ここより先は、アスラン至上さん・アスランスキーさんは回避行動をとってください。
勿論、AA・エターナル・キラ・ラクススキーさんも同様です。












さようなら 愛しい人

この腕はもう

貴方を抱《いだ》くことさえもできない……





屍衣纏う
〜Ellis〜





「別にお前の実力を過小評価しているわけじゃない」


渋い顔で、ディアッカが言う。
当たり前だ、ディアッカ。
俺の実力を、俺の能力を。過小評価してみろ。
即刻思い知らせてやるぞ、力づくで。


「物騒なこと考えるんじゃねぇよ、お前は」
「別に、考えてなどいない」
「嘘吐け」


こつん、と額を小突かれる。
幼馴染ならではの、気安さ。
この距離感は、堪らなく心地よい。
ミゲルやハイネとの物とは違う、距離感。
幼い頃から傍にいた幼馴染ならではのそれは、俺に落ち着きを齎す。


「だが、俺もそう思ってたところだ、ディアッカ」
「ん?」
「アスランに、負けるとは思いたくない。でも、確実に仕留めなければならない」


卑怯と罵られても、かまわない。
プライドを固持するあまり、敗北することの方が恐ろしい。
俺は、確実にあいつらを仕留めなければならないのだから。


「キラ=ヤマトの方は、俺で何とかできると思う。軍事教練一つ、まともに受けていないんだろう?」
「そうだな。モビルスーツにさえ乗せなければ、お前に勝機があると思うぜ」
「そうか。ならばやはり問題は……」
「あぁ。問題は、アスラン=ザラだ」


ディアッカの言葉に、黙りこくる。
負けるとは、思わない。
そして、思いたくない。
確かに男女の能力の差はあるが、あちらには2年と言うブランクがあった筈だ。
その間も――議員として働いていた頃は除くが――隊長職を与えられた以上、隊長として訓練は積んできたつもりだ。
それなのに負けるとは、思いたくもなかった。
しかし、憶測で事態を処理することはできない。
なんとしても……確実に。俺はあいつらを仕留めなければならない。
確実に。あいつらの罪に報いをくれてやらなければ。
それだけじゃなく、俺の歌姫に。
俺はあいつを、贈ってやらねば。

一人では、寂しいだろう?俺の歌姫。
俺はまだ暫く、そちらには逝けないから。
だからその間、寂しくないように。
俺は貴女に、貴女が誰よりも愛した男を贈るよ。


「やはり、理想はキラ=ヤマトに殺させることか」
「マジか?」
「勿論、本気だ。あの男は、キラ=ヤマトに殺させる。……最も、軍事教練一つ受けていない赤ん坊にアスランが仕留められるかは甚だ疑問だが……その時は、この俺が直々に手を下してやるさ。瀕死の状態なら、確実に俺が仕留められる」
「ご随意に、隊長」


諦めたようなディアッカに、笑顔を一つ送る。
ディアッカは、それにさえも深く溜息を吐いた。


「あいつの前で笑えるように、練習?」
「バレたか」
「バレないわけがないだろうが。お前は、もともと微笑むタイプじゃねぇよ。嘲笑するタイプだろ」
「酷いな。随分とはっきり言ってくれるじゃないか」


だから、練習するんだろ。バーカ。
そうしないと、あいつの前での俺はいつも憎しみに瞳を滾らせてしまうじゃないか。
それでは、あいつだって俺の計画に気づいてしまう。
気づかせないように、気づかせないように。
そして確実に、俺は俺の歌姫にあいつを贈る。


「ミーアとお前が知り合いだったことは、あいつは知っているのか?」
「さぁ、どうだろう。俺はあいつには何も言ってないし……ミーアも言ってないだろう」


綺麗な俺の歌姫。
政治に利用された、哀れな歌姫。
それでも、貴女は綺麗だった。
それでも、貴女の言葉には力があった。

二人を喪って狂って逝った俺の『世界』。
崩壊し始めた俺の『世界』。
それを繋ぎ止めることができたのは、多分『貴女』と言う守るべきものが俺にあったから。
貴女を守るために、俺の『世界』はまだ安定することができた。

でも、そんな貴女ももういない。
俺の『世界』は2度崩壊し、3度目に砕けた。
貴女と言う存在を喪った時、もう俺の瞳に『光』は見えなくなった。

きっと俺には、必要だったのだ。
貴女と言う『光』が、必要だった。
それが見えなくなった今、俺は血塗れの剣を引き下げて、奈落の道を彷徨うのだろう。憎い仇を屠るその瞬間を夢見て。

