――――「必ず、帰ってきてくださいね」――――

――――「あったり前でしょう、ちゃん。何てったって俺は、不可能を可能にする男だぜ♪」――――

愛する少女と交わした、約束。

だから必ず、帰らねば。

気が強いくせに、変に涙もろい、最愛の少女の下へ――……。



果たせなかった約束



恋愛に関して、理由だとか何だとかを持ち出すのは、野暮のすること。

それらは所詮、きっかけに過ぎないものなのだ。

恋に落ちたきっかけを、グダグダ言って、一体何になる?

所詮、きっかけはきっかけに過ぎない。体の良い理由を、自分を納得させるためにつける。それに何の価値がある?

恋愛に『年齢差』を持ち出すのも、どうかと思う。

確かに、少々犯罪じみた年齢差ではあるけれど、彼女に何かを強要した事はないし、彼女も、ありのままの自分を好いてくれたのだろう。それが全てなのだ。

彼女に好かれている、その自覚は、元々あった。

女には好かれる性質だし、彼女の瞳は、いつも自分を映していたから。

だからこそ、躊躇した。

今は、戦時下である。そして、MA乗りの俺。

戦争をしている以上、いつか俺は死ぬ。それは、確信にも似た感覚だった。

そうでなくても、しつこい因縁の相手がいるのだ。必ずしも生きて帰れるという保証は、どこにもない。それなのに、想いを告げて、一体何になる?彼女が苦しむだけではないか。

ならば、いっそ告げなければいいのだ。

相手は、所詮子供だ。

自分の感情さえ誤魔化せばいい。そうでなくても、彼女はいつか必ず、艦を降りるだろう。元々彼女は軍人ではなく学生で、ただキラや守りたい人たちの為に、友人たちと艦の手伝いをしてくれる、民間人に過ぎないのだから。

