甘えて こんな弱い俺 俺は大嫌いだ――…… 〜硝子の叫び声〜 ラフな敬礼をする幼馴染に、会釈をして返礼に代えた。 何の用事で呼ばれたのか、分からない。 そんな顔を、している。 それもそうだろう。 普段ならば、こいつと話をするときに余人を交えたりなど、しない。 けれど、これは任務だ。 任務に、至上を挟むわけにはいかない。非公開にするわけにも、いかない。 密室でなされた議論に、一体誰が耳を傾けるというのか。 何かを明らかにしたいならば……公正を期すならば、その内容は公開しなくてはならない。 故に、俺はその席にシホを始めジュール対の隊員を数名、同席させた。 ……ハイネは、いない。 「ここで行われた会話の内容は、後日議長に提出される。心して答えて貰いたい」 「ちょっと、おい。イザーク。一体何なんだよ」 「貴官からの質問は、認めない」 慌てるディアッカに、冷然と応える。 もともと俺は、温かい人間なんかじゃ、ない。 きっと、大切なもの以外には、どこまでも冷たい人間なのではないか、と。そう思う。 「貴官は先の大戦中、ラクス=クライン率いる三隻同盟に加わったとの報告があるが、それに間違いはないか」 「……ございません」 不貞腐れたように、ディアッカが答えた。 分かりきっていたことだが、やはり腹が立つ。 何故、馴れ合える? ニコルを……ミゲルを殺した連中と、何故馴れ合える? どこに貴様は、あいつらの『正義』を見出した? 『正義』と言う言葉は、極めて独善的な言葉だと思う。 我々『ヒト』と言う種族は、それぞれ掲げる『正義』のために戦う。 遺伝子を改良しようが、結局変わらぬそれはヒトの性≪サガ≫なのだろうか。 ヒトは、『正義』を掲げて戦う。 己が抱く『正義』を掲げ、それにそぐわぬ者は『悪』と決め付け淘汰、駆逐する。 それが、『ヒト』だ。 『正義』とは多面的なものであり、多角的なものであり。 それなのに、彼女たちは言う。 『戦うことは愚かだ』と。『戦わぬことこそが正義なのだ』と。『戦うことは、愚行であり悪なのだ』と。『戦わぬこと、それだけが正義なのだ』と。 それは、違うのではないのか。 我らコーディネイターにとって、ザフトにとっての『正義』とは、戦う力持たぬ我らの同胞を守ることではないのか。 彼らの安寧を守ることではないのか。 それが脅かされたから、我らは力を欲した。 それまでも、否定するのか。 ならば、どうすればいいのか示していただきたい。 戦わぬことが正義だと言いながら、行使される過剰な兵器は一体何なのか。 守るべき同胞を見捨て、それに攻撃を加える、その行為のどこが『正義』の名に値するものなのか。 戦わねば、我らは我ら自身を守れなかった。 それとも戦わず、ナチュラルに生涯隷属しろ、と。そう言うつもりか、ラクス=クライン。 それを認めることなど、出来るわけがない。 それでは、未来を閉ざされるも同じことではないか。 コーディネイターが宇宙≪ソラ≫に進出するより以前、否、そもそもコーディネイターがこの世に生を受けるより以前。 大国に、列強に殖民され、搾取され続けた者たちがいると言う。 歴史書を紐解けば、そんな事例はいくらでも湧いて出てくる。 搾取され続けた人民が何をしたか。 そんなもの、誰だって想像することが出来るだろう。 彼らは、戦うのだ。 自らの権利を求め、生きるために戦う。 我らコーディネイターとて、それは同じこと。 それを、『悪』と決め付けるのか。 それとともに戦うことが、貴様らの『正義』か、ディアッカ。そして……アスラン=ザラ。 「では、貴官に尋ねる。三隻同盟の主力艦は?」 「はぁ!?そんなの、報告書に……」 「貴官は質問に答えればそれでいい。――三隻同盟の主力艦、そして主要モビルスーツは?」 「……主力艦は“エターナル”、“アークエンジェル”、それからオーブの“クサナギ”で、主要モビルスーツは“ジャスティス”そして“フリーダム”です」 答えるディアッカの言葉に、他のジュール隊隊員たちと目配せして、頷く。 報告どおりだ。 そして、俺たちが見たままのものだった。 先の大戦の折、戦場に舞い降りた白き死神の姿。 悪趣味なピンクの戦艦に、浮沈艦と名高い『大天使』。 忘れたくとも忘れられない、悪夢にも似た光景。 