミゲルの声に、う〜んと考え込む素振りをする。
少しビクビクしたような様子が、おかしい。
まるで、仔犬みたいだ。
もしも彼の耳に犬の耳がついているなら、今頃ぺしょりとなっているのかもしれない。
そんな様子が、なんだかおかしい。


「歌、好きなんでしょ?」
「……あぁ」
「だったら、嬉しいに決まってるでしょ?」


恋人の好きなものと自分の一部が同レベル、何て。嬉しいに決まっている。


「あ、でも」
「何?」
は、違うから。 は、歌なんかよりずっと好き」
「ふふっ。有難う」


ミゲルの声は、心地よくて。
耳元で囁かれるのも、嬉しい。

2人きりで部屋で過ごす、時間。
こんなまったりとした時間を過ごせるのも、久しぶりだった。
MSの管制である と、パイロットのミゲル。
2人の時間がかち合うことは、滅多にない。
だからこそ、こんな時間は貴重だった。


「ねぇ、歌って」
「歌?」
「そう」


怪訝そうな顔をするミゲルに、鮮やかに微笑んで。
貴方の声、好きなのよと囁く。


「それは光栄至極」


大げさな身振りで、ミゲルは一礼をする。
にっこりと、そんなミゲルに鮮やかに微笑んで。
腰掛けていたベッドから、ミゲルは立ち上がった。


「リクエストは?」
「ん〜。ラブソングがいいなぁ」
「ラブソングねぇ……」


考え込むミゲルに、さらに追い討ちをかける。
悩むミゲルの姿を見るのも、面白い。


「今まで聞いたことのない歌で、お願い」
「お前なぁ……」


くすくすと笑いながら、悩むミゲルを眺める。
さぁ、どんな歌を聞かせてくれるだろう。

ミゲルの歌は、レパートリーが豊富なことで知られている。
バラードも、ロックも歌う。
アップテンポの曲も得意だし、打ち込みの強い曲だって歌う。


「んじゃ、これでどうだ?」
「何?」
「『もはや君なしじゃ始まらない』。まだ歌ってないよな?」
「そうね。聞いたことないわ。歌って?」
「了解。……お姫様」


恭しいミゲルの態度に、 の笑みはますます深まる。
大仰な態度も全て絵になるから、困った人だと思う。

すうっと息を吸い込んで、ミゲルが歌を紡ぐ。
普段よりも少し、声が高い気が、する。
アップテンポな、少し可愛い曲。
それでも、そこに込められた願いは酷く、情熱的だった。


他に代わりはいない、だとか。僕の腕の中へ、だとか。
ちりばめられた言葉は、酷く情熱的で。
体温が上昇していくのが、自分でもよく分かる。

ミゲルの様子は、変わらず。
でも、普段意地悪げに眇められる琥珀の瞳は、痛いほどに真剣で。穏やかに穏やかに。内側の情熱を押し込めるように、穏やかに、笑って。
思わず、ぼうっとミゲルを見つめることしか、出来ない。
の反応に満足したのか、ミゲルはますます嬉しそうに言葉を紡ぐ。
伸びやかに、伸びやかに。
高らかに、歌い上げて。
それはオナジユメを見たがっている、と言うフレーズで、締めくくられた。


「どう?」
「すっごい熱烈な歌ね」
「俺の気持ち」


片目を瞑って見せるミゲルに、頬が熱を持つのが分かる。
こんなキザったらしい仕種。
恋愛に免疫のない が赤面するには、それは十分すぎるほど十分だった。


「何が『俺の気持ち』よ」
「だって、そうだもん」
「はぁ?」
なしじゃ始まらないってこと」


悪戯っぽく、笑って。
の隣に腰掛けると、大きく腕を広げて見せる。


「多少の傷になら、慣れてるから。俺の腕の中においで?」
「もうっ!恥ずかしいこと言わないでよ!」
「ときめいた?」
「ときめかないわよ!」


悪態を、ついて。
それでも、嬉しくて。
ごちゃごちゃになる感情を、必死になってなだめる。


「家族が欲しいって言ってたじゃん。それが夢だって」
「言ったけど」
「オナジユメ、見ようよ」


俺と家族になろう?
囁くその瞳、うんと頷く。

『もはや君なしじゃ始まらない』それは、 も同じ。
だって、ミゲルなしじゃ始まらない。
ミゲルとなら、オナジユメを見たい。
だから。

広げているミゲルの腕の中にそっと、己の躯を滑り込ませて。
視界いっぱいに広がる金糸に触れながら、そっと口の中で呟く。


己の髪に触れながら、ミゲルも何事か囁いた。
それはきっと同じ言葉だろうと、疑いもなくそう思った――……。







もはや君なしじゃ、始まらない……。



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【Song by T.M.Revolution / 「もはや君なしじゃ始まらない」 by vertical infinity】

vertical infinityより、『もはや君なしじゃ始まらない』でした。
この曲、好きで。
一度これを使ってSS書いてみたかったんです。

『もはや君なしじゃ始まらない』って、すっごい情熱的だなぁって。
うぅ;ツアー行きたいです……。
好きな割には、駄作ドリームで申し訳ありません。
出来ることなら、BGMは『もはや君なしじゃ始まらない』でお願いします。

ここまでお読み頂き、有難うございました。