俺は歌う。
声を限りに。
この喉が張り裂けてなお。
愛しい君に、血塗れの恋歌を――……。
屍衣纏う修羅 〜Venus〜
隊長室の椅子に腰掛け、背凭れを倒す。 リラックスできる体勢で、手にしていた音源ファイルをセットした。
――――『イザーク、ミーアの歌、聴いてね』――――
そう言って、ミーアが渡してくれたファイル。 その彼女も、最早亡い。 愛した彼女が遺した、それは今となっては唯一の、遺品だった。
「『Emotion きっと守るから 今をかけて 光と影だからできること』……か。偽者だと思っていたんだな、ミーア……」
『光と影』それは、なんて悲しい言葉だろう。 彼女は一体、どんな気持ちで歌ったのだろう。 軽快なメロディに隠されたこの、切ない想いを。 一体、どんな気持ちで……。
「でも、もうすぐ貴女は『本物』になる……いや、俺が貴女を、『本物』にする……」
一人は、寂しいだろう?俺の歌姫。 俺はまだ、そちらには逝けないから。 だから俺は、貴女が最も愛した男を、貴女に贈る。 この手で、貴女の元に贈り届けてあげる。 愛しい貴女が、寂しい思いをしないように――……。
「お前たちは、平気だろう?」
デスクの上に飾られた、フォトフレームを弾く。 収められているのは、俺が愛した人たち。 今となってはもう、夢でしか逢瀬の叶わぬ、相手。 だからこそその笑顔が、切なく感じて仕方がない。 それでも、今もなお、この心を占めてやまぬ人たち。
「否……俺がそちらに逝こうとしたら、お前たちは怒るだろう?」
フォトフレームの中で、彼らは微笑んでいる。 笑っている。愛した、あの笑顔を浮かべて。
認めてくれるだろう?愛しい人。 これから俺が為すこと。為そうとしている全てのこと。 認めてくれるだろう? だってお前たちは『俺』を肯定し、認めてくれたのだから。
「お前たちだけだった。『俺』を肯定し、認め、愛してくれたのは……お前たちと、ミーアだけだった……」
他の誰に罵られようと、切り捨てられようと、そんなことは些細なことだと思った――思えた。 彼らという存在さえ傍に在れば。彼らにさえ受け入れてもらえれば、それだけで十分だった。 『俺』の『世界』に。『俺』が『俺』であるために。『彼ら』は、欠かせない存在だったのだ。
狂った俺の、狂って逝く世界で。 忌まわしい俺の、忌むべき世界で。 お前たちだけが、『綺麗』な存在だった――……。
「おい、イザーク」 「何だ、ディアッカ。どうした?」
勝手知ったるといった様子で入室してきた幼馴染に、尋ねる。 上官と部下という肩書きに閉じ込められてしまっても、こいつは変わらない。 相も変わらず、俺をただの幼馴染として扱う。 それはどこかくすぐったく……そして嬉しかった。
「これから、行くのか?」 「あぁ」 「ならその前に、確認しておきたいことがある、イザーク」
アメジストの瞳が、まっすぐと俺を見つめる。 言い逃れなど、許してはくれないだろう。 そもそも、何を確認しておきたいのか。 あいつらへの憎しみも恨み言も、こいつはきっと分かっているだろうに。
「お前は……議長の提唱するデスティニープランを、支持するのか?」 「いや、議長の提唱するプランには、俺は反対だ」 「それは……」 「そういう意味では、俺の意思はあいつらの側にあると言ってもいい」
あの裏切り者たち。エゴイスティックな殺人者たちと、俺の主義主張は大して異ならない。 遺伝子がすべてを決める、デスティニープラン。 そのプラン自体を、俺は受け入れることができない。
「あのプランを肯定することは、俺自身を否定することに繋がる……受け入れられないな、どうしても」 「ん?」 「知らなくてもいいことだ、ディアッカ。……俺は、プランを受け入れることは、できない」 「それでも、あいつらを討つのか?」
痛いところを突いてくれるな、ディアッカ。俺の幼馴染殿。 そうさ。それでも俺は、あいつらを討つさ。 主義主張のために、戦うためじゃない。討つわけじゃない。
赦せないから。 憎んでいるから。 殺してやりたいと願ったから。 だから俺は、あいつらを討つ。それだけのことだ。