味方を殺す、『平和の歌姫』の姿。 それは、皮肉にも似た嘲りを感じさせずにはいられない。 「報告によれば、ザフトが開発した最新鋭のモビルスーツ……奪取されたモビルスーツのうち、“ジャスティス”はその破壊された旨が確認されている。“ジェネシス”に突入し、自爆した、と。それは真実か?」 「はい」 ディアッカが、頷く。 本題は、ここからだ。 “ジャスティス”と“フリーダム”。奪取された、ザフト軍最新鋭の機体。 俺が搭乗する予定であったことも、聞いた。 けれど今更、あの機体に未練も愛着もない。 俺が命を預け、ともに戦場を駆け回った機体は、“デュエル”。裏切り者の搭乗した“フリーダム”などではない。 あの機体に、愛着なんて、なかった。 ZGMF-X 10A“フリーダム” 条約違反の、核兵器搭載型モビルスーツ。 俺の恋人を殺した仇が搭乗した、機体。 「では、貴官に尋ねる。 三隻同盟とやらに奪取された、我らザフト軍の当時最新鋭のモビルスーツ並びに新造艦は、今どこにある?」 「は……?」 「聞こえなかったのか?“エターナル”と“フリーダム”は今、どこにある?」 反駁を許さず、俺は語気を強める。 言い逃れをさせる気など、毛頭なかった。 あの、機体。 ミゲルを……ニコルを殺した、仇が搭乗した、あの機体。 元素のレベルまで粉々に打ち砕かなければ、気がすまない。 「何故、今更それを……?」 「何故?もともとはザフトの機体だ。所在を明確にするのは、当然のことだろう。貴官がそう言うなら、逆にこちらが問いたいな、ディアッカ=エルスマン。何故今まで、貴官ら三隻同盟に所属していた者たちは、彼の機体彼の艦の所在について、口を噤んだ?」 戦争は、終結した。 あの女たちは、武装は全て放棄しろ、と言った。 ……そんなこと、出来るわけも無いのに。 そうまで言うのなら、普通の神経を持つ者たちであったなら、せめて自分たちの武装は放棄するだろう。 それが出来なくとも、せめて強奪したモビルスーツ、並びに戦艦については、本来の持ち主に返還するだろう。 本来の持ち主――即ち、ザフトに。 しかしあいつらは、それさえも、しない。 「新造艦“エターナル”並びに“フリーダム”は、もともとザフトが所有していたもの。その製造費用は国庫――即ちプラント国民の税金により負担されている。彼の機体の所有権は、我らプラント国民にある。 所有者が、奪われた所有物の所在を確認することは、極めて当たり前のことだと思うが?」 逆に言うのならば。 何故、そんな簡単な理屈が分からないのだろうか、と。本気で俺は心配になってしまう。 あの機体、あの戦艦がラクス=クラインの所有物だとでも言うのか。 国民の血税によって製造され、その費用を負担した我が国民を殺した、彼の機体。彼の戦艦。 それは、一体如何なる皮肉なのか。 「聞いているのか、ディアッカ=エルスマン。新造艦“エターナル”並びに“フリーダム”は、どこだ?」 「その二つについては、きちんと返還された筈だ」 「残念ながら、そのような記録は存在していない。“エターナル”並びに“フリーダム”は未だ、所在不明として扱われている。これは一体、どういうことだ?」 「それは……」 ディアッカが、言葉に詰まった。 おそらく、返還する意思など端からないのだろう、あの女には。 それで、『正義』を語るか。 いや、正義を『騙る』か。 それは、何と言う傲慢か。 殺してしまえば、良かったんだ。本当に。 餌で釣って、呼び出して謀殺すればよかったんだ。 それぐらい、容易いことの筈なのに。 それだけのために生きられない自分がいることを、実感する。 平和のために。そう言って死んだ、年若い戦友がいる。 ピアノが好きで、まだ十五歳で。 それでもプラントのために戦った、優しい少年。 彼の命を代価とした平和を、覆せるものではなかった。 例え血で染まったものだと、分かってはいても……。 かつてほどにはもう、自分の独断だけで動くことなど、出来なくなってしまった。 双肩にかかる職責は、それだけ重い。 「もう一度言う。今回のこの場においての貴官の発言はすべて、議会ならびに議長に提出することになっている」 だから正直に答えろ、と。威圧するように睨み付ける。 頼むから。