心のときは、あの日を境に止まったまま。

感情は、あの日を境に動くことをやめた。

それでも、生きようと思ったのは、君が僕に大切なものを遺していってくれたから。

その命のためにも、生きようと思ったから。

でも、もういらない。

僕を裏切る君なんて、僕はいらない。






要請






梟が銜えて持ってきた、一通の手紙。

押されているのは、懐かしいホグワーツの印章。

「ご苦労様」

労うように囁いて、その手紙を手に書斎へ向かう。

「兄さん」

か。どうした?」

に、入学許可証が来た」


どうすればいい?

言外にそう尋ねると、兄は大きく溜息を吐いた。


「こちらにも、お前に教師を頼みたいと連絡が来たよ」

「……教師?ホグワーツで?」

「今学期、『闇の魔術に対する防衛術』の先生として、リーマス=J=ルーピンを雇うそうだ」

「リーマスを?そんな。彼は……」


リーマスは、人狼だ。

勿論 には、そのことに対する偏見はない。学生時代の親友に、そんなものを抱いたことは一度もない。

ただ、彼女は危惧した。

リーマスは、月に一度は変身する。そのリスクを犯してまで、リーマスを雇うのか、と。

誰かが気づかないとも限らない。そして生徒のうち誰かがそのことに気づいたなら、傷つくのはリーマスなのだ。


「お前には、『闇の魔術に対する防衛術』のアシスタントと『古代ルーン語』の臨時教師を頼みたいそうだ」

「僕は……」


逡巡する に、兄は溜息を吐いた。

それは、自身に対する嘲りが、多分に含まれていたのかもしれない。

この言葉が、どれだけ妹を傷つけるか、彼には分かっていたから。


「シリウス=ブラックが脱獄した」

「兄さん……!?」

「お前やリーマスを呼び寄せた背景に、それは深く影響しているのだろう」


親友だった、から。恋人だった、から。

いざという時彼を止められるだろう人間は、彼ら二人だけ、だから。


「お前が信じられない気持ちは分かる。でもそれが、『真実』ならば、受け容れなくてはならない」


いつまでも現実を否定してはいけない。

兄の言いたいことなど、 にも分かっていた。

彼は、裏切った。親友を。恋人を。裏切って、死に至らしめて……。

…… を、独りぼっちにした。


。お前はあの子たちの母親だ」

「……分かってる」

「責任を持ちなさい。私はお前が二人を産むと言ったとき、言った筈だ。どんなときも、自分の行動に責任を持つように、と」

「……知ってる」

「あの子たちの親は、お前だけなのだから」


兄の優しい声。

それはどこまでも、 を思っての言葉。

分かっている。分かっている。

そんなことは分かっている。

それでもなお、受け容れることの出来ないこの思いは、どうすればいい……!?

裏切る筈が、ない。

シリウス=ブラックは、そんな男じゃない。

心はこんなにも、叫んでいるのに……!!


「見極めなさい、

「兄さん……」

「この新聞の記述が正しければ、彼は必ずホグワーツに現れる。……ハリーを殺しに」

「シリウスがハリーを殺す筈がない!!」


そう。そうだ。彼がハリーを殺すなんて。

ハリーを殺すために脱獄したなんて。そんなの嘘に決まっている。

彼がそんなことをする筈がない。


「だからそれを、お前自身の目で見ておいで」

「兄さん……」

「私はもう、無理だから……」


こうして生きていられるのも、あとどれくらいだろう?

自分がしたことを悔やんだことは無いし、あの結末には十分に満足しているけれど。

もうこの躯は、嘗てのようには使えない。

それが、口惜しい。この躯では、妹を守れない。


「……僕のせいだね」

「違う」

「違わない……!!僕が……」

「それは違う。私は私のために戦ったのだから」


気にすることはないのだ、と。優しい兄はいつもそう言う。

けれど、 のせいなのだ。全ては。 のせいで兄は……。


「大丈夫。見た目ほどこの躯は酷くはない。お前たちに何かあれば、私かムツキかイツキが向かう」

「うん……うん……行ってくる。話をしてくる。まだ……」


まだ彼を、愛しているから。

この心はまだこんなにも、彼を恋うているから。


「行っておいで。家のことは、気にしなくていいよ」


優しく言葉を紡ぐ兄に、そっと抱きつく。

まるで幼い子供のように泣きじゃくる妹の癖のある黒髪を、優しく彼は撫ぜた。


「行っておいで。その前に、 に教えてあげなさい。ホグワーツに行きたがっていたからね、あの二人は。きっと喜ぶよ」

「うん」


書斎を出て行く妹の後姿を、彼は見送った。

妹の姿が消えたとき、それまで笑顔を浮かべていた彼のその顔に浮かんだ表情。

ギリ、とその手が、日刊預言者新聞を握りつぶす。


「シリウス=ブラック……!!」


囁く言葉の、その怨嗟に満ちた声。

それを が耳にすることは、なかった――……。















どれだけそれが過酷な運命だろうとも、


僕が愛しているのは君だけだから。


だから君を、信じる。


信じたいと、願う。


本当の君を、僕は知っているのだから――……。







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『恋愛遊戯』のほうがまだ完結していないのですが。

アズカバンの囚人を見て、不死鳥の騎士団を読んでどうしても書きたくなってしまったので。

先にアズカバンの囚人沿いを書いてしまいたいと思います。

自分自身の自己満足のためにも。