「欲望を去勢されて生きることは、生き物として滅びることと同義だ、とあの女は言ったらしいぞ、ディアッカ。俺も、そうだと思う。 だから俺は、生き物らしく、自らの欲するままにあいつらを滅ぼす。その夢想に生きるだけだ」 「イザーク……」 「今を生きる生命である俺は、抱く欲望に忠実に生きる。今を生きる、生命として……な」
それが、貴様の主張したことだろう?ラクス=クライン。薄汚い、裏切りの歌姫。
貴様は、確かにそう主張した。 人は、生きるためならば、殺しあってもいいのだ、と。 そんなことは言っていないと言うかも知れないが、少なくとも俺は、貴様の発言をそう解釈した。 二年前。俺の『世界』を破壊した、あの戦争の最中主張した言葉を、貴様は自ら覆した。
二年前。 確かに『悪しき戦いの連鎖』と呼び、切り捨てたものを、他ならぬ貴様自身が肯定した。 茶番というなら、これ以上の茶番は存在しない。
確かに、人は成長していく生き物だ。 その主張するところ、語るところは日々変化を……そして進化を遂げていくものだろう。 だが、貴様にその資格があるとでも思っているのか、ラクス=クライン。 自ら犯した罪さえも償おうとせず、のうのうと生きてきた貴様に、今の世界に口を挟む権利があるとでも? 貴様の罪の、その結果が今のこの、現実だ。
ミーア=キャンベル――俺の歌姫――はまさしく、貴様の身勝手の犠牲者だ。
罪から逃れず、責任を果たすべき者たちから目を背けさえしなければ。 せめてその身柄をプラントに引き渡していれば、こんなことにはならなかった。 ミーアが犠牲になることもなかった。 貴様らが『偽者』と呼ぶラクス=クライン……ミーア=キャンベルを生み出したのは、貴様ら自身だ。 いつもいつも。貴様らの身勝手が、全てを殺していく……。 そんな身勝手を、俺は決して赦さない。
大義名分から、赦せないと言っているのでは、ない。 それは、俺自身が一番よく分かっている。 俺は、俺自身が抱くエゴイスティックな復讐心から、そして俺自身が抱く独善的な価値観から、貴様らを赦せない。それだけのことだ。
たとえそれが、この世界を滅ぼすものであったとしても、そんなのはもう、どうでもいいんだ……。 だって、此処は俺の世界じゃない。俺が生きる、世界なんかじゃないから。 ミゲルも、ハイネもいない。 ニコルも、ラスティもいない。 でも、残った命がある。 俺が守るべき命が、ある。 だから、守るためにも俺は俺に敵対するものを全て殺して見せるよ。 今度こそ、俺の『世界』を守り抜くために。
無駄に情けをかけるから、こうなる。 あんな連中、さっさと処刑してしまえばよかったんだ。 そうしたら、今のこの混乱だって、なかった。 殺してしまえばよかったんだよ、さっさと。 ギロチン台に送って、さっさと処刑してしまえば、すむことだったのに。 そうしなかったばかりに喪われてしまった命の、なんと多いことだろう。
でも、もうそんなことさえ許さない。 貴様らには、名誉の戦死も処刑も、くれてやらない。 惨めに……仲間割れの末自滅しろ。 その未来だけを、俺は贈ってやる。
「あぁ、時間だな。ディアッカ、艦のことは、頼んだぞ?」 「本気……か?イザーク」 「アスランと寝ることか?……勿論、本気だとも。ディアッカ……」
本気さ、勿論。 俺は、決めたんだ。
この先もう、誰を愛することもないだろう。 あの二人に捧げたような情熱を持つことは、もう決してないだろう。 俺は、あいつらに何時も言えなかった。 言いたい言葉の半分も、伝えたい気持ちの半分も伝えられなかった。 伝えられないまま、あいつらは殉職してしまった。 ならば俺はもう、誰にもその情熱を抱きはすまい。 彼ら以上に俺を愛してくれた人なんて、この先きっと現れない。あいつら以上の男なんて、この先きっと現れない。 俺は一生、あいつらだけを想う。 この心は、永遠にあいつらに捧げる。 あいつらの死に捧げる、これがせめてもの餞。
けれどこの身は、プラントに捧げよう。 プラントの平和に。プラントの自治に。 俺たちを育んでくれた愛すべき国家のために。この身は捧げよう。 裏切り者の汚名も、甘んじて受けよう。 プラントに敵対する、あの連中を滅ぼすために。 俺自身の敵を滅ぼすために。
