恋に、理由など必要ない。

愛してしまえば、それが全て。

君が、愛しくて仕方がない。

ただ、それだけのこと――……。




#01   First Impression




何だってこんなことになったのか。

今更ながら、イザークはそう思わずにはいられなかった。

教職を取って大学で学び、私立高校の教員となった。

本来ならば、新しい環境への期待で胸がいっぱいになっているところだろう。

しかし残念ながら、そうはならなかった。

私立の女子高。

しかも大半の生徒がエスカレーター式で学校に通ってきており、また、大学部もエスカレーター式で入学が可能で。

学校自体も全体的に決してレベルが低いわけではないのだが、イザークが見たところ、上下の差が激しいように思われる。

出来る生徒は出来るのだが、大半の生徒は大学部にエスカレーターで入学が可能とあって、勉強しようともしないのだ。

……本当に、何だってまた、こんな学校に……。

何度目になるかも分からない溜息を、イザークはついた。

今も、学園長が話をしているというのに、誰もその話を聞こうともしない。

入学式だというのに……。

学園長の話が終わり、式進行の教師が在校生の言葉と告げた。

その瞬間、会場が静まり返ったのだ。

何事かと、イザークは目を見開いた。

演台に立つのは、一人の少女。

藍色がかった黒髪に、極上の翡翠を思わせる緑色の双眸。

白磁を思わせる肌に、赤い唇。

華奢な、性別を感じさせない中性的な肢体。

「新入生の皆さん、ご入学おめでとう」

低めの綺麗な声で、彼女は言葉を紡いだ。

決して甲高くない、落ち着いた穏やかな声音。

「相変わらずですな、アスラン=ザラは」

「全く。さすがは我が校一の優等生ですよ」

「アスラン=ザラ?ザラというと……」

「ああ、ジュール先生は初めてでしたな。彼女が、アスラン=ザラです。この学園の理事の一人、パトリック=ザラ氏の娘です」

訝しげに尋ねるイザークに、教師の一人が答えを明かしてくれた。

どうやら、この学園自慢の生徒らしい。

「彼女が、この学園の生徒会長ですよ。他に……」

教師の視線の先に眼をやると、アスランと呼ばれる生徒が一礼して壇上から降りるところだった。

そのまま真っ直ぐに友人と思われる少女たちのほうへと向かう。

「ラクス=クライン?」

「彼女は……先生もご存知ですよね。かのアイドルラクス=クラインですよ。この学園の、理事長の娘です」

「ええ、彼女のことは良く知っていますよ。しかしまさかこの学園の生徒とは……」

ピンクの髪に、ほわほわとした微笑を浮かべる少女。

誰もがよく知る歌姫、ラクス=クライン。

その隣に立つのは、燃えるような赤毛の少女だった。

「あの三人が、生徒会の役員ですよ。役員で、まぁ、仲の良い友人のようですね」

「へぇ……」

その時は、ただそれだけしかいえなかった。

イザークにとって、アスラン=ザラという少女は、生徒会長で優等生の、パトリック=ザラの娘。

ただ、それだけだったのだ――……。







入学式から一夜明けて、いよいよ今日から授業が始まる。

さしものイザークも緊張してしまう。

「初授業は……3年A組か……」

スーツの裾を翻し、イザークは担当学級へと向かう。

「遅れる、遅れる――っっ!!」

「ラクス、頑張って走ってっっ!!」

「わ……私は、大丈夫ですわ……」

廊下を走るなど、学校規則からいえば言語道断のことだ。

だがまぁ、それも仕方のないことなのかもしれない。

あと数分で始業時間だ。おそらく、前の授業が遅れたか、三人のうちいずれかが週番だったのだろう。

声は、どうやらイザークの後方から聞こえてくるようだ。

注意しようと振り返ったその時、イザークは何かとぶつかった。

「きゃっ!」

勢いあまって、倒れこんできた何かに押し倒されるような形で、イザークは廊下に座り込んでしまった。

「痛たたた……」

「ご……ごめんなさい。大丈夫ですか?怪我はありませんか?」

「んもう。アスランったら。何やってるのよ」

「申し訳ありません。私たち、急いでいたものですから」

怒鳴りつけようと、口元まで出かかった言葉は、自分を案じる翡翠の瞳に、音声にはならずにイザークの喉で凍りついて。

月並みながらも、大丈夫だと答える以外、イザークには出来なかった。

ほっと安心するように和む翡翠の瞳の、その言い知れぬ美しさに、思わず心を奪われてしまう。

「本当に、すみませんでした」

「次からは気をつけろ。ほら、さっさとしないと、授業が始まるぞ」

「はい。本当に、すみませんでした」

立ち上がり、少女はペコリと頭を下げる。

どこまでも律儀なその姿に、思わず微笑ましいような気持ちになって。

「いくら急いでいるからといって、廊下は走らないように」

「はい」

三人は頷いて、また廊下を走っていく。もっとも、ダッシュが競歩に変わってはいたが。

「まったく……」

これだから、女子生徒相手は困る。

男子生徒ならいくらでも怒鳴りつけることが出来るが、さすがに女生徒に対しては、怒鳴りつけるのも少し躊躇してしまうのだ。

イザークもまた、先ほどの少女たちが向かったほうへと歩き出す。がその時、足元に何かが当たった。

そちらのほうへと視線をやると、それは生徒手帳だった。

おそらく、先ほどの生徒が落としたのだろう。

拾い上げ、ページを捲る。

一番最初のページに、顔写真と名前が記載されていた。

3年A組   Athrun Zala

「アスラン=ザラ……?」

この学園の、生徒会長。そして、理事の娘。

学園一の才媛アスラン=ザラ。

先ほどぶつかったのは、どうやら彼女だったようだ。

そしてどうやら、彼の担当クラスの生徒らしい。















もしも出会いに必然性があり。

その必然性を『運命』と呼ぶのなら。

まさしくそれは、運命の出会いだったのだろう。

二人にとって、決して逃れることの出来ない――……。




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どんどん長編を増やしていく大ばか者がここに一名。

友人の、「ラブラブなイザアスが見たい」という要望に応えるべく、この長編はスタートしました。

目指すのは、少女マンガ的王道。

若干キャラの性格が変わると思われますが、そこはご愛嬌ということで。

大目に見てくだされば幸いです。

こういった話を書くのは初めてなので、色々と辻褄の合わないところが出てくると思われますが、どうか温かい目で見守ってやってくださいませ。