人を殺したら吼えメールだぞ。 などなどと言って、長兄は「非常食」と大きな袋を渡し、次兄はを抱きしめた。 別れの言葉を交わし、イツキ、兄妹は、列車に乗り込んだのだった――……。 chapter.2 年初者は労わること 「イツキ!久しぶりだな!!」 「イツキ!会いたかったよ、元気にしていたかい!?」 列車に乗ると、すぐに誰かが兄に声をかけた。実は彼、友人が多かったのである。 兄もきっと、友人と過ごしたいだろう、とは思った。 長期休暇も終わったばかり。休み中の話など、積もる話もあるに違いない。 しかし、彼は長兄と次兄からの面倒をしっかり見るよう厳命(逆らったら命がない)されていた。年長者が年少者の世話をしっかりする。 彼らにとって、それは当然のことだった。家家訓に曰く『年少者は労わること』である。 「、俺もすぐに行くから、適当に空いているコンパートメントを見つけて座っときなよ」 「別に、僕は一人で平気だよ。兄貴、お友達と一緒にいたらどう?」 「お前は俺に、カヅキ兄やムツキ兄に殺されろと?」 「OK、分かったよ。空いているコンパートメントを見つけて適当に座っとく」 上の二人の兄のシスコンっぷりは、殆ど病的である。はっきり言って、命に関わりかねない。 と、ゆーわけで。涙ながらの兄の訴えを呑んだ=は、兄と別れ、誰もいないコンパートメントを探してテコテコと歩き始めた。無論、『非常食』の入ったデカ袋も一緒である。 さすがに休暇明け、とでも言うべきか。どこもかしこも大変混んでいた。 車両と車両をつなぐ扉を、もう何度目だろう、と溜息をつきながら開ける。 するとその時、少女の声が耳に飛び込んできた。 「離しなさいよっ!」 「この私がお前のような『穢れた血』にわざわざ交際を申し込んでいるんだ。有難く受けて当然だろう?」 「何ふざけたこと言ってんのよ!このデコッパチ!!」 「何!?」 話を聞いていた(出歯亀に非ず)は、男の言い草にか――な――り――!!腹が立った。心の内で、この気の強い少女に加勢をすることを決める。 男が少女に対して右腕を振り上げたのを、はパシッとその腕を?む事で止めた。 「女の子に乱暴はいけないでしょう」 「何だ!貴様は!?」 突然の闖入者に怒声を上げた男だったが、それが少女だと分かると、目の色を変えた。 それはというのも、は、この口の悪い一人称『僕』な=は!!大変愛らしい容貌の持ち主だったのである!! ここまで来る道中、わけの分からん男にナンパされるのをシカトし、あまりにもしつこい男には鉄拳をくらわせ、文字通り死屍累々の様相を呈するが如く、(死んではいないまでも)屍の山を築き上げてきたのだ!! 象牙色の肌は、まるで日本人の特権か、これは!?といいたくなるくらい肌理細かで、漆黒の天パの髪は、天パであるにもかかわらず艶やかだ。 整った目鼻立ちをひきたてるかの如く自然に色づいた唇は、紅を刷かずとも十分に紅い。 華奢なその体は、けれど決してひ弱さを感じさせず、つよい光を放つ漆黒の瞳が印象的だ。 胸はあまりないが(ほっとけ!!by)彼女は黙っていれば――否、黙って立ってさえいれば、かなりの美少女だった。 「あんたなんかに名乗る名前は、あいにく僕は持ち合わせていないんですが。……ところで、大人しく引き下がりませんか?今ならまだ、大事にはなりませんよ?」 「何だと!?今更この私が引き下がれるか!」 どうやら、かなり高いプライドの持ち主のようだ。 大人しく引き下がるなど……女に遅れをとるなど、そのプライドが許さない、といったところか。 「僕は忠告しました。何が起ころうと、それはあなたの責任です。恨むなら、自分を恨んでください。……ゴメンね、兄貴。早速仕事を増やした僕を、許してね!」 殴りかかってきた相手を、上体を沈めることでかわし、そのまま足払いをかける。バランスを崩し、倒れかかる男の鳩尾に、そのまま蹴りを叩き込んだ!! 呻き声とともに、男は床に沈む。 「あちゃ〜☆やりすぎたかなぁ……っと、大丈夫だった?君、綺麗だからもう少し気をつけた方がいいよ。大声を上げる、とかね」 「助けてくれて、どうも有難う。普段なら下僕が一緒にいるんだけど、今日に限って一緒じゃなかったの」 「……下僕?ああ、じゃあ、こいつが目を覚ます前に、その下僕のところに行ったほうがいいよ。後始末はしとくから」 「何から何までゴメンなさい。お言葉に甘えていいかしら?」 軽く微笑して頷くと、なおも礼を言い続ける少女を、そこから出す。 どうせ、すぐに兄は来るだろう。 「あんな美人さんと話が出来るなんてvv僕、ついてる!!」 「ヤ――ヨ――イ――?」 「あ、兄貴。いたの?」 すぐそこに、兄がいた。 軽く腕組みをして、を見下ろしている。 「何か騒ぎを起こしたようだね?」 「……殺っちゃった☆」 「早速かい!?……って、これ、ルシウス=マルフォイじゃないか!!許す!!」 「はいぃ!?」 それから兄は、切々とルシウス=マルフォイについて語り始めた。要は、コイツが如何にロクでなしか、という話である。 「コイツをシメたなんて聞いたら、カヅキ兄もムツキ兄も怒らないな。むしろ、褒めてくれるよ!」 「んじゃ、兄貴、後始末頼んでいい?あとさ、聞きたいことあるんだけどいい?」 「いいとも☆……聞きたいこと?何?」 「僕英語の成績最悪だったよね?なのに何で、言葉通じるの?」 「魔法だよ。カヅキ兄がかけただろう?あれ」 だったら、日本にいる時もかけてくれたら良かったのに……。そしたら、英語で泣く事もなかったのになぁ。 は、なんだか釈然としないものを感じた。 一言で言うなら、八つ当たりである。こんなお手軽なものがあるのに、教えてくれなかった兄に対する。 「話はそれだけか?なら今度こそ、適当に空いているコンパートメントの中に入っとけ☆俺もすぐに行くから」 「は〜い」 苦手だった英語の一件で、少々兄に腹を立てたりはしたが、楽しそうなその姿を見て、良いことをしたな、とは思った。 列車の中だったので、プロレス技を決められなかったのは残念だったが、いずれまたチャンスはくるだろう。 とりあえず、叱られなかっただけでも感謝したいぐらいだ。 鼻歌を歌いつつ、は歩いていた――……。 * * ようやく空いているコンパートメントを見つけ、は中に入った。 抱えていたデカ袋を開くと、たくさんのチョコレートが入っている。『チョコラー』の彼女のために、長兄と次兄が用意してくれたのだろう。 これだけあれば、何とか三日は持ちそうだ。 ほくほくしながら、はチョコレートを頬張り始めた。 すぐそこに、『運命』が転がっていることに、彼女はまだ、気付いていなかった――……。 |