もうすぐ、定期試験がやってくる。 本当は勉強、集中しなきゃいけないのに……。 #09 境界線 今日もアスランは、世界史の教科書とノートを一揃え持って、職員室に通う。 美しい少女が頬を幾分紅潮させて熱心に通う姿は、いつしか職員室名物の一つにもなっていて、アスラン見たさに職員室通いをする生徒たちも圧倒的に増えた。 綺麗で、成績優秀。少々人付き合いは悪いが責任感の強いアスランは、女生徒の憧れの的なのだ。 「ザラ先輩、今日も綺麗〜」 「本当に、あんなに完璧な人になれたらどんなにか……」 「あ!先輩がこっち見た!」 きゃいきゃい黄色い声で話をする光景は、いかにも『女子高』らしいもので。 アスランも少し苦笑いをする。 自分が他の生徒に言われるような大した存在であるとは思えないが、好かれているのは単純に嬉しい。 「ザラ先輩も綺麗だけど、アルスター先輩も華やかで綺麗……」 「それ言うなら、クライン先輩は!?あの笑顔、見ているだけでなんかこう……」 話は、今度はアスランの大切な友人たちにまで波及していく。 どれも好意的なものばかりで、本当に嬉しい。 自分の大切な人たち。 悪し様に言われるよりは、よく言われたほうが嬉しいのは、当然だ。 「相変わらずの人気だな、ラクス、フレイ」 「それ言うならアスランもでしょ?あぁもう、この化学式わけが分からない〜〜〜!!」 「フレイはすぐそうやって投げ出すからな。……キラに似ている。この似た者カップル」 「何ですって!?」 「アスラン、どうしてもこの写真が気持ち悪くて生物に手がつけられませんの!!」 フレイをからかうと、今度は横からラクスがヘルプを出してくる。 理系のアスランは、理科系の教科は得意なので、こうして放課後二人に勉強を教えているのだ。 その代わりの交換条件が、フレイから古典、ラクスから音楽である。 が。古典はともかく、音楽だけはアスラン、どうしても苦手なのだが。 写真に目張りを施したり、分かり易く説明を加えながら二人にそれぞれの苦手教科を教える。 大切な友人たちは、理解できれば本当に笑顔で礼を言ってくれるから、アスランも嬉しくて。 「あ、じゃあ僕、そろそろ職員室に行ってくるな」 「はいはい。行ってらっしゃい。アスランが帰ってくるまでに、範囲の練習問題、一通り解いておくから」 「今日は私の家で泊り込みでお勉強ですわよ、アスラン。忘れないでくださいな?」 「分かってる。すぐ戻ってくるから!」 慌てて職員室に向かうアスランに、二人も優しい目をする。 アスランが、目に見えて変わった。 外見は……持って生まれたものは変わらない筈なのに、時々はっとするような艶やかさを備えるようになった。 大きな翡翠の瞳の輝きさえも、以前より増したように感じられる。 その変化を、ラクスもフレイも好ましく思っていた。 以前のアスランも、確かに今と比べて遜色のないほどだった。 けれど、美しい少女には、笑顔が似合うのだ。特に、この年代の少女たちには。 「ジュール先生に大感謝ってところかしら」 「まぁ、フレイったら」 「だって、あんなに可愛いアスランなんて、滅多にお目にかかれるものじゃないわよ?」 ふふふ、と嬉しそうに微笑むフレイに、ラクスも頷く。 アスランは無自覚かもしれないが、彼女の友人である少女たちには、分かっているのだ。 イザーク=ジュールという青年の存在が、どれだけアスランの中で大きくなっているのか、その事実が。 「早くくっつけばいいのに。そしたら、ダブルデートとか出来て、楽しそう。ま、一番は、ラクスにも彼氏が出来てトリプルデートだけど」 「まぁ、フレイったら」 「だって私、我侭ですもの。欲しいものはいっぱいあるのよ?ラクス」 「そして私とアスランは、そんな貴女が何よりも好きですわ」 春の日差しのような微笑に、フレイも頬を紅潮させて。 小さな声で、有難う、と呟く。 「邪魔者がいるけどね、そのために」 「フレイったら……」 「しょうがないじゃない。気に食わないんだもの。あいつ」 「私は何も責めているわけじゃありませんわ、フレイ。貴女を傷つけたことは、許してはおけないと思います。ですが、ご自分を同じ場所に貶めてはいけません、フレイ」 慈母のごとく微笑みながら、結構きついことを言う親友に、フレイは微かに笑う。 本当に、自分は何て恵まれているのだろう。 こんなにも自分を思ってくれる親友がいて、恋人がいて、父がいて。 「アスランの恋愛成就、一肌脱ぎましょうか、フレイ?」 「勿論、キラも協力させて……ね」 うふふ、と二人の美少女が艶やかに微笑む。 が、何故か空気は凍り付いていくようだった……。 「なぁ、イザーク、いいだろう?」 「しつこいぞ、アスハ。今仕事中だ用事がないならさっさと帰れ!」 