「本気だとも、ディアッカ。あの……あいつらを喪った時に感じた、身を切られるような思いに比べたら、こんなこと何ともない。この身をあの男にくれてやる代償に、これ以上ないほど陰惨極まりないやり方で地獄に叩き込んでやる」 「イザーク……」 「裏切り者にかける情なんて、俺は持ち合わせていないんだよ、ディアッカ」
お前は優しいな、ディアッカ。 でも、俺はお前ほどの優しさを、持ち合わせてはいない。 裏切り者に、情なんてかけない。
「俺はあいつらを必ず殺すよ、ディアッカ。お前が止めようとするなら、力づくでも」 「俺が止めようとするならそれは、お前のためだ、イザーク」 「ディアッカ?」 「俺は、全てを目の当たりにした。ミゲルが死んで泣いたのも、ラスティやニコルを喪って嘆いたのも、ハイネの訃報を聞いて慟哭したのも。そして……ミーアの死が齎したものも。俺は全て知っている。それは、俺にとっても赦せることじゃない」 「ディ……」 「お前に恋愛感情なんてものはないけど、それでもお前は、俺にとって特別な女なんだよ、イザーク」
淡々とした言葉は、そうであるが故に大層重く響いた。 あまりにも傍にいたから、俺にとってディアッカは、恋の対象にはなりえなかった。 それは、おそらくディアッカも同じだっただろう。 だからこそ、より一層理解し合える――理解することを互いに許しあえるのかも、知れない。 そこに、打算の一切ない関係だから。
「有難う、ディアッカ」 「ジュール隊の連中も、きっと同じだと思うぜ、イザーク」 「そうか……」 「お前があいつらを想うのと同じように、あいつらもお前を想っている。上にお前を戴いている限り、相手がラクス=クラインだろうと、あいつらの目はきっと、揺るがない」 「そう……か」
俺は、感覚としてそれを知っていたのかも、知れない。 知っていたからこそ、俺は自分の部下たちにこんなにも惨いことを強要できたのだろうか。
プラントの人間は、ラクス=クラインに希望や夢を抱いている。 たとえ実像があぁであったとしても、作られた『歌姫』のイメージは、容易には払拭することなどできない。 今も、プラントの人間はラクス=クラインを平和の象徴と考えている……それは、ミーアによってさらに加工されたものではあるけれど。 本物のラクス=クラインが平和の象徴などと、そんなのはただの戯言だ。 あの女こそが、この混乱の象徴なのだから。器にあわぬ要職に身を置く、馬鹿な小娘と同じく。
俺の歌姫を殺した、あいつらを俺は赦さない。
それでもきっと、貴女は、俺がしようとすることその全てを望まないのだろう。 綺麗な、俺の歌姫。 優しい、俺の歌姫。 貴女は、きっとそんなことは望まない。 貴女は俺に、貴女の仇討ちなどきっと、貴女の復讐などきっと、望まないのだろう。
優しい少女だった。 暖かい少女だった。 屈託なく笑う、ごく普通の少女だった。 そんな貴女は、きっと望まない。 望まず……そして自分を責めるのだろう。
自分が死んでしまったから、と。 俺を傷つけてしまった、と。 自分を責めて、俺のために泣くのだろう。 彼女は、そんな人だった。 だから俺は、彼女を何者にも替え難く……愛しく思ったのだろう。
本当は、こんな『世界』なんて、どうでもよかった。 違う。きっと、この『世界』に絶望さえ覚えていた。 だって、どこを探しても、もうどこにもいない。 ミゲルも、ハイネも。どこにもいない。 ミゲルとハイネがいれば、それだけでよかった。 それだけを、望んだ。 それさえも叶わなくなったと言うのに、どうして。
『平和』に酔い痴れる世界が、酷く憎らしく思えた。 祖国のために戦火に身を置いた恋人は死んでしまったのに、どうして。 どうして流血の果てに手にした平和に浮かれるのだろう。 ――いっそ全て、滅びてしまえばいいのに。
それでも、その中で『平和』に貢献しようと思ったのは、ハイネがいたから。 彼が支えてくれたから、俺はミゲルがその命を代償に捧げた血塗れの平和を、支えていこうと思った。 もう、その彼さえもいない。 ハイネも、いない。 二人の温もりの消えた世界に、一人ぼっち。 取り残された俺は、なら何を思って生きればいい?
