『好きだよ、イザーク』

囁くその声が、大好きだった。

でももう、今。

お前は、どこにもいない――……。





Timeless
〜Möbius Rover〜






「イザーク」


囁く、声。
それは、彼と同じ、声。
大好きだった声と同じ、声。
その声が、自分の名前を囁く。
それが、幸せで仕方なくて。


「ヴェス……」
「違う、イザーク。『ヴェステンフルス隊長』なんて、そんな野暮な呼び方しないで」


『ハイネ』って呼んでよ、と。
大好きな声が言うから。
だから、彼の名前を呼ぶ。
愛しい声が、呼んでというから、囁くのだ。
その望む呼称を。


「ハイネ」
「うん。何?」
「何?じゃない。貴様が俺を呼んだんだろうが」
「あぁ、そうだった」


にこやかに微笑みながら言う彼に、頭がおかしくなったのか?と言う。
それとも、ボケが進行しているだろ?の方がいいだろうか。

そんなことを思って。
思ったとおりを口にする。
それでも、その顔が歪むことはない。
それは年齢差による年上の落ち着きと取れなくもないが……逆に自分が子供と思われているようで腹立たしくもある。


「で?何だ?」
「俺さぁ、明日っから地球行って来るわ」
「は?」


結構重要なこと――それだけプラントと地球の距離が離れているからだが――を、まるで今からランドリーに言ってくるわ、と同じような調子で言われ、思わずイザークは目を点にした。
もう少し……もう少しでいい。
言い方を考えてほしい。
地球に行くというのは、そんな……コンビニに漫画を立ち読みに行くのと同程度のものじゃないだろう。
そうじゃないはずだ。
……もう少し緊張感と言うか、緊迫感が欲しい。


「………………そうか」


溜息混じりに言ってやれば、途端に愛が足りないとブーイングが飛んで来る。


「あのさぁ。そんなあたかも近所のランドリーに行くのを見送るみたいな感じで言わないでよ」
「そっくりそのまま返す。地球に行くのを、近所のランドリーに行くみたいな調子でのほほんと言うな。……で?」


尋ね、返す。
なぜ彼が、地球に行くのだろう。
彼が地球に行く必要が、どこにあるのだろう。


「ラクス=クラインと議長がさ、地球に行くんだと。ほら、例のラクス=クラインの軍の慰問をかねたライブ。あれの地球バージョン。ピンクのザク乗って野外ライブだって」
「ほぅ」
「この状況にさ、一国の議長とアイドルあんなとこに何の用心もなしに放り込めないだろ?だから、その護衛」


俺って、これでもフェイスだからね〜。と。
得意げに言うその、口。
腹が立つから縫いとめてしまおうか。
どうせ俺は、フェイスじゃないよ。悪かったな。


「だから、暫くイザークにも逢えないわけですよ。……寂しいな」
「ガキか」
「何とでも。俺って愛に生きるタイプなわけですよ。その俺としては当然、恋人とはいつまでも一緒にいたいわけだ」
「いつまでも一緒だなんて、ウザイ」


そっけなく言い放つと、ハイネは苦笑した。
それから、イザークのアイスブルーの瞳を、下から覗き込むようにして。


「どうしてお前、そうやって自分と他人の間にライン引こうとするわけ?」


逃げることを許さず、まっすぐと見つめて。
囁く。
あからさまに、イザークは動揺した。
アイスブルーの瞳が、揺れる。


「置いて逝かれたくないから?」


囁く。
アイスブルーの瞳。
ゆれて。
逸らされる。

あぁ、図星だ。
分かりやすい反応。
嘘のつけない彼の反応は、本当に分かりやすい。


「ビンゴ?」
「違う!」


反射的に、否と答える。
頷くことは、プライドが許さなかったから。
だから、否と。
答えて。

それがからかいや冗談の類で口にされたことだったら、イザークもハイネを許しては置かなかっただろう。
けれど、違った。
ハイネの瞳は真剣そのもので、まっすぐとイザークを見つめる。