俺にお前を憎ませないでくれ、ディアッカ。 「幼馴染」 道を違えてしまった、「幼馴染」。 いつ、俺たちは道を違えてしまったのだろうか。 入隊した頃も、それ以後も。俺たちはずっと、同じ道を歩いていた筈なのに。 いつ、俺たちは道を違えた? いつ、俺たちがともに信じてきた「正義」は、その内容を違えてしまったのだろうか。 「新造艦“エターナル”ならびに、“フリーダム”は、どこだ?」 祈るような気持ち、だった。 この場で亀裂が決定的になれば、俺はきっとこいつを一生赦せないだろう、と思った。 だって、あいつらは、殺したんだ。 誰よりも大切だった人を、誰よりも大切にしてくれた人を。 ミゲルを、あいつらは殺した。 二コルを、殺した。 母上は未だ、幽閉の身の上だ。 自宅に戻ることは、許された。 しかし、監視つきだ。 ジュール家の邸宅を囲む多数の監視者の目。 その中で、母上は耐えておられる。 自ら犯してしまった過ちと、罪と断罪された戦中の事象のために。 「ディアッカ=エルスマン。答えろ」 「何故、お前がそんなことを言うんだ、イザーク?お前だって、何が『正義』で何が『悪』だったか、分かっている筈だろう?」 「ディア……ッカ?」 お前が、それを俺に言うのか? ミゲル……ミゲル……ミゲル。 大好きだった。 心から愛していた。大切だった、俺の恋人。 『結婚しよう』と、言ってくれたんだ。 『戦争が終わったら』と。 それなのに、その願いは叶わなかった。 俺の知らないところで、俺のいない場所で、ミゲルは死んだ。 渡された、小さな箱。 遺品の整理を命じられた、あの日。 緑の軍服を畳んで。あいつが大好きだった音源ファイルの整理をして。 ギターのコード表。 あいつが好んで身につけてたコロン。 全部全部、一人で整理した。 この手で、クルーゼ隊にアイツが存在していた痕跡を、消して。 そして、見つけたんだ。 ベルベットの、ケース。 小さな箱の中に納められていた、リング。 いつか、渡してくれるつもりだったんだろう。 一緒に収められていたメッセージカードには、俺の名前。 いつか、渡してくれるつもりだった、リング。それを渡されることは、なかった……。 それよりも先に、アイツは殉職してしまった……。 還って来て……還って来て……還って来て……還って来い、馬鹿ミゲル。 還って来て、言えよ。 これは、悪い夢だったんだ、と。 死ぬわけないだろ、と。 言って、抱きしめて欲しかった。 けれど、それが現実。 もうどこにも、ミゲルはいない。 それが、俺の直面した現実。 アイツは機体ごと、宇宙の深遠に飲み込まれて。 この腕は、遺体を抱くことさえ、叶わなかった――……。 「お前が、それを俺に言うのか、ディアッカ?」 「イザーク?」 「お前が、俺にそれを言うのか?何が『正義』で何が『悪』だったか、と?俺に?俺にお前が?あの連中にミゲルを奪われた俺に、貴様がそれを言うのか?ミゲルを殺した連中を、『正義』と?俺に、そう言えと言うのか?」 ならば、還せ。 彼を、還せ。 彼だけが、俺の全てだった。 彼だけが、俺を受け入れてくれた。俺の全てを受け入れて……愛してくれた。 母上を除いて、彼だけが。 そんなミゲルを……俺の愛する人を殺したのは、誰だ? 「俺たちは、平和のために……」 「ザフトは、平和を望んでいなかったとでも言うのか?」 クルーゼ隊長の思惑なんて、俺は知らない。 あの人が何を考えていたかなんて、俺は知らされていない。 隊長は、道を選び間違えたのかも、知れない。 隊長は、確かに人類の滅亡を願っていたのかも、知れない。 けれど、それ以外は? それ以外のザフト兵全て、人類の滅亡を願っていたとでも? 誰も、平和なんて願っていなかったとでも? 平和のために死んだ少年が、いた。 仲間を庇って、彼は戦死した。 それなのに貴様らは、アイツを殺した連中と馴れ合い戦ったのか。 心が、急速に冷えていくのを、感じる。 道は、分かたれたのだ、と。 わけもなく感じた。 ハイネが人事に提案して決定されたディアッカの人事だが、やはり配属替えを希望しよう。 俺はあの二人を殺した連中も、それと馴れ合い続けたやつらも、やはり心のどこかで赦せない。……赦せない、と。感じてしまうから。 