どうすればいいか 分からなかった ただ 想いに応えることは ミゲルを 裏切ることのような 気がした――…… 〜『薔薇』と『鳳仙花』〜 サプリメントを口にした後、薬を飲み込む。 水の要らない薬は、いつどこでも飲めるから、助かる。 これで、今日のランチは終了。 全く、厄介な躯だ、と思う。 だからと言って、母を恨む気には、なれない。 仕方のないことだ、と。自嘲めいた諦観を抱く。 こんな厄介な躯を、それでもミゲルは愛してくれた。 俺自身さえ疎んじていたこの躯を、ミゲルは愛してくれた。 それは、そんなに遠い過去の話では、ないのに……。 「隊長、食事に行かないか?」 「ディアッカ……。すまない。食事はもう、済ませてしまったんだ」 「そっか……じゃあ、俺一人で行って来るわ。それにしても、随分と早いランチだったんだな」 「時間が、空いたからな」 各種ビタミンに、ミネラル。カルシウムに、鉄に……とにかく人間が生きていくために必要な栄養素は、サプリメントにすれば物の数分で摂取可能。 それでも足りない分は、点滴で補っている。 今のところ、ガタはきていない。 「お前……痩せたな、イザーク」 「そうか?自分では、よく分からないんだが……」 嘘だ。 知っている。自覚も、している。 身長は1cm伸びたけれど、体重はこの1年で15kg減った。 腕だって、すっかり肉が落ちてしまっている。 「本当に、大丈夫なんだな?」 「ああ、大丈夫だ」 まだ、ディアッカには気づかれていない。 気づいたところで、どうなるとも思えない。 ずっとずっと一緒にいた幼馴染とは、何だかんだで心は隔たったままだった。 俺は、赦せないから。 俺は、ディアッカが正義と信じてともに戦った連中を赦せないし……きっと心のどこかで、そいつらと戦ったディアッカ自身を赦せないのだろう。 我ながら、執念深いことだ。 でも、ディアッカ。 俺はやはり、心のどこかで、赦せないと思ってしまうんだ。 ミゲルは、俺の全てだった。 ミゲルを、愛してた。 それを奪った連中は、どうしても赦せない。 ミゲルだけじゃない。 誰よりも戦闘と言う行為自体が似合わなかった、年若い戦友。 あいつらは、ニコルを殺した。 ピアノが好きで、それでもプラントのために戦った。優しい少年を、殺した。 赦せないんだ、どうしても。 まだ、罪を償うためにプラントに身柄を移せば、それほど憎まずにすんだのかも知れない。 けれど、あいつらは与えられた『恩赦』にのうのうとしている。 犯した罪を悔いることもなく、安逸に身を沈め。 それで、『正義』か。 貴様らのどこに、それを口にする資格があるというのか。 そいつらの側に、それでも貴様は『正義』を見出し、ともに戦ったのか、ディアッカ? その問いかけが、胸の内に燻り続けていた。 「じゃあ、俺は行って来るわ」 「あぁ、行って来い」 考え込む俺に、ディアッカが声をかける。 それに、頷いた。 平時の軍は、結構フード関係が充実している。 もっとも、戦時下という非常事態に陥ろうとも、一番充実しているのが軍隊の食糧事情だということは、言うまでもないだろう。 軍人は、身体が資本。 故に軍のフード関係のコーナーには、見た目は没個性的ではあるが、栄養学的にも量的にも満点の食事が並ぶのだ。 支払いは、IDカードさえ提示すれば軍籍にあるものは無料、が常だ。 有料のフードコートもあるが、それでも一般のレストランなどとは比べ物にならないほど安い。 軍という組織が、食糧事情に重きを置いていることは、それらからも容易に推し量ることが出来るだろう。 ディアッカを送り出すと、インターコムが鳴った。 硬質な女性の声が、耳朶≪じだ≫を打つ。 ……シホだ。 「隊長、ハイネ=ヴェステンフルス隊長から、通信が入っております。お繋ぎしてもよろしいでしょうか?」 「分かった。繋いでくれ」 「了解いたしました」 インターコムが、音声を伝えることをやめる。 通信機に向かうと、画面が画像を結んだ。 鮮やかなオレンジの髪。 鋭い、緑柱石の眸。 目に鮮やかな、纏う色彩だけでなく、存在から華やかな男の姿が現れる。 