話をしようか、皆で。 君の幸せを、何よりも願う。 だからみんなで、話をしよう。 #10 突発☆寝巻き祭 「メッカからメディナへ移動。それがヒジュラだ。当時のメッカでは、ムハンマドの思想はまだ受け入れられなかった。だから彼は、自分を信じてくれる親戚や仲間たちとともにメディナへ移動した。そして再びメッカに戻るために、血で血を洗う戦いをすることになる」 「何故イスラム教が多妻を許したか。その理由も実はそこにあるんだ。戦えば、犠牲となるのは――戦死するのは――男だ。当時、イスラム教信者の中で、男性は圧倒的に少なくなった。だから、いわば未亡人の救済措置として、多妻を認めたんだ」 「イスラム教は二つの派に分かれた。最後の正統カリフであるアリーとその妻でムハンマドの娘であるファーティマの間に生まれた子供のみの世襲を認めたシーア派と、多数派のスンナ派だ。イスラム教の90%以上が、スンナ派だな。そしてその少数派のシーア派で作られた王朝がファーティマ朝だ」 朗々とした声が、アスランに歴史を読み解き説明する。 それが、アスランにはたまらなく贅沢なように思えるのだ。 こんなにも綺麗な先生を、独り占めして。 その声が、自分だけに言葉を紡ぐ。 それが苦手教科の説明であっても、一向に構わない。 自分だけに与えてくれる言葉が、何よりも嬉しい。 「――――とまぁ、こんなところだな。他に何か、質問はあるか?」 「ありません。有難うございました。何か、頭の整理が出来ました」 「そうか。それはよかった。……分からないことが出て来たら、いつでも聞きに来い。それと、年表を見てみるといいぞ。横に……な」 「横……ですか?」 小首を傾げて、アスランは尋ねる。 先生の言う、『横』の意味がよく分からない。 まさか、斜め読みを勧めるとも思えないのだが……。 「そう、横だ。他の国との関係を見てみるといい。意外と面白い発見があったりするぞ」 「はい、分かりました」 悪戯を企むように笑うその顔に、分かりましたと告げる。 どんな秘密が隠されているんだろう。それだけで、少しわくわくとした。 興味津々と言った体のアスランの様子に、先生もふっと笑う。 それから、徐に上着のポケットに手を突っ込んだ。 「そうだ、ザラ。貰い物だが、いつも頑張ってるからな。ご褒美だ」 「え……?わ、有難うございます」 そう言って渡されたのは、イチゴミルクキャンディだった。 可愛らしくイチゴのプリントされた包み紙とそれを渡す先生のギャップに、アスランは笑う。 笑顔を見せるアスランに、先生は真剣な声で言った。 「お前はお前のペースでいいんだぞ?無理だけはするな。出来ることを精一杯やれば、それでいいんだ。……ザフ大、目指しているんだって?」 「はい」 「そうか。今の成績だったら、問題ない。適度に休憩しながら、頑張れよ?」 「有難うございます」 軽く一礼すると、立ち上がる。 それからもう一度礼をして、踵を返した。 「失礼いたしました」 職員室の扉を開けて、もう一度室内に向き直る。 そして軽く一礼して辞去の言葉を告げると、扉を閉めた。 流れるように一連の動作をクリアする。 この学校にいる人間だったら当たり前の、それは仕草だ。 「ん〜。ちょっと遅くなった……かな?フレイたち待ってるだろうな」 腕時計を覗き込んで、アスランは一人ごちた。 ラクスはともかく、フレイを待たせっぱなしにしていては後々のことがある。 急いで、アスランは駆け出した。 その後姿を憎々しげに見つめる視線が、ある。 カガリ=ユラ=アスハ。 転校生で、キラの双子の兄弟である少女だ。 邪魔だ、とカガリは思う。 カガリを邪険にしたくせに、あの少女には熱心に質問に答えていた。 どうせただ単に、イザークの傍にいたかったからに決まっている。 そしてイザークはカガリを邪険にしたくせに、あの少女には優しくしていた。 それが、許せない。 所詮あの程度の女ではないか。 