必要なのだ、『人』には。
そして俺は、それを貴女に求めた。
ミゲルとハイネが俺の『世界』ならば。
貴女は、俺の『聖域』だった。

けれどもう、歌姫。
もう、貴女はこの世の穢れから最も遠いところに、きっといる。
そしてそこで、嗚呼どうか、俺の歌姫。
どうかそこで、貴女は歌を歌っているといい。
これから罪に穢れる俺にはきっと、貴女の美しい歌は届かないだろうけど、ああ、それでも俺の歌姫。
どうかどうかこの俺に、歌を。
美しい貴女の、哀れみの讃歌を。
どうかどうか、この俺のために歌って欲しい。
神の赦しも、世界の赦しも要らない。
俺の『世界』は、崩壊してしまっているから。
此処は、俺の『世界』じゃないから。
そんなものは、俺は要らないけれど。
嗚呼、俺の歌姫。
ただ、貴女が赦してくれるなら。
ああ、それだけで俺はこれからも、茨の道を歩んで行ける。
貴女と言う『聖域』の齎す『光』が在れば


「わかんねぇな。何でお前、そうまでミーアに執着する?」
「そうだな……ジュール隊の連中にも、当然執着はしている。シホも、他の皆も、かけがえなく大切だ」
「……だろうな」
「戦場で何かあったら、俺は間違いなくあいつらを助けようとするだろう。でも、あいつらはそこそこの事態には自分で対処もできる。そうだな。その能力を、信頼している」


戦える者だ。
戦う力を持つ者。
《つるぎ》持ち、どこまでも歩む者たちだ。俺と方向性は違えども、戦おうとする者たち。
それだけの力を持ち、自らを守る術を持ち。
しかし……。


「だが、ミーアは違う。彼女の持つものは、歌だけだった。歌だけが彼女の盾であり、剣だった。無防備極まりないその状態で、彼女はそれでも戦った」


別に、死を賛美するつもりなど毛頭ない。
争いを尊ぶつもりも、同様にない。
しかし、命を賭して戦う者は、確かに美しいのだ。
彼女はそれでも、戦った。
頼りない剣振り上げ、か弱き盾で守りながら。
それでも戦い続けた。


「だから俺は、守りたいと思ったんだ」
「守りたい?」
「そう。守りたかった。幸せになって欲しかった。彼女は、俺たちとは違うから」


生まれたときより、覚悟していたことがある。
いや、生まれた時など自我さえ持たぬものだから、成長していく過程で覚悟した。
俺には、義務がある。
俺は、やがては母の後を継がなければならない。

それを厭わしく思ったことはないし、それなりの覚悟もしていた。
幼い頃から、徐々に培われていく、それは俺の『自覚』だった。
そしてそれに、誇りを持っていた。
そう言う生き方を許される自身が、誇らしかった。
だから、そう生きていこうと思っていた。

ミーアは、俺とは違う。
何の自覚もないまま、歌姫として彼女はこの世界に放り込まれた。
ラクス=クラインへの憧れ。ただそれだけを胸に飛び込んだ……そして死んでしまった歌姫。
守りたいと願ったのは、それ故だったのかも知れない。


「俺とは異質な世界に生きていた彼女が、俺と同じ世界に飛び込んできた……それ故、だろうな。守りたいと思ったのは」


彼女は、俺とはあまりにも『異質』だった。
あまりにも違うのに、それでも彼女は戦おうとしていた。
弱いその身で、懸命に。ただ、プラントのために。
それは、俺が母に教えられた生き方そのものに思えた。
祖国のために、命捨てて戦うこと。母が身をもって、俺に教えてくれた。身命を賭して、戦うそのことを。
ミーアは、実際に行っていた。
誰も彼女にそのようなこと、教えなかっただろうに。


「幸せになって欲しかった。せっかくの生を、自ら望んだとはいえ他人として生きる彼女に。そして事敗れれば、戦犯として処刑されるであろう、彼女に」


議長によって生み出された、贋者の『ラクス=クライン』
その存在は、もしも議長が敗れれば処刑されてしまう程度の、儚いものでしかない。
政治の世界で生きると言うのは、そう言うことだ。
混迷のこの世界で、そして動乱の最中で立場を明確にして生きると言うことは、自ら拠って立つ基盤が失われたとき死ぬことを意味している。
それさえも、おそらく知らなかっただろう、彼女……。


「けれど結局、ミーアは幸せになる前に、死んでしまった」


『本物』の『ラクス=クライン』を庇うように。
そして庇われた本人は、それを政治の材料にした。
自分が『本物』なのだ、と。
だからこそ『贋者』が自分を庇ったのだ、と。
……何が本物だ、ふざけるな。

プラントを見捨て、男に走ったのは誰だ。
混迷を極める祖国よりも、オーブなどと言う偽善の国を選んだのは、誰だ。
プラントの平和を祈ることよりも、他国の男が大切か、『本物』のラクス=クライン。
ならば俺は、貴様を『本物』などと認めない。
貴様ではない。プラントの歌姫は……真実プラントの歌姫は、俺の歌姫だ。
俺が守りたいと願った、俺の歌姫だ。

