そうやってお前に縋って

甘えて

こんな弱い俺 俺は大嫌いだ――……










〜硝子の叫び声〜









「ディアッカ=エルスマン、ご命令により出頭いたしました」


 ラフな敬礼をする幼馴染に、会釈をして返礼に代えた。
 何の用事で呼ばれたのか、分からない。
 そんな顔を、している。

 それもそうだろう。
 普段ならば、こいつと話をするときに余人を交えたりなど、しない。
 けれど、これは任務だ。
 任務に、至上を挟むわけにはいかない。非公開にするわけにも、いかない。
 密室でなされた議論に、一体誰が耳を傾けるというのか。
 何かを明らかにしたいならば……公正を期すならば、その内容は公開しなくてはならない。
 故に、俺はその席にシホを始めジュール対の隊員を数名、同席させた。

 ……ハイネは、いない。


「ここで行われた会話の内容は、後日議長に提出される。心して答えて貰いたい」
「ちょっと、おい。イザーク。一体何なんだよ」
「貴官からの質問は、認めない」


 慌てるディアッカに、冷然と応える。
 もともと俺は、温かい人間なんかじゃ、ない。
 きっと、大切なもの以外には、どこまでも冷たい人間なのではないか、と。そう思う。


「貴官は先の大戦中、ラクス=クライン率いる三隻同盟に加わったとの報告があるが、それに間違いはないか」
「……ございません」


 不貞腐れたように、ディアッカが答えた。
 分かりきっていたことだが、やはり腹が立つ。

 何故、馴れ合える?
 ニコルを……ミゲルを殺した連中と、何故馴れ合える?
 どこに貴様は、あいつらの『正義』を見出した?




 『正義』と言う言葉は、極めて独善的な言葉だと思う。
 我々『ヒト』と言う種族は、それぞれ掲げる『正義』のために戦う。
 遺伝子を改良しようが、結局変わらぬそれはヒトの性≪サガ≫なのだろうか。

 ヒトは、『正義』を掲げて戦う。
 己が抱く『正義』を掲げ、それにそぐわぬ者は『悪』と決め付け淘汰、駆逐する。
 それが、『ヒト』だ。

 『正義』とは多面的なものであり、多角的なものであり。
 それなのに、彼女たちは言う。
 『戦うことは愚かだ』と。『戦わぬことこそが正義なのだ』と。『戦うことは、愚行であり悪なのだ』と。『戦わぬこと、それだけが正義なのだ』と。

 それは、違うのではないのか。
 我らコーディネイターにとって、ザフトにとっての『正義』とは、戦う力持たぬ我らの同胞を守ることではないのか。
 彼らの安寧を守ることではないのか。
 それが脅かされたから、我らは力を欲した。
 それまでも、否定するのか。
 ならば、どうすればいいのか示していただきたい。

 戦わぬことが正義だと言いながら、行使される過剰な兵器は一体何なのか。
 守るべき同胞を見捨て、それに攻撃を加える、その行為のどこが『正義』の名に値するものなのか。

 戦わねば、我らは我ら自身を守れなかった。
 それとも戦わず、ナチュラルに生涯隷属しろ、と。そう言うつもりか、ラクス=クライン。

 それを認めることなど、出来るわけがない。
 それでは、未来を閉ざされるも同じことではないか。


 コーディネイターが宇宙≪ソラ≫に進出するより以前、否、そもそもコーディネイターがこの世に生を受けるより以前。
 大国に、列強に殖民され、搾取され続けた者たちがいると言う。
 歴史書を紐解けば、そんな事例はいくらでも湧いて出てくる。
 搾取され続けた人民が何をしたか。
 そんなもの、誰だって想像することが出来るだろう。

