探していた、幼馴染の行方。

でもまさか彼が既に、伴侶を得ていたなんて。

有得ないことじゃない筈なのに。

ショックを受ける自分が、滑稽だ









V章   再会の痛み






屋敷に連れ帰ろうとするイザークの申し出を、アスランはやんわりと断った。
屋敷になんて、行ける筈もない。
今宵は、満月。
一月に一度、アスランが吸血鬼の自我に目覚める日。

けれどまさか、そんなことが言えるはずもなくて。
アスランはただ、屋敷に連れて行かれる理由がないとだけ、イザークに言う。


「傍にいてほしいんだ、アスラン……」
「そこまで迷惑はかけられないし、それに……」
「それに?なんだ?アスラン」
「それに、イザークは良い所の家の人なんだろう?気後れするよ。僕、そういうの何も知らないから」


それには、イザークも納得したようだ。
アスランはこれでも、元々はザラ家の一人娘だ。
必要な礼儀作法は、幼い頃からみっちりと叩き込まれている。
しかしイザークは、そのことを知らない。
イザークにとって、アスランはいわゆる庶民の出の少女に過ぎない。


「ならば、仕方ない……か」
「うん……ごめんなさい。気持ちすごく、嬉しいんだけど……」


残念そうに伏せられるアイスブルーの瞳に、アスランも心から謝罪する。
満月でさえなかったら、彼の元にもいけたのだけれど。
如何せん今日は、無理だ。

アスランは、この国に着たばかり。
まだ、宿の手配もしていない。
旅から旅の生活で、野宿も慣れたものだが、やはり暖かい寝床は格別で。
少し、残念な気もする。


「だが、お前一人では心配だ」
「イザーク……」
「俺が目を離した隙に、他の国に行ってしまうようで……」


囁かれて、アスランは目を丸くする。
囁く声は、酷く甘やかで。
囁きの内容も酷く……甘い。
目眩を覚えるようなその声に、言葉に、一瞬陶然となる。


「何処にも、行かないよ……?」


少なくとも、彼の血が手に入る限りは、何処にも行かない。
美味しそうな、血。
甘くて……女性とは違う味が、した。
くらくらするような、甘い甘い……。

その血が、ほしいから。

吸血鬼は本来、欲求に非常に素直で忠実だ。
欲しいものがあれば、手段を選ばない。
人間らしさに拘るアスランも、それは例外ではなかった。
ただ普段は、人間らしさに拘るあまりに自らの欲求に蓋をしているだけのこと。
我慢を続ければ、欲求は大きくなる。

故に、月一度の満月の夜、アスランの血に対する欲求は、他の吸血鬼と比べられないほど大きくなるのだ。
アスランのその、小さな躯では抱えきれないほど……。


「ならば、こうしよう」
「?」
「屋敷から離れたところに、別宅を持っている。お前、そこに住まないか?」
「でも……」


その申し出は、非常に有難かったけれど。
いかに別宅と言えど、使用人がいるだろう。
それは、非常にまずい。


「いまは誰も、そこには住んでいない。お前が慣れはじめたら、おいおい人を入れていこう。暫くの間、そこに住まないか?」
「いい、の?」
「俺がいいと言っているだろう?『アスラン』」


あぁ、まただ。
『アスラン』と名前を呼ぶとき、彼は切なそうな顔を、する。
けれど決して、アスランを見ているわけでは、ない。
どこか遠くを、見つめたまま……。










屋敷に来るかと尋ねて、首を横に振られた。
それにイザークは、焦りを覚えて。
このままどこかに行かれては、適わない。
それどころか、行方が知れなくなったりしたら、目も当てられないではないか。

欲しいものは、必ず手に入れる。
そしていま、目の前に居るのだ。目の前に、あるのだ。
欲しいもの。夢にまで見た、彼女――正確には、彼女の面影を宿した少女が……。

必ず手に、入れる。
そのためには手段を選ばない。



いくら現在、誰も使っていないとはいえ、イザークの持ち家であるその別宅は、綺麗に整頓がされていた。
いまからでも、人が生活するに差し支えない。


「ここだ」
「ほ……本当にここに住んでいいのか?」


アスランが、驚愕の声を上げる。
これほどの家は、アスランはザラ家の娘として育てられていた頃以外、とんと縁がない。
だから思わず、呆然としてしまう。
アスランにとってそれはもう、『過去』だから……。


「当たり前だろう?アスラン」
「でも……」
「何度も言わせるな、アスラン。お前は俺にとって、『大切な人』なんだぞ?」


耳元で囁くようにすると、アスランの躯が微かに震える。
男慣れしない……世慣れない反応。
いくら世間を見ているとはいえ、旅を続けてきたとはいえ、こんな相手を手に入れるなど、イザークには児戯にも等しい。

