命を懸けて、例え自分が死ぬことになっても、守りたかったものが。 だから、言った。 そのことが、彼女をどれ程傷つけるか、分かっていたけれど。 他に道など、なかったから。 「リリー!ハリーを連れて逃げろ!!」 天の門――Heavens Gate―― 出会ったのは、学生時代。 一生モノの親友と、大切な恋人に出会った。 幸せだった。 このままの幸福が、一生続けば良い、と。何度そう、願っただろう? 僕らが卒業する年になると、闇の勢力はあまりにも強大になっていた。正直、卒業なんてしたくなかった。 卒業する、ということは、ダンブルドアの庇護を離れる、ということだった。 これまであった安全など、望むべくもない。『外』は、あまりにも危険だった。 僕の成績は、学年首席だった。 だからだろうか。 僕のもとへは度々、闇の勢力から、仲間になるよう求める使者がやってきた。 僕はそれを、断りつづけていた。 当たり前のことだ。 僕が所属する寮は、グリフィンドール。 何よりも勇気を、そして正義を尊ぶ。 自分の正義を誇示するつもりは毛頭ないし、それに対し、共感を求めようとも思わない。 「正義」の定義なんて、一人一人異なってあたりまえ。 そういう物ではないだろうか。 けれど、他者を傷つけて、それを善しとするような、そんな正義は認めたくなかった。 正義の定義は、一人一人異なって当たり前。 それでも。 限度ってものがある。 だから僕は、闇の勢力側の正義なんて認めていなかったし、今後も、認める事などないだろう。 言うなればそれが、僕にとっての『正義』なのかもしれない。 闇の勢力に身を堕す事は、僕の正義に反する事だった。 それに、僕の恋人は、マグル出身の魔法使いだった。 純血を尊ぶ彼らは、決してマグルを認めない。 恋人の他に、家族の他に、愛しむべき全ての者の他に、大切なものなんて、僕にはないんだよ? それなのに……ね。 純血を何よりも尊ぶ、スリザリン。そして力を信奉するスリザリン!! 君たちは可哀想だね。 もっともっと大切なものが、人生にはたくさんあるというのに。 純血である誇りよりも、より偉大な力を手に入れることよりも。 大切なものが、あるのにね。 可哀想だね。 自らそれを、切り捨てるだなんて。 僕にとって大切なものは、愛しい妻と、可愛い息子と、かけがえのない友人達。 純血なんて関係ない。 力なんて、関係ない。 愛しいと思う、その感情が、僕の全てだから。 だから僕は、決して、闇の勢力の側にはつかない。 そうだね、これを正義と言ってもいい。 大切な者を守りたいと願う、それが僕の正義。 * * あの頃の日々が、続けばよかったね。 あのままの日々が、続けばよかった。 平和で、穏やかで。 まるで首からどっぷりとぬるま湯につかったような、平和だった日々。 その平和につくづくウンザリして、様々な悪戯を繰り広げた僕が言うには、あまりにも滑稽な台詞だけど。 今ここにそれがないからこそ、あの頃の日々が、ただ無性に懐かしい。 人間は、愚かだね。 身近にある幸せがなくなるまで、それがどれだけ幸せなものか、自覚する事すら出来ないのだから。 そう考えると、リリー。 君が僕の傍に在ることを、幸せと自覚できる僕は、本当に幸福なのかもしれないね。 有難う、リリー。君は僕に、確かに幸福をくれたんだよ? * * 守りたいものが、あったんだ。 命懸けても守りたいもの。 その為なら、例えこの命尽きようとも。僕はいっこうに構わなかった。 だからね、リリー。 例え君が、その事実にショックを受けると分かっていても、僕はきっと、この言葉を口にするだろう。 例え過去を変える術が在ったとしても、核となる人間が変わらない限り、人間てモノの行動は、変えられない物だよ? だって君、想像出来るかい? すっかり穏やかになって、後先省みずに行動しなくなったシリウスに、白い笑顔のリーマス、僕らを見ても顔を顰めないセブルス、なんて!! 面白いけれど、そんなのは彼らじゃないだろう? それと同じ事。 だからね、リリー。 例えこの言葉に君が傷ついたとしても、僕は言うよ。 君を、愛しているからね。 だから君に、生きて欲しい。 ハリーと共に、どうか生きて。 これは僕の我が侭。 でも、君ならきっと分かってくれる。そう、信じているよ。 だから……。 だから……。 「リリー!ハリーを連れて逃げるんだ!!ここは僕が食い止める!」 君の瞳は、涙を湛えていて。 それでも君は、確かに頷いて、微笑んだ。 ヴォルデモ−トの前に立ち、僕は杖を構えた。 恐怖は……不思議と感じられなかった。 ――「お前を裏切った奴の名を、教えてやろうか?」―― 「結構だよ。僕は知っている。お前がここに来たって事は、裏切り者は『あいつ』だろう?」 ――「よりにもよって、貴様は信じていた友に裏切られたというわけだ……。私の誘いを断らなければ、こんな事にはならなかったものを……」―― 「友?それは誰のことだい?僕には、裏切り者の友人なんていない。僕の親友は、シリウス・ブラックとリーマス・J・ル−ピンのみ!!」 ヴォルデモートの真っ赤な目が、僕を見据える。 僕が取り乱すとでも思ったのかい?だったら、ご期待に背いて、申し訳ない事をしたね。残念だけど、君の悪意が僕を傷つける、なんて。そんな事は出来ないよ。 一番の親友は、変わらず僕の事を考えてくれた。 もう一人の親友も、きっとそれは変わらない。 親友がいて、愛する妻がいて、子供がいて。 この幸せ。きっと君には分からないだろうね。 だから、君の悪意が僕を傷つけるなんて、そんな事は出来ないんだよ? 愚かなスリザリンの後継者。 僕を傷つけるものがあるとすれば、それはただ一つ。 すまない、リリー。 きっと僕は、こいつには勝てない。 対峙して分かる、このプレッシャー。 きっと僕は、君を守りきれない。 でも、リリー。 甘えても良いかな? 君ならきっと、ハリーを守ってくれる。 そう、信じても良いかな? 愛しているよ、リリー。 「愛してるよ、リリー、ハリー。今まで有難う、シリウス、リーマス」 唇に、言葉を乗せてみる。 かけがえのない、愛する人たちの名前を。 僕の口元を、微かな笑みが彩った。 ゆっくりと、杖を、振り上げる。そのまま、呪文を、口にする。 最後の、呪文を。リリーとハリー。自分よりも大切な二人のための、呪文。 眼裏を、不吉な緑色の閃光が灼く。 衝撃に、息が、詰まった。 ――嗚呼。天の門が、近づいてくる……。 * * 守りたいものが、あった。 命を懸けて、例え自分が死ぬことになっても、守りたかったものが。 だから、言った。 そのことが、彼女をどれ程傷つけるか、分かっていたけれど。 他に道など、なかったから――……。 |