俺は、代償を求めずにはいられなかった。 俺は、復讐を願った。 そう。それだけのことなのだ。 シンプルに、考えれば。案外と答えは纏まる。 気持ちは、感情はもう、その軌跡を描き出しているのだから。
殺してやるよ、この手で。
「行って来る」 「気をつけろよ、イザーク」 「あぁ」 「俺のことは、気にしなくてもいい、イザーク。お前はお前の望むとおりにしろ」
声は、真摯な響きを持って、響いた。 そうやっていつも、こいつは俺を受け入れてくれる。 今までも……そしてこれからもずっと、こいつは俺を受け入れてくれるのだろう。理解してくれるのだろう。 でも、ディアッカ。 たとえお前が、後でどれほど嘆こうと俺は、殺すよ。お前がかつて想いを寄せた女性を。 あの艦に搭乗しているなら、必ず。俺は殺す。 それがきっと、俺とお前の差なんだろう。 俺はお前ほどに、優しい人間じゃないから……。
でも俺は、この生き方しか出来ないんだ、きっと。 だったら、俺は絶対に下を向いたりはしない。 傲然と、顔を上げて。 高慢なまでに、誇り高く。 俺は生きていこう。
真っ直ぐと前を見る。 この手で、あいつらをまとめて滅ぼす。 その予兆に、身を震わせながら……。
**
シャトルに搭乗して、アスランの元に向かう。 管制が、どことなく警戒するような声で、誘導を開始した。
≪イザーク=ジュールだ。アスラン=ザラと面会の約束をしている≫ 「承っております、イザーク=ジュール。管制の指示に従ってください」 ≪有難う≫
シャトルを停止させ、降りる。 案内に差し向けられたらしい男が、不信感たっぷりの目で俺を見ている。 これでは、とてもじゃないが他者の信頼を勝ち取ることなど、出来まい。 それとも、このやり方でも味方を得ることが出来る、と。やつらは本当に考えているのだろうか。 もしもそう考えているとしたら、なんて傲慢なことだろう。
そうだな。俺は先の大戦でも、最後までクルーゼ隊長に従い、戦った。 その後評議会入りをし、隊長職を務める。 そして俺は、主戦派の急先鋒、エザリア=ジュールの唯一の子供。 彼女の意思を継ぐ、唯一の存在。 ……不審に思うのも、無理はあるまい。 しかし、忘れてはいないか? ギルバート=デュランダルは、クライン派に属していたことを。
「イザーク=ジュールだ。アスラン=ザラと面会の約束をしている」 「承っております。アスラン=ザラの私室まで、ご案内いたします」 「有難う。よろしく頼む」
ふわり、と。重力の存在しない廊下を蹴って浮かび上がると、微かにシャボンの香りがした。 清潔感の漂う、香り。 いつにも増して念入りに整えた身支度は、本当はきっとあいつらのため。 だって、久しぶりに会えるのだ。
久しぶりに、彼らに会える。 ハイネと、ミゲル。 今も、愛してやまない人たちに。 だからほら。 こんなにも心は、歓喜に震えている。
そうだ。アスランとこれから寝るんじゃない。 ハイネや、ミゲルに逢うんだ……。 この復讐は、彼らに捧げるもの。 だから、アスランなんかと寝るんじゃない。 ミゲルと、ハイネ。愛する彼らに逢う……逢えるんだ。
「アスラン、イザークだ」
インターフォンを押して、室内のアスランに呼びかける。 やがて現れたアスランは、驚きを隠せない様子で。
「本当にきてくれたんだな、イザーク……」
と呟いた。
「何故、そんなことを思う?」 「来てくれないと思っていた。通信を取り次いでくれた子、何だか俺に冷たい感じだったし……」 「冷たい?誰だ?すまないな、俺の部下が、不快な思いをさせたらしい」
