ここより先は、アスラン至上さん・アスランスキーさんは回避行動をとってください。
勿論、AA・エターナル・キラ・ラクススキーさんも同様です。












『お前は、どんな世界が欲しい?』


尋ねられたら、きっとすぐに答えるだろう。

ミゲルと、ハイネと。

ニコルとラスティとミーアと。

俺の愛する人、全てがいる温かい世界、と――……。






〜Persephone〜





『久しぶりね、イザーク。体の調子はどう?元気にしているかしら』


 送られてきた通信に、頬を綻ばせる。
 愛してやまない……敬愛してやまない母からのもの。

 えぇ、母上。
 体の調子は、良いです。どうかご心配なさらず。
 元気ですよ、母上。
 毎日毎日。
 あの連中を叩き潰すためのシュミレーションに明け暮れるくらい、元気です。
 どうか、ご心配なさらずに。
 母上のせいなどでは、ないのですから。


『薬は毎日飲んで……食事もしっかりするのよ?貴女はすぐに食事を抜いてしまうから、母は心配だわ』


 勿論です、母上。
 薬はしっかり飲みますし、食事もします。
 ディアッカの手は、煩わせませんよ。勿論、シホの手も。


『サプリメントで食事の代わりが出来るなんて、思わないことよ?』


 念を押さなくても、母上。
 理解していますよ。
 大丈夫……大丈夫です。


「イザーク、エザリアさんから通信?」
「あぁ、そうだ」
「何だって?」
「元気にしていますか?とか、食事はしっかりと摂るんですよ?とか、薬は飲みなさい、とか。そんなもんだ」
「何処も母親なんて、そんなもんさ。まして、お前のとこは母一人子一人の母子家庭だからな。エザリアさんも、心配で堪んないんだろ」
「そう……だな」


 ちょっと違うんだ、ディアッカ。
 うちは……ちょっと違う。
 ちょっと事情が、異なるんだ。
 そんなこと、貴様に言っても始まらないけれど。


「それで?お前は、なんて答えたんだ?」
「毎日毎日、あの連中を叩き潰すためのシュミレーションに明け暮れるぐらい、元気です」
「……オイ」


 俺の言葉に、ディアッカがはぁ、と溜息を吐いた。
 何だよ、事実だろう。


「もうちょっと穏当な答え、ってものが出来ないのかね、お前は」


 そんなの、俺じゃないだろ?


「あちらの動きはどうだ?」
「ラクス=クラインの呼びかけで、ザフトは浮き足立っているな……例外が、あいつだ。シン=アスカ。あの女に騙されないとは、見所があるな」
「“デスティニー”と戦うのは無理だぞ、俺たちの装備じゃ」
「心配しなくても、シンはこちらを攻撃したりはしないさ。“インパルス”はそれほどの技量がないし、“レジェンド”のパイロットはキラ=ヤマトに因縁がありそうだし」
「またまた。どうやって誑し込んだわけ?エースを」


 誑し込んだわけではない、と思う。
 ただ、真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐなやつだった。
 自分を、少し思い出す。
 あいつらが生きていた頃の。
 真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐにしか生きていられなかった、俺を。
 もっとも、俺はあんなに素直には生きられなかった。
 俺はやっぱりどこか……どこか捻くれていたのかも知れない。
 だから、あの真っ直ぐさが羨ましくも感じられる。

 シン=アスカ。
 真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐで、それでいて心はいつも哭いているような……そんな少年。


「哭いているな……」


 この宇宙≪ソラ≫に数多散る、嘆きの声。
 誰かが、哭いている。
 きっとあの少年も哭いているのだろう。
 その全身を、その瞳の如く燃え上がらせて。
 叶わぬ願いに。
 喪ってしまった悲しみに。
 哭いているのだろう。
 嗚呼。『世界』は今、嘆きの声で満ち溢れている。
 みんな……みんな哭いている。

