貴方の笑顔。 見ているだけでこんなにも――胸が震えるほど嬉しいのに。 でもその笑顔は、僕だけに向けられるものじゃない。 それが酷く悲しくて、悔しい――……。 #06 哀しい笑顔 昼休み。フレイとラクスに笑顔で脅迫され、アスランは昨日起こったことを二人に報告せざるを得なくなった。 「……で、脚立から落ちそうになった僕に、先生が下敷きになってくれたんだ」 「まぁ。それは大変でしたわね」 「ホント、アスランてばどこか抜けてるのよね。……で、先生下敷きになったの?」 「うん……」 そのことを思い出したのか、アスランは少々頬を紅潮させる。 間近に見た、端正な顔。 鍛えられた躯。 男性に免疫のないアスランにとってみれば、それは十分彼女を赤面させるに十分なもので。 「……詰めが甘いわね」 「甘いですわね」 「え……?え?」 「そういう時は、お姫様抱っこで抱き上げるってのが常識でしょうが!何考えてるのよ、ジュール先生ってば!」 「アスランのお肌に傷がついたら、どう責任を取ってくださるおつもりだったのでしょうか」 憤慨する二人に、アスランは思わず絶句する。 まぁ、彼女でなくとも絶句するだろう。 それでも、自分が迷惑をかけて、それを先生は助けてくれたのだから。 アスランは何とか先生を弁護しようと躍起になる。 「でも、僕を助けてくれたよ!」 「当たり前じゃない。自分から手伝ってくれって頼んどいて、怪我でもさせたら許さないわよ」 「アスラン。もっと自分を大切にしてくださいませ」 「いや、でも……!」 「それに、キラだったらきっと、私を抱き上げてくれるわ」 「……だってキラは体重重いだろう」 ポソリ、とアスランは呟く。 キラ=ヤマト。可愛い外見に騙されてはならない。それを地で行くアスランの幼馴染……。 「何よ。適正よ、適正!男だったらあれくらい丁度いいじゃない!」 「いくらなんでも重すぎだろう、あれは!甘いものばかり食べるから、あんな躯になるんだ!」 「何ですって、アスラン!キラにケチをつけるつもり!?」 「最初に先生にケチをつけたのは、フレイのほうだろう!!」 白熱していく舌戦を眺めながら、ラクスはゆっくりとカップの中の紅茶を口に含む。 今日はローズティーだ。 それから徐に、ゆっくりと口を開いた。 「アスランは、先生がお好きなのですね」 「え……えぇ!?」 途端に茹蛸のように顔を真っ赤にするのを、ラクスははんなりとした笑顔で眺める。 「まぁ。真っ赤になってしまいましたわ」 「ラクス……何気にアスランいじめてるわよ、あんた」 「だって、面白いじゃありませんか」 普段滅多にその表情を崩さない親友。 だからこそ、こんな風に年相応の顔を見るのが、楽しくて仕方がない。 こんなふうに、ころころと表情を変えるアスラン。赤くなったり、青くなったり……。 普段の凛とした表情も好ましいが、それとは別の可愛らしさを感じる。 例えるならばそれは、恋する女の子の……。 「あうぅぅぅぅ」 「唸らないでくださいな、アスラン。応援しますわ、私」 「ラクス……」 「ちょっと、抜け駆けはよくないんじゃないの?……勿論、私もね。アスラン」 「フレイ……」 ジーンと胸が熱くなる。 大切な大切な、親友。 彼女たちが自分を、自分と同じくらい想っていてくれていることが、掛け値なしに嬉しくて。 「有難う、ラクス。フレイも」 「いいんですのよ、アスラン。アスランもフレイも、私の大切な親友ですもの」 「勿論、私もね。アスラン、ラクス」 「うん。僕も、二人のこと大好きだ」 アスランの答えに、ラクスもフレイも笑顔を浮かべて。 「でも、まだ僕、自分の気持ちがよく分からないんだ……」 「そういうもんよ。自分の気持ちが、実は一番よく分からないのかもしれないわね」 「私も、そんなことありますわ。ゆっくりと、分かればいいじゃないですか。