大好きだった、恋人。 逢いたくて、でも逢えなくて。 だからこそ余計に、いとおしくて……。 破壊的愛情 真っ白の、軍服。 軍に入ったころ、憧れていた軍服。 隊長の、証。 それが今、こんなにも心を憂鬱にさせる。 こんな思いを持つなんて、あの頃は思いもしなかった。 傍にいて、いつも傍にいるのが当たり前だと思っていた男が、消えて。 死んでしまって。 頭では意識しているのに、気持ちはなかなかそれに追いつかない。 日頃の不眠症だって、原因は分かっている。 彼が死んだと認めている冷静な理性と、彼が死んだことを認めきれない幼い心。 その二つの葛藤がなせる業だろう、と。 己のことだというのに、どこか冷静に、イザークは判断を下していた。 繰り返される、軍務。 彼の命を犠牲にしてまで得た平和は、こんなにも脆かった。 それでは、彼が死んだ意味とは何だったのだろう。 彼が捧げた……己が捧げた犠牲は、一体何だったのだろう。 何の意味があったのだろう。 あれだけの犠牲を払い、あれだけの涙を流し、そうして漸く……漸く彼が望んでいた、己が望んだ平和は成ったというのに……。 「これもまた、感傷に過ぎないのだろうな」 ただ自分は、彼の性に固執しているだけなのだろう。 何のかんのと理由をつけて、彼が死んだ事実を認めようとしないだけ。 本当に愚かしい……愚かしい行為だ。 「今日も疲れたな……」 書類を片付け終わると、ソファに腰掛ける。 思いっきり背伸びをして、ポフンと横になる。 気分が落ち着いたのか、ここ最近の寝不足のせいか。 何だか、眠れるような気がした。 まぁ、寝てもいいだろう。 何かあれば、ディアッカもシホもいる。 彼ら二人に任せておけば、大過なく処理してくれるはずだ。 ちょうどいい。眠ってしまおう。 今なら……今なら、夢も見ないはずだから。 彼に逢えるのはもう、夢だけしかないことは分かっているけど。 逢えない現実に打ちのめされるのは、嫌だから。 夢に彼が現れることすら、望めない――……。 「……ん」 「イザーク?何こんなところで寝てるんだ?風邪引くだろうが。本当にお前は、困ったお姫様だな」 いかに温度調整がされていようとも、眠れば躯の体温は下がる。 さすがに寒くなって、うっすらと目を開ける。 けれど、視界は暗いままだ。 何も……何も見えない。 暫くしてイザークは、漸くそれが、瞼を押さえられているからだと気付いた。 でも、この声……。 涙が出そうになるほど、懐かしいこの声は……? 甘い……何度も名前を囁いてくれた、甘いこの声は?この声の持ち主は? ミゲル……? 「ミゲ……?」 「女なのに、お前頑張りすぎ。体が悲鳴上げてるぞ?」 「煩い!貴様には関係ないだろう!」 あぁ、馬鹿だ。 夢、なのに。 なら、もう少し素直になっても良さそうなものなのに。 結局これが、己なのか、と。 イザークは桜色の唇を噛み締める。 紅をささずとも、十分に赤い唇。 ミゲルと何度も口付けて、何度も彼の名前を呼んだ唇。 それにそっと、人影は触れた。 「ミゲル……?何で、この手……?」 「俺を見たら、泣くだろ?」 「だ……誰が泣くか!自惚れるな、ミゲルの癖に!」 そう。ミゲルの姿を見たら、泣くだろう。 泣くに、決まってる。 それを言い当てられて、気まずくて。 否、照れくさいといった言葉が、この際適切か。 「これは、夢なのか……?」 「何でそう思う?」 「お前が、いるから。お前がいて、俺に触れるから。だから……」 「そうだな。夢だ」 「ずいぶんと、都合のよい夢だ……」 ミゲルの、夢。 愛しくて堪らない人が、己に触れてくる、夢。 己を欲してくれる、甘い甘い夢。 甘くて……哀しくて……浅ましい夢だ。 「夢……?」 「そう、夢。夢だから、お前の望むことを言えばいい。どうしたい……?」 尋ねる声は、甘くて。 こんな声、ミゲルにしか出せない。 だから、彼はミゲルなのだ。 「……寒い」 「何?」 「寒いといっている!気が利かないやつだな、貴様は!」 「……OK.分かった。これでいい?」 唇が、降りてくる。 ちゅっと音を立てて口付けて、離れて、また触れる。 何度も何度も、繰り返し。 