 大切な人を喪って。
 愛する人を喪って。
 大切な人を戦地に送り込んで。
 友人を喪って。
 国を失って。

 みんな、みんな泣いているのだろう。
 泣いているのは、俺だけじゃない。
 そして俺は、泣くだけでは……嘆くだけでは潔しとしなかった。
 この手には、力がある。
 一軍を……一部隊を率いれるだけの力が……能力と権力がある。
 何も持たなかったなら、俺も泣くだけに終わったのだろう。
 しかし幸か不幸か。俺はその権力を与えられた。
 そしてその活用の仕方を、俺は一つしか知らなかった。

 俺自身、誰かに憎まれても仕方がないというのに。
 この両の手はもう、決して綺麗なものではない。
 血塗れで……おそらく腐臭さえ漂っているだろう。
 そんなことは、俺自身が一番よく知っている。
 俺は、誰かの哀しみを量産し、憎しみと嘆きを大量生産し。それでもなお、贖いを求めている。
 この救いがたさこそが、『血』なのか。


「こんな時代だ。誰だって、泣いているだろ」
「そうだな……」


 誰もが、泣いている。
 その胸に兆した喪失の痛みを抱えて、みんな泣いている。
 誰か一人だけが喪失に泣いて、他は知らん振りをして戦争をしているような、そんな簡単なものじゃない。『世界』は。
 本当は皆、大なり小なりの哀しみを抱えて、泣いているのだ。


「俺の目の前では、お前も泣いているだろ、イザーク」
「泣いてない」
「泣いているだろ」


 そうだな。
 哭いているよ。
 涙なんて、流れないけれど。
 それでも俺も、抱いた喪失の痛みに哭いている。
 ココロが疼いて、痛くて。
 その痛みを払拭するように俺はこの道を選んだ。
 泣くよりも、この痛みを抱いていたかった。
 この痛みしか、あいつらは残してくれなかった。

 遺品を後生大事に抱えて何になる?
 あんなもののどこに、あいつらの温もりが残っているというのか。
 あんな無機物に縋って何になる?
 確かな証は、一つだけ遺っているだろう?イザーク=ジュール。
 彼らがくれたものはただ一つ。この一つだけが、彼らが確かに生きた証なのだろう。


「ミゲルの命を支払って得た平和は、容易く終焉を迎えた……そして始まった戦争は、今度はハイネの命を欲した……」
「イザーク」
「俺自身、死神だけどな。俺だって、他の……地球連合の連中にすれば死神だろうよ。一体この手で何人の命を屠ったのか。もう、数えることも忘れてしまったな……」
「数えていたら、発狂するだろう、人は」
「俺も貴様も、あまりにも多く殺してしまったからな。『平和』の大義名分の下で。……罰が当たったのかな」


 数え切れぬほどの罪を犯したこの身で、平和の安寧に身を沈めたことへの、罰だったのか。
 罪犯したこの身が、生き永らえることが罪だったのか。


「俺は、憎しみを捨てることが出来なかった。……ふふ。やはり俺は、エザリア=ジュールの娘だな」


 テロで愛する人を亡くした、母上。
 そしてあの人は、復讐の妄執に取り憑かれた。
 これは、『血』だな。
 ジュール家という家の、きっと『血』だ。

 母によく似ていると、言われた。
 この貌も全て、俺は母から受け継いでいる。
 けれど一番似ているのは、考え方の……思考のベクトルであったのかもしれない。
 憎しみを忘れられず、その妄執に……その夢想に生きる様など、まさしくあの母の娘らしい、と。自分でも思わずにはいられない。


「俺は、あまりにも奪いすぎたから。俺は、憎しみを忘れられなかったから。だから、罰が当たったのだろうか……」
「それは、不公平もいいところだろう、イザーク。お前一人に下る罰なら、他はどうなる?ユニウスを地球に落とした連中はどうなるんだ」
「でも、そうでも思わないともう、やっていられないんだ、ディアッカ」


