『貴女は、毅い人ね』
君は、そう言って笑った。
違うよ。
俺も君と一緒。
否、君ほどに俺は毅くはない――……。
屍衣纏う修羅 〜Muse〜
本物よりもややどぎつい観のあるピンク色の髪を靡かせて、にっこりと少女が笑う。 瞳も、グレイがかかった色ではなく、どこまでも青い。 しかし、俺にとって見れば本物よりもずっと取っ付きがよかった。 あんな得体の知れない女、好きじゃない。
プラントを捨てておいて、果たすべき責任も取らないで、いけしゃあしゃあと紡ぐ空々しい綺麗事も、もううんざりだった。 俺は、忘れない。 アスランはころりと騙くらかせたかも知れないが、俺は騙されない。 間違いなく貴様らが、ハイネを殺した。
「ジュール様は……」 「違います、ラクス嬢。イザーク、です」 「イザーク様?」 「はい。それで結構です」
俺とは育ちの違う今の『ラクス=クライン』は、どことなく純朴な風で、見ていて好ましかった。 やや気は強いのだろうか。たいていの人間は、俺の前で臆することが多いのに、真っ直ぐと俺を見てくる瞳も、好ましい。 もっとも、そこに俺の内面を暴くような……見透かすような視線ではないから、落ち着いているだけなのかも知れないが。
プラントのために起った『ラクス=クライン』は、この『ラクス=クライン』だ。
「他の人になるのって、難しいのね」 「そうか?」 「難しいわ。……それが、ミーアの選んだことだけど、難しいなぁって思うの」 「でも、よく頑張っていると思う」
言葉を飾ることは苦手だが、ふぅっと力ない様子で溜息を吐く様は、見ていてやや痛くて。俺はそう言葉をかける。 俺の言葉にラクス……ミーアは笑った。
「本当?」 「あぁ、本当だ」 「よかった」
他人が見れば、如何な茶番と思うのだろうか。 俺が付き従っている『ラクス=クライン』は、贋者だ。 しかし、本物と贋者などと、一体どこにその差があるのか。 その存在が誤っていれば、その紡ぐ言葉も誤りだというのか。それは、暴論ではないのか。 本物だとか、贋者だとか。くだらない。 紡ぐ言葉に真実があれば、それは正当ではないのか。 俺は、『本物』だとか言う『ラクス=クライン』の綺麗事など、もはや受け付けることさえ出来ないというのに。
「疲れているんじゃないのか?休めばいい」 「有難う、イザーク様」 「人目がない時は、イザークでいい。敬称をつけて呼ばれるのは、気恥ずかしいから」 「そうなの?貴女のステータスなら、それが当然じゃないの?」 「でも、慣れないんだ」 「分かったわ。じゃあ、ミーアの時は、イザークって呼ぶわね。それでいい?イザークも、ミーアって、その時は呼んで」 「分かった」
きらきらとした笑顔は、見ていて惹かれるものだった。 人を食ったような、変に達観したような、あんな笑顔は気持ちが悪い。 それが、俺のステータス……ランクの人間ならば当たり前のことかも知れないが、俺はやはり、そんな腹芸はいけ好かない。 だから余計に、ミーアの笑顔に安心するのかもしれない。
「イザークは、女の子だからかしら」 「何が?」 「アスランとは、違うなぁって思ったの。やっぱり、アスランはラクス様一筋だから、あぁなのかしら」 「それは……」
少し憂いを帯びた様子に、ぴんときた。 俺は人の感情には鈍いといわれているけれど、こんな時まで見当違いのことを感じるほど、鈍くはないはずだ。 俺は、思ったんだ。 ミーア=キャンベルは、アスラン=ザラに恋心を抱いている。
「ミーアは、アスランが好きなんだな」 「えっ!?な……何を言っているの、イザーク!」
真っ赤になった様子が、可愛らしかった 白い頬に朱を上らせて、手で顔を押さえて、きゃあきゃあ言っている様子が、愛らしくて。 俺には出来ないな、と思う。 あいつらに俺は一度も、そんな面を見せなかった気がする。 そんなの、柄じゃないとは思うけれど。 もう少し俺もあいつらに、女として接してやればよかったのだろうか。 もう、果たせないからこそ余計に、そんなどうしようもないことを考えてしまう自分が、我ながら滑稽だった。
あぁ、それもきっと、俺が抱きうる最期の、愚かな幻想なのだろう。 もう、二度と二人には逢えないのだ。 もう、夢の中でしか逢瀬の叶わぬ相手。 『死』とは、そういうものだ。 けれど、自ら彼らの元へ逝こうとは、俺は不思議と考えなかった。 それは、違うように思えた。 彼らを思えば余計に、俺は奏してはいけないように感じていたのかもしれない。
「違うのか?ミーア」 「……うん。好き」 「そうか」
やはり、と思う。 ミーアの様子を見ていれば、そんなことは一目瞭然だ。 けれど同時に、哀れにも思う。 確かアスランには、恋人がいたのではなかったか……? 何も、そんな相手に恋焦がれなくともいいだろうに。 ミーアであれば、いくらでも他に想いを寄せる者が現れるだろうに。 なぜ、恋をした相手が、そういう存在なのだろう。 プラントのために決死の覚悟で起ったミーアを支えるでもない男なのだろう。
