いつ何時に、それが起こるか分からない。

ただ、好きになってしまえばそれが全て。

そこに理由は必要なく……知り合った日数すらも、関係ない。

『愛してる』ただその感情が全て。






#04   自覚した恋心






「ねぇ、フレイ。今日はどうする?」

放課後。帰り支度をするフレイに、アスランはそう尋ねてみる。

フレイは、同性のアスランが見ても思わず目を奪われてしまいそうな笑みを、浮かべて。

「今日は、キラとデートの約束なの」

「ああ、そうなんだ?」

本当に嬉しそうに、フレイは微笑んだ。

アスランの親友であるフレイと、アスランの幼馴染であるキラは、付き合っていた。

たまたまアスランの家に遊びに来たフレイを一目見て、キラが一目ぼれをしたのがそもそもの始まりだ。

それ以降、キラの積極的なアタックを続けて。フレイも、その熱意についに折れて。

そして二人はめでたく付き合うことになったのだ。

この話には、後日、実はフレイもキラに一目惚れしていた、というオチがつくのだが。

とにかく、二人は付き合って一年になろうというのに、未だに出来たてほやほやのカップルのように仲がよいのだ。

「キラとうまくいってるんだね」

「うん……キラ、すごく優しいのよ」

真っ赤になって言うフレイは、親友の欲目を差し引いても十分に可愛らしい。

もとから可愛かったフレイだが、キラと付き合うようになってから、時折はっとなるほどの美しさを見せることがあって。

同性だというのに、アスランもどぎまぎしてしまうのだ。

「ラクスは?」

「私は、今日はお仕事ですわ」

「そっか……」

ラクスは、人気NO.1の歌姫だ。

当然、こなす仕事も多い。

分かっていても、少し寂しいな、と思ってしまう。

「え?じゃあアスラン、今日一人なの?大丈夫?」

「何だよ、フレイ。それは。大丈夫だよ、一人でも」

「そう?何なら、三人で帰ってもいいのよ?どうせキラとお隣なんだし」

「恋人同士の会話に立ち入るほど、僕は野暮じゃないよ。大丈夫だから、デート楽しんできて。ラクスも。お仕事頑張ってね」

無理矢理笑顔を作って言うと、フレイもラクスもそれ以上言うことは憚られて。

渋々ながら納得して、鞄を持つ。

「本当にごめんね、アスラン」

「ごめんなさい、アスラン」

「いいから。もう、気にしないでよ」

笑って、アスランは二人を送り出す。

申し訳なさそうにする二人を見送って、アスランは溜息をついた。

「ああ。僕のバカ……」

本当は、寂しくて堪らないのに。

ラクスとフレイは、アスランにとって生まれて初めての親友だった。

勿論、アスランには既にキラという親友はいるが。

同性の親友は、初めてだったのだ。

「今日は一人かぁ……」

家にかえっても、誰もいない。

アスランの父親も母親も忙しい人で。家を空けることが多い。

もっとも、それで拗ねて非行に走るほど、アスランは子供ではなかったけれど。

どんなに一緒の時間が持てなくとも、アスランは知っていたから。

両親が自分を愛してくれている、と疑いもなく。

「帰ろう……」

帰り支度をして、アスランは立ち上がった。

まさにその時、教室の扉が開いた。

現れたのは、銀糸を思わせるプラチナブロンドの髪と、アイスブルーの双眸の持ち主。

新任の教師、イザーク=ジュールだ。

「ジュール先生。どうかなさったんですか?」

「ああ……このクラスの社会の係はいるか?」

「えと……彼女ならもう、帰りましたよ?」

尋ねるその人に、アスランは答える。

するとイザークは、忌々しそうに舌打ちした。

「あれだけ残っていろと言ったのに……。アスラン=ザラ。今暇か?」

「はい」

尋ねられて、アスランは頷いた。

暇といえば、暇だ。

「なら、少し手伝ってくれないか。このクラスの授業の進行状況だとか聞きたいし、それに合わせて資料を作りたいんだが……」

「別に、構いませんよ」

どうせ、家に帰っても一人なのだ。