 彼らは、戦うのだ。
 自らの権利を求め、生きるために戦う。
 我らコーディネイターとて、それは同じこと。
 それを、『悪』と決め付けるのか。

 それとともに戦うことが、貴様らの『正義』か、ディアッカ。そして……アスラン=ザラ。


「では、貴官に尋ねる。三隻同盟の主力艦は?」
「はぁ!?そんなの、報告書に……」
「貴官は質問に答えればそれでいい。――三隻同盟の主力艦、そして主要モビルスーツは?」
「……主力艦は“エターナル”、“アークエンジェル”、それからオーブの“クサナギ”で、主要モビルスーツは“ジャスティス”そして“フリーダム”です」


 答えるディアッカの言葉に、他のジュール隊隊員たちと目配せして、頷く。
 報告どおりだ。
 そして、俺たちが見たままのものだった。

 先の大戦の折、戦場に舞い降りた白き死神の姿。
 悪趣味なピンクの戦艦に、浮沈艦と名高い『大天使』。
 忘れたくとも忘れられない、悪夢にも似た光景。
 味方を殺す、『平和の歌姫』の姿。
 それは、皮肉にも似た嘲りを感じさせずにはいられない。


「報告によれば、ザフトが開発した最新鋭のモビルスーツ……奪取されたモビルスーツのうち、“ジャスティス”はその破壊された旨が確認されている。“ジェネシス”に突入し、自爆した、と。それは真実か?」
「はい」


 ディアッカが、頷く。
 本題は、ここからだ。

 “ジャスティス”と“フリーダム”。奪取された、ザフト軍最新鋭の機体。
 俺が搭乗する予定であったことも、聞いた。
 けれど今更、あの機体に未練も愛着もない。
 俺が命を預け、ともに戦場を駆け回った機体は、“デュエル”。裏切り者の搭乗した“フリーダム”などではない。
 あの機体に、愛着なんて、なかった。

 ZGMF-X 10A“フリーダム”
 条約違反の、核兵器搭載型モビルスーツ。
 俺の恋人を殺した仇が搭乗した、機体。


「では、貴官に尋ねる。
三隻同盟とやらに奪取された、我らザフト軍の当時最新鋭のモビルスーツ並びに新造艦は、今どこにある?」
「は……?」
「聞こえなかったのか?“エターナル”と“フリーダム”は今、どこにある?」


 反駁を許さず、俺は語気を強める。
 言い逃れをさせる気など、毛頭なかった。
 あの、機体。
 ミゲルを……ニコルを殺した、仇が搭乗した、あの機体。
 元素のレベルまで粉々に打ち砕かなければ、気がすまない。


「何故、今更それを……?」
「何故?もともとはザフトの機体だ。所在を明確にするのは、当然のことだろう。貴官がそう言うなら、逆にこちらが問いたいな、ディアッカ=エルスマン。何故今まで、貴官ら三隻同盟に所属していた者たちは、彼の機体彼の艦の所在について、口を噤んだ?」


 戦争は、終結した。
 あの女たちは、武装は全て放棄しろ、と言った。
 ……そんなこと、出来るわけも無いのに。

 そうまで言うのなら、普通の神経を持つ者たちであったなら、せめて自分たちの武装は放棄するだろう。
 それが出来なくとも、せめて強奪したモビルスーツ、並びに戦艦については、本来の持ち主に返還するだろう。
 本来の持ち主――即ち、ザフトに。
 しかしあいつらは、それさえも、しない。


「新造艦“エターナル”並びに“フリーダム”は、もともとザフトが所有していたもの。その製造費用は国庫――即ちプラント国民の税金により負担されている。彼の機体の所有権は、我らプラント国民にある。
所有者が、奪われた所有物の所在を確認することは、極めて当たり前のことだと思うが?」


 逆に言うのならば。
 何故、そんな簡単な理屈が分からないのだろうか、と。本気で俺は心配になってしまう。
 あの機体、あの戦艦がラクス=クラインの所有物だとでも言うのか。
 国民の血税によって製造され、その費用を負担した我が国民を殺した、彼の機体。彼の戦艦。
 それは、一体如何なる皮肉なのか。


