交わされた視線の先にあった思いは、一体なんだったのだろう。 その一瞬に貴方に奪われた心を占めるこの思いは、一体なんだったのでしょう――……? #02 Second Impression 教室に辿りついた三人は、肩で息をしながら席に着席した。 教壇にはまだ、教師の姿はない。どうやら、何とか間に合ったようだ。 「ゴメンね、二人とも。私が週番だったばかりに……」 「気にする必要はない、フレイ。仕方ないことじゃないか」 「アスランの言うとおりですわ。私たちが週番のときは、フレイが手伝ってくれるじゃありませんか。おあいこですわよ」 フレイの謝罪に、アスランが謝る必要のないことを告げて。 ラクスもまた、アスランの言葉に補足する。 三人は、仲のいい親友同士だった。 高校の入学式で出会い、すっかり意気投合して。 そして今に至る。 性格等にはかなりの違いのあるものの――否、だからこそ。お互いのよさを認め合えるのかもしれない。 「それにしても、先ほどは焦りましたわね」 「ホント。すぐに説教する先生じゃなくて、助かったわ。……怪我はしていない?アスラン」 「僕は大丈夫だ。でもあの人は、怪我していないだろうか……」 「多分、大丈夫だと思いますわ。あまり気になさらないほうがいいですわよ、アスラン」 「それにしても、初めて見る顔だったわよね」 フレイの言葉に、アスランも頷く。 いくらこの学園が広いとはいえ、三年間も通えば先生の名前と顔くらい一致させることができる。 しかしアスランがぶつかったその人とは、未だに面識がなかったのだ。 「おそらく、新任の先生ではないでしょうか。確か今年も、先生がいらっしゃると教頭先生がおっしゃっていましたわ。名前は確か……」 「席に着け。授業を始めるぞ」 ラクスの言葉を遮るように、教室の扉が開いた。 現れたのは、極上の銀糸を思わせるプラチナブロンドに、凍てついた湖水の瞳を持つ人。 怜悧なその美貌は、教室中の女生徒たちを圧倒して。 思わず、感嘆の声さえ洩れる。 きびきびとした足取りで、その人は教壇へと足を進めた。 「今日からこのクラスの世界史を担当する、イザーク=ジュールだ」 「さっきの人……先生だったんだ……」 「まぁ、先生以外の人がこの学園内にいるはずもないけどね……」 「まぁ。このクラスの担当をされる先生でしたのね……」 ラクスの言葉に、アスランは赤くなったり青くなったりを繰り返す。 先ほどぶつかってしまった先生が、まさか世界史担当の先生だなんて……!! どちらかというと理系のアスランは、実はあまり文系の歴史は得意ではないのだ。 焦るアスランを尻目に、その先生は早速授業に入っていく。 「昨年このクラスの世界史を担当した先生にお聞きしたところ、ばら戦争まで進んだということだったが……そこまではいいか?」 「確かにばら戦争までいきましたけど、まだほんのさわりの部分しかしていません」 ジュール先生の問いに、フレイが答える。 先生は少し考えた後、 「じゃあ、中世という時代の復習をしながら、ばら戦争について学習していくことにしよう」 教室内に、彼の声が響き渡る。 「ではまず、フレイ=アルスター。イギリスの王朝について、古い順にいってみろ」 「えっと……アングロ=サクソン朝、デーン朝、ノルマン朝、プランタジネット朝、ランカスター朝、ヨーク朝、テューダー朝、ステュアート朝、ハノーヴァー朝、ウィンザー朝です」 「そのとおり。よく答えられたな。プランタジネット朝のときに、あの有名な戦争が起こる。それは何だ?」 指名された女子生徒が、やや頬を紅潮させて答える。 「百年戦争……ですか?」 「そうだ。百年戦争は、始めはイギリスの優勢で進んでいた。その立役者となった人物が、かのエドワード黒太子だ。しかしやがて、イギリス側は相次ぐ黒死病――ペストだな――の流行、農民反乱などが戦況に影響を与えていく。そして百年戦争の末期に現れたのがジャンヌ=ダルクだ」 先生は、まるで流れる水のように滔々と言葉を紡ぐ。 普段なら私語の絶えない教室が、シーンと静まり返っていた。 