それでは、公正な対応など、出来ないと思うから。 配属替えを、希望するしかないだろう。 それとも俺が、愚かなのだろうか。 今でもずっと、ミゲルを愛してる。ミゲルの死を、引き摺らずにはいられない、俺が。 俺が一番、愚かなのだろうか。 ミゲル……ミゲル……ミゲル……傍に……傍にいて欲しい。 傍にいて、抱きしめて。 それだけで、十分だったのに。 それだけで、幸せだった。 でももう、ミゲルはどこにもいない……いないんだ。 だから俺は、その代償を求めずには、いられない。 「だって、お前……」 「何だ?」 「お前、恋人いるだろ?ミゲルが死んで、もう1年だ。とっくに……」 ディアッカが、口籠もる。 『もう』1年? 違う。『まだ』1年だ。 まだ、1年しかたっていない。まだ、1年しか。 永遠を、誓ったんだ。 それは儀式などのない、本当に口約束に過ぎない約束だったけれど。 それでも彼は、言ったんだ。 『戦争が終わったら』と。『平和になったら』と。 「分からない。どうして……どうしてだ?貴様もアスランも、どうしてだ?何故、何故馴れ合える?ニコルを……ミゲルを殺した連中と、何故馴れ合える?何故、笑っていられる?何故?何故だ?」 感情的になっているのが、分かる。 それでも言葉が、止まらなかった。 何故? 何故? 何故、馴れ合える?何故、笑っていられる?何故、全てを水に流してしまえる? 「落ち着けよ、イザーク」 「ディアッカ……」 「お前が赦せないって気持ちは、分かるよ。お前とミゲルは、恋人だったんだから。でもだからと言って、ラクス=クラインやオーブを非難する理由には、ならないだろ?」 「……ディアッカ?」 信じられない思いで、俺はディアッカを見つめることしか出来なかった。 何を、言っている? この男は、何を? 何を、言っているのだ? まるで俺が、八つ当たりでもしているような、言い草。 いや、否定はしない。 赦せないと思い、報復を願わずにはいられない。それはひょっとしたら、八つ当たりなのかもしれない。 俺もミゲルもそれぐらい、人殺しをしてきたから。 だから、喪うことは当然、と。お前も奪ったのだから、その苦しみを思い知れ、と。そう提示された現実に、苛立って。 手近に存在するラクス=クラインに、第三勢力に、八つ当たりをしているのかも、知れない。 少なくとも、仮にそう断言されたとき、その言葉を否定するだけの根拠を、俺は持ち合わせてはいなかった。 あれだけナチュラルを殺してきた俺が、自分の恋人の死を嘆き報復を叫ぶのは、第三者が見ればただの八つ当たりと取られても、おかしくないような気がするから。 「『非難』?非難って、何だ?」 「イザーク」 「俺が、誹謗中傷している、とでも?そういいたいのか?」 謂れのない罪を、彼らに押し付けている、とでも? 謂れのない誹謗をしているとでも、言うのか? 違う。 謂れのない誹謗じゃ、ない。 謂れのない中傷では、ない筈だ。 オーブは、中立の国だった、と言う。 その中立の国で製造されていたものは、じゃあ何だった? モビルスーツ。地球軍の、モビルスーツ。 オーブが開発した、地球軍のモビルスーツ。 その性能は、実際にあの機体に搭乗したものならば誰だって、知っている。 寡兵でありながら、長期戦に持ち込むのは愚かな話だ。 その程度の理屈、軍人ならば誰だって知っている。 寡兵ならば、如何な手を使ってでも短期決戦に持ち込まねばならない。 そうでなければ、国力の差が物を言う。 能力が優秀であろうとも、そもそもの国力――国民に置き換えてもいい――が低いプラントが勝利を収めるには、短期決戦に持ち込むしかなかった。 それなのに攻防が1年以上の長きに及んだのは、明らかに軍本部の失策だ。 そして元からの国力に差がある以上、それ以上パワーバランスを地球軍側に傾けるわけには、いなかった。 オーブのモビルスーツ開発は、まさしく地球軍側にパワーバランスを傾ける行為だった。 そんなの、赦せるわけがないだろう。 何のために、戦っていた? プラントを守るためだ しかしオーブはあの時、地球側に味方したも、同然。 俺よりも先に実践にあったミゲルは、それをきっと熟知していたのだと思う。だからアイツは、何が何でも奪い損ねたモビルスーツを、奪取しようとした。 