本当は俺自身が 一番良く理解していた それでも 俺は君を支えたい と 願ってしまったんだ――…… 華の名前 瞬間突き刺さる視線の、その正体を勿論知っている。 シホ=ハーネンフース。確か、以前のイザークと同じ赤を纏うMS乗りの少女。 突き刺すような視線には、敵意はなく。 ただ、俺を値踏みするような眼差しだった。 成る程ね、と思う。 大切な隊長に、俺が相応しい男か。彼女は確かめているらしい。 不快な気持ちには、ならなかった。 あぁ、やっぱりイザークはそこまで隊員に想われてるんだな〜、なんて。そんなことを徒然と考える。 「こんにちは、シホちゃん」 「ヴェステンフルス隊長!」 とたんに、ぴしり、と敬礼をしてくる。 ……上官のお仕込がよろしいようで。 ほんの少し呆れながら、返礼をした。 仕込みの良さは、敬礼一つとって見ても非常に良く表れていて。 まるで、教本のお手本のような、美しい敬礼だった。 「いいよいいよ、そんな堅苦しくしなくても。それより、シホちゃん。イザーク呼んでもらえる?」 「了解いたしました」 インターコムを手にとって、イザークと通信を繋ぐ。 さして待たされることもなく、執務室の扉が開いて。 麗しいその姿を現した。 「時間通りだな、ハイネ」 「まぁ……な。イザーク、軍務は終わったのか?」 「どこぞの無能と俺を一緒にする気か、貴様は。本日の軍務は、滞りなく終了している」 「さっすが、ジュール隊長。じゃあ、出かけようか」 パチン、と指を鳴らして、手を差し伸ばす。 女性をエスコートするのは、男性なら当たり前のこと。 まして、相手はジュール家のご令嬢だ。 プラントでもトップクラスに位置する、彼女は名門家のただ一人の息女。そんな人物を相手に、礼を欠くことなんて出来るわけがない。 でも、本当は。そんなことしなければ良かったのかも、知れない。 うっかりと触れた彼女の肢体は、すっかりとやせ細っていた。 丸みを帯びた曲線を描いていたその肩も、その肢体も。どちらかと言うと尖った印象を受けて。 すっかりと肉が落ちて、骨だけが浮いているように思えた。 「今が、休戦中でよかった」 一先ず講和が成り、少なくとも今現在、大規模な殺し合いは行われていない。 その事実に、しみじみと俺は呟く。 呟きが聞こえたのか、イザークが俺の名を呼んだが、それに頓着することはしなかった。 答えたところで、説明なんて出来ないし。 説明すればしただけ、彼女が怒り狂うことを知っている。 見縊るな、と。そう激昂するに決まっているのだ。 見縊っているわけでなく、それが事実だと思うのだが、そんなこときっと彼女には関係ない。 けれど、本当に。 俺は少しだけ、安心していたんだ。 わけの分からない連中が、わけの分からないことをほざいて成った、ふざけた講和。 でも、そのおかげで今、イザークはそれほど前線に赴かなくてもすむ。 ふざけた馬鹿どもの残党が、時折小規模の戦闘を繰り広げ、そのとき前線に派遣されることが、多いわけではあるけれども。 少なくともそんな馬鹿に簡単に害せるほどの、イザークは女性じゃない。 挙句、『ジュール隊の名誉のために!』と真顔で言い募るシホ=ハーネンフースがついている。 そう簡単に、イザークは害せない。 それでも、不安は尽きなくて。 だから、安心したんだ。 今現在、大規模な戦闘が行われていない、と言うこと。その事実に、安心した。 「時間が時間だから、先に食事にしようか、イザーク」 「あ……あぁ」 その瞬間、イザークが目を背けた。 また、食事を抜いているらしい。 困ったものだと思うけれど、そうしてしまう彼女の葛藤だって、理解できる。 食べられないのだって、苦しいよな、イザーク。 傍で見ているしか出来ないことも、十分苦しいけれど。 本当はお前が、一番苦しんでいるんだよな?イザーク……。 何も出来ないことが、本当に悔しくて堪らない。 