「怖がらなくても、大丈夫だ」
「……ハイネ?」
「俺は、ミゲルじゃないから」


その言葉に、イザークは大きく瞳を見開いた。
ハイネは、知っていたのだ。
イザークがミゲルと付き合っていたことを。
ミゲルと恋人の関係にあったことを。


「知って……!?」
「勿論、知ってた。言わなかった?俺、アイツの先輩でね。アイツがある日、報告してきた。すっごい美人の恋人が出来たって。嬉しそうに」


通信機越しにも、彼の興奮が伝わってきた。
漸く意中の存在を墜としたのだ、と。
嬉しそうに、琥珀の瞳を輝かせて。

出生からか、志願理由からか。
どこか人間的に歪みを背負った後輩を、ハイネはハイネなりに案じていたから、そんな人間らしい彼が嬉しかった。
同時に、興味を持った。
一体どんな相手だったのだろう、と。
純粋な好奇心を、抱いた。

その相手が、今目の前にいる青年。

性別を感じさせない中性的な美貌。
美しい外見とは裏腹の苛烈な魂。
あぁ、ミゲルもそこに惹かれたのか、と。
納得して……。


「俺は、ミゲルじゃないよ。イザーク」
「……」
「帰ってくるよ、俺は。だって俺は、フェイスだから。優秀だから、帰ってこれるよ。お前を一人になんて、しないから」
「本当……だな?」
「勿論。一人には、しない」


疑り深いイザークに、笑顔で答えてやる。
そのまま、そのプラチナを一房手にとって、唇を寄せる。


「帰ってくるよ、イザーク」










翌日。
朝一のシャトルで地上に向かうハイネは、ベッドから抜け出すと身支度を整えた。
ふと、ベッドの方に目をやると、恋人が眠っている。
苦笑、して。

ベッドの上で丸くなって眠るイザークに、そっと唇を寄せた。


「……ッっん、ハイネ……?」
「悪い。起こしたか?まだ起きるには早いから、もうちょっと寝てな。最近、あまり眠れてないんだろ?」


隊長と言う仕事は、激務だ。
戦時下の軍人に、気の休まるときなどない。
だから、眠れるときは眠らせてやりたい。

しかし……。


「ハイネ……」
「ん〜?どうしたの。朝っぱらから、えらい積極的だね」


眠そうに目を擦りながら、ハイネに向かって手を差し伸べる。
そんなイザークに、ハイネは一つ苦笑して。
宥めるように、キスを。
それでも、駄々っ子のようにイザークはハイネの軍服を掴んだままで。


「寂しい?でもそれは、俺も同じだよ。大丈夫。ラクス=クラインの護衛が今回の任務だから。すぐに終わる。すぐに帰ってくるよ」
「ん……」
「分かったら、もう少しオヤスミ」


あやすように口付けを送るハイネが困っていることを、イザークだって理解していた。
それなのに、嫌な感覚が。
背筋が寒くなるような、心臓を掴まれたような、感覚が。
消えない。
強烈な、既視感ーデジャヴー

おかしい。
そんな筈はない。
そんなことがあって、堪るか。
ハイネはミゲルと違う。きっと帰ってきてくれる。
帰ってきて……その時はもっと素直に、言うから。
自分の気持ちを、もっと素直に吐露するから。
だから、帰って来て。







行かないで。
逝かないで。


「じゃあな」










言葉に頷きながら。
手を離した瞬間に、もう帰ってこないようなどこかに行ってしまうような予感がして、心が震えた――……。





逝カナイデ
還ッテキテ
それだけが、願いだから……。



























有り触れたチープな願いを、

褪せてしまうほど握り締めて抱きしめる。

この『幸福』は、一瞬の閃光のように煌いて。

次の瞬間には消えてしまうほど、

儚いものだと、知っていたけど――……。



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【Inspired by T.M.Revolution / 「Timeless〜Möbius Rover〜」 by vertical infinity】

どの辺が「ミゲル・アイマン」だ?
何てツッコミは無しでお願いします。
ハイミゲとかね、ミゲハイとかね。
読めるは読めるけど書けません。
だから、ミゲルの恋人前提でハイイザ。

前回のあの黒っぷり(『破壊的愛情』参照のこと)とは程遠いハイネが出来上がりました。
シリアスって言うか、後のデスティニーを考えるとエグイというか……。

ごめんね、イザーク。

ここまでお読みいただき、有難うございました。