 この手で、守りたいと願った。
 その全て、掌からサラサラと零れていった。まるで砂のように。
 守りたかった。
 それだけだった。

 願ってしまったのが、いけなかったのだろうか。
 ハイネと幸せになりたい、と。願ってしまったのがいけなかったのか。
 ミゲルの分も、ハイネと幸せを築きたいと願った。
 それがいけなかったのか。
 犯した過ちを忘れたことなど毛頭無いが……幸せを願ったことが、過ちであったのか。
 罪犯したこの身で、幸せ願ったのが、罪であったのか。


「ハイネ、アスランに言ったらしいぞ、ディアッカ。割り切れ、と。でないと死ぬのはお前だ、と。……なのに、何でお前が死ぬんだよ、ハイネ」
「イザーク……」
「それなのになんで、俺たちを裏切れる?目の前で、ハイネは死んだ。あいつらに殺された。それなのに、何故?何故、ニコルやミゲルを殺した連中と馴れ合える?何故?」
「ハイネを殺したのは……“ガイア”そして“デストロイ”のパイロットだ。アスランは、“フリーダム”のせいだとは考えなかったんだろ」
「あそこであいつらが干渉してきたから、ハイネは死んだ!!」


 オレンジがかった金の髪。
 翡翠よりも鮮やかな……緑柱石の瞳。
 愛していた。
 心から、愛していた。
 なのにこの世のどこにも、彼はいない。


「戦闘中に武装を奪われれば、他の……地球連合軍のやつらに嬲り殺しにされると、何故考えない!?動力を破壊すれば、誘爆を起こして自爆か推力を失って海面に激突だ。何故、それを考えない!?手を汚さず、結局全て殺したのと一緒だ。そうやって、自分一人罪を犯していないとでも言うつもりか!?」
「落ち着け」
「落ち着いている!そうやって自分の手を汚さずにいれば、確かに綺麗なままでいられるだろうよ。でも、結局あいつが殺したんだ!」
「イザーク!」
「それなのに何故、何故だ、ディアッカ。何故、あいつはあぁも簡単に俺たちを裏切れる!?ミゲルを……ニコルを……ハイネを……死んで逝った仲間たちを裏切れるんだ!?」


 赦せないのは、まさにその一点だった。
 何故、笑っていられる?
 そいつらは、仲間を殺した。
 それなのに何故、笑っていられる?
 赦すことと、馴れ合うことは違うだろう?
 それが争いを生む悪しき連鎖だ?
 仕方ないだろう、ヒトなのだ。
 哀しければ泣くし、嬉しければ笑う。赦せなければ憎む。
 感情は、ヒトが持つ固有のもの。
 それを失うことは、議長の言うデスティニープランと大して変わらない。
 感情を去勢し、ヒトであることを放棄するも同じこと。
 そして今度は、『戦ってもいい』と?

 ならば、戦ってやろう。
 貴様らの『秩序』はいらない。
 貴様らのような『象徴』はいらない。
 全て……全て奪ってやるよ。俺は『生存の欲求のために戦う愚かなヒト』なのだから。

 貴様らの言う、『戦いを生む悪しき連鎖』とやらで、縄跳びでも何でもしてやるさ。


「そう言えば、イザーク。アスランの様子は……」
「様子?さぁ、どうだろう?今頃、キラ=ヤマトにでも締め上げられているかも知れんぞ?それと、ラクス=クラインにな」
「……それはそれは」
「この前、アスランの部屋から出る途中、偶然にもキラ=ヤマトにぶつかってな。ふふ。見物だった、あの間抜け面。慌ててアスランの部屋に駆け込んで行ったよ……自分のキョウダイの男を、俺に寝取られたんだからな……」
「あらら。アスラン浮気発覚ってか?」


 くっくっくと、ディアッカが低く笑う。
 同情しているような……それでいて面白がっているような、笑い方だ。
 どうせ、その感情の大部分を占めているのは、後者なのだろう。
 分かっているよ、幼馴染殿。俺たちの思考は、ともすればそのベクトルが似通っている。だからこんなにも長く、『親友』でいられた。
 恋愛感情を絡めず、ともにあり続けること可能だったのは、きっと似たもの同士だったからだ。
 それでいて同類嫌悪しなかったのは……性別が異なっていたからだろう。
 決定的なところで俺たちはかけ離れた存在だったから、互いに嫌悪を抱くことは無かった。


