ナチュラルも、ストライクも。

ストライクのパイロットもアスランも、俺は絶対に赦さない。





屍衣纏う






ミゲル=アイマン。
俺の恋人だった男。
ヘリオポリスで、死んだ。

ハイネ=ヴェステンフルス。
あいつの先輩で、俺にとっても兄貴みたいなヤツだった。
あいつが死んだ後、俺を愛してくれた男。

二人とも、死んだ。
死んでしまったんだ。
あいつのせいで。
あいつが、二人を殺した。

赦さない。
誰が、赦すものか。
絶対に赦さない。
俺は断罪する。
絶対に、赦さない。
この手で地獄に、叩き墜としてやる、と――……。











「イザーク!」


ヴォルテールの艦橋に入ってきた男が、そう言って俺の名前を呼んだ。
……おぞましい。
吐き気が、する。


「どうして、君が此処に?ひょっとして……!?」
「そ。俺たちも『クライン派』ってヤツ」
「そうだったのか!?」


ディアッカが答えると、アスランはそう言って笑顔で俺の顔を見る。
汚らわしい。穢れるから、見るな。


「イザーク、よかった。君とだけは、戦いたくなんてなかったから……」


感極まったようにいう男に、冷たい一瞥だけをくれてやる。
分かっていてしていることだが、こうしてこの男を見ているだけでぶち殺してやりたくなる。その衝動を、懸命に堪えて。
努めて笑顔を、作る。


「俺も、お前とは戦いたくなかった……」
「イザーク……」
「勿論、こちらにつくことを決めたのは、それだけが理由じゃない。ラクス嬢の掲げる理想は、俺ももっともだと思う。議長はこの世界を、死の世界に変えようとしている。恩ある方だが、俺はそれを許すことが出来ない」


ちらり、とアスランの肩越しにディアッカを見やると、軽く頷く。
どうやら、掴みはOKのようだ。

案の定、アスランは強い力で俺を抱きしめてくる。
あぁ、そう言えば、俺に惚れてるって言ってたっけ。
虫唾が走る。

冷たい目で見ているのに、俺を抱きしめたままのアスランは、それに気付けない。
滑稽だな、と思った。

それにしても、いい加減離せよ。
クソッ。この軍服は絶対に捨ててやる。
今日は、身体も髪も5回ずつ洗う必要があるな。でないと、触れられたところから腐りそうだ。

目でディアッカを促すと、ヤツが軽く咳払いをした。
それと同時に、シホが歩み寄ってくる。


「アスラン、そろそろうちの姫さん離してくんないかな」
「隊長、MSの調整のことで、お話が」
「すまない、イザーク。また……また後で、会えるか?」
「会いに来ればいいだろう?アスラン。部屋の鍵は、開けといてやるよ」


ニコリ、と。
滅多に見せない満面の笑顔、というものまで大盤振る舞いしてやる。
僅かに顔を赤らめたアスランが、微かに頷いた。


「それじゃ、イザーク。また……」
「あぁ、またな?アスラン」


艦橋からアスランが退室すると、シャッターを下ろしてドアをロックする。
空気清浄機をフルパワーにして、空気を入れ替えて。
勢いよく軍服の上着を脱ぐと、スペアに置いていたものを羽織った。


「ディアッカ、これ、今すぐ捨てて来い。っていうか、燃やして来い」
「はいはい。了解しました、と」
「ご苦労様です、隊長。うがいなさいますか?」
「有難う、シホ。だが、今はいい。……でも、口の中が少し気持ち悪いから、紅茶を淹れてきてくれないか?」
「はい、分かりました」


ペコリ、とシホが一礼すると俺の前から一旦さがる。
イライラと爪を噛むと、ディアッカが俺の手を掴んだ。


「爪の形歪むから、やめろよ、イザーク」
「なんだ、まだ捨ててきていなかったのか?」
「防火シャッター下りてるこの状況で、どう艦橋の外に出ろと?」
「あぁ、それはすまなかったな。じき空気清浄も終わる。そうすれば、シャッターはあげるから、その時に行って来い。そうでないと、この艦全体に汚らわしい空気が蔓延してしまう。我慢できん」


俺が言うと、ディアッカは呆れたようにやれやれ、と。そう言った。
それでもお前は、これから俺がしようとしていることを、止めもせずに見守ってくれるんだな、ディアッカ。