ミーア。
貴女の愛した男は、貴女の愛を受けるに値しない男だった。
貴女の死さえも道具とする連中に籠絡された腑抜けだ。
それでも、貴女はあの男を愛したんだろう?俺の歌姫。


「結局、そこが赦せないわけ?」
「ん?」
「ミーアが死んだことと、それを道具に利用したことと」
「それだけじゃない、ディアッカ。分かるだろ?」


『世界』は二度、崩壊した。


『行って来るよ』


そう言って、彼は微笑んだ。
見送りなんて、行かなかった。
だって、すぐに戻ると言っていた。
ラクス=クライン……ミーア=キャンベルの護衛が任務だ、と。
危険なことなど、何一つない任務だ、と。
だから、見送りになど行かなかった。
核攻撃を受けたプラント。地球側と小競り合いを続けるプラント。
やるべきことはたくさんあった。たくさんありすぎた。
それならば、彼が戻ってくる『場所』を守るために働こう、と思った。

――違う。見送りに行ったら、泣くと思ったんだ。
毎夜見る、悪夢。
ミゲルが死んだ、あの日のあの感覚。
心臓に氷を突っ込まれたような、あの感覚を覚えている。
じとりと脂汗を浮かべて、でも躯は冷たいほどで。
厭な……厭な感覚。
見送りに行ったら、泣いただろう。
傍にいて欲しいと言っただろう。

そんなの、言えるわけもない。
だから、見送りにも行かなかった。

結局いつも、俺は俺のプライドを先行させてしまって。
いつもいつも、後で嘆くんだ。


『ハイネが死んだ』


そう言われた日を、覚えている。
嘘だ、と思った。
だって、言っていたじゃないか、ハイネ。
危険など何もない任務だ、と。
ミーアを護衛するだけだ、と。
俺はふざけて、「ミーアに手を出したらブチ殺す」って言って……それだけ。
それだけの任務じゃ、なかったのか?
ミネルヴァへの乗艦なんて、俺は聞いてない……。

前日も、通信で話した。
少しずつNジャマーが撤去されつつある地球で、以前よりも通信はしやすくなって。
話を、した。

あぁ、でもそう言えば。
そう言えば妙に、ハイネの歯切れが悪かった。


『ミーアは元気にしているか?』
『……ん?あぁ、まぁ』
『……手を出していないだろうな?』
『そんなこと、するわけないだろ!』


怒鳴りつけた彼の部屋が、戦艦内部のものだったと、どうして気づかなかったんだろう。
内装は、ヴォルテールと変わらない。
似ていたのに。
似ていたのに、気づかなかった。妙に殺風景だな、とそれぐらいで……。


「二度……だ。二度までも、俺はあの死神に愛する男を殺された。ニコルも……」
「イザーク……」
「戦争をしているんだ。分かってる。分かっていた。いつか離れる日が来る、と。分かっていた。でも……でも、あいつらは……」


戦争は厭だ、と。戦いたくなどない、と。
そういいながら、不必要な武力行使。過剰な武力行使。
そしてハイネは、殺された。
ミゲルも、殺された。
ニコルも、殺された。
そして今度は、ハイネか……!?

何が撃ちたくない、だ。
何がザフトが撃とうとしていたのはオーブだった、だ。
当たり前だろう。
オーブは既に連合の一部だった。
そんなことを言うくらいなら、初めから条約に調印などしなければよかったんだ。条約に調印しておいて、撃ちたくない、だ!?ザフトが撃とうとしていたのはオーブだった、だ!?ふざけるな!!

返せ。
そうまで言うなら、ハイネを還せ!
ミゲルを……二コルを、ラスティを、マシューを、オロールを還せ!
貴様らが殺めた全ての人間を還せ!
下らない題目じみた奇麗事など、そのとき聞いてやる。
そうまで非戦非戦と言うのなら、いっそ武装など全て放棄して歌だけ歌って死んでしまえ!!

ダン、とデスクを殴りつける。
はぁはぁと肩で息をすると、ディアッカがポン、と俺の肩に触れた。


「落ち着けよ、イザーク」
「……落ち着いている」
「どこが?ほら、唇かみ締めるのもやめろ。血が滲む。……シホに、紅茶でも淹れてきてもらうか?」
「いい」


俺はそう答える。
けれどディアッカは勝手にインターコム越しにシホに頼んで。


『シホ、イザークに紅茶淹れて来てやって』
『分かった』


俺は、ディアッカを睨みつける。


「頼んでいない」
「いいから、落ち着け。今のままの顔で、皆の前に立つつもりか?」
「……」


答えられるわけが、なかった。
黙りこくる俺に、ディアッカが溜息をつく。
頼りになる幼馴染は、そう言えばどうしてこちらに来たのだろう。確か、こいつが想いを寄せている女性は……。


