御伽噺のようには、現実は甘くない……。





御伽噺ロマンス






「イザーク!久しぶり!!」


 少女の声に、彼は顔を上げた。
 ドアではなく、その顔は窓の方に向けられている。
 一度、頭≪かぶり≫を振って。それから、彼は立ち上がった。
 そして、歩き出す。
 ドアではなく、窓の方に。


「また、そんなところからご登場か、
「別にいいじゃない。いちいち玄関を通るのって、面倒なんだもの。執事さんとか、すごく重要なお客みたいにあたしを扱うし」


 彼の言葉に、はぷぅ、っと頬を膨らませた。
 拗ねた表情だが、それさえも愛らしく見えて、彼は自己嫌悪の溜息を洩らす。
 『愛らしい』などと。思う自分の感情に、辟易した。


「……貴様、幾つだ」
「あら?イザークったら、もうボケたの?若年性痴呆症ってやつかしら。コーディネイターのくせに。小母様ったら、イザークのコーディネイトに失敗したのね」


 ほぅ……と溜息を吐く様など、まさしく何かに憂える美女。
 しかし彼女の格好は、あたかもジュリエットの下に忍び込むロミオである。
 とてもじゃないが、窓枠を跨いだまま溜息を吐かれようとも様にはならない。


「幾つだ、貴様」
「あら。本当に若年性痴呆症?」
「違う!」
「だったら、幼馴染の歳ぐらい、覚えている筈でしょ?」


 ニコニコ、と笑う。
 何度この笑顔に騙されたことか。
 思いつく限りの過去の過ちを掘り起こして、彼はダクダクと冷や汗を流した。

 このままいっそ、どこかに亡命してしまいたい。
 いや、むしろ今すぐ軍務でも湧いてこないものか。


「……21歳


 恐る恐る呟いた言葉に、目の前の少女の笑みはより一層深くなり。
 そのまま、問答無用で鉄拳制裁。


「……ッテェ。何をする、!?」
「年頃の女の子の歳を言うなんて、セクハラよ、イザーク。
あぁ、ジュール隊の隊長は、セクハラ隊長なのね。確か、女の子の隊員もいたはず……なんてこと!きっと上司命令の名の下に、毒牙にかけているんだわ……!!」
「……オイ」


 勝手にトリップしてしまった少女に、溜息を吐く。
 いや、もう少女とは呼べないだろう。

 華奢な肢体は、それでも女性らしい丸みがあり。
 口さえ利かなければ、『たおやか』と。そう称されても仕方のないような、美女。
 実際、社交界での彼女の評判は決して悪いものではなく。
 逆に高嶺の花として認知されていた。

 やつらは本性を知らないから、そんなことが言えるんだ。
 思わず、心の中で呟く。

 確かに、見た目は美しいし、女性らしい。
 しかしその外見を、彼女が内包する精神が裏切る。
 彼女の中身を知れば、誰だって鼻で笑うに決まっている。
 まったく。
 どこが『儚げでたおやか』な、社交界の華だと言うのか。


「それで、今日は何の用だ」


 延々とトリップし続ける少女をひとまずシカトして、そう問いかける。
 二歳年上の幼馴染は、その瞬間ニコリ、と微笑んだ。


「今回も、無事の帰還おめでとう」
「あ?……あぁ、有難う」
「ユニウス・セブンと一緒に地球にまた堕ちるんじゃないかって、心配してたのよ?エザリア小母様と」
「……オイ」


 思わず、脱力した。
 「おめでとう」といわれた瞬間に感じた、感情が描き出した衝動は、絶対に何かの間違いだと結論づける。
 そんな感情、感じたと言っただけで問答無用で制裁が来ること請け合いだ。


