の子守唄










赤々と、炎が天空を焦がす。
それはまさに、この世の終わりとも喩えられるような、そんな光景だった。


「こっちだ、キラ。カガリ」


藍色の髪をした少女が、少年と少女の二人組みを先導する。
その後ろには二人の護衛官もついてきてはいるが、長きに渡る戦闘に、みな疲労の色を隠せない。


「ここは、王族と僕の父以外知るもののない抜け道だ。ここなら、まだ敵の手には落ちていない。二人とも、ここから逃げるんだ」
「そんな……アスラン!?」
「早く。時間がない。帝国軍の狙いは、間違いなく君たち二人だ。早く、逃げないと……」
「でも……!」
「王家の血統を絶やすわけには行かない。二人とも逃げるんだ」


決然とした面持ちで、『アスラン』と呼ばれた少女は彼女の仕えるべき君主に当たる少年に告げる。
毅い瞳に、キラは何も言えなくなった。
既に、砦は落とされた。
城門は突破され、敵兵が雪崩れ込んできている。
五日間の攻防に耐えた兵たちは次々と倒され、その死体を踏み越えるようにしてあとからあとからと帝国軍の兵士たちが押し寄せてくる。

もはや、彼らは負けたのだ……。
ならばこの後は、生きて再起を図ることを考えなければならない。
王家に生きるものは、その血統を絶やしてはならない。
生きてさえいれば、再び再起を図ることもできよう。今日のこの屈辱を、傲慢な皇太子に思い知らせてやることも。


「アスラン……君も一緒に逃げよう」
「だめだ。僕がいなければ、国軍の指揮をする者がいなくなる。それでは、二人が逃げたことが早く敵に知られてしまう」
「アスラン!」
「お前たち。後は頼んだぞ。必ず殿下方を安全な場所へ……」
「かしこまりました」


主の言葉に忠実に従おうとする、ザラ家きっての精鋭部隊に、少女は笑顔を向けた。
そして、先ほどから一言も言葉を発そうとしない王女に、申し出る。


「カガリ、悪いけど、君の軍服の上着だけでいい。僕に譲ってほしい」
「アスラン?」
「君に成りすまして国軍の指揮を執る。少しは時間が稼げるはずだ。さぁ、早く」


アスランの言葉にカガリは頷き、自ら纏う軍服を手渡す。
アスランは代わりに自分の軍服を脱ぐと、カガリに渡した。


「さぁ、行って!」
「アスラン……」


その軍服をカガリが着込んだことを確認すると、アスランは再度二人を促す。
名残惜しそうにしていたキラだったが、再度促され、側近たちに懇願され、渋々と頷いた。


「必ず、必ず追いついてきてよ、アスラン」
「あぁ、勿論だ、キラ。必ず、追いつく。だから……」


言葉は、そこで途切れた。
言い募るアスランの唇に、キラのそれが触れたから。
それは触れるだけの微かな口付けだったが、アスランは頬を染めた。


「約束……だよ?アスラン」
「あぁ。あぁ、キラ。約束だ」


確約し、キラの肩を促すように叩く。
今度こそ、キラは振り返らなかった。
毅然と顔を上げ、逃避行を開始する。

二人の姿を見送ると、アスランは直ちに国軍の陣に赴いた。
傷つき疲れ果てた軍将校たちに、それでもなお微笑みを向ける。


「殿下方は脱出された。勝敗はすでに決した。あとは、一人でも多く生き残ることを考えて欲しい。そのためならば、私は最後まで踏みとどまって戦う」
「アスラン様……!」


弾かれたように、跪く。
女の身でありながら、国難のこの時、最後まで陣頭に立って戦うと宣言した少女に、文字通り敬服したのだ。


「最後まで、我らはアスラン様とともに……」
「我が忠誠、アスラン様に捧げます」
「……有難う。有難う、皆、本当に有難う」


次々と上がる声に、アスランは心からの感謝を示した。
平伏する将校たちを見下ろして。
やがて、決然とした声で、告げる。
最後の戦を。


「ならばともに……帝国軍に見せてやろうではないか。我らの最期の意地を」


アスランの声に、将兵たちの掛け声が呼応する。
大切な主君を……加えて生まれながらに定められた相手であるキラの無事を。
ただそれだけを、アスランは強く願っていた――……。



**




城外に構えられた帝国軍の陣舎では、一人の青年が傲然と報告を待っていた。
つい先ごろまでは陣頭に立って戦っていたのだが、側近にそれ以上の指揮を止められたのだ。
そうでなくとも、この程度の小国。本来ならば、帝国軍最高司令官をもその身に兼任する彼が指揮するまでもないことだった。


「エルスマン将軍よりご報告です。城門は落ち、敵兵は残り僅かである。これより掃討戦に移るとのことですが……」
「そうか。まぁ、この程度の国、これで限界か」
「ついで、アイマン将軍、マッケンジー将軍においては、全ての脱出経路を塞いだとの報告が」
「ご苦労だったな。・……全軍に告げよ。藍の髪をする少女だけは決して殺すな。それ以外は……それ以外は全て殺せ」


苛烈とも……そして残虐とも取れるその命令に、伝令の兵士は言葉を失った。
それを見て、青年は言葉が足りなかったことに気づき、自らの言を補足する。


「それ以外の王族は全て殺せ。特にキラ王子とカガリ姫は絶対に逃がすな」
「御意」


主君の命を請け、伝令兵はその伝達をすべく陣舎から飛び出した。
その後姿を見やりながら、青年はふっとその端正な口元に笑みを刷く。

女と見まごうばかりに美しい……けれどその身から発するオーラやその笑顔には、女性っぽさなど欠片も見当たらない。
けれど奇跡のように美しい、青年だった。
硬質の波璃ガラスめいたプラチナの髪に、凍てついた炎を思わせるアイスブルーの瞳。
すっと通った細い鼻筋に、薄く艶やかな唇。
一つ一つのパーツを取ってみても整っているというのに、それらが全てまさしく黄金率とでも言うような絶妙なバランスで配置されていた。

その彼が、うっとりと笑う。
アイスブルーの瞳に、狂気と、それを上回る強い執着をたゆたわせて。
うっとりと。まるで夢見るように。


「もうすぐ……もうすぐ手に入る。俺だけのものになる……」


くっと、彼は笑った。
喉をつく哄笑を、噛み殺すこともせずに。
その笑みが、青年の美貌により一層の凄みを加えていた。


「たかだか弱小国の王子に過ぎぬ身で、俺に逆らうからこうなる」


おとなしく、彼に譲っていればよかったのだ。
そうすれば、何も国を滅ぼすにはいたらなかった。
この滅亡を選んだのは、あの王子のほうだ。

まぁ、いい。と彼は呟く。
後は捕らえるだけの話だ。
婚約者だといっていたから、少女の前で処刑して、その死体を見せてやってもいい。
逆に、少女が自分のものになる様を見物させてやってもいいだろう。
婚姻の引き出物としては血腥いが、それもまた一興だ。

くつり、と彼は笑う。



熱っぽく揺れるアイスブルーの瞳に、ちらりとよぎる影。
それを、人は狂気と呼ぶ――……。



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えぇと。
日記で言ってたイザアス王族パラレル。
とりあえず、見本という名のプロローグ。
続きが気になる方は、裏アドレスをご請求ください。
裏の更新はかなり不定期と思われますが、まぁ気分が乗ったときにでも。
少しずつ書いていけたらいいなぁと思います。

それでは、ここまでお読みいただき有難うございました。