「フレイ〜〜〜〜〜〜!!!」


金網越しに叫ぶ男、約一名。

本日種割れ中につき……猛獣注意。






[   トモダチ






朝のフレイは、いつも通りのフレイだった。
些細なことに苛立って、アスランをおもちゃにして遊んで。
けれど昼過ぎぐらいからだろうか。
どうも、フレイの様子がおかしいような気がしたのだ。


「それで?一体どうしたんだ、フレイ」


フレイの様子がおかしいことなんて、傍にいたアスランやラクスにはすぐに分かる。
アスランをからかうのはいつものことだが……何だかフレイに元気が無い。


「……何でもないわよ」
「嘘をつけ、フレイ。何かあったんだろう?……キラか?キラが何かしたり言ったりしたのか?だったら僕が……」
「アスラン」


勢い込むアスランを、ラクスが目で制する。

対キラ基本作戦、『反省するまでフレイ禁止』を実行しようとしていたアスランだったが、ラクスの静止に頷いた。


「何がありましたの?フレイ」
「……何もないわよ」
「何かあったのでしょう?お話してくださいませんか?私たち、愚痴でも何でも聞きますわよ?」
「ラクス……」


ラクスの言葉に、フレイは顔を上げる。
その顔に、憔悴の色を見て取って、アスランは思わず絶句した。
華やかで、まるで大輪の薔薇のような風情を持つ、親友。
その彼女が、ここまで顔を曇らせているなんて……。


「フレイ、何でも言って欲しい。友達だろう?」
「アスラン……」
「ここは生徒会室ですもの。誰もきませんわ。ちゃんとドアには、『会議中につき立ち入りを禁ず。立ち入ったものは裸足でドブ掃除』の札もかけております。だから。弱音を吐いてもいいのですよ、フレイ」


ラクスの言葉に、フレイのグレイの瞳にはみるみるうちに涙が溜まった。
どうやら相当溜め込んでいたらしい。


「ラクス〜!」
「ちょっと待て、フレイ!僕はスルーなのか!?」


ラクスに抱きつくフレイに、アスランが憤然とした面持ちで訴える。
あまり表情を崩すことの無い親友の、その一生懸命な顔に、フレイはふっと口元に笑みを刷いた。

あぁ、漸くいつものフレイの笑顔だ、と。
わけもなくアスランは思う。


「アスランも、有難う〜」


泣き笑いのような表情を浮かべて、フレイは二人に抱きついたのだった――……。



**




「それで?昨日何があったんだ?」


会議しているわけでもないのに『会議中』のプレイトの下がった生徒会室で、アスランはフレイにそう尋ねる。
男子部との合同会議やその他もろもろで使われる大きな卓上には、紅茶の入ったティーカップ。
勿論、紅茶を淹れたのはラクスだ。


「フレイ、今日の紅茶はアールグレイですから、ミルクティーにしました。よろしかったですか?」
「あ、有難う、ラクス」
「アスランは……」
「僕はストレートで頼む」
「はい、分かりました」


言って、ラクスはアスランの前にも同様のティーカップを置く。

両手でカップを持って、宝物でも扱うように丁寧に口に運ぶ。
口の中にふわりと広がるミルクティーの優しい甘さに、フレイが重い口を開いた。


「私、我侭かなぁ……」
「え?」


フレイの言葉に、アスランとラクスは同時に尋ね返した。
何と相槌を打てばよいかさえ、見当もつかない。
それほど、彼女たち二人にしてみれば突拍子もないことを言い出したのだ、フレイは。


「どうしてそんなことを言い出したんだ、フレイ」
「うん……」
「フレイ?」


我侭かと問われたら、確かにフレイは我侭だと答える。
けれどフレイの場合、その我侭さえ可愛らしく思えるのだ。
決して無理難題ではない範囲で、信頼を示しているからこそ頼ってくれるのだ、と。そう思えるからかもしれないが。
決してアスランやラクスにとって、迷惑のものではない。
もしも迷惑だったなら、今頃友人なんてやっていられないだろう。


「昨日ね、キラとデートしてて。キラのおうちに遊びに行ったのね。その時、キラの双子のお姉さんて言う人にあったの」
「キラの双子の姉?」
「キラには、双子のお姉さまがいらしたのですか?アスラン」
「いや、僕は聞いたことがないぞ。それ、本当なのか?」