「聞いているのか、ディアッカ=エルスマン。新造艦“エターナル”並びに“フリーダム”は、どこだ?」
「その二つについては、きちんと返還された筈だ」
「残念ながら、そのような記録は存在していない。“エターナル”並びに“フリーダム”は未だ、所在不明として扱われている。これは一体、どういうことだ?」
「それは……」


 ディアッカが、言葉に詰まった。
 おそらく、返還する意思など端からないのだろう、あの女には。

 それで、『正義』を語るか。
 いや、正義を『騙る』か。
 それは、何と言う傲慢か。

 殺してしまえば、良かったんだ。本当に。
 餌で釣って、呼び出して謀殺すればよかったんだ。
 それぐらい、容易いことの筈なのに。
 それだけのために生きられない自分がいることを、実感する。



 平和のために。そう言って死んだ、年若い戦友がいる。
 ピアノが好きで、まだ十五歳で。
 それでもプラントのために戦った、優しい少年。

 彼の命を代価とした平和を、覆せるものではなかった。
 例え血で染まったものだと、分かってはいても……。

 かつてほどにはもう、自分の独断だけで動くことなど、出来なくなってしまった。
 双肩にかかる職責は、それだけ重い。


「もう一度言う。今回のこの場においての貴官の発言はすべて、議会ならびに議長に提出することになっている」


 だから正直に答えろ、と。威圧するように睨み付ける。
 頼むから。俺にお前を憎ませないでくれ、ディアッカ。

 「幼馴染」
 道を違えてしまった、「幼馴染」。
 いつ、俺たちは道を違えてしまったのだろうか。
 入隊した頃も、それ以後も。俺たちはずっと、同じ道を歩いていた筈なのに。
 いつ、俺たちは道を違えた?
 いつ、俺たちがともに信じてきた「正義」は、その内容を違えてしまったのだろうか。


「新造艦“エターナル”ならびに、“フリーダム”は、どこだ?」


 祈るような気持ち、だった。
 この場で亀裂が決定的になれば、俺はきっとこいつを一生赦せないだろう、と思った。
 だって、あいつらは、殺したんだ。
 誰よりも大切だった人を、誰よりも大切にしてくれた人を。
 ミゲルを、あいつらは殺した。
 二コルを、殺した。
 母上は未だ、幽閉の身の上だ。

 自宅に戻ることは、許された。
 しかし、監視つきだ。
 ジュール家の邸宅を囲む多数の監視者の目。
 その中で、母上は耐えておられる。

 自ら犯してしまった過ちと、罪と断罪された戦中の事象のために。


「ディアッカ=エルスマン。答えろ」
「何故、お前がそんなことを言うんだ、イザーク?お前だって、何が『正義』で何が『悪』だったか、分かっている筈だろう?」
「ディア……ッカ?」


 お前が、それを俺に言うのか?



 ミゲル……ミゲル……ミゲル。
 大好きだった。
 心から愛していた。大切だった、俺の恋人。

 『結婚しよう』と、言ってくれたんだ。
 『戦争が終わったら』と。
 それなのに、その願いは叶わなかった。
 俺の知らないところで、俺のいない場所で、ミゲルは死んだ。

 渡された、小さな箱。
 遺品の整理を命じられた、あの日。

 緑の軍服を畳んで。あいつが大好きだった音源ファイルの整理をして。
 ギターのコード表。
 あいつが好んで身につけてたコロン。
 全部全部、一人で整理した。
 この手で、クルーゼ隊にアイツが存在していた痕跡を、消して。
 そして、見つけたんだ。

 ベルベットの、ケース。
 小さな箱の中に納められていた、リング。

 いつか、渡してくれるつもりだったんだろう。
 一緒に収められていたメッセージカードには、俺の名前。
 いつか、渡してくれるつもりだった、リング。それを渡されることは、なかった……。
 それよりも先に、アイツは殉職してしまった……。