いつか必ず、終わりは来る。

別離の時はやってくる。

ならばいっそ――……いっそのこと――……。

それは大人の、ずるい保身に過ぎない。傷つきたくないから、自分を誤魔化す。自分を、守る為に――……。

しかし彼女は、艦を降りなかった。

「へぇ〜。お嬢ちゃんも艦を降りなかったんだ?」

「皆残るのに、あたしだけ降りるわけにはいきません。それにこの艦、人数足りないし……。降りた後、落とされるのもイヤじゃないですか」

「不吉なことを言うねぇ、お嬢ちゃん」

「……フラガ大尉?あたしには、『=』という立派な名前があるんですけど!?」

「あ、悪ぃ。……お嬢ちゃんvv」

「もうっ!!子ども扱いしないで下さい!!」

頬を膨らませる少女に、苦笑する。

そんなところが、『子供』なのだということに、彼女は気付いていない。

「あたし、もう十六ですよ!!子供じゃありません!!」

「ん〜。そんなこと言われても、俺から見れば君はまだまだ子供でしょ」

だって、年齢差十二歳だし、と続けようとした言葉は、彼女の洩らした溜息によって音声にならず、俺の喉に張り付いた。

「……そうですよね。あたし、子供ですよね……」

「ど……どうしたの、ちゃん?」

「皆、艦の為だとか、そんなもののために残ってるのに、あたしだけ自分の為に残ることを決めて……。あたし、ぜんぜん大人じゃないですよね……」

そう言って伏し目がちに横を向いた彼女の、憂いを含んだ横顔は、とても大人びていて、こう言っては何だが、綺麗だった。

「でも、大尉。あたし、大尉の事、好きです」

――――いつまでも子供は、子供のままでないことに、気付いた――……。


*                     *



「……行くんですね」

「しょうがないでしょ。やっぱりあの『ジェネシス』は何とかしないとね」

「……それは、分かりますけど……」

ちゃんも気をつけてね。副操舵士でしょ。ミスして艦を落とさないように!」

トール=ケーニヒの死後、=は、副操舵士として、ノイマン少尉を手伝うことになった。

腕は、そこそこ。表立ったミスはしたことがない。何よりも、彼女は大変努力家で、一生懸命だった。

「ひっど〜い!!いつあたしがミスして艦を落としましたか!?」

まだ一度も艦を落としたことなんて、ありませんよ、と言って、少女は頬を膨らませる。

それ、当たり前のことでしょ。操舵士が艦を落としてどうするんだよ。

「ま、大抵の事はノイマン少尉に押し付けなさい。そうすりゃ大丈夫だから。俺は嫌だよ。戦いが終わって帰ってきたら、副操舵士のミスで艦が沈んでました、なんてのは」

「言われなくても、ノイマン少尉には頼りっぱなしですよ。てゆーか、何であたしがミスして艦を落とすって決め付けるんですか!?」

怒ったような、顔。それでも、その顔には笑みを浮かべている。

それでいい。

最後になるかもしれないなら、泣き顔よりも笑顔が見たいでしょ。

「そういえば、ちゃん。ブリッジにいなくて良いわけ?副操舵士が離れてどうするの。今頃ノイマン少尉が、眉間に皺を寄せてるよ」

「そんなのいつものことじゃないですか。もう慣れました。それに、艦長にはちゃんと許可を取りましたよ。『ちょっとだけ席を離れま〜す』って」

「……」

「ちょっと!!何なんですか、その沈黙は!!大体……」

少女の言葉を遮るかのように、ドックにアラートが響き渡った。

――――『総員第一戦闘配備。繰り返す、総員第一戦闘配備。モビルスーツ搭乗員は……』――――

「ほらほら、君はブリッジに戻りなさい。でないと……」

!!」

「怖いお兄さんが迎えに来るよ、って言おうとしたんだけど、言う前に来ちゃったね」

「少佐!!誰が『怖いお兄さん』ですか!?ああ、もう。ほら、。行くぞ」

「――――少佐!!」

ノイマンに引っ張られながら少女は、俺を呼んだ。

何故呼び止められたか分からなかった俺は、少々首をかしげる。

俺を呼び止めた少女の瞳は、痛いくらい真剣だった。

「必ず、帰ってきてくださいね」

少女の言葉に、俺は微笑んだ。

何故笑ったか、それは良く分からない。ただ、笑わねばいけないような気がしたのだ。

「あったり前でしょう、ちゃん。俺は、不可能を可能にする男だぜ♪」



*                     *



戦況は、刻々と変化する。

ラウ・ル・クルーゼと対決していた俺は被弾し、アークエンジェルに緊急着艦することになった。

その時だ。

アークエンジェルと砲火を交えていたドミニオンからシャトルがパージし、同時に主砲、『ローエングリン』の艦砲が、火を噴いたのは。

『直撃、来ます!!』

『回避――――!!』

『だめです、間に合いません!!』

ゴメンな、。あの約束、俺、守れそうにないわ。

きっと君は泣くんだろうな。でも俺にとって、何よりも大切なものは君で。たとえ俺が生き残っても、君がいなければ意味ないから。

だから――……だから――……。


*                     *



ローエングリンの射線上に、一つの機影が躍り出る。

被弾し、ぼろぼろになったX105『ストライク』。

あれだけの損傷を受けながら、驚くべき速度で、二つの艦の間に割り込んだのだ。

『やっぱり俺って、不可能を可能に……』

「イヤ――――っっ!!少佐――――っっ!!」

画面に映るその光景に、少女は絶叫した。

不適に笑う男の映像が、ひび割れる。

そして、Signal Lost。それは、『死』を意味した。

「嘘……嘘よ、少佐……少佐――――っっ!!」


*                     *


    ――――ゴメンな、

    あの約束、俺、守れそうにないわ。

    でも俺は、この結末を選んで、後悔はしていない。

    俺は軍人で、今までたくさんの人間を殺してきた。

    そんな俺だから、自分はきっと、孤独のうちに死ぬのだと思った。

    敵軍に捕らわれ、処刑されてもおかしくないと思ってた。

    それなのに。

    君を守って死ねる、なんて。

    これ以上に上等な終幕も、きっとないだろうね。

    君に看取られて死ぬ……なんてさ。

    ゴメンな、

    きっと君は泣くだろう。でも、これが俺の、最上の選択。

    俺も君を、愛しているよ……。――――


    +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−

    フラガ少佐、追悼話です。

    大好きでした。今でも、大好きです。

    死んでしまって、とても悲しい。でもそれは、彼にとって満足のいくものだったのでしょう。

    そう、信じたいです。

    そして、フラガさんのご冥福を、心から祈ります。

    どうか彼の魂の、安からんことを――。