アスランの問いに、フレイはこくんと頷いた。
小さく頷いて、もう一口、紅茶を啜る。


「B組に今日転校してきた子。キラのお姉さんだって」
「それで、転校生が来ることを知ってたのか」
「うん」


それで、アスランやラクスでも知りえなかったことを、フレイは知っていたのだろう。
転校生……キラの、双子の姉……。

あの子、だろうか。
職員室ですれ違った、金髪の少女。
キラとだいぶ趣の異なる感じではあったが……よくよく考えると似ていたかもしれない。間違いなく美少女といえるだろう、少女……。


「その時、言われたの。こんな我侭そうな女と付き合ってるのか、って」
「なっ!?」
「言い返せなかった、私。我侭って、自分でも思う。キラに八つ当たりしたりすることも、いっぱいあるし……キラはいっつも優しいけど、時々もう、私なんて重いんじゃないかな、って」


悄然とした面持ちで、フレイは言う。
確かに、フレイは我侭だと思う。
いつもアスランを振り回して、時々厄介だと思ったりもする。
でも、アスランは知っているのだ。
本当はフレイが、どれだけ一生懸命な子であるか。どれだけキラを好きか。

手作りのマフラーなんてバカにしていたのに、キラがただ、フレイの手作りのマフラーが欲しいといっただけで暑い夏の盛りに毛糸を買ってきて、クリスマスのマフラーの練習をしたり。
キラの誕生日が近づくと、お嬢様育ちのくせに求人と睨めっこをして、自分で稼いだお金でキラにプレゼントを贈りたい、と言ったり。

それだけ、フレイはキラが好きなのだ。
そんな大切な親友にそう言った少女を、アスランはとても許すことが出来なかった。


「フレイ。心配することなんてない。フレイは、確かに我侭かもしれないけれど、それがフレイだろう?キラだって、それを知った上でフレイを好きになったんだぞ?自信を持て」
「そうですわ、フレイ。そんなに悩まれるのは、貴女らしくありませんわ。……私たちは知っています。貴女がどれほどキラを大切に思われているか」
「そうだぞ、フレイ。もしもキラがそれに気付かなかった時がきたら、それは……」


にっこりと、アスランとラクスは微笑んだ。
まるでフレイを励ますように、暖かく微笑んで。
声を、そろえた。


「その時はキラの命が終わる時だぞ(ですわよ)」
「え?」
「当然だろう。なぁ、ラクス?」
「えぇ、アスラン。当然ですわ。私たちのフレイを傷つけるなんて、許せませんもの」


うふふふふとにこやかに微笑むラクスとアスランを見ながら、フレイは溜息をつく。
しかし、嬉しい。
そう、嬉しくて堪らない。
自分が大切に思っている親友二人が自分をこうまで想ってくれていることが、掛け値なしに嬉しい。


「有難う、二人とも」
「礼を言う必要はない、フレイ。君がそうやって笑ってくれることが嬉しいよ」
「女の子なのに、アスランったら口説きモード入ってますわよ、フレイ。これだから、女の子にもてるんだと思いませんか?」


冗談めかして言うラクスに、フレイはそうね、と笑顔で返す。

女子高だから、かも知れないが(一応男子部はお隣に併設しているのだが)、アスランは女子にもてる。
勿論、男子にももてるのだが、下級生に『お姉さま』などと言われて慕われているのだ。
バレンタインは、果たしてもてない男子が思わず羨ましくなるほどのチョコの山、である。


「アスランにだったら口説かれてもいいけど?私」
「まぁ、フレイったら。ずるいですわよ」
「え?えぇ?」


くすくすと冗談交じりに言う親友たちに、アスランだけが目を白黒させる。

それでも、あぁよかった、と。
フレイが元気になってくれて、本当によかった、と。
ほんわかとした空気が生徒会室をたゆたう。




……しかしそれは、嵐の前の静けさでしかなかった。


「フレイ=アルスター!」


ばぁん、と生徒会室のドアが開かれた。
怜悧な美貌に、はっきりと苛立ちを浮かばせて、青年が立っている。
言わずと知れた、イザーク=ジュール教諭(23歳独身←ここ重要)である。


「せ……先生?どうかされたんですか?」
「……あぁ、ザラもここにいたのか。男子部との境目の金網で一人の男子生徒が『フレイ〜〜〜〜〜!!』と喚いているんだが、心当たりは?」
「すみません、僕の幼馴染です」


先生の言葉に、アスランは溜息をつきながら答える。
言わずと知れたそれは、キラ=ヤマトだろう。


「いい加減にアレを何とかしろ。校内の雰囲気が乱れる。止めようとしたあちらの教師どもなんぞは、片手で振り払われていたぞ」
「フレイ、ほら、行こう」
「でも……」
「大丈夫ですわ、フレイ。ほら、あぁやって猛獣のように唸りながら待っていてくれているじゃありませんか」