部屋に招じ入れながら、アスランが苦笑する。 取り次いだのは確か……シホだったか。 ならば、無理もあるまい。 彼女は、アスランを『敵』と認識している。 理由は、俺の『仇』だからだ、そうだ。
同じ女である彼女は、俺の感情が描く軌跡を、俺と同じ目線で見つめ続けてきた。 だから彼女にとって、アスランは赦しておけない敵らしい。 それは、一歩間違えれば狂信的とまでとられる信仰に繋がる危険な感情ではあるが……彼女のその気持ちは、何にも代え難く嬉しかった。
「女の子だった。赤服の」 「シホか……すまないことをしたな、アスラン」 「いや、こうしてイザークはきてくれたから、俺はそれだけで……」
微かに紅潮した頬は、彼の感情の揺れを如実に表現していた。 ずいぶんな変わりようだな、アスラン=ザラ。あんなにも無愛想だった貴様が。そんなにも、『オトモダチ』と一緒が嬉しいのかよ?
「それで?話は何だ?アスラン」 「イザーク、君はどうして、こっちへ……?」 「議長の提唱されるデスティニープランに賛同することが出来なかったからだ、と。俺は言わなかったか?アスラン」 「いや、言ったけれど……」
言葉に、詰まる。 あぁ、言葉は苦手だったか? でも、いちいち慮ってこっちが話してやるほど、俺は優しくないんだよ。 あぁ、でもいいさ。望みを叶えるためだ。何だってしてやるよ。
「言わなかったか?アスラン。貴様と戦いたくなどなかった、と――……」 「イザーク、それは……」
言葉に、再び詰まる。 その態度が、俺が過去においてもこいつに苛々した、一つの原因かもしれない。 こんなウジウジしたやつ、大嫌いだ。 嫌味の一つ、フルコースで出てくるのは、それは当然だろう?
「イザーク、俺は……」 「疲れているのか?アスラン。顔が赤いが、熱でもあるのか?」
心配しているような声と表情を作って、アスランの顔を覗き見る。 熱を測ろうか、と。 額と額とをくっつけた。
「熱はないよ……」
それ以上の言葉は、アスランの唇の中に飲み込まれる。 随分と性急だな、ガキ。 これだから、子供は嫌なんだ。 あいつらと、全然違う。 重なっていた時間帯は、数えるほどで。重ねるだけだった口付けは、すぐに終わりを迎えた。
「ごめん……」 「何が?」 「いきなりキスして、ごめん」
項垂れるくらいなら、最初からするなよ。 思わず、呆れてしまう。
「でも、イザーク!俺はずっと君が……君が……」 「オーブの姫は?」 「カガリ!?違うよ、イザーク。カガリとは、そんなんじゃない。俺はずっと……」
慌てて否定するアスランが、酷く滑稽に思えた。 そんなに否定しなくても、アスラン。 貴様らが恋人関係にないことぐらい、ちょっと見ればすぐに分かるさ。 もっとも、オーブの姫の方はどうだか知らないが。 あの馬鹿な小娘は、おそらく貴様に恋しているよ。それなのに、貴様は俺に……ってあたりが、実に滑稽だね。 俺は貴様を愛していないってのに。 貴様を想っているのは、あの小娘の方だってのにな。
「それを聞いて、ほっとした……」 「イザーク?」 「察しろよ、バカ。俺は言っただろう?貴様とは戦いたくなかった、と……」
微かに、微かに微笑んで見せる。 せっかく『練習』したんだ。 憎い男の前で、偽りの笑顔を浮かべられるように。
後は、言葉にならなかった。 ぐらりと世界が歪んで、アスランを見上げる。 縋りつくように抱きしめてくるアスランに、俺はうっすらと哂った――……。