精悍な中にも優雅さを秘めた四肢を包む鮮やかなダークレッドの軍服には、誇り高きFaithの徽章。 『イザーク』 「ハイネか。どうした?」 『今日の夜、時間空いているか?』 「あ?……あぁ。空いていたと思う。……どうした。何か、あったのか?」 『ちょっとな……。執務室に、定時に迎えに行く。ちょっと付き合ってくれ』 ハイネの言葉に、頷く。 こんなところで、頷かなければいい。拒否すればいい。 そうすれば、ハイネを傷つけることだって、ないだろうに。 それなのに俺は、頷いて……傷つけて……そして、甘えている。 最低だ、と思う。俺は俺自身の手で、俺を撃ち殺したくてしまいたくなる。 それなのにその行為をやめることの出来ない俺は、本当に愚かだと思う。 ……本当に愚かしい。 俺が頷いたのを境に、通信は終了した。 デスクで肘をついて溜息を洩らしながら、インターコムを押す。 入室してきたシホに目をやると、明らかに怒っていた。 「……シホ?」 「また、食事を抜きましたね?隊長」 「……」 「少しでいいですから、召し上がってください。それではお身体を壊します」 ……分かっている。 そんなこと、分かっている。 分かりきっている。 俺だって、軍人だ。 その程度のこと、理解している。 それでも、躯が受け付けてくれない。 夜はあまり眠れないし、食欲もあまりない。 食べようとしても、食べられないんだ。無理に食べようとすれば、吐いてしまう。 食べられないのも、結構苦しいものだ、と思う。 それでも、それが真実俺を想っての言葉だと、知っている。 ハイネに言われて、言い返したけれど。 分かっているんだ。 自覚している。 シホの手を、煩わせていること。気を遣わせていること。 本当は、知っているから。 「……すまない、シホ」 「いえ、私も言葉が過ぎました。お辛いのは分かります、隊長。……いえ、私などでは量りきれないほど、お辛いと思います。ですがこのままでは……」 「分かっている。お前は俺を、心配してくれているんだろう?有難う。その気持ちは、本当に嬉しい」 それは、確かに真実だったから。 心地よいのだと、思う。 そうやって心配してもらうことが。時には叱り付けてもらうことが、心地よいのだと、思う。 それは、無言の内に俺の生を肯定してくれるから。 そしてシホは、俺を理解してくれるから。 シホとの付き合いは、先の大戦に遡る。 女だてらに赤を纏ったシホ=ハーネンフースが、戦友たちを悉く失ったクルーゼ隊に配属され、後に俺が一隊を預けられたとき、彼女はジュール隊に配属となった。 ともにMSパイロットとして、前線で戦った。 いわば彼女は、苦楽をともにした同士、とでも言えばいいのだろうか。 同性ということもあって、感情のベクトルも似通っている、そんな少女で。 年下ということも、あるのだろう。彼女には、俺にしては割合素直に謝罪することも出来た。 彼女に礼を言って、それから呼び出した理由≪わけ≫を話し始めた。 「今日、定時にハイネが迎えに来ると言っていたんだが、スケジュールは大丈夫だよな?」 「大丈夫です、隊長。急な軍務も、今の所ありません」 「そうか。……じゃあ、俺は今日は定時に上がるから。お前も、たまには早く上がれ、シホ」 俺の言葉に、シホが頷く。 硬質な美貌の、シホは綺麗な少女だ。 けれどその顔に似合わず、激しい一面を持ち合わせていることで有名だった。 その気性の激しさは、以前ふざけて、 『お前、鳳仙花みたいだな』 と、俺に言わせたほどだ。 もっともシホは、言われっぱなしで済ませるような少女ではなく。それに対してきっちり言い返したのだが。 『お前、鳳仙花みたいだな』 『では、隊長は白薔薇ですね』 間髪入れずに返ってきた言葉に、慌てたのを覚えている。 『白薔薇』と言われたのに対して『鳳仙花』では、何だかあんまりだと思ったから。 可愛らしい風情を持つ、鳳仙花。俺は、好きだけれど。 慌てる俺に、しかしシホは澄まして答えた。 『棘だらけの』 『棘……か?』 『えぇ。棘だらけで、触れるのを躊躇ってしまう。そんな、薔薇みたいです』 綺麗なのに、勿体無いことです、と。 シホは締めくくる。 ……言ってくれるじゃないか、シホ=ハーネンフース。 『シホ、お前鳳仙花の花言葉を知っているか?』 『いいえ?』 『“Toch me not”、「私に触れるな」だ』 可愛らしい風情をしているが、ぱっと弾けて種子を飛ばす鳳仙花。 それは、どことなく激しい印象を与える。 それは、このシホ=ハーネンフースという少女に、よく似た花だと思うのだ。 男顔負けにMSを駆り、戦場を駆ける。 そしてあたかも、鳳仙花が種子を飛ばすように、大量の火花を散らす戦法を好む彼女は。 鳳仙花と言う花は、彼女の性質に似合う花、かも知れない。 『お前にぴったりだと思わんか?外見は可愛らしいのに、花言葉に至っては“Toch me not”』 『隊長にも、ぴったりだと思います。外見は美しいのに、棘だらけで誰も触れない、なんて』 『……言ったな?』 『隊長こそ』 言い返すシホに、思わず笑った。 それに、シホは嬉しそうに笑顔を返して。 俺とシホは、そんな関係だった。 あくまでも、上官と部下。 その境界線は、崩さない。 それでも、同性で同じMSパイロットな分、気心は通じている……と言うか、話はし易い。 その感情が描く軌跡も似通っているし、どこかで気持ちが通じ合っているような、そんな安心感があった。 もっとも、部下を増長させるような真似はしないし、シホもそんなことはしないから、だからこんな風に付き合えるのだろうと思うのだが。 「ヴェステンフルス隊長と、お出かけですか?」 「あぁ。何か、話があるらしい」 「そうですか……楽しい時間が過ごせると、よろしいですね」 シホは、嬉しそうだった。 仕事以外のことをしようとするから、嬉しそうにしているのか。 それは、分からなかったけれど。 そう言えば、ハイネと外で会うのも、久しぶりなのだ。 いつも、たいていは通信で済ませるし。 会ってもそれは、軍施設内のカフェテリアだったり、互いの執務室だったり。 ハイネと出かけるのは、そう言えば久しぶりなのを思い知る。 ひょっとしたら、気を遣わせていたのだろうか。 いや、きっと彼は、俺に気を遣っていたのだろう。 俺は、ミゲルが好きで。 ミゲルが、大切で。 ハイネは、俺にとって兄貴分みたいなやつで。 ミゲルにとっても、先輩だった。 思えば、ハイネはずっと、俺たちに気を遣ってきていたのではないだろうか。 俺は、ミゲルが好きで。 ミゲルも、俺を好きだと言ってくれていて。 でもハイネは、俺が好きだった、と。 そう、言った。 俺はずっとミゲルを見ていたから、そんなハイネの懊悩になんて、気づきもしなかった。 気づかずに、甘えて。 それなのにハイネは、そんな俺を甘やかしてくれて。 ……ミゲルは、どうだったのだろう。 あいつは、気づいていたのだろうか。 ハイネの気持ちに、気づいていたのだろうか。 今となっては聞くことも出来ぬその問いを、俺はせずにはいられなかった。 お前は、どうだったんだ?ミゲル。 知って……いたのか? 「気が進まないのですか?隊長」 「ハイネと出かけることか?いや、そんなことはない」 「でしたら何故、そのようなお顔をされるのですか?隊長が嫌だと仰るのなら、今から軍本部内を駆け回ってでも、『急な軍務』をもぎ取って参りますが」 淡々とした口調で語るシホに、彼女の本気を思い知る。 彼女なら、やりかねない。 挙句いけしゃあしゃあとハイネに、 『申し訳ありません。隊長は、急な軍務の処理に当たっておられます』 とか何とか言って、門前払いの一つや二つ、平気な顔で食らわせそうだ。 だから、その言葉には、断りを入れて。 「いや……嫌だ、と言うわけではないんだ」 「では、どうされました?」 「シホ。俺は今でも、ミゲルが好きなんだ」 「隊長の恋人だった方ですね?」 「そうだ」 シホの言葉に頷きながらも、去来する痛みに眉を寄せた。 恋人『だった』。 彼が過去のものとなっていく感覚に、嫌でも喪失を思い知る。 もう、どこにも居ないんだな、ミゲル……。 分かりきっている事実が、いつまでたっても認められなくて。 認められない俺は、何て愚かだろうと思う。 頭では、理解しているんだ。 でも、心が。 感情が、理性に追いついてくれない。 