すべてを喪って、絶望した。

大好きだった、恋人。

逢いたくて、でも逢えなくて。

だからこそ余計に、いとおしくて……。





破壊的






真っ白の、軍服。
軍に入ったころ、憧れていた軍服。
隊長の、証。

それが今、こんなにも心を憂鬱にさせる。
こんな思いを持つなんて、あの頃は思いもしなかった。
傍にいて、いつも傍にいるのが当たり前だと思っていた男が、消えて。
死んでしまって。
頭では意識しているのに、気持ちはなかなかそれに追いつかない。
日頃の不眠症だって、原因は分かっている。

彼が死んだと認めている冷静な理性と、彼が死んだことを認めきれない幼い心。
その二つの葛藤がなせる業だろう、と。
己のことだというのに、どこか冷静に、イザークは判断を下していた。




繰り返される、軍務。
彼の命を犠牲にしてまで得た平和は、こんなにも脆かった。
それでは、彼が死んだ意味とは何だったのだろう。
彼が捧げた……己が捧げた犠牲は、一体何だったのだろう。
何の意味があったのだろう。
あれだけの犠牲を払い、あれだけの涙を流し、そうして漸く……漸く彼が望んでいた、己が望んだ平和は成ったというのに……。


「これもまた、感傷に過ぎないのだろうな」


ただ自分は、彼の性に固執しているだけなのだろう。
何のかんのと理由をつけて、彼が死んだ事実を認めようとしないだけ。
本当に愚かしい……愚かしい行為だ。


「今日も疲れたな……」


書類を片付け終わると、ソファに腰掛ける。
思いっきり背伸びをして、ポフンと横になる。
気分が落ち着いたのか、ここ最近の寝不足のせいか。
何だか、眠れるような気がした。

まぁ、寝てもいいだろう。
何かあれば、ディアッカもシホもいる。
彼ら二人に任せておけば、大過なく処理してくれるはずだ。
ちょうどいい。眠ってしまおう。

今なら……今なら、夢も見ないはずだから。
彼に逢えるのはもう、夢だけしかないことは分かっているけど。
逢えない現実に打ちのめされるのは、嫌だから。



夢に彼が現れることすら、望めない――……。



**




「……ん」
「イザーク?何こんなところで寝てるんだ?風邪引くだろうが。本当にお前は、困ったお姫様だな」


いかに温度調整がされていようとも、眠れば躯の体温は下がる。
さすがに寒くなって、うっすらと目を開ける。
けれど、視界は暗いままだ。
何も……何も見えない。

暫くしてイザークは、漸くそれが、瞼を押さえられているからだと気付いた。

でも、この声……。
涙が出そうになるほど、懐かしいこの声は……?
甘い……何度も名前を囁いてくれた、甘いこの声は?この声の持ち主は?

ミゲル……?


「ミゲ……?」
「女なのに、お前頑張りすぎ。体が悲鳴上げてるぞ?」
「煩い!貴様には関係ないだろう!」


あぁ、馬鹿だ。
夢、なのに。
なら、もう少し素直になっても良さそうなものなのに。
結局これが、己なのか、と。
イザークは桜色の唇を噛み締める。
紅をささずとも、十分に赤い唇。
ミゲルと何度も口付けて、何度も彼の名前を呼んだ唇。
それにそっと、人影は触れた。


「ミゲル……?何で、この手……?」
「俺を見たら、泣くだろ?」
「だ……誰が泣くか!自惚れるな、ミゲルの癖に!」


そう。ミゲルの姿を見たら、泣くだろう。
泣くに、決まってる。
それを言い当てられて、気まずくて。
否、照れくさいといった言葉が、この際適切か。


「これは、夢なのか……?」
「何でそう思う?」
「お前が、いるから。お前がいて、俺に触れるから。だから……」
「そうだな。夢だ」
「ずいぶんと、都合のよい夢だ……」


ミゲルの、夢。
愛しくて堪らない人が、己に触れてくる、夢。
己を欲してくれる、甘い甘い夢。
甘くて……哀しくて……浅ましい夢だ。


「夢……?」
「そう、夢。夢だから、お前の望むことを言えばいい。どうしたい……?」


尋ねる声は、甘くて。
こんな声、ミゲルにしか出せない。
だから、彼はミゲルなのだ。


「……寒い」
「何?」
「寒いといっている!気が利かないやつだな、貴様は!」
「……OK.分かった。これでいい?」


唇が、降りてくる。
ちゅっと音を立てて口付けて、離れて、また触れる。
何度も何度も、繰り返し。
業を煮やしたイザークが伸び上がって、その背に指を這わすと、漸く口付けは深くなった。
うっすらと開いた口内に舌を侵入させて、貪る。