でも俺は、見ていることしか出来ないんだ。 だって俺は、ミゲルじゃないから。 彼女が心の底から求めているのは、ミゲルであって、俺じゃないから。 だから俺は、彼女の心が悲鳴を上げても、それを見ていることしか、出来なくて。 その事実が、歯痒い。 すっかりやつれてしまった、頬。 骨まで細くなってしまった、指。 その全てが、哀しくて堪らなかった。 不敵に笑って、挑発的な態度で。 そんな彼女ばかり見てきた俺にとって、今の彼女の姿はあまりにも痛々しくて。 哀しくて、堪らない。 そこまで思いつめる彼女が愛しくて、痛々しくて。 それでも俺はもう、何も言ってはいけないんだ、と思う。 俺が何か言えば……秘めた思いを口にすれば、それは彼女を傷つけることに直結する。 それだけは、分かっていた。 理解している、ことだったから。 だって彼女は、俺の――……。 「ハイネ」 「何だ?」 「話って、何だ?」 「後で……な。ちょっと、込み入った内容だから」 俺が言うと、ふぅん、とイザークは頷いた。 エレカに先導すると、借りてきた猫のように畏まって座って。 らしくないな、とも思うが。相手は名門ジュール家のご令嬢であらせられる。 大方、彼女の母親の前では、こんな風なのだろう、と思いながら。 エレカを、目的の場所に向かって走らせた――……。 目的の場所は、軍服で行くには少々不似合いな場所だった。 ただ単純に高級レストランに行くのであれば、正装である軍服はまたとなく似つかわしいものであっただろう。 しかしどことなく家庭的な色合いを濃く遺したその店に、軍服は酷く異質なもののように感じた。 しかし、まぁ。仕方ない。 本来ならばもう少しカジュアルな服装が定番と思われる店に、そのまま軍服で足を踏み入れる。 誇り高きザフトの……それも白の士官服を纏う絶世の美女の登場に、店内が色めき立つのが分かった。 その対象である美女のほうは……相も変わらず自分の容姿には無頓着で、無作法にならない程度に興味深そうに、店内を眺めている。 「ハイネらしいチョイスの店だな」 「そう?」 「あぁ、どことなく家庭的な……変に格式ばった感じがしない。ハイネらしいチョイスだ」 姫はほんの少し、満足そうに頷く。 そのまますっかり痩せてしまった手を、俺に向かってさし伸ばした。 エスコートしろ。そう言うことだ。 別にそんな態度で示さなくてもね、お姫様。俺がお前をぞんざいに扱うわけが、ないだろ? 心の中でそう、呟く。 そのまま俺は慇懃に、その手を取って。 軽く触れる程度にすっかり細くなってしまった腰を抱く。 途端に上がる嘆声の理由は、俺にとっては察するに余りあるものだった。 痩せたとは言え、イザークは麗しい。 なんて言うのだろうか。清雅さ、のようなものがイザークには感じられるのだ。 あの頃、イザークを知る者であったら当たり前のように脳裏に思い浮かべたオプション――苛烈さだとか、そんなもの――はほぼ鳴りを潜めて。 やせ細ってしまった躯は、醜悪さよりも儚さを感じさせた。 清らかなその美貌は、周りの男たちにとって、俺への羨望に取って代わったようで。 突き刺さる眼差しは、あからさまな敵意さえ含んでいた。 プラス、諦め……かな? まぁ、かく言う俺だって名誉あるザフトレッドの、挙句誇り高きFaithの徽章を身につけているわけだから? やっかむのも、無理ないんじゃないか? 本当は、俺たちは恋人じゃないんだけど……さ。 「何だか、騒がしいな」 「そう?」 「あぁ。それに何か、さっきから視線を感じて仕方がないし……俺、どこかおかしいか?」 綺麗にプレスされた軍服に、磨かれた軍靴≪ブーツ≫。 どこをどう見ても完璧な、ザフトの軍人の模範とでも言うべき姿でありながら、気になって仕方がないらしい。 そんなところが、らしいな、と思う。 余人を驚かすに足る美貌の持ち主でありながら、彼女は自分の美貌に関しては全く無関心なのだ。 