「そこまで憎んでるのに、よくまぁ我慢したもんだな、イザーク」
「クックッ。大した役者だろう?あの顔を見たか?これは絶対に、今日の夜にでも俺の部屋にやってくるさ」
「綺麗な顔して、やることエゲツねぇよ、イザーク。せっかくの美貌が台無しだ」
「バ〜カ。女としての俺は、全部あいつらに捧げた。あいつらがいたからこそ、俺は女に生まれてきたことを感謝した。でも、それも壊れた。幸せも何もかも、壊されたんだ。だったら、俺は俺の持つ物を最大限に利用して復讐を果たすまでだ。母上譲りの顔と、ミゲルとハイネに愛された、女としての躯と。この二つで……な」


クツクツと、笑う。
心の底からの、笑みを、浮かべて。
やれやれと溜息を吐いてもディアッカが俺を咎めないのはきっと、壊れそうになった俺を知っているからなのだろう。
頼りになる幼馴染だ、と思う。
本当に、ありがたい。


「それでいきなり、憎い男にモーションかけるわけ?お前は」
「人間関係なんてものは、ちょっとしたもので容易く壊れるものさ。恋人いるんだろう?あいつ。今は一緒にいなくても、もれなくその双子の兄弟が一緒だからな。他の女に手を出す男をどうするか。……見物だな」
「友情も恋愛も纏めてパー、ってとこだろうな。……それが狙いなわけ?」
「まさか。最終的には、奴ら全員血祭りに上げて、地獄に叩き込む。それまで暫く、あそこの連中に生き地獄を味合わせてやろう、とまぁ、そんなところだ」


簡単には、赦してなどやらない。
苦しめて苦しめて苦しめて苦しめ尽くして、全て奪い尽くして殺してやる。
まとめて地獄に叩き込んで、精々哀れっぽくその死を嘆いてやるよ。


「そう簡単に墜ちるか?アスランも」
「さぁ、どうだろう。でも確かあいつ、俺に惚れてたらしくてな。まぁ、オーブの姫がどの程度の女かは知らんが……客観的に見てどうだ?ディアッカ。俺とオーブの姫。お前がアスランだったら、どちらの手を取る?」
「そりゃお前だろ、普通。コーディネイターの中にあっても『絶世の』だの、『傾国』だの言われる美貌、自覚しな、お前は。そうでなくても、あんな自己中心的で独り善がりな女は、俺はゴメンだね。遊ぶならちょうどいいけど」
「下種が。だが、まぁ言い。貴様の目はなかなかに確かだからな。さしあたって俺は精々、やつを誘うとするさ」


ふっと、皮肉に笑うとちょうどそのタイミングでシホが戻ってきた。
トレイの上には、紅茶のカップが置かれている。


「有難う、シホ。……みんな、休憩してくれ。羽根を伸ばせるのは、今のうちだぞ。
シホ、お前も……」
「いえ、隊長。お傍に控えております。此処は、敵の本拠地ですから」
「すまないな……紅茶、アールグレイしかなかったか?確か、プリンス・オブ・ウェールズが残っていたと思ったんだが……」
「ありましたけど、その……それ以外の方がいいかと思いまして」


シホの言葉に、あぁ、気を遣わせているな、と思った。
プリンス・オブ・ウェールズ。
買ってきたのは、紅茶マニアのハイネ。
他にも、美容にいいからとローズティーを持ってきたり……駄目だな。そこらじゅうに、ハイネの思い出ばかりじゃないか。


「まだ残ってるなら、今度からそれにしてくれ。少しは、残しておきたいが……けじめの意味で、飲みたいから」
「分かりました」
「お茶請けのケーキはチーズケーキ、なんてリクエストまですんなよ?イザーク」
「煩い。大体チーズケーキは、ミゲルが作ったヤツ以外は食えん」


言い返すと、シホがくすくすと笑う。
普段仏頂面が多いが(俺には言われたくないだろうとディアッカは言うが)、こうしてみると年相応の少女っぽくて可愛いと思う。
俺を、誰よりも理解してくれる。