「俺が男だったらきっと、ミーアに恋しただろうな」 「ううん。あたしがきっと、イザークに恋したわ」
そしたら、幸せだったのかしらね。 そういって、ミーアは笑う。 多分もう、自分の恋の成就など、望んでもいないのだろう。 それは、あまりにも哀れだった。 同情だったのかも、知れない。 理由や、待ち受けた結末はどうあれ、俺は二人の男に愛された。 いつも、俺だけを考えて、俺だけを愛してくれて。 他の誰よりも、俺を想ってくれた。 その、甘い情熱の余韻を、俺は知っている。 胸がぎゅっとなるような、そんな切ない幸せを、俺は知っていた。 ミーアは、知らない。 これだけプラントを想って起った彼女は、一人ぼっち。
「仕方ないのよ、イザーク」 「何が?」 「だって、アスランが好きなのは、貴女だもの」 「は……?」
くるり、と俺を振り返って、ミーアは笑った。 馬鹿な。何を言っているのだろう。 ミーアも言っていたではないか。アスランは、ラクスが好きなのか、と。 俺も、知っている。あの男には、恋人がいた。
「だから、仕方がないの。だってミーアがアスランの立場だったら絶対、イザークを好きになるもの」 「それは……」 「でもね、イザーク。ミーアは……」 「やめろ、ミーア」
訥々と語るミーアの言葉を、俺は遮った。 何の茶番なのだ、一体。 あの男が、俺を好きだと?
そんなの……そんなの、汚らわしい。 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。 あの男からそんな対象で見られていることを考えるだけで、唾棄したくなる。 虫唾が走る。気持ちが悪い。
「イザークは、アスランが嫌い?」 「……殺してやりたい」 「ハイネさんが、亡くなったから?」 「それだけじゃない」
それだけじゃない。 ハイネだけじゃ、ない。 ミゲルも、ニコルも死んだ。 ラスティだって、手を下したのはあいつらじゃないにしろ、あの作戦に参加して、あそこの連中の手にかかったことに相違はない。 それなのに、あいつは裏切った。 あれだけ仲間たちを殺されながら、あいつはあっさりとあいつらの側に下った。 それは、俺たちへの……死んで逝った仲間たちへの冒涜であると、考えもしないのか。 絶対に赦さない。
「でも、ごめんね、イザーク。ミーアは、アスランが好きよ」 「そうか」 「うん。ごめんね」
何を謝るのか、俺にはわからなかった。 何を、彼女はそうまでして謝るのだろうか。 謝る必要など、どこにあるというのだろう。 人は肉体をコントロールすることはできるが、心はコントロールできないのだ。 誰かを好きになる感情を操れない以上、ミーアがアスランに惹かれても、それはミーアが謝るようなことではない。
ただまぁ、やりにくくなったことだけは確実だ。 俺は、あいつらにまとめて鉄槌を下してやるつもりだったから。 友人といっても過言ではないミーアの、焦がれる相手がアスランというのは、俺としては非常にやり辛いことこの上なかった。 だが、まぁ……。 まぁ、アスランにならば、まだ情けのかけようもある。 道を誤ったことは赦せないが、一応あいつも俺の仲間であったことに代わりはない。 仲間としてのあいつには、まぁ情の一つも持っている。
「アスランは……赦してもいい」 「イザーク?」 「確かに俺は、あいつが嫌いだ。ミーアの言うとおり、もしあいつが俺に気持ちを持っていても、答えるつもりなど毛頭ない。でも、仲間だった。一応は。それに……」 「それに?」 「ミーアは、アスランが好きなんだろう?友人の想い人を殺めることは、したくない」 「イザーク!」
嬉しそうに……安心したように笑って、ミーアが俺に抱きつく。 本当に、可愛い。 これが、『女の子』というものなのだろうか。 だとしたら俺は一度も、『女の子』じゃなかったのだろう。あいつらの前でも。 こんな俺を求めていたとは思わないけれど、ミゲル、ハイネ。 少しは俺も、お前たちのことでやきもきしていることを、表に出すべきだったのかもしれない。 気持ちを言葉にも態度にも、表せなかった。 それをするには、俺のプライドはあまりにも高すぎたのだ。 それが、時々無性に申し訳なくなる。 もう、夢でしか逢瀬の叶わぬ存在になってしまったから、余計にそう思うのだろう。 ともにいられるひと時が、短いものと分かっていたのならば。俺はプライドかなぐり捨ててでも、もっともっと彼らに同じだけの想いを返したかった。 与えられる愛情の、万分の一も返せなかった自分が、ただ悔しい。 もっともっと、傍にいたかった。 それさえも、言葉にできなかった。
ならば俺は、俺にできるやり方で、彼らの気持ちに応えるほかないだろう。 たとえそれが、この宇宙を流血の海で満たす行為であったとしても……否、そうであったならば。その血の量が彼らへの想いの証である、と。俺はきっとそう答えるのだろう。 俺が愛したのは、彼らだけで。 彼らはまた、疑いようもないほどのいっぱいの感情で、俺を愛してくれたのだから。 その気持ちを返す術がないことが、俺を凶行に駆り立てていたのかもしれない。
