安らかな光の中で、穏やかな夢を見ていた。

光るまにまに。

幸せな夢を。



夢の代償は、この現実ですか――……?










リーマス=J=ルーピン










「さて……と」


 古ぼけたトランクを引き摺って足元に持ってくると、ヤヨイは小さく頷いた。
 トランクは、学生時代から使っているものだ。
 物持ちの良さもさることながら、実際のところは使っていなかったから、と言ったところだろうか。

 12年前、全ての世界が潰えたその時、ヤヨイは日本にいた。
 それから、またイギリスに移り住んで。
 それからずっと、ヤヨイはイギリスにいる。
 それきり、使うことのなくなってしまったトランクだ、これは。
 まだまだ使えないこともないし、彼女の中には何だかんだでしっかりと「勿体無い」精神が息づいている。貧乏性といえばそれまでだが、使えるんなら使えばいっか。が、彼女の心情でもあった。
 第一、服なんかと比べれば、そこまで流行がある代物でもない。古いは古いが、みすぼらしくは決してないのだから。


「そろそろ、行こう」


 自分自身に声をかけると、杖を構える。

 ホグワーツでは、姿現しはできない。
 だが、ポートキーがある。
 ホグワーツ付近に設置されたポートキーまで姿現しをすれば、何とかなるだろう。


「急がないと……ね」


 末の兄は何も言わなかったけれど。急がなければならないことを、ヤヨイは知っていた。


「そろそろ、カヅキ兄さんが動く……かな。兄さんにしては、待った方だけど。イツキ兄さん、様子がおかしかった」


 小さく呟いた言葉は、彼女の持つ兄たちへの認識を如実に反映してのものだった。
 穏やかな人柄と、穏やかな微笑と。長兄カヅキ=ミナセを表面的にしか知らない人間は、一番上の兄をそう称する。
 けれど中身はそうではないことを、ヤヨイは知っていた。
 穏やかな人柄も、穏やかな微笑も。確かに兄を構成するものではあるけれど。それが、兄の全てというわけでは、ない。
 目に見えない、表層に現れない部分で、兄は過激な性格をしていた。
 例えば、そう。
 あの兄は、自分が敵だと認識した相手に、情け容赦など一切無用だ。
 そしてシリウスは、悲しいかな、兄がそう認識してもおかしくないほどの罪状をたんまりと抱え込んでいる、というわけだ。
 あの兄にとって、彼の有罪無罪は、実は全く関係ないだろう。あの兄に関係があるのは、それによってヤヨイが傷ついたか否か。その一言に尽きる。


「プラス、ハヅキの屈託……かなぁ。何だかんだ言って、葉月可愛がってるもんなぁ、兄さん」