ディアッカも理解してくれるけど、所詮男と女だから、考え方のベクトルとかは違って。
でも、シホは同性だから。だから、俺の感情に共感してくれる。


「しかしまぁ、ジュール隊も物好きが多いねぇ。普通隊長の復讐に隊員が手を貸すかね」
「もともとジュール隊の下に集まったのは、旧ジュール隊の者が殆どですから。
それに我々は、隊長が命がけで我々を救おうとしてくださったことを知っています。
部隊の責任は隊長である自分が全て負う。だから隊員に累を及ぼすな、と。あの時隊長はそうおっしゃいました。
確かに今、我々が命を繋いでいるのは、軍法会議上でデュランダル議長がおっしゃった言葉によりますが、我々はあの軍法会議の席での隊長を、一生忘れません。
我々を救ってくださったのは、ラクス=クラインではない。我々を救ってくださったのは、隊長です。だから、手を貸すのです。
あの時潰えてしまう筈だった命ですもの。その身を危険に晒しても守ろうとしてくださった隊長に捧げるは、当然です」


普段あまり長々と話そうとしない少女の言葉は、だからこそどんな言葉よりも真摯に響いた。
と同時に、恥ずかしくて居た堪れなくなる。
どうしてそんな言葉を、赤面もせずに言えるのだろう。


「有難う、シホ。少し恥ずかしいが……嬉しい」
「いえ……。隊長はどうか、隊長の望まれる道をお進みください。隊長のためならば、我々はこの命、惜しくはありません」
「そうです、隊長!」


声にあわてて振り返ると、艦橋を出たと思っていた隊員たちやブリッジクルーがそこに勢揃いしていた。
シャッターなんて、さっさと上げて退室すればよかったんだ。
此処は、戦場で。
休憩は、取れる時に取らなければ。それは、軍人の義務だから。
なのに何で、みんなここにいるのだろう。まだ、残っているのだろう。

辛い決断を強いていると思う。
その心の中に、皆まだラクス=クラインを抱いている。
プラントの平和の象徴である、彼女を。
その彼女を裏切ることを、俺は強いた。
自分自身の復讐のために、議長に願い出てまで。


「そうです、隊長。我々を救ってくださったのは、貴女です」
「隊長のためならば、命すら惜しくはありません!」
「我々の隊長だったハイネ隊長は、貴女を本当に愛していました。その貴女が、隊長を想ってされることに、どうして我々が異を唱えましょうか」
「どうか、隊長の望まれる道を。我々を救ってくださった、貴女のためならば!」


目の奥に、ツンと込み上げてくるものが、ある。
泣きたくなるのは、かけられる言葉が痛いせいだろうか。
こんな自分本位な行動。
誰よりも唾棄してきたのに、どうしても止められなかった。
どうしても、復讐を思わずにはいられなかった。
それなのに、どうして優しいのだろう。
優しさが、痛くて。
痛くて、痛くて。それでも、嬉しい。愛しいと思う。

だから、泣きたくなるのを、堪えて。
いつもの顔を、作る。
いつもの……ガミガミ隊員を叱り飛ばして、命令をするときと同じ顔を。


「バ……バカか、貴様らは!誰が死んでもいいと言った!?」
「隊長……」
「こんなくだらない戦争で、あんなくだらない奴らの手にかかってみろ。そんなの、絶対に許さないからな!俺のためと云うなら、全員必ず生きて戻れ!」
「はっ、ザフトの……隊長のために!」


声が、重なる。
重なる、命の重み。
俺ひとりで背負うには、あまりにその命は重く。
だからこそ、彼らを裏切れないと思う。
彼らを――俺に精一杯の愛情と献身を捧げてくれる彼らを、裏切ることは出来ない。
だから、恥じぬように。
自らの生き方を、恥じぬように。

例え誰に罵られようとも、自分は自分の道を歩いたのだ、と。これが自分の精一杯だったのだ、と。




もしも……もしも死ぬ時がくるならばその時は、こうして俺に全てを捧げてくれた奴らのために、この命を散らそう。
プラントのために。そして愛しむべき部下のために。
心は、彼らに捧げた。
けれど躯は……躯は祖国に捧げる。
祖国に、そして部下に。
彼らの命贖うためならば、この身を捧げても構わない、厭わない。




壊してやろう。
内側から、じわじわと。
所詮信頼関係なく始まったお粗末な大三勢力。
潰そうと思えば容易に潰せる。


「そう簡単に潰れるか?」


懸念を露わにするディアッカに、大丈夫だと頷く。
つつく場所は決まっている。
アスラン=ザラとキラ=ヤマト。この二人の関係さえ壊せばいい。
この艦の主要戦力はあの二人のみ。ドムトルーパーの三人組など、俺とディアッカ、もしくは俺とシホで組めば簡単に潰せる。