 還って来て……還って来て……還って来て……還って来い、馬鹿ミゲル。
 還って来て、言えよ。
 これは、悪い夢だったんだ、と。
 死ぬわけないだろ、と。
 言って、抱きしめて欲しかった。
 けれど、それが現実。
 もうどこにも、ミゲルはいない。
 それが、俺の直面した現実。

 アイツは機体ごと、宇宙の深遠に飲み込まれて。
 この腕は、遺体を抱くことさえ、叶わなかった――……。


「お前が、それを俺に言うのか、ディアッカ?」
「イザーク?」
「お前が、俺にそれを言うのか?何が『正義』で何が『悪』だったか、と?俺に?俺にお前が?あの連中にミゲルを奪われた俺に、貴様がそれを言うのか?ミゲルを殺した連中を、『正義』と?俺に、そう言えと言うのか?」


 ならば、還せ。
 彼を、還せ。
 彼だけが、俺の全てだった。
 彼だけが、俺を受け入れてくれた。俺の全てを受け入れて……愛してくれた。
 母上を除いて、彼だけが。
 そんなミゲルを……俺の愛する人を殺したのは、誰だ?


「俺たちは、平和のために……」
「ザフトは、平和を望んでいなかったとでも言うのか?」


 クルーゼ隊長の思惑なんて、俺は知らない。
 あの人が何を考えていたかなんて、俺は知らされていない。

 隊長は、道を選び間違えたのかも、知れない。
 隊長は、確かに人類の滅亡を願っていたのかも、知れない。

 けれど、それ以外は?
 それ以外のザフト兵全て、人類の滅亡を願っていたとでも?
 誰も、平和なんて願っていなかったとでも?

 平和のために死んだ少年が、いた。
 仲間を庇って、彼は戦死した。
 それなのに貴様らは、アイツを殺した連中と馴れ合い戦ったのか。

 心が、急速に冷えていくのを、感じる。
 道は、分かたれたのだ、と。
 わけもなく感じた。

 ハイネが人事に提案して決定されたディアッカの人事だが、やはり配属替えを希望しよう。
 俺はあの二人を殺した連中も、それと馴れ合い続けたやつらも、やはり心のどこかで赦せない。……赦せない、と。感じてしまうから。
 それでは、公正な対応など、出来ないと思うから。
 配属替えを、希望するしかないだろう。


 それとも俺が、愚かなのだろうか。
 今でもずっと、ミゲルを愛してる。ミゲルの死を、引き摺らずにはいられない、俺が。
 俺が一番、愚かなのだろうか。

 ミゲル……ミゲル……ミゲル……傍に……傍にいて欲しい。
 傍にいて、抱きしめて。
 それだけで、十分だったのに。
 それだけで、幸せだった。

 でももう、ミゲルはどこにもいない……いないんだ。
 だから俺は、その代償を求めずには、いられない。


「だって、お前……」
「何だ?」
「お前、恋人いるだろ?ミゲルが死んで、もう1年だ。とっくに……」


 ディアッカが、口籠もる。
 『もう』1年?
 違う。『まだ』1年だ。
 まだ、1年しかたっていない。まだ、1年しか。

 永遠を、誓ったんだ。
 それは儀式などのない、本当に口約束に過ぎない約束だったけれど。
 それでも彼は、言ったんだ。

 『戦争が終わったら』と。『平和になったら』と。


「分からない。どうして……どうしてだ?貴様もアスランも、どうしてだ?何故、何故馴れ合える?ニコルを……ミゲルを殺した連中と、何故馴れ合える?何故、笑っていられる?何故?何故だ?」


 感情的になっているのが、分かる。
 それでも言葉が、止まらなかった。
 何故?
 何故?
 何故、馴れ合える?何故、笑っていられる?何故、全てを水に流してしまえる?


「落ち着けよ、イザーク」
「ディアッカ……」
「お前が赦せないって気持ちは、分かるよ。お前とミゲルは、恋人だったんだから。でもだからと言って、ラクス=クラインやオーブを非難する理由には、ならないだろ?」
「……ディアッカ?」


 信じられない思いで、俺はディアッカを見つめることしか出来なかった。
 何を、言っている?
 この男は、何を?
 何を、言っているのだ?