興味がない者は、眠くて仕方のない歴史の授業。 けれど何故か、その先生の授業は寝てはいけないような気がしたのだ。 うっとりとしながら、たいていの女生徒は彼の声に聞惚れる。 そのまま立て板に水の勢いで、その人は百年戦争からばら戦争に至るまでの過程を語り終えた。 「百年戦争の結果に不満を持った貴族たちが、ランカスター・ヨークの王家争いに加わり起こった内戦。それがばら戦争だ。これにより、貴族たちは疲弊し、自滅していく。ではこの戦争の持つ意味とは何だったと思う?」 指名された生徒が、真っ赤になりながら「分からない」と言う。 次に指名された生徒も、その次の生徒も同様だ。 それを横目にしながら、アスランは彼女なりにその戦争の持つ意味について考えていた。 「――――……=ザラ。アスラン=ザラは欠席か?」 「あっ!はい!」 「寝ていたのか?アスラン=ザラ。……まぁいい。ばら戦争の持つ意味とは何だったと思う。歴史的な意味についてだ」 「えっと……貴族の自滅によって、国王による中央集権化が進行したんじゃないかと思います」 「そのとおりだ。よく答えられたな。ばら戦争により、貴族は疲弊し、力を失う。国王にとって、貴族というのは厄介な存在だ。彼らは、力を持っているからな。その力が弱まり、戦争終了後に台頭したテューダー朝が絶対主義を確立する。それから、イギリスの絶対王政が始まる」 丁度語り終えたまさにそのタイミングで、チャイムが鳴り響いた。 先生は教科書を閉じ、 「今日の授業はここまでにする。……アスラン=ザラ。あとで前に来い。以上だ」 「起立。姿勢、礼」 「有難うございました」 生徒たちが立ち上がり、一礼する。 教壇に立つ先生も頭を下げ、その日の授業は終わった。 「アスラン、何かした?」 「先ほど、少しボーっとされていたからでしょうか……」 「僕、かなり態度悪い生徒だと思われているのか……?」 「大丈夫よ、アスラン。そりゃあ、廊下でぶつかった挙句にボーっとしていたわけだけど」 フレイの言葉に、アスランはますます落ち込む。 アスランを見慣れた者たちから見れば、やや肩を落として。 教壇のほうへと歩いていく。 先生を待たせるわけには、いかない。 ただでさえ印象最悪な生徒なのかもしれないのだ。 「先生、アスラン=ザラです」 「ああ、ザラ。これ、落としていたぞ?」 「あ……生徒手帳!」 慌ててアスランは、普段手帳を入れている胸ポケットに手をやる。……確かにない。 ひょっとして、さっきぶつかった時に落としてしまったのだろうか。 「すみません、先生。有難うございます」 「いや。次から気をつけろ」 それだけを言い残し、先生はさっさと教室から出て行く。 それに、ほんの少しだけ物寂しいような気持ちを、アスランは味わった。 「アスラン。先生、何だって?」 「ああ、これ……。さっき、落としたみたいで……」 「まぁ。生徒手帳ではありませんか」 「ホント、アスランって案外ぼけてるわよねぇ」 「何だよ、それは!!」 からかうようなクレイの言葉に、アスランはむっとしたような顔をして。 まぁまぁとそんな二人をラクスが諫める。 何のことはない。それがいつもの彼女らの日常だった。 だってまだ、それの名前も知らない。 けれど、名前なんて必要ないことなのかもしれない。 本人のあずかり知らないところで、それは微かに……けれど確かな意思をもって、産声を上げた……。 +−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+−+ 緋月は高校時代、世界史選択でした。 その頃の勉強を思い出しつつ書いたので、ここに記載されているばら戦争についてのウンチク等は、おそらく正しいと思います。 一応、ノート引っ張り出して、勉強しながら書きましたし。 世界史、本当に大好きでした。 ……イザークが先生になったら、私はきっと毎日職員室に通ったと思います。 ていうか。高校時代、歴史バカと世界史の先生に言われた女です。私は。 |