大して美人なわけでも、可愛いわけでもない。 ただちょっと大人しくて、成績がいいからイザークも構ってやっているだけなのだ。 そうだ。そうに決まっている。 イザークは、あの純白の麗人は、カガリのものなのだから。 幼い頃から、そう決まっているのだから。 「泥棒猫が……!」 忌々しげに吐き捨てられたその声の暗さを、そこに込められた嘲笑を、アスランは知らない――……。 「ゴメン、待ったか?」 「遅いわよ、アスラン。お腹空いちゃったじゃない」 「ゴメン、ゴメン。……あ。そうだ、フレイ。飴あるぞ。食べるか?」 「飴?どうしたの、アスラン。あんたが学校にお菓子持ってくるなんて」 フレイは、怪訝そうな顔をしてアスランに尋ねる。 そもそも、アスランはそこまで甘いものを好まない。 好きは好きなのかも知れないが、自分から進んで口にしているところを見たことはない。 大体いつもお菓子を持ち込むのはフレイかラクスで、アスランは勧められて困った顔をしながら食べる程度なのに。 「先生に貰ったんだ」 「先生って、ジュール先生?」 「あぁ。ほら、こんなにたくさん」 そう言って、アスランはポケットから飴玉を取り出す。 イチゴを模した可愛らしいデザインの包み紙に包まれた、キャンディだ。 アスランの両の掌の上にこんもりと山を作るほど、たくさんのイチゴミルクキャンディ。 「ずいぶんとたくさん戴きましたのね」 「先生が、いつも頑張ってるからご褒美だって、くれた」 「あらあら。ジュール先生が、そのようなことを仰ったんですか?」 「うん」 顔を赤らめながら頷くアスランに、フレイとラクスの視線が交錯する。 これは、ひょっとしたらひょっとするかもしれない。 案外、イザーク=ジュール先生もアスランに恋心を抱いているのでは……? ニヤリ、と二人は笑う。 しかしアスランは、そんな二人の笑顔になど気づきもせずに、物憂げに溜息を吐いた。 どこか辛そうな顔に、フレイとラクスもさすがに表情を改める。 「アスラン、どうかなさいました?」 「えっ?な……何でもないよ」 「嘘仰い。そんな顔をしても、説得力なんてないわよ。私たち友達でしょ?話してよ」 「大したことじゃない。本当に、二人に話すようなことでは……」 「アスラン?」 なおも言い渋るアスランに、二人の声が重なる。 それに、アスランはビクリと反応を返した。 この二人を敵に回したところで、アスランが勝てるわけがない。 貰い物の飴を一粒掴んで、包み紙を開ける。 角の丸い三角形をしたその飴を口に含むと、甘さが口いっぱいに広がった。 飴を舐めながら、言葉を捜す。 そんなアスランに、二人も根気強く付き合って、その言葉を待つ。 「……仲良いなぁと思って」 「仲?誰と誰が?」 「……先生と、アスハさん」 「例の転校生ですわね?」 ラクスの確認の言葉に、コクリと頷く。 仲が良いなぁ、と。本当にそう思ったのだ。 あんな風に接するなんて、自分には絶対に無理だと思う。 でもその瞬間、確かに胸が痛くなったのだ。 ポツリポツリと職員室での一件を報告する。 強烈にモーションをかけていたカガリ=ユラ=アスハ。 先生は邪険にしていたが、二人の関係が、ただの『教師と生徒』に納まらないことぐらい、アスランにだって分かる。 それに、何だか胃の辺りがムカムカするような、そんな感覚を覚えるのだ。 知り合った年月の長さが全てを決めるとは思わないが、彼女は確かにアスランの知らない先生を知っている。 それが、何だか嫌なのだ。 「何か僕、今ならフレイの気持ちが分かるかも……」 「え?」 「ほら、フレイっていっつも、僕とキラのこと邪推して色々といってきたりするだろう?何だかその気持ち、分かる……気がする」 「それって、アスラン、どういうこと?」 アスランの気持ちを確認するように、やや遠まわしにフレイが尋ねる。 ぼうっとした目をフレイに向けたアスランが、微かに顔を赤らめて。 