大切にしましょう、アスランのその気持ちを」 元気付けるようなフレイの笑顔に、慈愛に満ちたラクスの笑顔。 この二人が親友だなんて、なんて幸せなんだろう。 そう。ラクスのいうとおり。 ゆっくりと、探していけばいいのだ。 ゆっくりと、その気持ちに名前をつければいい。 胸に咲いた小さな花。大切に大切に育てていこう。 「でも。進展があったりした場合は、ちゃんと伝えるのよ?」 「当たり前ですわよね、アスラン?」 「……やっぱり?」 ガックリと肩を落とすアスラン。 最強の親友たちはそんなアスランに笑顔を向けて。 こんな、他愛もない日常。 けれどそれが、愛しくて仕方がない。 両親がいて、親友がいて。 それだけで今は、幸せ――……。 放課後になり、アスランは再度職員室へ足を運んだ。 勿論、彼女の大切な親友たちがニヤニヤ笑いをしながらそれを見送ったのは、言うまでもない。 「先生?ザラです。失礼します」 声をかけて、室内へ足を踏み入れる。 そのまま真っ直ぐにジュール先生の許へ向かったアスランは、思わず凍り付いてしまった。 (先生、笑ってる……) ジュール先生の許へ、一人の女子生徒が来ていた。 先生の前に置かれた椅子に腰掛け、楽しそうに談笑している。 一緒にいる生徒の顔は逆方向でよく分からないが、正面を向いている先生の顔は、アスランのところからもよく見て取れた。 キリ……と胸が痛む。 先生の笑顔。 (僕だけに、笑ってくれるわけないのに……) 相手は教師なのだから。生徒であるアスランに微笑みかけたりもするだろう。 けれどそれは、あくまでもアスランが生徒だからだ。それ以上でも、それ以下でもない。 チクリ、と胸がさすように痛む。 相手は、大人の男の人で。 昨日のことだって、きっとなんともないのだろう。 自分以外にも向けられるその笑顔が、悔しくて堪らない。 自分だけのものに、したいのに……。 アスランに気付いたのか、先生がその生徒に対し、退室するよう言っているのが、その身振りで分かった。 気を悪くした様子で、相手の生徒は椅子から立ち上がる。 そのまま真っ直ぐに、アスランのほうへと歩いてくる。 毅い目をした、少女だった。 肩先ではねる金の髪。 金に近い琥珀色の瞳。 臆する様子もなく、少女はアスランを睨みつけてくる。 (誰だろう……?) 見覚えのない生徒、だった。 生徒会長を務めるアスランは、学園内の人物をある程度は覚えているし、名前が分からなくとも見覚えのある生徒、というのも多い。 しかしその少女は、今まで一度も見かけた覚えがなかった。 睨みつけるように真っ直ぐと、少女はアスランを見据える。 思わず視線を逸らしたアスランの眼差しの先で、先生が手招きしているのが分かって。 慌ててアスランはそちらへ向かった――……。 全然、集中できない。 自分以外に向けられた先生の笑顔。 それに、かなりのショックを受けている自分に、アスランは気付いた。 自分でも、呆れてしまう。 盗み見るように、説明をしてくれる先生の、その端正な横顔を見やる。 サラサラと音が聞こえてきそうなほど、真っ直ぐなシルバーブロンドの髪。 それだけ近くにいるのに、躯は、こんなにも近くにいるのに。 心の距離は、あまりにも遠い。 綺麗な綺麗な笑顔。 それが、僕だけのものだったらいいのに。 綺麗な綺麗な先生。貴方が、僕のものだったらいいのに――……。 翡翠の双眸を切なげに伏せて。 アスランは……アスランの心は、微かに悲鳴をあげていた――……。 +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+- ついに某C嬢登場です。 えと。分かります……よね? 分からなかった方はすみません。緋月の表現力不足です。 アンケートでこの『恋愛のススメ』に票を入れてくださった方がいて、かなり嬉しいです。 甘いお話は苦手ですが、精一杯頑張りますので、よろしく最後までお付き合いくださいませ。 |