「だが、ミーア。条件がある」 「なぁに?」 「ミーアがいる間は、アスランは殺さない」 「?」 「ミーアがいなくなったら、俺はアスランを殺す」
この情勢下で、ミーアが生きていける可能性など、微々たる物だ。 そしてプラントのために起ったミーアには、少しはその覚悟もあるのだろう。 始まりは確かに、ラクス=クラインへの憧れゆえだったのかもしれないが。 彼女の言葉には、真実がある。 だからこそ、人が動く。 そんなミーアだからこそ、いざというときの覚悟もしているのだろう。 しかし俺は、生きてほしかった。
せっかくの生を、ミーアはラクスとして生きているから。 余計に、ミーアには、何が何でも生き残ってほしい。 戦争をしているのだから、命の保障などどこにもないけれど、生きてほしい。 それが、俺の願いだった。
「じゃあミーアは、何が何でも生き残らなくてはいけないのね?」 「あぁ、そうだ」 「分かったわ、イザーク。だってあたし、イザークにアスランを殺してほしくないもの」 「知っている」 「違うわ、イザーク。そんなつもりで言ったんじゃないの。イザークは、アスランを殺したらきっと、傷つくでしょう?」
ミーアの言葉に、まさか、と思う。 傷つくなど、そんなこと。有得ない。
「ううん。ミーアには分かるの。イザークは優しい人よ。だからきっと、傷つくの。そんなこと、イザークにさせたくないもの」 「ミーア……」 「だから、ミーアは生きるわ」
言い切ったその横顔は、美しかった。 造作の妙ではなく、そこにある意思の煌きを、美しいと思った。
あどけない笑顔も、屈託のない笑顔も。 この『ラクス=クライン』にしかないもの。 ならば俺は、それを守ってやりたいと思った。 兄弟なんて、俺にはいないけれど。 きっと俺はミーアを、妹みたいに思っていたのだろう。
「ミーアは、毅いな」 「あら、ミーアは毅くなんかないわ。毅いのは、イザークでしょ?」
いや、俺はきっと、誰よりも弱い。 安易に復讐に流れる俺は、誰よりも弱いのだろう。 弱い俺は、だからこそ『赦す』という道を選択できない。
「約束だ、ミーア。生きている限り、俺はアスランを殺さない」 「約束ね、イザーク。ミーアは貴女に、傷ついてほしくないから」
交わした指きり。 子供っぽいその仕草をしたのは、何年振りであったことだろう。
そんな彼女も、どこにもいない。 ミーア=キャンベルは死亡した。 ラクス=クラインを庇って、その凶弾に斃れた。 命を救われた連中は、ミーアの死さえも、政治的宣伝の道具とした……。
有難う、アスラン=ザラ。キラ=ヤマトにラクス=クライン。 貴様らの卑劣なやり口を、俺は絶対に忘れない。 これで俺は、誰に憚ることなく貴様らを消せる。その情熱に、その衝動に、身を任せることができる。
ミーア……贋者なんかじゃなかった。 その言葉には、いつも真実があった。 彼女はいつも、プラントを憂えていた。 だから、俺は彼女に好意を持った。 戦う場所は違えど、ともに戦っていると思っていた。
ミーア……。 狂った俺の、狂って逝く世界で。 君だけが、綺麗な存在だった。
さようなら。 妹のような感情で、愛した。 さようなら。 俺の愛しい、Muse《歌姫》……。
歌を歌おうか。 さぁ、俺のMuse《歌姫》。 俺のためにどうか歌を。 愚かな愚者に、悲哀と怒号に満ちた鎮魂歌を。 さぁ、共に奏でましょう。 愛しい貴女の美しい歌を。 俺は殺伐に満ちたこの世界で紡ぎ続けるのだから。
俺は歌いましょう。 阿鼻叫喚の鎮魂歌を。 その歌を、俺は君に捧ぐ。 待っていて、俺のMuse《歌姫》。 貴女が愛した男は、間違いなく貴女の元へ送り届けるから。
鳴り響くは、阿鼻叫喚の鎮魂歌。
流血を啜る宇宙。
陰惨極まりない地獄絵図。
高らかに鳴り響くファンファーレ。
嗚呼。祝福の音色が、聞こえる――……。
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復讐決意篇。 ミーア祭りをしていたとき、イザミアが書きたいと言いつつ書けませんでした。 それでじゃないけれど、この機会に書いてみました。 このお話だと、ちゃっかり百合で申し訳ないです。
『愛しい』っていう感情は、異性にだけ捧げるものじゃないと思う。 同性の友人に捧げてもいいんじゃない? 『好き』よりもっと切実な感情として、それも有りじゃないか、と。 そう思って書きました。 こういう復讐の決意も有りじゃないですか?
次回はいよいよ、復讐篇が書きたいなぁ、と思います。 次こそ、AAで男二人手玉に取るイザークを! 書きたいです。
ここまでお読みいただき、有難うございました。
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