言葉に、する。 自分の気持ちを、言葉に。 「僕、先生のこと、好きなんだ。……きっと」 「そっかぁ。漸く自覚したのね?アスラン」 「勿論、私たちは協力させていただきますわよ、アスラン」 「フレイ……ラクス……」 「そうと決まりましたら、今日は勉強会どころじゃありませんわ!」 「そうね!じっくり傾向と対策を練りましょう!」 「え……でも……」 彼女たちは、高等部の三年生だ。 お互い、受験生の身の上である。 親友がそこまで自分のことを考えてくれるのは嬉しいが、そこまでしてもらうのは申し訳ない。テストだって、近いのに――……。 「勉強熱心な生徒会長のおかげで、私たち、一通りの範囲の勉強はすんでおりますわ」 「そう言うこと。アスランの話を夜通し聞いたって、問題はないわよ。明日は学校だけど……」 「私の家の運転手が、きちんと学校にお届けいたしますわ。ご安心なさいませ」 力づけるように交互に言ってくる友人たちに、アスランの心も解れる。 少しだけ。ほんの少しだけ、その気持ちに甘えても良いだろうか。 「本当に、良いのか?」 「勿論(ですわ)よ」 にっこりと華やかに微笑む二人に、アスランも笑顔で頷く。 本当に、幸せだ。 こんなにも大切な人たちがいて、こんなにもその人たちから大切にされて。 これを幸せと呼ばずして、一体何を幸せと呼ぶのか。 「そうと決まりましたら、早速私の家へ参りましょう。そうですわ。せっかくですもの、夕食は、三人で作りませんか?」 「良いわね、それ。良い気分転換になるわよ。ね、アスランはどう?」 「勿論、僕は構わないよ」 ラクスの提案に、アスランも頷く。 その脳裏に、 そう言えば、ラクスって料理できたっけ? などという疑問符が浮かんでいたことは、アスランだけの秘密である――……。 「ラクスの家って、大抵の食材が揃っているわよね」 「そう言えば、ラクス。今日はシーゲル様は?ご在宅なら、挨拶をしないと……」 「父は今日は、家におりませんの。ですから、アスランたちにお泊りにいらっしゃいませんか?とお聞きしましたのよ?」 「そうか。それなら良いんだけど……」 「後で父から連絡があると思いますから、その時父には挨拶をしてくださいませ。父は、アスランとフレイをたいそうお気に入りのようですから」 ラクスの言葉に、頷く。 アスランだって、フレイだって、泊まらせてもらうからには一言お礼を言わなくては気がすまない。 恐らくラクスは、二人のそんな気持ちを察したのだろう。 「何作ろうかなぁ。ねぇ、ラクス、アスラン。何が食べたい?」 「……グラタン?」 「グラタンね……チキンとブロッコリーのグラタンで良い?」 フレイの言葉に、二人揃って「はい(ええ)」と良いお返事を返す。 さっさと手際よくホワイトソース作りから始めるフレイに、アスランは逆に問い返した。 「フレイ、僕は何をしようか?」 「そうね。スープ作ってもらえる?コンソメが良いわね」 「分かった」 フレイに言われて、アスランも手早く調理を始める。 三人だけのお泊りだから、と。通い出来ているメイドも家に帰してしまっているし、執事も、屋敷に隣接している彼の家にいる。 広い邸宅は、三人きりでは広すぎる感がしなくもないが、かえってのびのびとした自由を満喫していた。 「私は何をお手伝いしましょうか」 「ところで、ラクス。あんた料理はしたことある?」 「?お菓子ならありますが、お料理はしたことがありません」 「フレイ、ラクスにはサラダを作ってもらおう」 「……そうね」 ラクスの答えに、アスランが笑って言う。 そうでなくとも、国民的な人気を誇る歌姫、ラクス=クラインだ。火傷等、させられるわけもない。 「レタスをちぎって、皿の上に敷いて、その上にポテトサラダ、そしてプチトマトを飾って、ラクス。ポテトサラダのジャガイモとゆで卵は、僕が調理するよ」 「はい、分かりました」 三人ではしゃぎながら、料理をする。 