「その程度で、終わらせてなんてやらないさ……」
「イザーク?」
「ミゲルは、相手のパイロットはナチュラルだと思っていた。ナチュラルに撃たれると思った時の、あいつの屈辱感はどれほどのものだっただろう?同じぐらいの屈辱、与えてやらねば気が済まんな」
「怖い女だよ、お前は」


 ディアッカが、笑う。
 斜に構えたような笑みに、同じように笑顔を返して。


「ニコルとハイネは……機体ごと、コックピットごと真っ二つになった。死に瀕したその直前、それでもあいつらは死地に飛び込んだ。……さぞ、苦しかっただろう。痛かっただろう。それと同じ程度の苦しみ、与えてやらねば気が済まん」
「そうか……」
「銃を持ったことさえ無かったミーアが、あの裏切り者を銃弾から庇った。どれほど、怖かっただろう……」


 だから、与えてやるよ。
 同じだけの屈辱を。
 同じだけの恐怖を。
 同じだけの苦痛を。
 俺はあいつらに、与えてやるよ。

 仕掛けは、上々だ。
 どう取り繕おうと、アスラン=ザラは俺と寝た。
 その事実は、どうあっても覆せない。
 それだけじゃない。あいつは、はっきりと言ったんだ。


 『カガリ=ユラ=アスハとは、そういう関係ではない』


 あいつは、はっきりとそう言った。
 言ったことには、責任を取ってもらうぞ?アスラン=ザラ?


「アスランとお前が寝たくらいで、キラ=ヤマトが堪えるかねぇ……」
「あいつにとっては、カガリ=ユラ=アスハとラクス=クラインが世界の全てらしい。……麗しいキョウダイ愛だな」


 そうだ、キラ=ヤマト。
 それが、貴様の……貴様だけの『世界』だ。
 だったら、分かるだろう?
 ヒトはそれぞれ、自分だけの『正義』をその胸に抱いている。
 それは、その人間個人の『世界』に起因するもの。
 それを守り抜くために、皆戦う。
 そして俺の『世界』は二度破壊され、三度目に砕けた。
 だから俺は、俺の『正義』をもって戦う。
 貴様の『世界』を、打ち砕いてやるよ。
 それが、俺の『世界』を壊したもの。その元凶なのだから。

 その『世界』壊すためなら俺は、何でもしてやるよ。
 俺たちを裏切ったアスラン=ザラなんぞ、貴様らにくれてやる。
 利用した挙句に捨てることになっても、俺の良心は痛まない。
 もう、俺の『世界』にそいつは、不要なものなのだから。
 裏切り者なんて俺は、要らない……。


「そうしてあいつらを討つことは、議長の提唱するプランを受け入れることにならないか?」
「議長……議長か。議長はおそらく、無事では済まんだろう。最悪、死ぬだろうな。あの方もそれくらい、覚悟の上だろう」
「助けてやろう、とか。そんなことは考えないわけ?お前は。仮にも、手を組んでいる相手だろ?」
「利害が一致したから手を組んでいるだけの話だ。俺はあのプランは受け入れないし……きっと民衆もあのプランは受け入れないだろう。今は、何の問題も起こっていない。しかしいつか、不満は爆発する。よしんば今を生き延びても、そのとき議長の政治生命は終わりだな。
だが、それでプラントは割れたりはしない。あの程度の狂信家……歴史上掃いて捨てるほどいる。大した問題じゃない。何れ議長は打倒される。別にその主義主張に共感しているわけでもないのに、議長の側につくことを鮮明にするのも、愚かな話だ」