**
崩れ落ちそうになるのを堪えながら、這いずるようにアスランの部屋から出た。 嘲りが、こみ上げる。 乱れたままの軍服でしばらく歩いていると、人影とぶつかった。 ――キラ=ヤマト。 殺意が、胸に沸き起こる。 殺してしまいたい。早く早く、殺してしまいたい。こんなやつが生きていることが、赦しがたくて仕方がない。 けれど、相対するキラ=ヤマトは、大きくその瞳を見開いていた。
あぁ、そうか。この形≪なり≫か。
「すまない。少し、ボーっとしていたようだ……」 「いや、別にそれは……それより、どこから……まさか!?」
呆然としているのを尻目に、立ち上がった。 そう。お察しのとおりだ、キラ=ヤマト。 俺の相手はアスラン=ザラだ。 お前の双子が、恋して病まない男だよ……? さぁ、どう出る?
「アスラン!!」
血相を変えて、飛び出した。 案の定、彼の脳裏にはアスラン=ザラの名が点灯したらしい。 その背中を見つめながら、浮かぶ笑みを押さえられずにいた。 信頼を仲立ちにしない関係なんてな。アスラン=ザラにキラ=ヤマト。 間に誰か一人、引っ掻き回すために入ればすぐに、終わるものなんだよ……。
「ふふふ……ふふ……」
笑みさえ、零れてくる。
苦しいか?悔しいか?キラ=ヤマト。 でも、あいつらの苦痛はこの程度じゃない。 あいつらの感じた屈辱は、この程度じゃない。 せいぜい思い知らせてやるよ、この手で。 あいつらが感じたのと同程度の苦痛に、貴様は必ず叩き込んでやる。
口元を彩る、確かな微笑。 こみ上げてくるそれを、抑えることなど困難。 それでも、堪えて。 自らの私室に戻ったとたん、嘲笑は爆発した。
「くっくっく……あはは……あははははっ……あーっはっはっは……!」
愉しくて。嗚呼、愉しくて仕方がない。 無様に泣き喚いて、慈悲を請うてみろ。 愉しませてくれよ……? それだけのことを、貴様らはしたのだから。 安心しろ。そう簡単に楽にはしてやらないから。 死には至らない程度にいたぶって、死んだほうがマシだと思わせてやるよ。 誰がそう簡単に、楽にしてやるものか!
鳴り響くは、阿鼻叫喚の鎮魂歌≪レクイエム≫
流血を啜る宇宙≪ソラ≫。
陰惨極まりない地獄絵図。
高らかに鳴り響くファンファーレ。
今こそ、約束の時だ――……。
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お久しぶりです。 『屍衣纏う修羅』をお届けいたします。 パソコンが壊れる前に途中まで書いていたのですが、そのデータが存在せず。 思い出しながら書いたのですが、どうも最初のほうが気に入ってます。 でも、まぁ。 いよいよ復讐ですよ、ということで。
大事な人が死んで、その血で贖った平和なんて、いらない。 でもそれでも。イザークはその世界に貢献しようと思いました。 ハイネが、支えてくれたから。 でも、そんな彼もいなくなってしまったとき。そしてミーアが死んでしまったとき。 新たな秩序を欲しました。 ラクス=クラインなどという偶像のいらない秩序。 彼女という存在を必要としない秩序。 イザークが欲したのは、それだったんです。 ミゲルとハイネを殺した人間の生み出す秩序なんて、いらなかった。 我侭で独善的では在るけれど、それが願いになった。
そう思っていただければ幸いです。 しかし、補足を必要とする小説ってあんた一体……って感じですね。 そのうち、修正するかもですが。楽しんでいただけましたら嬉しいです。
ここまでお読みいただき、有難うございました。
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