まぁ、そんなところとか。好きなんだろうけどな、俺は。 イザークの椅子を引くと、慣れた仕草でそれを受けて、着席する。 「本当に、どこも変じゃないよな?」 「変じゃない、変じゃない」 「でも、だったら何で、さっきからチラチラと俺を見ているんだ?」 気になって、仕方がない、と。すっかり参ってしまった様子で姫は仰る。 チラチラ見てるんじゃなくてね、イザーク。垣間見てんの。 いくら自分の食事に集中しようと思ってても、視界の端に美女が映ればそれを凝視しちゃうの。……哀しい生き物だよな、男って。 「チラチラ見てるんじゃなくて、見惚れてるんだろ」 「はぁ?」 「だから。お前に見惚れてんの。あんま気にしないでおけよ」 すっかり痩せ細っていようとも。 いや、それが反って、儚い印象を助長させていた。 白皙の肌に、プラチナブロンドの髪に、少しメタリックな印象の、アイスブルーの瞳。 イザークは、生まれついて纏う色彩から、その色素が薄いから。 ほっそりとした肢体は、なおさら儚く繊細な印象を、見る者に与えているのだろう。 ……中身知らないってのも、幸せなことだよな。 イザークの中身を知れば、『儚い』なんて。口が裂けても言えないって言うだろう。……特に、『アイツ』は。 眼裏に蘇るのは、後輩の姿。 金髪に、琥珀色の瞳の……顔は全然似ていないのに、声だけは良く似ていたアイツ。 イザークの、殉職しちまった恋人で、俺の後輩。 時々、似ていることは悲劇なのか、と思う。 俺が話す度に、イザークはきっと、その脳裏にミゲルの姿を浮かべてしまうだろう。 それって本当に、お前にとっては残酷だよな、イザーク。 死んでしまった筈の恋人と同じ声で、話す、なんて。 残酷だよな。 忘れたほうがきっと幸せな事実――彼が死んだということ――を、むざむざと思い知らせる生き証人なんて、傍にいないほうが、いいよな本当は。 それでも、傍にいたいと願ってしまう俺がきっと一番、お前を苦しめているんだろう。 そして俺は、分かっていてもそれを止められない。 最低だね、本当に。最低な上に……お前にとっては何よりも、残酷だ。 「食事の方は、あらかじめコース予約しておいたけど……それでいいか?」 「あぁ、ハイネに任せる」 嫌な気分を払拭するつもりで声をかけると、イザークはゆっくりと頷いた。 食前酒に運ばれてきた酒を前に、取り留めのない雑談をする。 さすがに、食事時に込み入った話をするような、そんな趣味はないから。 それに安堵したのか、イザークはほっと肩の力を抜いて。 運ばれてきた酒盃を手に取った。 そして、目を瞠る。 驚いたような……それでいて嬉しそうな、そんな顔。 多分、食前酒のそれは、酒の苦手なイザークの口にも合ったのだろう。 「そう言えば、イザーク。最近、実家には帰っているのか?」 「……あまり帰っていないな」 「やっぱり……」 俺の問いに、イザークは予測していた通りの返事を返した。 実家に帰っていたら、こんなに痩せ細る筈がない。 彼女の母親は、同性の母娘には珍しいことかもしれないが、娘を溺愛している。 「忙しくて……な。官舎と軍本部の往復、たまに前線がプラスされて……とまぁ、そんな感じか」 「そっか。……大変そう……だな」 返答しながら、自身を詰る。 イザークにその道を提示したのは、誰だ。 俺じゃないか。 俺が、イザークに言ったんだ。 何が何でも、イザークには生きて欲しかった。 それは、身勝手さから出た願望であったのかもしれないけれど。 生きて、欲しかった。 この想い叶わずとも、傍にいて欲しかったのだ。 「それが、俺に課せられた責任だからな……」 俺の言葉に、イザークは淡々と答えた。 息を呑むほど美しいアイスブルーの双眸に落ちる、影。 それは、灼熱の余韻さえ、残していたのに。 最早、残っているのは熾き火に過ぎなくて。 凛とした眼差しは、今にも砕け散ってしまいそうな危うい静謐さえ秘めているように感じられた。 