 やはり、根っこの部分でね、ギルバート=デュランダル議長閣下。
 貴方を赦すことが出来ないんですよ、俺は。
 俺の歌姫を、貴方は使い捨ててくださった。
 それは、やはり赦せないんですよ。ギルバート=デュランダル議長閣下。
 もっともそれだけじゃなく、俺は貴方の提唱するプランそのものを受け入れられませんがね。
 貴方の提唱するプランを受け入れることは、俺自身の手で俺自身を否定するも同じこと。受け入れられませんね、勿論。
 ただ、あいつらの掃討だけを命じてくれれば……そしてデスティニープランを提唱さえしなければ、俺たちはきっと、どこまでも同盟していられたのでしょうが。
 残念ながら、ヒトには許せない最後の一点、ってやつが存在するもんでね、議長閣下。
 貴方のしたことは、その点を非常にぐりぐりと刺激してくださったわけですよ。
 勿論、裏切り者どもはまとめて始末しますがね。
 それ以外で俺は、貴方に敵対しますとも。


「さて、と」


 立ち上がると、ディアッカが溜息を吐く。


「お出かけですか?隊長」
「あぁ、アスランを慰めてくるよ。今頃、キラ=ヤマトにシバかれて落ち込んでいるだろうから」
「あんたのは慰めるって言わないだろ。傷口に塩をすり込んでくるって言うんだよ」
「塩ごときで済ませるつもりは無いんだが?」
「さようですか、隊長。あーもう、塩でもタバスコでもすり込んでくれば?」
「そうさせてもらおう。……艦のほう、頼んだぞ?」
「了解」


 そう言って、ディアッカはラフな敬礼をよこす。
 それに返礼をすると、アスランの元へ向かった。



 ボルテールの艦内。行く先々で、施される最敬礼。
 それに応えねば、と思う。
 そうやって示される忠誠にだけは、背いてはいけない。
 それに恥じぬ生き方を、しなくては。



**




 アスランの元へ行くと、案の定落ち込んでいた。
 原因は、勿論分かっている。
 大方、キラ=ヤマトにでもシバかれたか、ラクス=クラインに責められたか、オーブオーブ煩く囀る馬鹿どもに詰られたのだろう。


「どうした、アスラン?」
「イザーク。いや、何でもない」
「そうか?そうは、見えないのだが……」


 その柳眉を彩る憂いから、目を背けた。
 こうして、傷を負っていく様を、眺めるのが愉快で堪らない。


「イザーク」
「何だ?」
「イザークの隊、オーブの指揮下に置くつもりはないか?」


 意を決したように、アスランが言う。
 それに、俺は目を丸くした。
 何を言っているんだ、この馬鹿は。

 大事な部下たちを、他人に任せるなんて、とんでもない。
 まして、オーブ軍の指揮下、だと?ふざけるのもいい加減にしやがれ。


「断る」
「イザーク……」
「俺の部下たちが……コーディネイターの部下たちが、納得すると思っているのか?
確かに、あいつらは軍人だ。命令に服従する術を知っている。しかし、コーディネイターだぞ?コーディネイターの、軍人なんだぞ?あいつらを従えるには、常に自分の実力を示す必要性がある。だからこそ、あいつらは上官を上官として戴くんだ。そんな簡単な理屈を、よもや忘れたとでも言う気か、アスラン!?」


 冗談じゃない。
 そんなの、冗談じゃない。
 俺の大切な部下たちを、他人になど任せていられるものか。
 あんな連中に、任せてなどいられるものか。
 わけの分からない独善的な奇麗事で、あいつらを殺しかねない連中に、渡してなるものか。


「あいつらは、俺の部下だ。俺が、あいつらの命を預かっている。それなのに、渡せると思うか?責任を放棄できると思うか?貴様、それで本当に軍人か?」
「すまない、イザーク」


 俺の言葉に、アスランが謝罪する。
 謝ってすむ問題か。


「いや、俺も言いすぎたな……。お前の理由も聞かなかった。……何か、あったのか?」
「ラクスが……」
「ラクス=クラインが、どうかしたのか?」
「ジュール隊を独立した部隊として存続させるのは、危険だ、と」
「……だからオーブ軍の指揮下に置け、と。そう言ったのか?」