だったら、ここで先生の手伝いでもしていたほうが、まだ気は紛れるだろう。

先生のあとを、アスランは資料室に向かって歩いていった――……。







資料室は、いつ来ても薄暗い。

そして少し、黴臭い。

何冊もの古い資料や書籍があるのだから、それは当然のことなのかもしれないけれど。容易に慣れるものではないだろう。

「ここに書いてある資料を探して、打ち込んでくれないか?」

「はい、分かりました」

ぎっしりと書籍の名前の書かれた紙を手渡され、アスランは目眩を起こしそうになった。

……今夜中に家に帰りつくだろうか。

しかし手伝うと言った手前、今更できませんとも言えない。

アスランは仕方なく、資料探しを始めた――……。







「ん……と。あとは……」

あと一冊で、最後だ。

探すが、なかなか見つからない。

「あ……あそこだ……!」

本棚の一番上に、目当ての本を発見した。

しかし、高い。かなり高い位置にその本はあった。

アスランは元々女子にしては背が高いが、それでも脚立を使わなければ届かない位置で。

脚立を持ってきて、アスランは手を伸ばす。

しかし届かない。

爪先立ちになり、あと少しで手が届こうかと言うときになって……。

ぐらり、とアスランの体が傾いだ。

バランスを崩し、アスランは後ろ向きに倒れこむ。

しかし痛みは……いつまでたっても襲ってこなかった。

逆に柔らかいものが、アスランの体の下にあって。

「あ……あれ?」

思わず、アスランは身じろぎする。

「ザラ……早くどいてくれないか?」

「え……あ!ごめんなさい!!」

怪我をしていない筈だ。

先生が、下敷きになったのだから。

先生の腹部の辺りに、アスランは座り込むような形で落下したのだった。

先生は、男の人にしては細い体をしていると思っていたが、見た目よりかなりその体は鍛えていて、逞しいようで……。

そこまで考えてしまって、アスランは思わず赤面してしまう。

そして慌てて、先生の上から飛び降りた。

「ごめんなさい!!」

「いや、気にするな。それにザラ。『ごめんなさい』じゃないだろう?」

「すみませんでした!」

「いや。そうでもない」

先生はそう言って苦笑する。

アイスブルーの瞳を眇めて笑うと、普段の人を寄せ付けないような雰囲気が消えて。

嘘のように、優しい顔になった。

「あ……じゃあ……『有難うございます』?」

「そうだ。それでいい。怪我はなかったか?」

「はい。先生のおかげで……」

頬が赤くなっていくのを、感じる。

なんだか、先生の顔が見れない。

慌ててアスランは資料を手に取り、パソコンに向かった。

下を向きながら、尋ねる。

「こ……これを打ち込めばいいんですよね?」

「ああ。すまないな」

パソコンに文字を打ち込みながら、それでも先生を意識してしまって。

高鳴る胸を押さえるのに、必死だった――……。







「先生、終わりました」

「ああ、すまなかったな、ザラ。……もうこんな時間か」

アスランが紙の束を差し出すと、先生は慌てて時計を見た。

午後八時。

もう、日はとうの昔に落ちている。

「すまなかったな。こんな時間まで……」

「いえ。それじゃあ、僕はこれで帰ります。さようなら」

アスランが資料室を出ようとするのを、先生が止める。

「俺も帰るから、ついでに家まで送ろう。校門のところで待っていてくれ」

「そんな……そこまでご迷惑はかけられません」

「こんな時間に女子が一人で夜道を歩くほうがよほど危ない。いいか?門のところで待ってるんだぞ?」

念を押されて、アスランは思わず頷く。

資料室前で先生と別れると、アスランは門のところで先生を待つことにした。

空を見上げると、星がぽつぽつと微かな明かりを放っている。

日中は暖かいが、日が落ちると寒い。

少し肌寒さを感じて、アスランは身震いした。

空を見上げながら、アスランはボーっと考え事をしていた。

……今日のご飯、何にしよう……?