「たまには、帰れよ。エザリア女史もきっと、心配している」 心配も何も、顔を見た瞬間に、彼の女性ならば卒倒しそうだ。 我が子を、溺愛している彼女は。きっと。 「まぁ、その状態じゃ顔も合わせ辛いか」 「そんなに酷い……かな」 自嘲と諦観に彩られた笑みの欠片が、その唇を飾った。 酷い、なんてものじゃない。 「お前、よく軍のメディカル・チェックに引っかからないな」 「マザーにアクセスして、内容を書き換えているからな。絶対に引っかかったりはしないさ」 俺の言葉に、悪びれた様子もなくイザークは答えた。 確かに、この状態のイザークならば、マザーにアクセスの上内容を書き換えなければ、強制除隊させられるだろう。 否、戦後高まる彼女への声望を思えば、群とてみすみす彼女を手放したくはないだろう。 全てを鑑みれば、一時強制除隊の上、完治まで医療施設に強制送還、が妥当だろうか。 どちらにしても、イザークにとっては有難いものではないことくらい、想像の範囲内だ。 それでも、言わずにはいられなかった。 俺の身勝手さから出た願望を、撤回する言葉を。 俺は、言わずにはいられなかった。 裁判で無罪が宣告されたその後、与えられた控え室で彼女は喚いていた。 白磁のように白い肌を、紅潮させて。 それは、『殺してくれ』と。そう言っているも同じだった。 そんな彼女を、彼女の部下たちを例に挙げて、その意思を撤回させたのは、俺だ。 部下たちに、責任を取らないつもりか、と。 そう言えば、潔癖症で部下思いの――仲間思いの彼女が、その意思を撤回すると承知した上で、俺は、そう言った。 残酷なことを言っている、と。理解した上で。 それでも俺は、そう言ってしまったのだ。 彼女は、本当は誰よりも仲間想いで。 情に篤いヒトだから。 本当は、俺が一番、お前に残酷なのかもしれないな、イザーク。 「お前、除隊するか?」 気づけば、ポツリと呟いていた。 それにイザークが、目の色を変える。 「何……を!?」 「今のお前、見てられないよ……」 その瞬間に、アイスブルーの瞳には、涙の片鱗が見て取れた、と。 そう感じて。 似ているってことは、残酷で。不幸だ。そう、感じてしまう。 込み入った話はしないと言っておきながら、気づけば言わなくてもいいことまで、口にしてしまっていて。 自己嫌悪に、浸る。 サラダと、パンと、スープ。 予め注文していたメニューのうち、それだけはイザークも何とか食べようとして。 それでも、メインディッシュを攻略することはなかった。 幼いころから礼儀作法は叩き込まれているジュール家のご令嬢は、流れるような流麗な仕草を見せつけはするものの、食事の殆どは彼女の胃に入らない。 洗練されたマナーは、食事という原始的な行為さえも絵画のように美しく見せるから、不思議だ。 「もういいのか、イザーク」 「すまない、ハイネ。折角誘ってもらったんだが……」 「いいって。それだけお前が食べただけで、上出来。俺は嬉しいですよ。……だから、気にすんな」 囁くと、イザークはこくり、と頷いた。 実際、前菜にも少しは、手をつけていたし。 量が少ないとはいえ、サラダやパン、スープは完食。 それだけ食べてくれただけでも、有難かったから。 ワイングラスを手で弄んで、口をつける。 肉料理には絶対に不向きと言われる、白。 肉料理の定番は、赤ワインで。 でも、赤ワインなんて、イザークには絶対に見せられない。 仔牛の赤ワイン煮だとか、ビーフシチューなんかも論外。 俺の錯覚かもしれないけれど、どこかドロドロに溶けた肉塊を連想させるような、そんな見た目だから。 事実、イザークが肉を食べることは、殆どなくなった。 たんぱく質の主な摂取源は、魚と卵。 それさえも食べられないときは、サプリメント。 すっかり痩せてしまったとはいえ、衰えない美貌は、俺たちコーディネイターならば一笑に付す存在であるところの神が、彼女を哀れんでのことだったのだろうか。 