 先を見る目、とやらは相変わらず健在なようだな、ラクス=クライン。
 だが、貴様はあまりにも俺たちの事情を知らなさ過ぎる。
 それなのに、口を突っ込んでるくるのも大概にしやがれ。
 事情なんて何も知らないのだから、大人しく安全な場所で歌でも歌ってればいいんだよ、貴様なんか。
 どうせ出てきたところで、わけの分からない理屈で自分に敵対するものは全て悪だと決め付けて、貴様の男に殺させるんだろ?

 苛々としながら、腰掛けていたベッドから立ち上がった。
 途端に、アスランが俺の腕を強く引いた。


「何だ、アスラン」
「キラには……ラクスには俺からちゃんと話す。だから、行かないでくれ、イザーク」


 冷たい声を出すと、アスランはそう言った。
 縋りついて来る様が、いっそ滑稽だ。
 分かっているのか?アスラン=ザラ。俺は、貴様なんて大嫌いなんだよ。
 ザフトを裏切り、ミゲルやハイネを裏切り、祖国を裏切り、同胞たちを裏切った貴様が、俺は誰よりも嫌いなんだよ。
 否、嫌いなんて言葉じゃ足りないな。憎悪している。憎んでいるさ。誰よりも、何よりも。


「俺が、どこに行くというんだ?アスラン」
「イザーク」
「艦のことなら、ディアッカに頼んできてある。時間は十分にあるさ、アスラン」


 ふふふ、と笑って、アスランを抱き寄せる。
 胸の辺りでその頭を抱くと、藍色の髪を梳いた。


「イザァク……」
「どうした?何かあったのか?アスラン。俺の隊の問題以外にも、何かあったんじゃないのか?話してみろよ。聞いてやるから」
「俺は……」


 感極まったように、アスランが口を開く。
 残念だったな、キラ=ヤマト?
 貴様のキョウダイの男は、堕ちたぞ?
 哀しいか?……いや、悔しいか?

 仕方がないよなぁ?貴様は一度だってアスランを信用してやらなかった。
 貴様だけじゃない。ラクス=クラインも、貴様のキョウダイも、一度だってアスランを信用してやらなかったし……一度だって大事にしてやらなかった。
 それじゃあ、アスランが俺に堕ちても仕方がないだろ?
 もっとも、俺だってこんなやつ、要らないけどな……。
 進呈してやるよ、貴様らに。貴様らの滅亡も併せて。


「俺は君が、好きなのに……」
「ん?」
「君が好きなのに、キラは……カガリを不幸にするのは赦せないと、言うんだ。カガリが好きなのは俺で、でも世界のためにカガリは俺と一緒にはいられなくて。だから、その気持ちを汲んでやれ、と。俺が好きなのは、君なのに……」
「そうか。……可哀想に、アスラン。そうやっていつも、キラ=ヤマトにいいようにされて……」


 世界のために……ね。それはどこの世界の話だよ。
 少なくとも貴様らがやっていることは、この世界を破滅させているとしか思えないが?

 世論を背景としない、世襲による代表による統治を行っている時点で、オーブなんて国、底が知れているんだよ。
 さっさと、滅んじまえ。


「キラたちはいつも、俺の意見を聞いてなんてくれないんだ。ミーアの時だって……」
「そうか……」
「俺の言うことなんて、聞いてくれない。そりゃあ、俺はザフトに戻って、キラたちと戦って……信用がないのは、分かっているけれど……でも、キラたちさえ俺の意見を受け入れてくれたら、ミーアは死ななかったかもしれないのに……」
「そうか。……ところで、アスラン。ミーアは今、どこに?」
「アークエンジェルに。遺体は、冷凍保存してある」
「その遺体、俺の艦で引き取るわけにはいかないか?」