けれど、焦がれた人の面影が、あるから。
だから大事に、する。
大事に、束縛する。
美しい罠で、彼女を虜にしてしまおう。
自分だけのものに、してしまおう……。

愛しい愛しい面影が、彼を駆り立てる。


「……アスラン……?ひょっとして、君、アスラン?」
「キラ……?」


不意にかけられた声に、アスランは目を見開いた。
そこに立っているのは、幼馴染の姿。


「どうして君が、こんな所に……ひょっとして……!!」
「……あぁ。僕も、だったんだ」
「そんな……」
「キラ〜。お客様?」


懐かしい、再会。
隣にイザークがいるとか、そんなことはどうでもよくて。
ただ、大切な幼馴染の無事に、安堵する。
けれどそんなアスランの表情も、見知らぬ少女の声に青褪めた。

綺麗な少女、だった。
ミルク色の肌に、燃えるような赤毛。
強気な感の否めない、ブルーグレーの瞳。
けれどまさしく……キラ好みの少女。


「フレイ。イザーク様だよ」
「あ……これは、領主様のご子息様に、とんだご無礼を」
「いや、いい。相変わらずだな、キラ。フレイ」
「そんな、イザーク様ったら……あ、こちらは?」


がくがくと、アスランの躯は小刻みに震えて。
翡翠の双眸を、零れそうなほど大きく見開いている。


「僕の幼馴染だよ、フレイ」
「あぁ、そう」
「丁度よかった。お前たち、彼女の面倒を見てやってくれ。彼女は俺の大切な……大切な想い人だから」
「まぁ、イザーク様の」


フレイと呼ばれた少女の態度が、和らぐ。
間違いない、彼女は、キラに好意を抱いている。
でもまさか、キラが吸血鬼であることまでは、知らないだろう。
そんな小さな優越感に縋らなければならない自分を、アスランはこの時嫌悪した。


「で?キラ。お前と彼女の関係は?」
「彼女は僕の親友で……遠縁の親戚です」


違う。僕は、君を追いかけてきたんだよ?
ねぇ、気づいてよ、キラ。

そりゃあ、イザークによろめきもした。
でもそれは、彼の血が美味しそうだったからで……。伴侶は君と、決めていたのに……。


「アスランと言うの?貴女」
「あ……あぁ」
「私はフレイよ。よろしくね。キラの……そうね。キラの、『伴侶』よ」


世界が、崩れ落ちるかと、思った。
キラの、アメジストの瞳。
離れていたときはあれほど慕わしく感じていたのに。
いまはその瞳に己が映ることも、辛くて。


「『伴侶』……?」
「そう」


ニコリと艶やかに微笑んで。
彼女はそっと、アスランの耳元で囁く。


「身も心も、キラは私のもの。私はキラのもの。儀式でちゃんと、結ばれたのよ……」


貴女も、キラと同族なら分かるでしょう?
囁かれる。
知って、いる。
伴侶の持つ意味。儀式のやり方。その内容も、知っている。
でも……。でもキラは、人間の少女にそれを求めたのか。


「貴女の伴侶候補は、イザーク様?」
「違う……。僕はそんな意味でイザークと……」
「吸血鬼には、相手を魅了する力があるそうよ。身持ちの固いイザーク様が、『想い人』なんて……。貴女が、魅了したんでしょう?」
「していない……!」
「そんな顔しないで、アスラン。私、貴女と友達になりたいのに……」


白い白い彼女の、首筋。
そこにある、噛み痕。
牙の痕跡。


「貴女が、早くイザーク様を伴侶にできるよう、協力するから」
「違う……!僕は、そんなんじゃ……!」
「だから、お願い。キラを取らないで……!私にはもう、キラしかいないの……!」
「フレイ……」


涙を湛えたブルーグレイの瞳に、呆然となった。
傷ついているのは、同じなのに。寧ろ、アスランのほうなのに……。


「さっきから小声で何をぼそぼそと話しているんだ?お前たちは」
「いえ、イザーク様。大したことではありませんわ。ただ、キラを取らないでと言っただけですの」
「あぁ、なるほど。確かにお前にはもう、キラしかいないからな。希うのは当たり前のこと」


楽しそうに、談笑がなされる。
世界が、崩れ落ちる。
今まで自分が拠り所としてきたものが、崩壊する。


「アスラン……。僕、フレイを支えたいと思ったんだ」
「キラ……」
「だから、ゴメンね。僕、君の伴侶にはなってあげられないよ」
「……馬鹿なことをいうな、キラ。僕はそんなもののために、お前を探していたんじゃない。……おめでとう、キラ」


こみ上げる嗚咽を堪えて、懸命に言葉を紡ぐ。
キラが哀しそうに微笑んで。




だから余計に、涙が出そうになった――……。



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暫くの間、イザアスに萌えられなくて。
書けなかった『満月〜』ですが。
アンケートに票が入っててコメントまでいただけましたので、久しぶりに書いてみました。
なんかもう、イザークがイザークじゃないと言うか……クサいこと言い過ぎ。
口説きモードにスイッチ入りまくりですね。

ミゲル登場予定なんですが。
聖職者にするか、宰相にするかで思案のしどころ。
ラスティやニコル、ディアッカも出演予定。
問題は、役回りをどうするか、なのですが。

ここまで読んでいただき、有難うございました。