煌く翡翠は、美しく。

そうであるが故に、不吉な。

そんな印象を受けた――……。









Y   魅了の眸






イライラとしながら、ミゲルは馬を走らせていた。
この国の首都は、『マティウス』という。
国と同じ名をその都に関した町。
それが、此処、大国マティウスの行政機関が一手に機能する町なのだ。

イザークを探すが、中々容易に見つからない。
気に入りの森にも、馬を走らせる野原にも、なじみの古書店にも。
ミゲルと共に利用したことのある酒屋にも、その姿はなく。
さすがのミゲルも、それにいささか焦りを感じる。

マティウスは、その領土が広大な分、野心を抱くものも多い。
次期領主たるイザークなど、幼い頃からどれほど暗殺者に狙われたか分からない。
イザークの剣技はそうそう他者に引けをとらないが、それでももしもの場合がある。
それ故の、ミゲルの焦りだった。


「どこ行きやがった、あのクソガキ……!!」


とても主君に使う言葉遣いではないが、心配していることに変わりはない。
否、傍で見ている以上に、彼の焦りはより切実なものだった。


「本当に女が出来たんだとしたら……売春宿巡りか淫売宿巡り?めんどくせぇんだよな、アレ……」


ガシガシと、髪をかき回して溜息をつく。
まさか宿にいきなり押し入って、「うちのイザーク知らねぇ?」などと聞くわけにも行くまい。
イザークにしても、変装の一つでもしているだろう。
この国の領主一族にしか発現しない銀の髪は、そうであるが故に大層目立つものだから。

そこまで考えて、ミゲルははた、と思い至った。
そう言えば町の外れに一軒、イザークの持ち家がなかっただろうか。
町中にも勿論あるのだが、静寂を好むイザークは、どちらかというとそちらの家をよく利用していたように思う。
それに思い至って、ミゲルは途端に安堵した表情になった。

恐らく、あそこにいる筈だ。
大丈夫。彼の弟分が危険に晒されているなど、そんなことはない、きっと。
言い聞かせながら、馬に鞭を当てる。
自分の予測が当たっているように、と。それだけを願いながら――……。



**




馬を走らせ、イザークの持ち家の一つに赴く。
町外れにあるその建物は、持ち主の身分に合わせて豪勢なものであるが、どちらかというと瀟洒なつくりで、イザークが気に入っていることを知っている。
緑に囲まれた、その風景に非常に合致したもので、恐らくイザークもそこを愛しているのだろう。

喧騒と謀略に絶えず曝されるイザークとしては、そこに安らぎを見出したに違いない。
そして一応、ミゲルが安心するものの一つとして、すぐ隣に先の戦争において功績高く、故に騎士に叙任された少年の住まいがある。
少年の名は、キラ=ヤマトと言う。


「キラがいるから……あそこにいるんだったら問題はない……」


明晰な頭脳と卓絶した剣技をもつ少年の存在は、国にとってもイザークを将来支える宮廷にとっても、必要不可欠なものなのだ。


厩舎など存在しないその建物の外周を一巡りすると、イザークの愛馬の姿があった。
木の幹に手綱を括り付けられ、悠然と草を食んでいる。
ひらり、と自身の騎乗する馬の背から降りると、手綱をもってイザークの愛馬に近づいた。


「お前……お前の主人も、此処にいるのか?」


その鼻面を撫で、鬣を梳きながら尋ねると、前足で地面を蹴りつけながら頷くような動作をする。
言葉を理解したとは思えないが、ミゲルが探す人物など、そしてミゲルが案じる人物など数少なく。そしてそれに自分の主人が含まれることを、馬も理解していたのかもしれない。


「そっか、有難うな」


此処にいたのなら、安心だ。
一応キラには、イザークがもしもこの家を利用するようなことがあればその護衛をするよう、申し伝えてある。
キラもキラで、諸国を流離っていた身だ。
騎士の階級と俸給を与えられ、家や土地まで与えられたことに深く恩義を感じているらしく、二つ返事で頷いた。
現在は確か、故ジョージ=アルスターの娘、マティウスの大輪の紅薔薇と称されるフレイ=アルスターを妻としている筈だ。
最悪の事態には至っていないことに、ひとまずミゲルは安堵した。
イザークが無事ならば、それでいいのだ。
暗殺者に襲われたわけでも、無い。
とりあえず、それが分かれば十分だ。


「一度あいつにはきっちり説教しとかなきゃな」


ぼそりと呟きながら馬に構っていると、やがて屋敷のほうから人影が出てきた。

一人は、分かる。
彼の仕えるべき君主であり、弟分でもある次期領主、イザーク=ジュールだ。
しかしもう一人が、分からない。

ほっそりとした華奢な肢体や、纏う衣服から、それが女性であることは、分かる。
しかし、今まで一度も見たことのない女性だ。

そこまで考えて、ミゲルははた、と思い至った。
違う。そうじゃない。
見たことが、ある。間違いなく、自分は見たことがある。
イザークが見せてくれたのだ。彼の婚約者である少女の肖像画を。
少女の名は、少女の名は確か……。
マティウスと並ぶ大国であり、先日宗教団体『ブルーコスモス』の手で滅ぼされたディセンベルの……。
その愛らしさと凛とした風情から、ディセンベルの白百合と例えられた……。


「アスラン=ザラ……?」


違う。そんな筈はない。
そんなことはあってはならない。
彼女は、死んだ筈だ。
すべての密偵が、違えることなく同じ言葉を紡いだ。


『アスラン=ザラは死んだ』


と。確かに。
確かに、そう言った。彼女は死んだ。
死んだ筈だ。死んだ筈なのだ。
ならば、『アレ』は何だ?
本能が警告を発する。
嘘寒いものが、身の内を駆け巡る。

アレは……あの女は、危険だ。

『アレ』は、イザークに仇なす。いつか、必ず。
彼の本能が、そう告げる。
近づけてはならない、アレを。イザークに。





ミゲルの目の前で、イザークが愛しげに少女を抱きしめる。
抱きしめられた少女は、慌てたように反応を返す、が。
その眸が。
その翡翠の眸が、暗く煌いた。

感情の色さえ感じさせない冷たい瞳が、そっと伏せられる。
その感触を愛しむように、イザークの肩先に縋りつきながら。








伏せられた瞳が、再び見開かれる。
獲物と……そして伴侶と決めた男を。
『人間としての自我』ではなく、『吸血鬼としての自我』に支配されたその眸が。
人間を魅了してやまないその眸が。
伴侶と決めた男を、愛しむように……。



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すっかりお久しぶりの更新になりました。
今回のテーマ……何だかんだで『宰相は見た!?』になっているような……(笑)。
魅了している時の目は、アレです。種割れの時のアレだと思って下さい。
何かもう、すっかり誘い受け吸血鬼ですな、アスラン。


ここまでお読み戴き、有難うございました。