 ミーア。ミーア。ミーア。
 俺の愛する歌姫。
 漸く、見つけた……。


「どうしてイザーク、そんなことを……?」
「ミーア=キャンベルという少女が犯してしまった罪は、知っている。でも、きっと辛いだろう。ラクス=クラインの目のあるところで眠り続けるのは。その少女が、可哀想な気がしたんだ」
「そう……か。優しいな、イザークは」
「じゃあ……」


 愛しい俺の歌姫。
 貴女は必ず、還してあげる。
 貴女が愛した、貴女が守るために戦った、プラントの大地に。
 必ず、還してあげるから。
 一緒に、葬ってあげる。
 貴女が愛した男の墓を、貴女の横に必ず立ててあげるから。


「あぁでも、ラクス=クラインかキラ=ヤマトの許可が必要なのか?」
「何で、そんなことを?」
「だって、この艦や全てを取り仕切っているのは、彼らなんだろう?ミーアの遺体も、彼らの許可がなければ、移動させられないんじゃないのか?」
「そんなことはない!」


 俺の言葉に、アスランが幾分声を荒げる。
 あんな連中に骨抜きにされてしまったとは言え、まだプライドは摩滅していないようだな、アスラン=ザラ?


「アスラン、ミーア=キャンベルの遺体、俺に預けてくれないか?」
「イザーク……」
「俺の頼み、聞き届けてはくれないか?」
「あぁ、イザーク……」


 翡翠の眸に、陶然とした色が過ぎる。
 俺に惚れていたと言うのは、あながちでたらめでもなかったらしい。
 だからと言って、それに応えてやる義理など、ないけどな。

 アスランの顔が近づいてきて、瞼を伏せた。
 その口付けに、応える。
 見せてくれよ?アスラン=ザラ。キラ=ヤマトにラクス=クライン?
 貴様らが、苦痛に呻きながら滅びる様。見せてくれよ?



**




 一歩アスランの部屋から外へ出ると、相変わらず厳しい視線に晒される。
 吐き気がするほど白い軍服は、オーブ軍のもの。
 しっかりと閉めずに緩めたままの襟から覗く、アスランが刻んだ赤い花。
 それに、連中が色めきたつのが、分かる。

 ふふ……大丈夫。大丈夫だ、ミゲルにハイネ。
 貴様らを喪ったあの痛みに比べたら、こんなの何ともない。


「何か用でも?」
「しらばっくれて!アスランと一体何をしていたわけ!?」
「何をって……」
「アスランは、僕の双子のキョウダイの、カガリの恋人だ!それなのに……!!」
「恋人……?何を言っているんだ?アスランは、そんなこと、一言も……」
「シラをきるわけ!?」


 ドン、と肩を小突かれた。
 別に大した力じゃない。
 所詮同じコーディネイター。挙句俺は、女とは言え軍事教育は一通り受けているし、それで隊長まで登りつめた。
 貴様みたいな甘ちゃん、モビルスーツに乗りさえしなければ俺に、敵うわけないだろ?
 しかし、あえて倒れて見せる。
 ガン、とアスランの部屋の扉にぶつかると、案の定アスランが扉を開けた。
 そして俺の姿に、目を見開く。
 ふふふ……ちょうどいいタイミングだ、アスラン。


「イザーク!?何を……何をするんだ、キラ!?」
「アスラン、それはこっちの台詞だよ!僕はちゃんと君に言ったよね!?カガリのこと、その気持ちを汲んで欲しいって、言ったよね!?」
「そんなもの、俺は知らない!……大丈夫か?イザーク。さぁ、手を」
「あぁ……有難う、アスラン」


 差し伸ばされた手を、とる。
 アスランに寄り添う俺の姿に、連中が顔色を変える。


「知らない!?知らないって、どう言うことさ、アスラン!」
「俺が好きなのは、イザークだ!カガリなんて、知らない!!」


 言い返すアスランの陰に隠れて、くすり、と唇の端を吊り上げる。
 本当に、面白いように転がってくれるよ、貴様らは。


「何てことを……何てことを言うんだ、アスラン!」
「お前たちはいつも、俺の話なんて聞いてくれないじゃないか!でもイザークは……イザークは、俺の話を聞いてくれた!」