「……っんぅ」


口付けに翻弄されて、甘い声が滑り落ちる。
注ぎ込まれる蜜を飲み下して、また口付けて。
繰り返し、繰り返し。

悪戯な指が、やがてイザークの軍服の袷を割る。

ミゲル……ミゲルの、温もり。
久しぶりに感じる、恋人の情熱。
それに煽られて、イザークも応える。

少し……ほんの少し違和感も感じる。
キスの仕方が違うような気がする、とか。
もっと性急なやつじゃなかったか?とか。
気になる点は色々あるけれど、損なのは何も心に訴えかけなくて。
与えられる熱に、ただ溺れた。



夢だというのに、すべてがやたらとリアルで。
久しぶりの快感に、我を忘れてしまいそうになる。


「ミゲル……」
「可愛いね、イザーク」


相変わらず瞼を押さえたまま、男は囁いて。


「……っ。もぅ……もぅ、無理……。まだ、仕事……」
「大丈夫。これは、『夢』なんだから」
「……そんな……ぁっ」
「ほら。イザークもまだ、物足りないだろ?」
「んぁっ……!」


何度目になるかも、もう分からない。
ただ、快楽だけを追いかけて。
何度目になるかも分からない絶頂を、迎えた――……。



**




純白の姫君は、まだ夢の中にいる。
彼女の中では、自分はあくまでもミゲルだった。
幸せそうな寝顔は、恋人の姿でも夢見ているからか。

汗でべたつく躯を、綺麗にする。
こうやっても目を覚まさないとは、よほど疲れも睡眠不足も溜まってたらしい。
まぁそのおかげで、付け入る隙を見出せたのだから、いくら感謝してもし足りないほどだが。

綺麗な、人。
手に入れたいと思った人。
心が駄目なら体だけでもと思ったが、それだけでは足りない。
……全部。全部だ。全部欲しい。
心といわず、体といわず、全部自分だけのものにしたい。
全部自分で埋め尽くしたい。

暗い欲求は、確かに彼の中で芽吹き始めていた。


「なぁ……?お綺麗なジュール隊長?」


答えない、その唇。
恋人との幸せな逢瀬でも夢見ているのだろう、幸せそうな寝顔。


「でも、アンタは俺に抱かれたんだよ……?」


クスリ、と笑って、こめかみに口付ける。
微かに香る、彼女愛用のフレグランスの香り。
情事の余韻に浸るその寝顔は、ただ綺麗。


「俺にしなよ……。あいつは死んだんだから。俺なら、アンタを愛してやれるし、アンタをおいて死んだりもしないよ……?」


まぁ、無理矢理にでも、俺のものにするけどね。

そっと、囁く。
仕掛けは、上々。
計画は、動き始めている。


「今は夢に溺れてなよ……」


死んだ恋人を想って、幸せな夢に浸ればいい。
目が覚めれば、そんな夢なんて二度と見せてやらないから。

卑怯な……卑劣極まりないやり方と、自覚している。
それでも、手に入れたいと願ったから。
そのためなら、どんな手段でも使う。

たとえ、脅してでも。
脅迫してでも、手に入れたいと願った人だから。


「アンタはこれで、一生俺のものになるんだよ……?」


綺麗な……お綺麗なジュール隊長……?


囁いて、彼は室外へ足を踏み出す。
ライトが、彼の珍しい色をした頭髪に、輝きを添える。

それは、暖かい……オレンジ色。


「またね?」


くつり、と笑みを浮かべて。
そのまま彼は静かに、室内を後にした――……。









壊しても……壊れても。

手に入れたい。

俺だけのものにしたい。

壊れてもいいよ。

俺のためだったら、壊れてくれていい。

壊れてくれたほうが、いい。

誰も愛さなくなった君を、俺だけが愛してあげるから。





壊したい。壊れてしまえ。

希求してやまない、心。

そんな、破壊的愛情――……。



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偽者ですね。
こんなの、ハイネじゃないから。
でも一応、ハイネのつもり。
とある一件で、ハイネ=サド説が脳内で……!
あのクールな外見で、サド!
いい……!!


……腐っててすみません。
もう末期です。

えと。ハイイザは初めてで。
勝手が掴めなかったのですが、いかがだったでしょうか。
感想、お叱り等ありましたら、どうぞ。
いつかハイネはリベンジしたいです。