 まるで俺が、八つ当たりでもしているような、言い草。
 いや、否定はしない。
 赦せないと思い、報復を願わずにはいられない。それはひょっとしたら、八つ当たりなのかもしれない。
 俺もミゲルもそれぐらい、人殺しをしてきたから。
 だから、喪うことは当然、と。お前も奪ったのだから、その苦しみを思い知れ、と。そう提示された現実に、苛立って。
 手近に存在するラクス=クラインに、第三勢力に、八つ当たりをしているのかも、知れない。
 少なくとも、仮にそう断言されたとき、その言葉を否定するだけの根拠を、俺は持ち合わせてはいなかった。

 あれだけナチュラルを殺してきた俺が、自分の恋人の死を嘆き報復を叫ぶのは、第三者が見ればただの八つ当たりと取られても、おかしくないような気がするから。


「『非難』?非難って、何だ?」
「イザーク」
「俺が、誹謗中傷している、とでも?そういいたいのか?」


 謂れのない罪を、彼らに押し付けている、とでも?
 謂れのない誹謗をしているとでも、言うのか?
 違う。
 謂れのない誹謗じゃ、ない。
 謂れのない中傷では、ない筈だ。



 オーブは、中立の国だった、と言う。
 その中立の国で製造されていたものは、じゃあ何だった?
 モビルスーツ。地球軍の、モビルスーツ。
 オーブが開発した、地球軍のモビルスーツ。
 その性能は、実際にあの機体に搭乗したものならば誰だって、知っている。

 寡兵でありながら、長期戦に持ち込むのは愚かな話だ。
 その程度の理屈、軍人ならば誰だって知っている。
 寡兵ならば、如何な手を使ってでも短期決戦に持ち込まねばならない。
 そうでなければ、国力の差が物を言う。
 能力が優秀であろうとも、そもそもの国力――国民に置き換えてもいい――が低いプラントが勝利を収めるには、短期決戦に持ち込むしかなかった。
 それなのに攻防が1年以上の長きに及んだのは、明らかに軍本部の失策だ。

 そして元からの国力に差がある以上、それ以上パワーバランスを地球軍側に傾けるわけには、いなかった。
 オーブのモビルスーツ開発は、まさしく地球軍側にパワーバランスを傾ける行為だった。

 そんなの、赦せるわけがないだろう。

 何のために、戦っていた?
 プラントを守るためだ
 しかしオーブはあの時、地球側に味方したも、同然。
 俺よりも先に実践にあったミゲルは、それをきっと熟知していたのだと思う。だからアイツは、何が何でも奪い損ねたモビルスーツを、奪取しようとした。

 良くも悪くも、俺たち二人は、きっと軍人で。
 良くも悪くも、二人とも国を捨てられなくて。
 そしてアイツは、あの機体の奪取に躍起になって。
 若すぎる命を、散らした。

 オーブがモビルスーツの開発さえしなければ、あいつが死ぬことはなかった。
 それは、誹謗か?中傷か?


「そこまで零落れたか、ディアッカ」
「イザーク!」
「プラントを守るために。そのために、俺たちは軍人になったのではなかったのか?それなのに、それさえも見失ってしまったか。あの小娘に、誑かされたか。タッド=エルスマンの息子も、落ちたものだな」
「イザーク!お前!!」
「隊長を放せ、ディアッカ=エルスマン!」


 ディアッカの手が、俺の胸倉に伸びる。
 ぐっと胸倉を掴まれて、今更ながらに距離を実感する。
 もう、お互いの道は、交わらないのだ、と。そう思った。

 周囲にいた俺の部下たちが、銃を構える。
 その銃口は、真っ直ぐとディアッカに向かっていた。

 バイオレットの、瞳。
 綺麗な瞳を憎悪に染め上げて、シホがディアッカを睨みつける。


「今すぐ、隊長を放しなさい!」
「何故……お前らもか」
「何故?どこまで貴方は、何も見ていないのですか。隊長を見れば、お分かりでしょう。それとも、それさえも見えなくなってしまったのですか。
それならば、私たちは何が何でも、貴方を排除します。隊長に、貴方はもう必要ない」
「シホ……やめろ」
「さすがにそれは拙いだろ、お前ら。銃、下ろせ」