「ちゃんと還ってきてくれて、嬉しいよ。イザーク」
「あ……あぁ」
「今度も、ちゃんと還ってきてね?」
「あぁ……」
「用事は、それだけ。じゃ、あたし帰るね〜」


 ポン、と窓枠を蹴って、近場の樹に向かってダイブ。
 変わらない、お転婆の幼馴染。


「イザーク〜!」


 着地した幼馴染が、振り返った。
 溢れんばかりの笑顔で、手を振っている。

 過ぎ去った年月の重さにさえ影響されず、昔のままの笑顔。
 それに、昔のように、とはいかないが、笑みが零れる。

 本当は、彼女のほうが2歳年上で。
 彼のほうが、年下なのに。
 そんなことさえ、感じない。

 ガキが、と。心の中で呟いた。


「あたし、イザークのこと、好きだよ」
「そうかそうか。俺もが好きだぞ」
「違う〜」
「何が?」


 一階と二階でキャンキャン言い合うなど、近所迷惑極まりない。
 しかし、ここはジュール家の良くも悪くも豪邸。
 挙句、お隣は同じ規模の……の実家である。
 近所、などというものは、明確には存在しない。


「イザークとあたしじゃ、気持ち違うもん」
「はぁ!?」
「愛してるよ、イザーク!」
「え……?」


 瞬間、彼は硬直した。
 かくん、と顎を乗せていた手が、意図せず外れる。
 そのまま、彼は呟いた。


「……やられた」


 絶対に、自分から言おうと思っていたのに。
 しかるべきシチュエーションで、しかるべき手順を踏まえて。
 彼女に、告げようと思っていたのに。

 その予定さえも、見事に粉砕されてしまった。

 だから、もう。ほとんどヤケッパチで。
 彼もまた、地上に向かって声を張り上げる。


「俺も愛してるぞ、!」
「は……恥ずかしいこと、言うなぁ!」
「先に言ったのは、貴様だろう!?」
「こんなシチュエーション、考えてなかったもん!」
「ガキ!」
「な……っ!あんたより2歳年上のお姉様にそんなこと言うか、このクソガキ!」


 負けずに、彼女のほうも言い返す。
 いくら『近所』が存在しないとは言え、これはあまりにあまりじゃなかろうか。
 と、言うよりも。
 実際問題メイドや使用人たちに筒抜けである。


「愛してる、イザーク!」
「俺のほうがずっと、を愛してる!」


 子供のように声を張り上げ続ける二人に、両家の両親のほうが含み笑いをしていたことは言うまでもない。
 後日。
 企むような笑顔を浮かべたそれぞれの親の手により婚約の席が整えられるが、それはまた別の話である。







「もうちょっと、シチュエーションを考えなさいよ!」
「俺のシュミレートしてきたシチュエーションを悉く粉砕してくれたのは、貴様だ!」
「だってあたし、もう10年も待ったもの!」
「勝った!俺は11年だ!」


 ぜぇぜぇ、と。
 叫び続けて1時間。
 いっそのことイザークが階段を下りたほうが早いのではなかろうか、とか。そのようなツッコミをしてはいけない。

 とりあえず1階と2階に分かれた二人は、肩で息を吐く。


「11年間……初めて逢った時からずっと!が好きだった!!」


 乱暴な、言葉。
 それでも与えられた言葉が、確かに甘く彼女の胸に響いて。


「あたしも、ずっとイザークが好きだった!」


 だから彼女は、満面の笑みでそう答える。







 現実は、御伽噺のようには甘くなくて。

 王子様だって、御伽噺のようには軟弱でも優柔不断でも甘くもなくて。

 与えられた言葉だって、乱暴で。

 それでも、降って湧いたように告げられて始まったロマンスは、御伽噺のように甘かった――……。



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 タイトルからしてアイタタで申し訳ないです。
 何か急に、ギャグが書きたくなりました。
 相も変わらず、ギャグは苦手で。
 勢いだけで書いた感が漂っていますが。
 少しでも、笑っていただけたら幸いです。
 おかしいなぁ。酷いジュール周期の筈なのに。
 いきなり子供なジュール周期がやってきたんでしょうか。
 でも、設定は19歳。
 ……白服隊長って、もっと大人ですよね〜。

 ここまでお読みいただき、有難うございました。