良くも悪くも、俺たち二人は、きっと軍人で。 良くも悪くも、二人とも国を捨てられなくて。 そしてアイツは、あの機体の奪取に躍起になって。 若すぎる命を、散らした。 オーブがモビルスーツの開発さえしなければ、あいつが死ぬことはなかった。 それは、誹謗か?中傷か? 「そこまで零落れたか、ディアッカ」 「イザーク!」 「プラントを守るために。そのために、俺たちは軍人になったのではなかったのか?それなのに、それさえも見失ってしまったか。あの小娘に、誑かされたか。タッド=エルスマンの息子も、落ちたものだな」 「イザーク!お前!!」 「隊長を放せ、ディアッカ=エルスマン!」 ディアッカの手が、俺の胸倉に伸びる。 ぐっと胸倉を掴まれて、今更ながらに距離を実感する。 もう、お互いの道は、交わらないのだ、と。そう思った。 周囲にいた俺の部下たちが、銃を構える。 その銃口は、真っ直ぐとディアッカに向かっていた。 バイオレットの、瞳。 綺麗な瞳を憎悪に染め上げて、シホがディアッカを睨みつける。 「今すぐ、隊長を放しなさい!」 「何故……お前らもか」 「何故?どこまで貴方は、何も見ていないのですか。隊長を見れば、お分かりでしょう。それとも、それさえも見えなくなってしまったのですか。 それならば、私たちは何が何でも、貴方を排除します。隊長に、貴方はもう必要ない」 「シホ……やめろ」 「さすがにそれは拙いだろ、お前ら。銃、下ろせ」 セーフティーをはずし、シホの白い指先が、そのトリガーにかかる。 それを諌めようと、咳き込みながら言葉を紡ぐと、背後から懐かしい声が、かかった。 ……ミゲル? あぁ、違う。この声は、ハイネだ。 ミゲルはもう、いないから。 「ヴェステンフルス隊長……しかし!」 「私刑≪リンチ≫は、軍規で禁じられているだろう?」 「ですが……!」 「ここでお前らが何かしたら、それはクライン派へのいい口実になっちまうぞ。あいつらは、イザーク潰そうと躍起になってるんだから。イザークの立場、悪くするつもりか?」 低い声で呟かれた言葉に、シホをはじめジュール隊の隊員たちは、銃を下ろした。 それでも、シホのバイオレットの瞳は、ぎらぎらとディアッカを睨みつける。 「大丈夫か?イザーク。あーあー、喉んとこ、赤くなってるぜ?後で医務室、行っとけ」 「分かった……」 ハイネの指が、俺の喉に触れる。 ミゲルとは、まるで違う……でも、ハイネの傍はやっぱり、落ち着いて。 どうすればいいのか、分からない。 ミゲルが、好きだ。 今でもずっと、好きだ。 でも、ハイネを手放せない。 ……最低だな、俺は。 「さて、と。ディアッカ=エルスマン。俺は特務隊所属、ハイネ=ヴェステンフルスだ」 「ディアッカ=エルスマンだ」 鋭い緑柱石の眼差しを、ディアッカの顔面に叩き込んで。 ハイネは、ディアッカに向き直った。 いつもと少し、感じが違う。 そう、感じた。 普段ならば、もっと。もっと、温かい空気を纏わせてるハイネの眼差しは、今は底冷えがするほど冷たく。その冷たい眼差しを叩き込んでなお、ハイネは傲然と佇立していた。 「今回、イザークに貴官への質疑を要求したのは、この俺だ」 「あんたが……!?」 「そしてこれは、議長からの要請でもある」 だから、答えろ、と。 傲慢さすら感じられる瞳で、眼差しで、ハイネはディアッカを睨みつける。 その瞳に、そこに宿る光にたじろいだのは、俺だけではない筈だ。 シホも、普段凛として他人に弱みを見せないはずのシホ=ハーネンフースでさえも、俺と同様、ハイネにたじろいで。 普段のハイネからは、想像が出来ないその厳しさに、微かな戦きを感じた。 「答えてもらおうか、ディアッカ=エルスマン。ザフトが開発したモビルスーツと、その新造艦の行方を。彼女たちが強奪した、我らの兵器の行方を」 彼女たちが、何を主張しているかなんて、そんなことはどうでもいい。 事実は。厳然として存在している事実は、今ハイネが言った通りなんだ。 ハイネが言った通り。少なくともザフトはあの機体は、あの新造艦は、強奪されたものと解釈している。 それが事実。 それが、現実なんだ。 「……知らない」 「ふぅん?」 「あの艦が戦後どうなったのか、俺は知らされていない。