「それなのにハイネに応えることは、ミゲルへの裏切りだろう。ハイネに応えたいと思うことは、ハイネの優しさを踏み躙ることにならないか?」 「隊長は、どうされたいのですか?」 シホが、尋ねる。 俺は、どうしたいのだろう。 これ以上、ハイネを傷つけたくないと思う。 でも、ハイネと言う暖かい存在をなくしたら、今以上に俺は奈落に堕ちる気がする。精神的に。 何だかんだで、ハイネに支えられているところは、大きい。 それは、シホも同じだけれど。 「ヴェステンフルス隊長のお気持ちでしたら、私は存じ上げております、隊長」 「シホ……?」 「逆に申し上げましたら、軍法会議の日にヴェステンフルス隊長がそう仰るまで、隊長が気づかなかったことの方が、私にとっては驚きです」 傍≪はた≫から見れば、自明のことだった。 そういうことなのだろうか。 それでも、俺は気づかなかったんだ。 気づかずに、甘えていたんだ。 俺に気遣って、ともすれば塞込む俺を外に連れ出すあいつに、甘えていた。 何てそれは、罪深いことか。 どれだけ俺は、あいつの気持ちを踏み躙っていたのだろうか。 この手で殺めた幾千の命だけでなく。 近しく傍にいた人間の気持ちを踏み躙り続けたこともまた、俺が犯した罪だ。 この罪は一体、どうやって贖えばいいのか。 その術さえ、俺は知らない。 「隊長の恋人だったミゲル先輩は、隊長が幸せになることを望まない方だったのですか?」 「いや、そんなことは……」 「それならどうして、隊長はそんなに思い悩まれるのですか?」 「だって、それはミゲルの気持ちへの、裏切り行為だと思うから……」 「それは、違います」 きっぱりと、シホが答えた。 バイオレットの眸が、真っ直ぐと俺を見つめる。 媚びるでもなく、侮るでもなく。 ただ真っ直ぐと、彼女は人の目を見る。 彼女のそんなところが、俺としては好ましかった。 「違うか?」 「はい、違います」 きっぱりと言い切った後、さすがにそれでは言葉が過ぎると思ったのだろうか。 あくまでも、私の私見ですが、と断りを入れた。 「私見でもいい。お前の意見を聞かせてほしい」 「それは隊長が、ミゲル先輩に対して罪悪感を抱いているから、ただそれだけではないのですか?」 『罪悪感』 抱いているさ、勿論。 どうして俺はもっとあいつに、気持ちを素直に伝えなかったんだろう。 いつも俺を思ってくれた男に、俺は一体何を返してやれたのだろう。 与えられた気持ちの半分でも、返してやれたのだろうか。 ミゲルが、好きだった。 誰よりも、大切だった。 でも俺は、その気持ちを、一度だって素直に伝えなかった。 中途半端だったんだ、きっと。 俺は伝える、という行為が中途半端で。 ちゃんとミゲルを、ミゲルが愛してくれたのと同じだけ愛していると伝えられたのかが、不安で。 だから俺は、誰の気持ちにも応えてはいけない、と思う。 ミゲルは、あれだけ想ってくれたのに。 俺は一度も、素直になんてなれなかったから。 「隊長……イザーク先輩は、ヴェステンフルス先輩のことを、どう想っていらっしゃるのですか?」 「大切だと、思っている」 「でしたら、それだけを伝えればよろしいのではありませんか?」 「そんな中途半端なこと、できるわけがない」 中途半端は、嫌いだ。 好きなら、好き。嫌いなら、嫌い。 どちらか片方に、天秤が傾けばいいのに。 「それが今のイザーク先輩の本当の気持ちなら、ヴェステンフルス先輩は受け入れてくれる筈です」 「シホ……?」 「いい女は、男を待たせてもいいんですよ?先輩」 怪訝な顔をする俺に、シホが冗談めかして呟く。 「先輩が誰を好きになろうとも、それは誰にも咎めることの出来ないことです。そしてそれは、ミゲル先輩もきっと望まれていることです。 ミゲル先輩は、自分が死んだ後、イザーク先輩が後を追うことを望まれるような、そんな方だったのですか?」 「いや……そんなことをしたら、烈火のように怒り狂うタイプだ」 「誰だって、大切な人には、幸せになってほしいと望みます。ミゲル先輩も、きっとイザーク先輩にそれを望まれています」 「シホ……」 呆然と名前を呟く俺に、うふふ、とシホが笑う。 