未だ翳りを見せず。だからこそ余計に、痛々しく思われた。 「場所、移るか」 「あぁ。内密の話……だったな?」 「内密って言うか、ちょっと面倒な話。……ちょっと、な」 俺は一体どれだけ、彼女に残酷な仕打ちをすれば気が済むのだろうか。 死なせてくれ、と彼女は叫んだ。 俺は自分のエゴから、彼女に枷を押し付け、彼女の生を無理矢理現世に繋げた。 彼女に、自分の秘めた想いを、打ち明けた。 それが、どれだけ彼女を絶望させるものであったか、知っていた。 本当は俺が一番、お前を傷つけてるよな、イザーク……。 お前は一度だって、そんなことを口には出さないけれど。 それだって、知っているから……だろ? お前は、俺の……。 知っていて、だから、黙ってる。本当はこの距離が一番、お互いのためだと知っている。 卑怯なのは、俺だ。 勝手なのは、俺。 そして俺は、愛してやまない存在を、傷つけ続ける。 ……最低だね、本当に。 「ハイネ……?」 黙りこくった俺に不審を覚えたのか、イザークが俺の名を呼ぶ。 それに、笑みの欠片を返して。 触れ合った手の先から伝わる幽かな温もりに、泣きたくなった――……。 こじんまりとした感じの、バーに落ち着く。 奥まったカウンターに落ち着いて、とりあえず酒を注文して。 「話を聞こう、ハイネ」 「うん……」 「言い難いことなのか?……何か、ヘマでもしたか?」 「お前、俺のこと何だと思ってるんだよ……」 ほんの少し、脱力してしまった。 彼女は、別にそれに答える素振りなんて、せずに。 ただ、続きだけを促す。 「お前に、頼むことじゃないって、分かってるんだけど……さ。他に、方法がないんだ」 「何だ?」 「ディアッカから、聞き出してほしい」 「何を?」 「返還されない、“エターナル”と“フリーダム”の行方について」 「え……?」 イザークが、大きくその瞳を見開いた。 強奪された2機のMSのうち、“ジャスティス”については、その破壊された旨が確認されている。 彼の機体は、“ジェネシス”内部で自爆し、果てた。 しかし、新造艦“エターナル”ともう1機の兄弟機“フリーダム”については、その詳細は掴めていない。 第三勢力――オーブと言った方が適切か――は、確かに返還したと言ってきた。 しかし、どこにもその事実はない。 あれほどの機体を、そして艦を、まして自国で製造したものを、他国に渡すわけにはいかない。 まして、“フリーダム”は条約違反の核兵器搭載型モビルスーツだ。 見逃すことは、プラント国家の信頼に瑕をつけることに繋がる。 わけの分からない連中が、わけの分からないことをほざいて。そして今、この講和は成立した。 それでも、戦わないことは、きっと尊いことではあるわけで。 それを未来に繋ぐには、互いの信頼を仲立ちとした盟約が欠かせない。 その条約の中に、はっきりと記載されているのだ。 『核兵器搭載型モビルスーツの排除』と。その点は、互いに合意の上のこと。 行方不明になった一機。 高々、一機に過ぎないとは、この際言えない。 俺たちコーディネイターはまだ、ナチュラルを信用なんてしていない。信頼なんて、していない。 それは、ナチュラルだって同じだろう。 だからこそ、交わした『約束』を連ねて、互いを知っていく必要性が、あるのだ。 いつかそれが、互いの理解と信頼に繋がることを、信じて。 それなのに、その一機と新造艦は、未だに行方不明、では。話にならない。 誰がそんなこと、信じるものか。 「オーブは、何と?」 「新造艦“エターナル”並びに“フリーダム”は、確かに返還した、と。だが、その事実はない」 「ラクス=クラインは?確か、オーブに亡命中だろう?」 「今現在隠棲中につき、公的な見解は控えさせていただく。それが一般人に対する当然のプライバシー保護だ、と」 「そんな……」 イザークが、目を瞠るのが分かる。 