廃棄処分されたんじゃないのか?」 「廃棄処分するにしても、まずはこちらに返還するのが筋だろうが」 呆れたように、ハイネが呟く。 いや、きっと多分。心の底から彼は、呆れているのかもしれない。 あれは、ザフトの機体だった。ザフトの艦だった。 国民の血税を注ぎ込んで建造されたものだった。 そしてその艦は、その機体は、国民の命を啜った。 自らを造った者の命を、啜ったのだ。 何てそれは、皮肉。 「平和のために……ね。そんな偽善、言うのはやめろ」 「何だと!?」 「えぇっと、そこのお前。お前確か、兄貴がヤキン防衛戦に出撃したって言ってたな?お前の兄貴は、どうなった?」 ディアッカの言葉をサラリとシカトして、俺の部下の一人に顎をしゃくる。 確か、ヤキン・ドゥーエ攻防戦で、兄を亡くしていた筈だ。 「自分の兄は、ヤキン防衛戦に出撃した、守備隊員でした。……“フリーダム”に、殺されましたが」 「な……!?」 「あの機体は、兄の機体のコックピットを外して攻撃したようです。動力が落ち、兄は寒さに震えながら、酸素を絶たれて戦死いたしました。……あれは戦死なんかじゃない。嬲り殺しだ」 怒りに震えながら、彼が言う。 ここにいるのはみんな、その哀しみを嘗めた者だった。 その辛酸を嘗めて、なおも軍人としてあろうとしている者たち……危うく、軍法裁判で、処刑されそうになった。 「お前が何を想い、何のために戦ったかなんて、今はどうでもいい。でも、こいつを傷つけるのだけは、赦さない」 「……」 「見ろよ」 「駄目だ……やめろ、ハイネ!」 手を、掴まれた。 そのまま、ハイネの手が、袖を捲り上げる。 駄目だ、嫌だ。これは……。 「それは……イザーク……?」 眼前に提示された事実に、ディアッカが目を見開いた。 骨と皮だけになった、腕。 浮き出た血管に、青黒く残る鬱血痕。 それは、数え切れないほどの点滴の、痕。 纏う者の躯にフィットするように誂えられた、軍服だ。 もちろん、袖口などに武器を仕込むことを考慮には入れていても。 俺だって、袖口にナイフは仕込んでいる。 けれど本来ならば、こんな風に容易く袖を捲り上げられるものでは、ないのだ。 それは、その軍服を身に着けるものにフィットするように、作られたものだから。 既製品であるはずの、軍服。 本来ならば、体型になど考慮する筈もないそれ。 それでも、それはそのように誂えられている。 おそらくきっと、数の少ないコーディネイターが、死ぬことが少なくてすむように。 何がしかの理由で、敵に遅れをとることが、少なくてすむように。 きっとそれを想い、開発されたもの。 「見ない振り、してただろ?」 「それは……」 「お前がMIAになってから、アイツが死んでから、こいつがこうなったこと、考えもしなかっただろ?お前、こいつが何か物食ってるとこ、見たことあるか?」 「……」 「メディカルチェックはいつもオール優だったから、安心したか?あれは全部、こいつがマザーをハックして、書き換えていたものだったのに?」 厳しい、声。 断罪、している。 「それでも、前線にいる。自分の責任を果たそうとしている。お前が『正義』だと信じ『悪』だと切り捨てたものを守るために」 ぐっと、腰を抱き寄せられる。 厳しい眼差しで、シホが睨み付ける。 温もりが、あって。 それが、心地よくて。 ミゲルが、好き。 それだけだった、筈なのに。 どうして、いつもいつも……。 気づくのはお前が、俺の……。 縋り付いて。 そんな俺、俺自身大嫌いなのに――……。 -------------------------------------------------------------------------------- とりあえず今の気分は、そんな感じ。 何だろう。やっぱり、すぐには二人、相容れなかったんじゃないのかなぁと思うわけです。 仲間を、殺されたのに。その殺した相手と仲良くできるなんて、信じられないって。思うんじゃないかなぁ。 そしてアタシ、ハイネ様擁護しすぎ。 でもヘタレですみません。 かっこいいハイネ様書きたい。 んで、幸せになってほしい。 最終的には、悲恋で発狂だけどさ。 ここまでお読みいただき、有難うございました。 |