硬質な美貌に浮かべられた、少し羞恥に赤く染まった顔は、可愛らしくて。 「ヴェステンフルス先輩は、あの若さで隊長を勤め、今現在は特務隊FAITHに任命されたほどの方です。その方が、そこまで想われるんですから。あと少しぐらい、待たせてもいいのではないですか?先輩」 「待たせる……?」 「先輩の気持ちが、追いつくまで。先輩が、ヴェステンフルス先輩を、ミゲル先輩と同じように想う時まで。待たせればよろしいんですよ。先輩」 「でも……」 「先輩の気持ちが追いついていないのに、贖罪のためにヴェステンフルス先輩の気持ちに応えようとするほうがよっぽど、ヴェステンフルス先輩に失礼です。その方がきっと、残酷です」 シホの言葉に、頷く。 確かにそれは、ハイネの気持ちに対して、失礼だ。 彼は、打算も何もなく俺を想ってくれているのに。 対する俺が、今までハイネの優しさに甘えてきたその代償に答えようとすれば、それは無償の気持ちを捧げてくれるハイネに、失礼だと思うから。 だから、シホの言葉に、頷く。 少し、気持ちが楽になったような気がした。 「軍務とは関係のない話をしてしまったな、すまない」 「いいえ、隊長」 アカデミーの先輩後輩の会話としては有得るが、軍隊の上官と部下としては、些≪いささ≫かならずとも行き過ぎた内容であったことに、まずは謝罪をする。 それに、シホも事務的な口調で答えた。 「それにしても、随分と人の感情に詳しいようだな、シホ=ハーネンフース?」 「私にも、大切な方がおりますから」 「ほぅ……?」 「私の命を救ってくださった、大切な方がいますから。その方が幸せなら、私は幸せなんですよ……?隊長」 「シホ!?」 「それでは、隊長。シホ=ハーネンフース、軍務に戻ります。 急な軍務が入りましても、私の権限で処理できる範囲は、私で処理させていただきまして、後で報告させていただきます。隊長はどうぞ、お気になさいませんよう。定時には、軍務をお切り上げください。失礼いたします」 カッと、踵を揃えて、最敬礼。 綺麗に敬礼を施すと、シホはさっさと俺の執務室から退室していった。 「やっぱり、あいつに相応しい花は、『鳳仙花』だ……」 どことなく、びっくり箱めいた。 弾けて種子を飛ばす鳳仙花には、そんな印象さえもある。 実が熟せば種子を飛ばすのだろうが、いつ弾けるのか分からない、危うさと茶目っ気と。 あぁ、もう。花言葉だけでなく、花そのものが彼女に似つかわしいと思う。 くすくすと、俺は笑う。 素直に笑みが込み上げて来るのは、随分と久しぶりな気がして。 少し、頬が痛い。 少し楽になった気持ちを抱えて、俺は定時に間に合わせるべく、軍務に戻ったのだった――……。 傷つけるかも 知れない けれどいつか 君の気持ちに心から応えられたら そう思うよ……ハイネ -------------------------------------------------------------------------------- 『Elysium』第2話をお届けします。 本当だったら、ハイネがイザークに指摘しなければならない問題かもしれないのですが。 当事者である今現在、そんなことは望めるわけもなく。 第三者であるシホに、イザークが抱える問題を指摘してもらいました。 シホ、大好きです。 強くて、カッコよくて、美人な女の子。 大好き。 一応シホのモデルは、ゲーム『終わらない明日へ』の隊長大好きオーラが出ているシホ、をモデルにしています。 あの二人の、上官と部下の信頼関係、大好きなんです。 勿論、シホが上官に対して淡い恋心を抱いている、というのも可愛くていいなぁ、と思うのですが。 このシリーズでは、うっかり百合で申し訳ないです。 シホにとってイザークは、自分の命を救ってくれた恩人であり、憧れの先輩であり、やっぱりそういう事情も相まって、大切な人なんです。 少しでもそう、感じてくださったら嬉しいです。 これから、ハイイザに向けて頑張っていきたいと思います。 最終的には、悲恋で発狂というエグイ展開ですけど……。 ここまでお読みいただき、有難うございました。 |