業を煮やしたイザークが伸び上がって、その背に指を這わすと、漸く口付けは深くなった。 うっすらと開いた口内に舌を侵入させて、貪る。 「……っんぅ」 口付けに翻弄されて、甘い声が滑り落ちる。 注ぎ込まれる蜜を飲み下して、また口付けて。 繰り返し、繰り返し。 悪戯な指が、やがてイザークの軍服の袷を割る。 ミゲル……ミゲルの、温もり。 久しぶりに感じる、恋人の情熱。 それに煽られて、イザークも応える。 少し……ほんの少し違和感も感じる。 キスの仕方が違うような気がする、とか。 もっと性急なやつじゃなかったか?とか。 気になる点は色々あるけれど、損なのは何も心に訴えかけなくて。 与えられる熱に、ただ溺れた。 夢だというのに、すべてがやたらとリアルで。 久しぶりの快感に、我を忘れてしまいそうになる。 「ミゲル……」 「可愛いね、イザーク」 相変わらず瞼を押さえたまま、男は囁いて。 「……っ。もぅ……もぅ、無理……。まだ、仕事……」 「大丈夫。これは、『夢』なんだから」 「……そんな……ぁっ」 「ほら。イザークもまだ、物足りないだろ?」 「んぁっ……!」 何度目になるかも、もう分からない。 ただ、快楽だけを追いかけて。 何度目になるかも分からない絶頂を、迎えた――……。 純白の姫君は、まだ夢の中にいる。 彼女の中では、自分はあくまでもミゲルだった。 幸せそうな寝顔は、恋人の姿でも夢見ているからか。 汗でべたつく躯を、綺麗にする。 こうやっても目を覚まさないとは、よほど疲れも睡眠不足も溜まってたらしい。 まぁそのおかげで、付け入る隙を見出せたのだから、いくら感謝してもし足りないほどだが。 綺麗な、人。 手に入れたいと思った人。 心が駄目なら体だけでもと思ったが、それだけでは足りない。 ……全部。全部だ。全部欲しい。 心といわず、体といわず、全部自分だけのものにしたい。 全部自分で埋め尽くしたい。 暗い欲求は、確かに彼の中で芽吹き始めていた。 「なぁ……?お綺麗なジュール隊長?」 答えない、その唇。 恋人との幸せな逢瀬でも夢見ているのだろう、幸せそうな寝顔。 「でも、アンタは俺に抱かれたんだよ……?」 クスリ、と笑って、こめかみに口付ける。 微かに香る、彼女愛用のフレグランスの香り。 情事の余韻に浸るその寝顔は、ただ綺麗。 「俺にしなよ……。あいつは死んだんだから。俺なら、アンタを愛してやれるし、アンタをおいて死んだりもしないよ……?」 まぁ、無理矢理にでも、俺のものにするけどね。 そっと、囁く。 仕掛けは、上々。 計画は、動き始めている。 「今は夢に溺れてなよ……」 死んだ恋人を想って、幸せな夢に浸ればいい。 目が覚めれば、そんな夢なんて二度と見せてやらないから。 卑怯な……卑劣極まりないやり方と、自覚している。 それでも、手に入れたいと願ったから。 そのためなら、どんな手段でも使う。 たとえ、脅してでも。 脅迫してでも、手に入れたいと願った人だから。 「アンタはこれで、一生俺のものになるんだよ……?」 綺麗な……お綺麗なジュール隊長……? 囁いて、彼は室外へ足を踏み出す。 ライトが、彼の珍しい色をした頭髪に、輝きを添える。 それは、暖かい……オレンジ色。 「またね?」 くつり、と笑みを浮かべて。 そのまま彼は静かに、室内を後にした――……。 手に入れたい。 俺だけのものにしたい。 壊れてもいいよ。 俺のためだったら、壊れてくれていい。 壊れてくれたほうが、いい。 誰も愛さなくなった君を、俺だけが愛してあげるから。 壊したい。壊れてしまえ。 希求してやまない、心。 そんな、破壊的愛情――……。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 偽者ですね。 こんなの、ハイネじゃないから。 でも一応、ハイネのつもり。 とある一件で、ハイネ=サド説が脳内で……! あのクールな外見で、サド! いい……!! ……腐っててすみません。 もう末期です。 えと。ハイイザは初めてで。 勝手が掴めなかったのですが、いかがだったでしょうか。 感想、お叱り等ありましたら、どうぞ。 いつかハイネはリベンジしたいです。 |