 セーフティーをはずし、シホの白い指先が、そのトリガーにかかる。
 それを諌めようと、咳き込みながら言葉を紡ぐと、背後から懐かしい声が、かかった。

 ……ミゲル?
 あぁ、違う。この声は、ハイネだ。
 ミゲルはもう、いないから。


「ヴェステンフルス隊長……しかし!」
「私刑≪リンチ≫は、軍規で禁じられているだろう?」
「ですが……!」
「ここでお前らが何かしたら、それはクライン派へのいい口実になっちまうぞ。あいつらは、イザーク潰そうと躍起になってるんだから。イザークの立場、悪くするつもりか?」


 低い声で呟かれた言葉に、シホをはじめジュール隊の隊員たちは、銃を下ろした。
 それでも、シホのバイオレットの瞳は、ぎらぎらとディアッカを睨みつける。


「大丈夫か?イザーク。あーあー、喉んとこ、赤くなってるぜ?後で医務室、行っとけ」
「分かった……」


 ハイネの指が、俺の喉に触れる。
 ミゲルとは、まるで違う……でも、ハイネの傍はやっぱり、落ち着いて。
 どうすればいいのか、分からない。

 ミゲルが、好きだ。
 今でもずっと、好きだ。
 でも、ハイネを手放せない。
 ……最低だな、俺は。


「さて、と。ディアッカ=エルスマン。俺は特務隊所属、ハイネ=ヴェステンフルスだ」
「ディアッカ=エルスマンだ」


 鋭い緑柱石の眼差しを、ディアッカの顔面に叩き込んで。
 ハイネは、ディアッカに向き直った。

 いつもと少し、感じが違う。
 そう、感じた。
 普段ならば、もっと。もっと、温かい空気を纏わせてるハイネの眼差しは、今は底冷えがするほど冷たく。その冷たい眼差しを叩き込んでなお、ハイネは傲然と佇立していた。


「今回、イザークに貴官への質疑を要求したのは、この俺だ」
「あんたが……!?」
「そしてこれは、議長からの要請でもある」


 だから、答えろ、と。
 傲慢さすら感じられる瞳で、眼差しで、ハイネはディアッカを睨みつける。
 その瞳に、そこに宿る光にたじろいだのは、俺だけではない筈だ。

 シホも、普段凛として他人に弱みを見せないはずのシホ=ハーネンフースでさえも、俺と同様、ハイネにたじろいで。
 普段のハイネからは、想像が出来ないその厳しさに、微かな戦きを感じた。


「答えてもらおうか、ディアッカ=エルスマン。ザフトが開発したモビルスーツと、その新造艦の行方を。彼女たちが強奪した、我らの兵器の行方を」


 彼女たちが、何を主張しているかなんて、そんなことはどうでもいい。
 事実は。厳然として存在している事実は、今ハイネが言った通りなんだ。
 ハイネが言った通り。少なくともザフトはあの機体は、あの新造艦は、強奪されたものと解釈している。
 それが事実。
 それが、現実なんだ。


「……知らない」
「ふぅん?」
「あの艦が戦後どうなったのか、俺は知らされていない。廃棄処分されたんじゃないのか?」
「廃棄処分するにしても、まずはこちらに返還するのが筋だろうが」


 呆れたように、ハイネが呟く。
 いや、きっと多分。心の底から彼は、呆れているのかもしれない。

 あれは、ザフトの機体だった。ザフトの艦だった。
 国民の血税を注ぎ込んで建造されたものだった。
 そしてその艦は、その機体は、国民の命を啜った。
 自らを造った者の命を、啜ったのだ。
 何てそれは、皮肉。