途中幾分のすったもんだはあったが、三人で協力して、そう時間をかけることもなく、料理は完成した。 出来上がった品をそれぞれ皿に盛り付け、テーブルセッティングをする。 三人で仲良く出来上がったものを平らげていると、ピンポ〜ンとドアフォンが鳴った。 いそいそとラクスがインターフォンに駆け寄る。 テレビ式になっているそれは、相手の顔も確認できれば録画も出来る優れものだ。 「はい?どちら様ですか?」 <こんばんは〜。クロキラヤマトの宅配便です!フレイ=アルスター様に、キラ=ヤマトをお届けにあがりました!> 「フレイ、宅配便ですわ!ドアを開けてきてくださいませ」 「OK、分かったわ」 答えて、フレイがいそいそと玄関の方へと歩み寄る。 チェーンロックを外し、鍵を開け。 その瞬間、玄関の方から「フレイ!」「キラ!」などという恋人同士の再会の声が聞こえたのは、幻聴だろうか。 お前ら、朝も会っただろうが、などというツッコミは、この際野暮だからしてはいけないことを、アスランも十分以上に学んでいる。 「お邪魔しま〜す」 「はい。キラ、食事はおすみですか?」 「実はまだ。何かある?」 「勿論、キラの分も用意しているわよ。グラタンと、コンソメスープ。それにポテトサラダ。どう?キラの好物ばかりじゃない?」 「わぁい」 「キラが今日、お出でになることは分かっておりましたもの。きちんとご用意させていただいておりますわ」 「有難う、ラクス。フレイにアスラン」 笑顔で、キラも食事に参戦する。 育ち盛りの男子生徒を混ぜたと言うことで、少々作りすぎてしまった感のある食事は、見る見るうちにキラの胃に収められていった。 「ところで、どうして今日はうちで食事してこなかったんだ?」 「今日、姉さんがいるからさ。姉さんと僕、味覚が違うんだもん」 「姉さん?あぁ、アスハさんのことか」 「そう。良い迷惑だよ。いきなり双子の兄弟だからとか言って人の家に押しかけて、人の彼女まで傷つけるなんて」 ぶぅと頬を膨らませながら、キラは言う。 フレイを傷つけられた、その一件だけで、キラはあの少女に対し屈託を覚えずにはいられないらしい。 キラらしいな、とアスランは思う。 「お皿洗い終わったわよ、アスラン」 「ご……ゴメン、フレイ、ラクス。押し付けてしまって……」 「良いから。気にしないで」 「それよりもアスラン、冷蔵庫からケーキを出していただけませんか?お茶にしましょう」 「分かった」 言われて、アスランはいそいそと冷蔵庫を開ける。 中に入っていたのは、某有名洋菓子店のケーキだ。 勿論、アスランも大好きな店の、一品モノのチョコレートケーキの姿に、心が躍る。 「ところで、キラ。頼んでおいたこと、何か分かった?」 「任せておいてよ、フレイ。クロキラヤマトの宅配便プレゼンツ!ジュール先生の情報をお持ちしました!」 「まぁ!さすがですわ、キラ」 お茶請けのケーキを幸せそうに食べるキラに、フレイが尋ねる。 それにキラが満面の笑みで答えると、ラクスが褒めて。 キラの目の前に、更にズズイと新しく切り分けられたケーキが置かれる。 「一応学校と、ジュール家のメインコンピューターにアクセスしてみました」 「……オイ」 「大抵の情報はゲットできたよ〜。何でも言って」 「オイ、キラ。それって……」 「勿論ハッキング」 「犯罪だろうが!」 「ご安心なさって、アスラン。キラの罪を消す方法など、クライン家にいくらでもありますから!」 「そう言う問題じゃない!」 大きな声を出すアスランに、アハハと他の三人が笑う。 突発的に始まった寝巻き祭(テーマ「アスランの恋を応援しよう」)は、今まさに始まったばかりだった――……。 書いていて本当に楽しかったです。 クロキラヤマトの宅急便はアレですよ、某大手民間配送業務請負店。 のパロ。 語感とかちょうどマッチしてて面白いな、で決定。 ここまでお読み戴き、有難うございました。 |