「親友ってのは、そう簡単に潰せる関係じゃないだろ。俺とお前がいい例じゃん」
「俺とお前は……な。でも、あいつらは『親友』と呼べるかな?」
「どういうことだ?」
「アスラン……フリーダムが改修されたのも知らなかったらしい。親友ならば普通、何でも話すはずだろう?それでも、知らなかった。
そこから導き出せる事象は唯一つだ。少なくともキラ=ヤマトは、アスランを心の底では信頼などしていない。
無意識のうちで、アスランを拒絶している。そしてアスランも気付いてはいないかもしれないが、それを識(し)っている。心のどこかで、な。
……そんな関係を壊すなんて、容易いものさ。間に俺が入れば、あいつらの『親友ゴッコ』は終わる」


間に入って、壊せばいいのだ。

アスランの恋人だったとか何とか言うオーブの姫。
そしてその双子のキラ=ヤマト。
アスランが俺の手をとれば――否、俺の手を取ったとキラ=ヤマトに思い込ませるだけでもいい――、二人の信頼は潰える。
双子の兄弟と、アスランと。秤にかけて苦しめ。

俺とキラ=ヤマトとその双子と。秤にかけて苦しむといい。
俺は精々、致死量の毒を注ぎ込み続けてやるよ。そ知らぬ顔でな。
理想的な結末は、キラ=ヤマトが錯乱の末アスラン=ザラを殺害、というところか。
所詮軍事訓練の一つも受けていない甘ちゃんの子供。
MSにさえ乗らせなければ楽に殺せる。

あぁ、その前にその双子とやらに攻められて苦しむといい。
親友を殺した業を。双子の兄弟の恋人を手にかけたという業を。背負えばいい。


「ふふふ……ふふふふふ……」


あぁ、なんてなんて愉しいのだろう。
こんなにも、心は高揚する。
愉しくて……愉しくて仕方がない。
引き裂くものの断末の悲鳴を想像するだけで、堪え切れない愉悦が延髄を灼く。

ほら、早く早くおいで。
苦しませて、苦しませて、苦しませてからぶち殺してやる。

それが、二人へのせめてもの餞。
俺を愛してくれた。何よりも、誰よりも愛してくれた。
何よりも、誰よりも愛した二人への、これが餞なのだ。


「じゃあ、ディアッカ。俺は部屋に下がらせてもらうぞ」
「はいはい。……無理だけはすんなよ?」
「お気をつけて、隊長」
「有難う、シホ。
これが終わったら、うまい紅茶とケーキを出す店を教えてやるよ」


心配そうに見つめてくる同色のバイオレットを見返すと、笑みを作る。
わざと軽い調子で切り返せば、心配そうな色を濃く残したままでもシホが、固い顔のまま少し、笑うから。


「貴様らも、俺の部屋の近辺には立ち入り禁止だぞ。ライフル構えて、来た途端撃ち殺したりすんなよ?」
「……」
「(やる気だったのかよ)……返事は?」
「はい」


渋々とした様子で返事を返す部下たちに、苦笑いをする。
本当に、ここまでの愛情と献身、捧げられるほどのことをした覚えは、ないのに。









苦笑しながら、艦橋を後にする。
無重力区の廊下を、ふわりと浮かび上がると、ベルトを伝って部屋まで移動する。
空気を孕んで膨らむ、白の軍服の、その裾。
喪の色だ。


「待ってろ、ミゲル……ハイネ……」


その死に、華を添えてやろう。
誰よりも自分を愛してくれた、大切なお前たちに。
そのための手段など、選ばない。










鳴り響くは、阿鼻叫喚の鎮魂歌。
陰惨極まりない地獄絵図。
流血を欲する宇宙。
高らかになるファンファーレを背景に。


今、屍衣を纏いし修羅が、大天使の頭上にその鎌を振り下ろした――……。



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48話突発小説でした。
ラスト近辺、そして予告を見ると、どうもイザークがザフトを裏切るような気がして仕方がありませんでした。
でも、イザークは性格上、彼らの側にはつけないだろう、と思ったのです。
仲間を殺し、戦場を混乱させたAAやオーブ、ラクス=クラインを許しはしないだろう、と。
そうして考えたのが、彼ら大三勢力を内部から瓦解させるために裏切る、というストーリーでした。

ありえないほど真っ黒で悪女なイザークになってしまいましたが、書いていてとても楽しかったです。

ここまでお読みいただき、有難うございました。