ラクスとアスランはそうやって励ますが、フレイは不安なのだ。
ラクスやアスランは、同性だから。
親友だから、フレイのことも許してくれる。我侭を言っても、大抵のことは。
けれど、キラは違うのだ。


「いい加減にしないと、ここに女生徒が雪崩れ込んでくるぞ」


先生に言われ、境界上にある金網に目をやる。
何かが取り憑いたかのようにガシガシと金網を揺さぶりながら、叫ぶ男子生徒約一名。
幼馴染の姿に、アスランは溜息を吐いた。


「キラ……」


なんだろう。このカップルに、いいように振り回されているような気がする。


『フレイ〜〜〜!お願い、フレイを連れてきて!連れてきてくれた人には秘蔵のアスラン生写真をあげるから〜〜〜!!』
「!?」
「……キぃラぁ〜〜〜〜!!」


キラの言葉に、アスランの拳がぶるぶると震えだす。
人を勝手にダシにするな、と。
そもそも『秘蔵生写真』とは一体何のことか。
ぶるぶると震えだすアスランを見ながら、フレイはニンマリと笑みを浮かべる。
それから徐に、


「先生、これ以上迷惑をかけるわけにも行きませんから、私を向こうまで連れて行っていただけます?」
「いや、待て、アルスター。何で俺が?」
「大人気のアスランの生写真なんて、みんな欲しいに決まってます。廊下中、生徒ですごいことになってそう。一人で行くなんて……」
「そうですわ、先生。是非フレイをあちらまで連れて行ってくださいませ。フレイが怪我でもしたら、私たち心配で……」


にっこりと微笑みながらすごむお嬢様二人。
その笑顔に威嚇された経験の多いアスランは、ひそかに先生可哀想に、と同情してしまう。
生徒を危険に晒すわけには行かないと思ったのか、ただ単純に二人の纏うオーラが黒かったのが原因か――どちらかと言えば後者だと思うのだが――、溜息を吐きながら快諾する。


「あちらに連れて行けばいいんだな?分かった」


そう言うと、フレイを先導して生徒会室から出て行く。
廊下には生徒が鈴なり状態であったことは、言うまでもない。

女生徒の憧れアスラン=ザラ。ある意味、罪な少女と言えよう。



**




「フレイ!」
「何よ、キラ」


金網越しに再会した少女に、キラは驚喜の色を浮かべる。
少々暗く輝く紫紺の瞳は、間違いなく彼が種割れしたことを示していた。

そして背後に連なる、死屍累々……。


「昨日はゴメンね、フレイ。でも、信じて!僕が好きなのは君だけなんだ、フレイ!!」
「キラ……」
「あんないきなり現れた双子なんかより、僕は君のほうが大切だよ?フレイ。それに……それに、君に我侭言われるの、僕は好きなんだ」
「キラ……」


金網越しに見つめあい、手を取り合う二人。
もともと顔立ちの整っている二人だから余計に、まるで一幅の絵のようにさえ見えるのだが。
如何せんここは学校である。
昼メロちっくな雰囲気を醸し出していようが、ここは学校なのだ。

もう放課後なんだからさっさとカエレ、何て。
生徒たちが思ったとしてもそれは仕方のないことと言えよう。……多分。


「気は済んだか?アルスター」
「はい、先生。ここまでつれてきていただいて、有難うございました」
「そうか、ならさっさと帰れ。このままここに二人がいてもどうしようもな……なんだ?」
「先生、フレイを連れてきていただいて、有難うございました。これ、約束のブツですvv」


笑顔を浮かべながら、先ほどまで喚いていた少年がジュール先生に何かを差し出す。
『約束のブツ』と言われても、この少年と何かを約束した覚えのない彼は、脳内にハテナマークを浮かべながら手渡されたものを受け取った。


「1点ものですから、大切にしてくださいねvv」


男子生徒の言葉に固まっていたジュール教諭だったが、徐にそのブツは彼のスーツのポケットにしまわれたのだった……。





何かあったら、話して欲しい。

どんな時でも傍にいるよ、だから元気を出して?

それが、『トモダチ』だろ?



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『恋愛のススメ』第8話をお届けします。
キラフレカップルは書いてて楽しかったです。
秘蔵のアスラン生写真の詳細につきましては、ご想像にお任せします。

なんか、うちのイザークってロリコンだなぁと思う今日この頃。
絵?先生アスランのことなんとも思っていないはず(今現在)なのに写真貰っていいのか、ですって?
アスランは可愛いので思わず貰ってしまったんです。先生も男だったんですね(笑顔)。