「平和のために……ね。そんな偽善、言うのはやめろ」
「何だと!?」
「えぇっと、そこのお前。お前確か、兄貴がヤキン防衛戦に出撃したって言ってたな?お前の兄貴は、どうなった?」


 ディアッカの言葉をサラリとシカトして、俺の部下の一人に顎をしゃくる。
 確か、ヤキン・ドゥーエ攻防戦で、兄を亡くしていた筈だ。


「自分の兄は、ヤキン防衛戦に出撃した、守備隊員でした。……“フリーダム”に、殺されましたが」
「な……!?」
「あの機体は、兄の機体のコックピットを外して攻撃したようです。動力が落ち、兄は寒さに震えながら、酸素を絶たれて戦死いたしました。……あれは戦死なんかじゃない。嬲り殺しだ」


 怒りに震えながら、彼が言う。
 ここにいるのはみんな、その哀しみを嘗めた者だった。
 その辛酸を嘗めて、なおも軍人としてあろうとしている者たち……危うく、軍法裁判で、処刑されそうになった。


「お前が何を想い、何のために戦ったかなんて、今はどうでもいい。でも、こいつを傷つけるのだけは、赦さない」
「……」
「見ろよ」
「駄目だ……やめろ、ハイネ!」


 手を、掴まれた。
 そのまま、ハイネの手が、袖を捲り上げる。
 駄目だ、嫌だ。これは……。


「それは……イザーク……?」


 眼前に提示された事実に、ディアッカが目を見開いた。
 骨と皮だけになった、腕。
 浮き出た血管に、青黒く残る鬱血痕。
 それは、数え切れないほどの点滴の、痕。

 纏う者の躯にフィットするように誂えられた、軍服だ。
 もちろん、袖口などに武器を仕込むことを考慮には入れていても。
 俺だって、袖口にナイフは仕込んでいる。
 けれど本来ならば、こんな風に容易く袖を捲り上げられるものでは、ないのだ。
 それは、その軍服を身に着けるものにフィットするように、作られたものだから。

 既製品であるはずの、軍服。
 本来ならば、体型になど考慮する筈もないそれ。
 それでも、それはそのように誂えられている。
 おそらくきっと、数の少ないコーディネイターが、死ぬことが少なくてすむように。
 何がしかの理由で、敵に遅れをとることが、少なくてすむように。
 きっとそれを想い、開発されたもの。


「見ない振り、してただろ?」
「それは……」
「お前がMIAになってから、アイツが死んでから、こいつがこうなったこと、考えもしなかっただろ?お前、こいつが何か物食ってるとこ、見たことあるか?」
「……」
「メディカルチェックはいつもオール優だったから、安心したか?あれは全部、こいつがマザーをハックして、書き換えていたものだったのに?」


 厳しい、声。
 断罪、している。


「それでも、前線にいる。自分の責任を果たそうとしている。お前が『正義』だと信じ『悪』だと切り捨てたものを守るために」


 ぐっと、腰を抱き寄せられる。
 厳しい眼差しで、シホが睨み付ける。

 温もりが、あって。
 それが、心地よくて。

 ミゲルが、好き。
 それだけだった、筈なのに。
 どうして、いつもいつも……。
 気づくのはお前が、俺の……。








そうやって、甘えて。

縋り付いて。

そんな俺、俺自身大嫌いなのに――……。



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 ゴメン、こんなディアッカで。
 とりあえず今の気分は、そんな感じ。
 何だろう。やっぱり、すぐには二人、相容れなかったんじゃないのかなぁと思うわけです。
 仲間を、殺されたのに。その殺した相手と仲良くできるなんて、信じられないって。思うんじゃないかなぁ。

 そしてアタシ、ハイネ様擁護しすぎ。
 でもヘタレですみません。
かっこいいハイネ様書きたい。
 んで、幸せになってほしい。

 最終的には、悲恋で発狂だけどさ。



ここまでお読みいただき、有難うございました。