なんだか、胸がドキドキして仕方がない。

その人のことを考えるだけで、胸がいっぱいになる。

切なくて。でも、なんだか温かくて。

この感情は、何?






#05   優しい気持ち





「アスラン。昨日はごめんね」

開口一番に謝られて、アスランは思わず首を振った。

「いや。気にしないでいい。昨日は楽しかったか?」

「ええ。でも、キラに怒られちゃった。『親友を置いてきちゃダメ』って。全くよね」

「気にしないでいい、フレイ。で、昨日は何をしたんだ?」

「何って、別に普通よ。お茶して、ショッピングして、一緒にお散歩して……」

頬を染めながら言うフレイを、可愛いと思う。

それはどうやら、ラクスも同じらしく、のほほんとした微笑を浮かべて、フレイの話を聞いている。

「まぁまぁ。フレイもキラも、仲がよろしくて結構なことですわ」

「何よ、ラクス。からかわないでよ……。そういう二人は、どうなのよ?」

「私は、今は仕事が恋人のようなものですわ」

にっこりと笑って、ラクスはいう。

さすがのフレイも、それ以上のツッコミができない。

「じゃあ、アスランはどうなの?」

「え……?」

問われ、アスランは思わず赤面してしまった。

思い出すのは、昨日のこと。

突如胸のうちに芽生えた、優しい気持ち。

その人を想うだけで、高鳴る心。

イザーク=ジュール先生。

近寄りがたい外見とは裏腹に、優しい人。

そしてその先生の上に、アスランは落ちてしまって。先生が下敷きになってくれた。

間近で感じた温もり。

その時を思い出しただけでも、アスランの頬は紅潮する。

「何かあったのかしら、アスラン=ザラ?」

「べ……別に何もないが?」

「まぁ、目が泳いでいますわ」

「そ……そんなことは」

「ない、なんて言わせないわよ。アスラン=ザラ」

にっこりと微笑むこの学園の書記であり、人気絶頂の歌姫であるラクス=クライン。

そして会計を務め、なおかつこの学園一のお嬢様気質のフレイ=アルスター。

この二人を一度に敵にまわして勝てる見込みなど、アスランにはない。

「あ……え……と。あ!職員室に行く用事があるのを忘れていた」

「逃げる気かしら?」

「あとできっちりとお話はしていただきますわよ、アスラン」

笑顔ですごむお嬢様二人に、アスランはコクコクと頷く。

今はとにかく、この雰囲気から逃れたかった。

女の子同士にありがちな、恋愛の話題。男の子の話。

アスランはそれらの話題が、どうも苦手だった。

許しが出たところで、アスランは脱兎の如く駆け出した。

「ねぇ、ラクス」

「何ですか?フレイ」

アスランのいなくなった教室では、相も変わらず少女たちのおしゃべりが続く。

勿論その大多数を占めるのは、彼女たち二人の大切な親友であるアスラン=ザラのこと。

「今日、世界史あったかしら?時間割変更なんて、私は聞いていないんだけど」

「今日は……世界史はありませんわね。あら?でしたらどうして、アスランは教科書をもって職員室に行ったのでしょう?」

含み笑いをするようにフレイが尋ねれば、ラクスもそれに便乗するように笑顔で答える。

彼女たち二人の、それは確かな日常だった。

「これは、アスランに好きな人が出来た、と解釈すべきかしら?」

「お相手は、イザーク=ジュール先生……ですわね」

「ラクスもそう思う?」

「はい。アスランが苦手な世界史の質問に行くなんて、今までありませんでしたもの」

得意不得意に関わらず、アスランはこれまで職員室に質問を持っていったことはない。

ザラ家の娘として教育されたアスランは、良くも悪くも他者に自分の欠点や苦手をさらすことを嫌う。

何でも、自分ひとりで解決しようとするきらいがある。

二人は、アスラン自信ですら気づいていないかもしれないその心のありようを、よく理解していた。

だからこそ、疑問に思ったのだ。アスランがノートと教科書を抱えて職員室に向かったとき。

「まぁ、アスランの隣に立っても遜色ないほどだし。アスランがあの先生のこと好きなら私は何も言わないけど」

「そうですわね。私も、アスランが幸せなのでしたら、それで一向に構いませんわ」

フレイが言えば、ラクスも頷く。

大切な親友。アスランも二人をそう思っているが、この二人にとっても、アスランは、そして互いは大切な親友なのだ。

だからこそ、アスランの恋は応援するし、その成就を願う。

けれどそれに欠かせないのは、そうすることでアスランが幸せになれるか、だ。

もしも件の先生が女性関係にだらしなかったり、借金もちだったり、暴力を振るうような類の男であった場合、ラクスもフレイもどんな手を使ってでもその存在を排除する。

彼女たちにとって重要なことは、何においてもアスランの幸せなのだから。

「暫く、様子を見ましょうか」

「そうですわね。それが一番だと思いますわ。まずは、アスランの気持ちがどう落ち着くか。それをしっかり見極めませんと」

考えねばならないことは、山ほどある。

そして何よりも大切なものが、アスランの幸せなのだから。

そのための物思いならば、いくらしてもしすぎることはない。





親友に訪れた、小さな春の予感に、二人はそっと、笑みを浮かべた――……。







「先生、授業前にすみません。昨日の授業、分からないところがあって。時間、宜しいでしょうか?」

「ザラか。昨日はすまなかったな。有難う。おかげで助かった」

「い……いえ」

紅潮する顔を隠すように、アスランは下を向く。

笑いを含んだようなその声は、昨日と変わらない。

でも、優しい人だとアスランは思う。

いくら相手が生徒でも、身を挺して庇うような先生が、一体世の中にどれほどいるだろう?

自分の身を省みずそれをやってのけたこの人は、本当に優しい人なのだろうと思う。

そこまでしてくれたこの人を、アスランは意識せずにはいられない。

嬉しくて。言葉に出来ないほどの気持ちが溢れそう。

けれど同時に覚えるのは、言い知れぬ寂しさだった。

優しいから、アスランを放っておけなかっただけ。

アスラン以外にも、おそらくその優しさを与える人。

それが、なんだか寂しくて、切ない。

「どこが分からなかったんだ?……ああ、そこか。それは、百年戦争を詳しく説明しなければ、分かりづらいか。……少し時間が足りないな。放課後、改めてきてもらえないか?」

「はい」

言われ、アスランは頷く。

こうして傍にいるだけでも、胸が張り裂けてしまいそうに苦しい。

でも、傍にいられなくなるなら。その顔を見ることすらできなくなれば、もっと苦しいだろう。

そしてこんなに苦しいのに、こうしてその小さな微笑やその微かな表情の変化を目にするにつけ、幸せな気持ちになってしまう。

この感情は、何?

すごく苦しいのに、すごく幸せで。

なんだか、優しい気持ち。







ねぇ、この感情は、一体何?



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どうしてありえないくらいこの話がラブラブになるのか。

おそらくそれは、アスランがイザークを好きだから、だと思われます。

裏のイザアスだと、イザークがアスランを好きだから、あんな困ったちゃんな展開になるんですね。

なんか実感。

今回は、アスランが大好きなフレイやラクスも書けて楽しかったです。

女の子の結束って、すごいものがあると思います。

私、それを実感しましたもん。