「お前、どうしてこっちに?」
「は?」
「AAにいるんだろう?貴様の想い人は。それなのに、どうして……」
「そんな状態のお前、放って置けると思う?」


逆に問い返されて、黙ってしまった。
確かにこいつが、こんな状態の俺を放って置けるはずがない。


「お前の暗殺リストに、一応まだAAは入って無いっぽいしね」
「あぁ……」


でもそれは、フリーダムとジャスティスあっての艦だと思っているからだ。
その二機さえなければ、簡単に墜ちるだろう、と。
だから……。


「嘘だよ、イザーク」
「ディアッカ?」
「今のは嘘。お前が深刻に考える必要は無い。あのな、イザーク。極限状態の戦場って、人に思いも寄らない影響を与えるらしいぜ?」
「影響?」
「そう。吊り橋効果って言うのかな?環境から来る高揚もあいまって、恋愛に落ちるってパターン。逆に、平時に戻れば高揚が消えうせて、終焉に至るって恋愛のパターン。それだったんだろうな、俺の場合も」


淡々と語るディアッカを、見つめるしかできなかった。
そう言うけれど、ディアッカ。
貴様は、本気だったんじゃないのか……?


「失礼します。隊長、紅茶を持って参りました」
「シホか……有難う」
「いえ。……どうかなさいましたか、隊長」
「どうもしていない」
「それならよろしいのですが……」


ほうっと、一度溜息を吐いて、シホのバイオレットの瞳が再び俺を見つめる。
年下の少女にまで、心配をかけてどうするんだ、俺は。


「そう言えば、隊長。アスラン=ザラが……」
「アスランが?」
「隊長にお会いしたい、と」
「分かった。そうだな……エターナルに出向いてやる、と伝えてくれ」
「分かりました」


一礼するシホに、俺はにやりと笑う。
ディアッカが、俺の肩を掴んだ。


「何を考えている、イザーク?」
「あいつらを破滅させる方法を」
「それで、何で……」
「あいつの恋を、逆手にとってやるのさ」


そんなに俺が欲しいなら、こんな躯ぐらいくれてやるさ。
心は、彼らに捧げた。
この躯は、プラントに捧げる。
連中を滅ぼすためだ。憎い男に抱かれるぐらいわけは無い。


「オーブオーブ煩く鳴く連中に、見せてやるのさ。恋人がオーブで奔走していると言うのに、かつての同僚と関係を持つ男の姿をな」
「イザーク」
「キラ=ヤマトは……あの死神はどう思うだろうな?自分の双子が懸命なときに、恋人である筈の男が他の女に現を抜かしていたら」
「そんなことをしたら、お前まで危険に晒されるだろうが」
「まさか。そのために、アスラン=ザラを使うんだろう?せいぜい頑張ってもらって、俺をキラ=ヤマトから守ってもらうとするさ」
「イザーク、まさかお前、そのために……?」
「手段は選ばない、俺は」


だって、これは『勝負』ではないから。
プライドとプライドをかけた、古式ゆかしい貴族の果し合いとも異なるものだから。
これはただの『殺し合い』だ。
ならば、手段など選ばない。
すまない、ディアッカ。
お前本当は、その女に本気だったんだろう?
でも、俺は殺すよ。
その女がAAに乗っているなら、間違いなく。
俺は殺すよ。

そしてアスラン=ザラも。
アスラン=ザラは必ず、キラ=ヤマトの手で殺させる。
そして俺はこの手で、キラ=ヤマトを殺してやる。

ああ、待っていろミゲルにハイネ。それにニコル。
お前たちを殺した憎い男を、あの死神を、必ず送り届けてやるから。
必ず仇はとってやるから。

そのための手段は、選ばない。



愛しい人。
この手はもう、貴方を抱くことさえできない。
ならば俺は、この世を地獄に変えてでも、愛しい貴方に愛を歌おう。
愛しい貴方に、悲哀と怒号に満ちた恋歌を……俺は歌おう。







鳴り響くは、阿鼻叫喚の鎮魂歌《レクイエム》

流血を啜る宇宙《ソラ》

陰惨極まりない地獄絵図。

高らかに鳴り響くファンファーレ。

そして俺は、世界を朱《あけ》に染める――……。



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何度も言いますが、イザークは既に狂ってます。
頭の中にあるのはだから、今は復讐だけなんです。
アスランスキーさんやキラスキーさんの言い分も分からないことは無いのですが。
こういうことも起こりうる、と言うことで。
これも一つの考え方だと思っていただければ嬉しいです。
まぁ、読まれていないだろうと思いますけれど。
警告はしました。
読んでからの苦情は、一切受け付けません。

此処までお読みいただき、有難うございました。