 激昂するアスランに、あたりが静まり返る。
 考えたこともなかったんだろうな、きっと。
 アスランの気持ちなんて、一度も考えたことがないのだろう。
 それで、世界を救う……ね。
 身内のことさえ考えてやれない人間が、どれだけ世界のことを真摯に考えられるって言うんだか。全く持って、お笑い種だ。

 まぁ、俺だって人のことは言えないか。
 俺が欲しているのは、還らない過去であって、世界ではないから。
 まぁ、強いて言うなら、世界を欲していると言えなくもない。
 貴様らという『秩序』と『象徴』のない世界を、欲しているよ、俺は。


「アスラン……」


 ツン、とその軍服の袖を引く。
 そんな奴、どうでもいい。
 いずれ必ず、地獄に送ってやるさ。

 それよりも、彼女を。
 俺の歌姫。
 俺の愛しい歌姫を、早く。
 早く、この手に。

 一人じゃ、寂しいだろう?俺の歌姫。
 俺の愛しい歌姫。
 俺は、寂しいよ。貴女がいないのは。
 だから、遺体だけでも、貴女を俺の傍に。
 俺の傍へ、どうか。
 愛しい、俺の歌姫。


「それと、ラクスに伝えてくれ。ミーア=キャンベルの遺体は、ジュール隊に引き渡す」
「何、そんな勝手に……!」
「勝手なのは、お前たちの方だろ!?」


 分かり合えないもどかしさに、唇を噛み締める。
 今、悲鳴を上げているのは、どこだろうな?
 心が痛いか?
 それでも、まだまだ足りないな。
 その程度の苦痛で、楽になどしてやらない。
 あいつらが身に負ったのと同程度。あいつらが心に負ったのと同程度。その程度の苦痛と屈辱と恐怖。
 その身に必ず負わせてやる。



 だから、見せて。
 貴様らの破滅を、俺に見せてくれよ。



**




 棺に納められたミーアの遺体が今、俺の目の前にある。
 棺を開けると、生前と変わらない様子で、彼女は『眠って』いた。
 眠っているようにしか、見えない。
 安らかなその、顔。
 顔色さえ以前のようであったなら、きっと眠っているとしか思えない。

冷凍保存されたその遺体は、いまだに瑞々しく。
 それなのに、以前の彼女にあったあの笑顔がないことが、哀しい。
 以前のままに見えるからこそ、以前あった笑顔がないことが、無性に物悲しかった。

 綺麗……綺麗だ、俺の歌姫。


「あんな所にいたんだな、俺の歌姫。随分と探した……ミーア」


 ピンクの髪に、触れる。
 閉じられた瞼に、触れて。


「寂しかっただろう?俺の歌姫……」


 美しい花に包まれて、彼女は眠っている。
 嗚呼、漸く。
 漸く巡り逢えた。俺の歌姫。


「還ろう、ミーア」


 還ろう。
 俺が必ず、貴女を還してあげる。
 だから、ともに還ろう。
 貴女の愛した、プラントの大地へ――……。



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 ミーアが本当にイザークの復讐を望んでいたか。
 それは、やはり「否」です。
 彼女がイザークの元へ戻りたかったかも、それは彼女でないと分からないことです。
 でもイザークは、それでは彼女が寂しいだろう、と思ったのです。
 敵に、そしてなりたくともなれなかった、影であるミーアに対して光であるラクスのいる場所。
 そこにとどまることは、寂しい……哀しいことだと考えたのです。
 彼女が眠るに相応しい場所は、彼女が愛し、守ろうとしたプラントの大地。
 遺体のない墓を数多立てることになったイザークだからこそ、遺体のあるミーアはちゃんと、プラントの大地に還してあげたかった。
 そう思っていただけたら、幸いです。

 ここまでお読みいただき、有難うございました。