「ちょっ……イザーク!べつにいいじゃないか。どうせ家近くだろう?」 職員室に行くと、軽くドアをノックする。 入り口のところで学年と名前を名乗り、用件の有無を告げるのが、この学校での決まりだ。 「3年A組、アスラン=ザラ。ジュール先生に質問があって参りました。失礼いたします」 「あ、ザラか。今、ジュール先生取り込み中だぞ〜」 「アイマン先生……」 「しっかしお前もマメだね、アスラン=ザラ?毎日のように職員室に通わなくても、お前なら余裕でいい成績取れるだろ?」 「そんなことはありません。やっぱり、努力はしないと……」 確かに成績は良いが、そんなものいくらだって容易に覆されてしまうものだ。 両親の期待に応えるためにも、やはり全学科一位を取りたい、とアスランは思うのだ。 その『全学科』に『音楽』が入らないのは、言うまでもない。 「あ、そうだザラ。安心しろ〜今度の音楽のテストは実技無いから」 「本当ですか!?」 「ホント、ホント。明日の授業でも言うけど、今回は実技なし。こうやって教えるのは、いつも職員室に通うザラに、先生からのとっておきのプレゼントな」 「有難うございます!」 深々と、アスランは頭を下げる。 人に何かしてもらったら、真摯に感謝の気持ちを表すこと。それが、アスランを育ててくれた両親のもっとも基本とする教育だった。 「そんなに感謝されることじゃないけどさ。頑張れよ、ザラ。ザフ大、目指してるんだろう?」 「はい。一応あちらの、工学科を……」 「そっか。頑張れよ。……っと。ジュール先生に用だったな?そろそろ良いだろ イザーク、生徒が質問に来てるぞ!」 「分かった、ミゲル、すまない! 分かったらさっさと帰れ!此処にいる以上俺は、貴様を特別扱いする気はない!それと、学校では二度と俺を名前で呼ぶな!」 「そんな……イザーク!」 「いい加減にしろ!」 ジュール先生がきつい目で睨みつけると、カガリは泣きそうな顔で職員室から出て行こうとする。 しかしそれも、アスランを見た瞬間に、見る者が恐ろしくなるような憎悪の眼差しを向けた。 「イザークは私のものだ!お前、邪魔だ!お前さえいなければ……」 擦れ違い様にかけられた言葉に、躯が凍りつく。 どこまでも、かけられた言葉が痛くて……。 凍りつくアスランを省みることすらせず、少女は職員室を出て行く。 凍りつくアスランをこちら側に呼び戻したのは、ジュール先生の声だった。 「おい、ミゲル!生徒って誰……ザラか。どうした?どこが分からなかったんだ?」 「先生……ごめんなさい、僕……」 「ん?……あぁ、アスハのことなら気にしなくていい。それとも、あいつに何か言われたのか?」 「いえ……別に……」 まさかお前さえいなければいいんだ、何て言われたことなど、言える筈もない。 俯くアスランに何か悟ったのか。それでも先生はぽんぽんとアスランの頭を撫でると椅子に座るよう言った。 ジュール先生のデスクには、何故か椅子が二つある。 そしてそれは、既にアスランの特等席になりつつあった。 その席に、人の温もりがないことが嬉しい。 それは、アスランの特等席を彼女が奪わなかったということだから。 「イスラムが、よく分からないんです。名前とか、少し覚えにくくて……」 「あぁ、王朝も多いからな、そこは。そうだな……」 本当に間近で説明してくれる、ハイヴァリトンの声。 耳に心地の良いその声に、アスランはうっとりと聞きほれてしまう。 苦手な筈の歴史も、するすると入ってくるような気がするから、不思議だ。 あぁ、好きだなぁ、と思う。 声が、好きだ。 情熱や激しさを秘めたような、ハイヴァリトンの、声。 それが、堪らなく好きだ。 顔だって、勿論好きだ。 面食いの気なんて無かった筈なのに、その美貌には我を忘れてしまう。 時々見せてくれる、笑顔が好き。 黒板に版書する際の、綺麗な指先。 銀縁眼鏡の奥の、アイスブルーの眸。 すべてが、好きだ。 好き……だなぁ。先生。 思わずそう思ってしまって、アスランは慌てた。 好き。 その言葉が、なんだか気恥ずかしい。 クッと先生を見上げると、真っ直ぐな眸がそのままアスランを見つめ返してくる。 そして、微かに、微笑(わら)う。 貴方が、好きです。 ――――ねぇ、この感情の境界線は、どこに引けばいい? 何だかどんどんカガリが嫌な女になっていきそうですが。 すみません〜アンチなもんで〜ということで……駄目? イザカガなんてありえないカップリングを見てしまったせいで、いかにイザ←カガでカガリを不幸にするかに生きがいを感じてるあたり終ってます、私。 こんな人間の執筆する作品ですが、これからもよろしくお付き合いいただけましたら幸いでございます。 ここまでお読み戴き、有難うございました。 |