両親が揃って帰りが遅いなら、アスランが自分で作らなくては。それとも、キラのところにでもご飯を食べに行こうか。

「ザラ」

「先生」

校舎内の駐車場から車を出したのだろう。

校門前で先生を待つアスランの前に、深いブルーのスポーツカーが停車した。

「乗れ」

「はい。お願いします」

助手席の扉を開けられて、アスランはおずおずと車に乗った。

「すみません、先生。かえってご迷惑をおかけしてしまって……」

「いや。ザラの家は丁度、通り道だから。迷惑じゃない。俺のほうこそ、こんな時間までつき合わせてしまって、すまなかったな」

「僕の家、ご存知なんですか?」

「この前、生徒手帳を落としただろう?その時、見えた。たまたまだけどな」

「あ……!」

そうだ。そういえばこの前、生徒手帳を落としたのだ。

それならば、アスランの家の住所を知っているのも頷ける。

アスランはますます赤面して、ますます下を向いてしまった。

ただでさえ、先生の隣に座っていると言うことで、心臓は痛いくらいに早鐘を打っているのだ。

先生は、学校にいるときとはだいぶ印象が違った。

校内ではきっちりとスーツを着込み、細い銀縁の眼鏡をかけているのだが、今は眼鏡は外していて。

ネクタイを緩め、シャツの第一釦を外して……。

女子高で、男性と言えばキラとか父親しか免疫のないアスランは、やはり緊張してしまって。

「……ラ。ザラ?」

「は……はいっ!」

「どうした、ザラ?……ひょっとして、ザラは……人と話をしたりするのは苦手か?」

「実は、あまり得意じゃないです」

人と話をすることも、人前でスピーチをすることも。

否、本当は生徒会長なんて大役が自分に務まるかも、自信がなくて。本当ならアスラン自身が、自分に対して懐疑的で。

務まるわけがない、なんて思ってしまう。

自分で本当にいいのか、と不安になるのだ。

「生徒会長だって、自分で立候補したわけじゃなくて、他薦で選ばれたんです。勉強だって、本当は皆が言うほど頭が良いわけじゃないから、毎日毎日必死に勉強してて……」

自分で言ってて、情けなくなる。

なんて自分は、つまらない人間なんだろう。

「まじめだな、ザラは」

「そ……そんなことはないですよ……!!」

「俺も昔……男子部のほうの生徒会長をしていたが、そこまで真剣には悩まなかったと思うぞ。今にして思えば、結構はったりで何とかしていたな」

「はったり……ですか?」

ハンドルを握り、運転するその人の横顔を見つめながら、アスランは問い返す。

理想の自分に向かって努力を怠るな、などといった言葉は聞いたことがあったが、「はったり」なんていわれたのは初めてで。

「上に立つ人間は、弱いところを見せることは出来ない……してはいけない。どんなに自分の決定に自分自身が懐疑的だろうと、人前では常に自信ありげに振舞わなければいけない。そうしないと、皆本当にそれに従って良いのか、分からなくなるだろう?」

「はい……」

「人前では、自分の決定は絶対に正しいと思い、振舞う。自分を実際より大きく見せることも、時には重要だ。皆が自分について来やすいように……な。あとは虚像に、現実を近づければいい。……『はったり』って言うのは、そういうことだ」

「そう……ですか」

「そうさ。どんなに自信があるように見えたって、皆内心ひやひやしてるもんだ。それにザラは、生徒によく慕われているじゃないか。いい生徒会長だと思うぞ、俺は」

「あ……有難うございます」

どうしよう。頬が熱くて仕方がない。

こんな風に褒められるのなんて、慣れている筈なのに……。

「有難うございます……」

「可愛いなぁ、ザラは」

言葉を噛み締めるように礼を言うと、先生は笑いを堪えるような声で、一言。

そう言った――……。















人を好きになることに、理由なんてなくて。

好きになってしまったら、その人のことしか考えられなくて。

もどかしくて、でも嬉しくて。

恋って、そういうものなの……かな?




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……少女マンガ……。

何だ、この展開はっっ!!

痒いったらないです。

えと、台詞回しとかそういうものは、友人からのネタなので。

こんな展開、私のお粗末な頭じゃ思い浮かびません。

て言うか何がありえないって、イザークの性格がありえない……。

相手が女の子で、パラレルで、教師と生徒になるとここまでベタな展開になるんですね……。