その気持ち、分かるよイザーク。 俺だって、目の前にあの女がいたら、銃口向けてやりたくなった。その見解を、議長から明かされたときは。 あれだけのことをしておいて、責任取るでもなくトンズラして。 いまさら一般人ぶるな、下衆。 信じられないよ、本当に。 それがジュール家よりも格式高いといわれている、クライン家の人間のすることかね。 それよりもややランクの落ちると言われているイザークの方が、ずっとまともなことをしているのは、どういうわけだか。 所詮、生まれよりも育ちということか。 「だから……」 「だからディアッカから聞き出してほしい、と。そう言うことだな?ハイネ」 「あぁ。他に、伝がないんだ……」 「分かった。了承した、ハイネ。それは、特務隊FAITHに名を連ねる、ハイネ=ヴェステンフルスからの正式な依頼だな?」 「あぁ、そう取ってもらってもいい」 「では、全力を尽くさせて戴くことを、確約申し上げる」 「残酷な依頼だと、分かっている。……すまない」 データを目にして、知っている。 ミゲルを殺したのは、“フリーダム”のパイロット。 挙句“フリーダム”はもともと、イザークが搭乗する予定だった機体。 それが、ザフトに攻撃を加えた。 事実を直視することは、イザークを傷つけることになり得ると言うことぐらい、分かっているのに……。 「気に病む必要はない、ハイネ」 凛とした眼差しで、イザークは答えた。 俺の謝罪を、そう言って受け入れて。 そして、囁く。 「俺は、軍人だ」 「イザーク」 「そして俺は、ジュール家の人間だ。自分の責務ぐらい、心得ている。だから貴様が、謝る必要などどこにもない」 躯だけではなく、本当はもうその精神からボロボロで。 それなのに彼女は、責任を果たそうとする。 それが、自分の義務だから、と。 悲観的になるでもなく、彼女はそれだけを口にする。 死なせて欲しい。そう口にした言葉は、きっと真実だったにもかかわらず。 今だって本当は、ミゲルのもとへ逝きたい、と。心のどこかではそう思っているだろうに。 それでも、与えられた責務を果たそうとする。 苦しいだろうに、涙さえ見せずに。 「本当に、すまない。……頼む」 「気にするな、ハイネ」 笑みを見せることのなくなったイザークは、それでも力づけるように、笑うから。 いつだって、そうやってこいつは、苦しくても泣き言一つ言わずに。もう、笑いたいことなんてないだろうに、笑おうとするから。 その姿は、何よりも悲しくて。 そして、得難いものに思われて。 だから、支えたいと思った。 君を傷つけているかなんて 本当は俺だって自覚している でも俺は 君を支えたいよ 弱りきってしまった茎は その花弁を支えることさえ 出来ないから だからどうか 見るだけの恋でも 構わないから 俺に君を 支えさせて――……? 君と言う 華を――……。 ---------------------------------------------------------------------------------------- いつだったか。ネットの噂で。 “フリーダム”って本当は、ザフトはイザークの機体って考えていたんだよ、って聞きました。 事実なのか、デマなのかは分かりませんが。 それを聞いたとき以降、緋月の中で“フリーダム”はすっかりイザークの機体扱いです。 すみません、て言っておきましょうか。 小説書くとき、勝手設定のオンパレードで申し訳ないです。 『屍衣』も、勝手設定のオンパレードですが。 嫌いな方はホント、ゴメンナサイ。 でももう、プロット立てちゃったんです……。 いまさら立て直すことも、別の方向に進むことも不可能ですし。 最初に『屍衣』をシリーズ化しようと考えたときからの決定事項ですので。 このまま突っ走ります。 本当に、すみません。 ここまでお読みいただき、有難うございました。 |