溢れ出る鮮血を、一口啜って。

うっとりと、彼女は呟いた。

恍惚の笑みが、その端正な顔に浮かんで。

「美味しい……」

口端に伝う一滴さえも丁寧に、舐めとって。

悦楽に歪んだ、けれどどこか無垢なその微笑を、ただ銀色の月だけが見ていた――……。













十三歳の誕生日を迎えた夜中、アスランは今までにない飢餓感を覚えた。

誕生日と言うこともあって、その日は普段よりも豪勢な夕食が出されて。

アスランは満腹になるまでそれを食べた筈なのに。

耐え切れなくなるほどの、飢餓感。

そして同時に覚える、喉の渇き。

気がおかしくなりそうだった。

やまない喉の渇き。

堪えきれないまでの飢餓感。

アスランの小さな体は、ただそれらに対する耐え切れないまでの欲望で押しつぶされそうになっていた。

「アスラン、どうかしたの?」

アスランのただならぬ様子に、異変を察したレノアが、アスランの部屋に入ってきて。

その瞬間に、その身が感じたその感覚を、一体なんと呼べばいいのだろう?

身の内に感じた、言い知れぬその感覚。

母の身からは、甘い香りが漂っているかのように感じた。

喰らいつきたい、と切に思った。

「アスラン、貴女……!?」

「どうした、レノア!!」

母の声に、パトリックもまた、アスランの部屋にやってきて。

「あなた、アスランが……」

震える妻の指先に、パトリックが見たものは、犬歯が異様に伸びた、娘の姿だった――……。







パトリックとレノアは、全てを察してしまった。

最早自分たちの娘が、ただの人間ではないことを。

自分たちの娘が、目覚めてしまったことを。

「アスラン……私たちの一族は、先祖に吸血鬼を持つのよ……」

吸血鬼。

人の生き血を啜り、その相手をも自らの眷属に変えてしまう闇夜に住まう存在。

そしてそれ故に、迫害を受けてきた種族。

アスランと……幼馴染のキラは、それだと言うのだ。

キラとは、先祖がどこかで繋がっていたことは知っていた。

遠縁ではあるが、親戚であると。そしてキラとアスランの二人が、隔世遺伝して吸血鬼の性に目覚めてしまったのだ。

「僕はもう、日の当たる場所を、歩けないのですか……?」

「そんなことはないわ、アスラン。吸血鬼が十字架や大蒜、日光に弱いなんていうのは、キリスト教を権威付けるために聖職者が用いたでたらめよ」

「ただ、これからますます飢餓感は募るだろう。しかし、餓死することは出来ない。吸血鬼の命は、永遠だ……」

「血を吸っても、相手を眷属にしてしまうことはないわ。きちんとした儀式を行って血を吸わない限り。でも、吸いすぎればその人を死に追いやることもあるの……」

両親から明かされるのは、辛いことばかりだった。

そして何よりも堪えたのは……。

「吸血鬼として目覚めたものは、一族から離れなければならないの。それが、私たち一族のしきたりなのよ……」

キラ君も、そうでしょう?と尋ねられて、アスランは漸く最近キラの姿を見かけなくなった、その理由を悟った。

キラは、アスランより早く誕生日を迎える。その時、キラは目覚めてしまったのだ。今のアスランと同じく。

吸血鬼としての、自我に――……。

「いつも貴女の幸せを祈っているわ、アスラン」

「母上……」

「元気で。幸せになるんだぞ、アスラン」

「父上……」

一族の掟には、父も母も逆らえない。

アスランは、両親の元を離れなければならないのだ。

両親はアスランに、多額の金銭を与えた。

それから、身を守るための短剣と、薬。

それが彼らの、親としてできる精一杯のことだったのだ。

「父上も、母上も、お元気で……」

「伴侶を見つけなさい。儀式を行って自らの同胞とするか、同じ吸血鬼の相手を見つけて、伴侶となりなさい」

「伴侶の血は、何よりの満足感をお前にもたらすだろう。摂取しすぎても、それで相手が死ぬこともない。お前が幸せになるためにも、アスラン」

「はい……お元気で、父上、母上……」

もう、戻れない。

ザラ家の娘として、何不自由なく暮らしていた生活とも、お別れだ。

アスランはこれから、一人で生きなければならない。

涙の滲む翡翠の双眸を伏せがちに、アスランはこれまで自らが育ったその国を、離れた。

もう二度と戻ることのないふるさと。

それをもう一度、目に焼き付けるようにして。

アスランはふるさとを、去ったのだった――……。







旅の途中で、色々なことがあった。

その旅の中で、アスランは血液の味を覚えた。

特に、アスランと同じ年頃の少女の血が、一番美味しかった。

男の人の血はアスランはどうしても苦手だった。

美味しいとは思えなかったから、もっぱら若い女の人を襲って血を啜った。

別に血液だけしか食べられないわけではなかったから、たいていは人間だったときと同じようにパンを食べ、お茶を口にした。

どうしても血液に対する欲求が、押さえられないとき以外は、人間と変わらない生活を心がけた。

欲求を抑えられない日が、一月のうち一日だけあった。

それが、満月の夜。

異様に喉が渇き、何を口にしてもその渇きが癒されない。

そんな日々を過ごしながら諸国を巡り続けて、三年が経過した。

アスランは、十六歳になっていた――……。



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どうしてもやりたくなった吸血鬼ネタ。

原因はおそらく、妹と何故か見てしまった『ブレイド』とか言う映画。

今回は序章と言うことで短めですが、次章からは脳みそフル回転で頑張ります。

萌えのために!!

ああ、腐ってるなぁ私……。