それが罪だと

そんなことはとっくに

分かっていた――……










〜原罪の庭〜










 『婚姻統制』
 それは、二世代目コーディネイターならば避けようのない、現実。
 遺伝子を弄くって生まれた、コーディネイター。
 望ましくないものは全て排除した、コーディネイター。
 我らの未来≪さき≫に待ち受けるのは、輝かしいものである筈だった。

 強靭な肉体。
 明晰な頭脳。
 選り取りみどりの、各種才能の萌芽を約束する種子。

 我らの未来は、明るいものである筈だった。
 一つの現実に、直面するより以前は――……。

 一世代目、それは問題にならなかった。
 しかし、二世代目。
 我らは深刻な現実に直面することとなる。
 それは、『子孫を残せない』と言うこと。



 コーディネイターは、受精卵の段階より遺伝子に改良を加えて生まれる存在だ。
 故に、遺伝子情報が皆、似通ってしまった。
 似通った遺伝子同士の交配で、子孫は望めない。
 出生率は、下がる一方。
 同時に、白痴や畸形などの子供が誕生し、人知れずその命を奪われる現実。

 神の領域にまで踏み込んだ、『望む人間』を創ると言うその大罪は、思いもよらぬ形で我らに代償を求めていく。

 そんなプラントにとって、我らコーディネイターにとってその現実から打開するため守るべしと定められた法が、『婚姻統制』だった。

 異なる遺伝情報を持つもの同士を『対の遺伝子』と呼び、その婚姻を推奨する。それが、婚姻統制。
 その法を、母は推し進める立場にあった。
 けれど俺は、それに、背いた――。
 プラントの定める法に、背いた。
 背いて、ミゲルの手を取った。

 俺の『対の遺伝子』はミゲルではなく。ミゲルの『対の遺伝子』も、俺ではなく。
 俺たちの適正率は、低かった。
 それでも、彼を望んだ。


「ミゲルと俺は、5%。……ハイネとはきっと、もっと低いんだろうな……」


 『対の遺伝子』は、別に適正率が全てではない。
 何名かの候補者の中から、両親の思惑も取り混ぜて定められるもの。
 アスラン=ザラとラクス=クラインが、いい例だ。
 彼らの場合だって、遺伝子の適正云々よりも、多分にその父親二人の思惑が交差してのもの。ていのいい、政略だった。

 それでもそれが、我らコーディネイターの現実であり、プラントの現実である。
 子を遺すためには、相手は遺伝子の適正率の高い者でなくては、ならない。
 それが、コーディネイターの常識。


「分かっていないんだろうな、ハイネ。お前は……」


 『好き』と言ってくれたヒト。
 彼はきっと、分かっていない。
 それがどれほど、罪深いことなのか。
 きっと、分かっていないのだ。
 分かっていないから、あんなことが言える。口に出来る。
 知れば、口になど到底出来まい。
 そして俺も、真実を口にすることが、出来ないのだ。

 口にしてしまえば、彼の執着はきっと、終わるのだろう。
 目が覚めて、もう二度と、俺のことを好きだなどと、言わないに決まっている。
 けれどその『真実』を、彼に明かすのが怖い。



 ハイネは、ミゲルに似ていて。
 それは時々、言い知れない痛みを齎し。
 けれど同時に、俺にとって救いだった。
 彼の優しさに、確かに救われてもいた。
 捩れて転がる感情の断片は、俺にとってもう曖昧なもので。

 苦しい。痛い。切ない。
 愛しい。嬉しい。

 感情は、ない交ぜになったまま、俺の影を離れて転がっていた。
 何が何だか。もう、分からない。

 だから、口にすることさえも、出来なくて。躊躇われて。
 ハイネが傍にいない自分を、想像することなんて出来なかった。
 何て何て、それは罪深いことだろうか。

 ハイネは今、20歳だ。
 婚約者は、未だいない。
 けれど、候補は何名か、挙げられたと聞いている。 あとはその中から、双方の思惑が絡んで婚約が成立する。
 極めて機械的な、プロセス。
 感情の欠片も交えない、機械的な取り決め。
 それがコーディネイターの英知の結果だと言うのであれば、確かにお笑い種と一笑されて然るべきものであるのかも知れない。

 定まっていない婚約者も、ハイネほどの男であればすぐに定まるだろう。
 むしろ、彼の生家であるヴェステンフルス家が、全くこの問題に着手していないことのほうが、驚きだ。
 もっとも、彼はもう既に両親を亡くしている。それ故に、遅れているのかも知れないが。


「定まって、幸せになることを望むべきだ」


 だから、彼に言ってしまえばいい。
 彼はきっと、知らないのだから。
 言ってしまえば、いいのだ。
 そうすれば彼は、解放される。
 けれどそれを、願えない。

 ハイネが、ミゲルに似ているからだろうか。
 だから、ミゲルに定まってしまうように、脳が勝手に錯覚するのだろうか。
 理性も感情も、あてにはならない。ヒト、だから。絶対は、有得ないから。

 勝手に錯覚しているのだとしても、それをどうこうする術など、持ち合わせていないのだ。

 そして同時に、彼の幸せさえも、望んでやれない。
 ハイネに、気持ちなんてない。
 少なくとも、男女の感情なんて、持ち合わせてはいない筈なのに。
 それなのに、彼が他の女性と幸せになることを、祈ってやれない。願ってやれない。
 『婚約者』。その存在さえ許容してやれるか分からないほど、俺は狭量だった。
 彼の気持ちには、応えてやれないのに。
 天秤は決して、傾かないと言うのに。


「失礼します、隊長。シホ=ハーネンフース、入室いたします」
「あ……あぁ。入れ」


 思索の海にどっぷりと首まで浸かっていると、シホがやってきた。
 いけない。まだ、軍務の最中なのに。
 こんなに不安定で、どういうつもりなんだ。俺は。


「どうぞ。紅茶をお持ちしました」
「……有難う」
「いいえ。任務、お疲れ様でした」
「あぁ……」


 ハイネから依頼された任務は結局、果たせないままだった。
 ディアッカさえも、彼の機体、彼のモビルスーツの所在を、知らなかった。

 あの規模の戦艦とモビルスーツ。容易に隠蔽できるとは、思えない。
 個人でどうこうできるとは、思えない。
 ではやはり、一枚噛んでいるのは、オーブか。
 ……いけない。まだ、確証もないのに。断定する行為は、慎まねば。
 世界は今、極めて微妙なパワーバランスの下、薄氷の上にその平和を享受しているのだから。

 溜息を吐く俺の目の前に、シホが繊細な作りのティーカップを置く。
 カモミールティー、だろうか。独特の芳香が、した。


「カモミールか?」
「えぇ。気分を落ち着ける作用があるそうです」
「そうか……」


 我ながら、愚かな真似をしたと、思う。
 感情に任せて、罵って。
 愚かなことを、した。

 違えてしまった道の狭間で、俺はいつまでたっても前に進めていなかったのかも、知れない。
 ディアッカは、逆に前に進んでいた。
 そう言うこと、なのだろう。

 だからきっと、俺はあぁまで彼の言葉に、傷ついた。

 ずっと、同じ道を歩んでいけるものだと思っていた。
 同じ道を、歩んでいるものだと信じていた。
 でもきっと、俺たちはそれぞれ対極の道を歩み始めていたのだろう。道を違えた、あの日から。ならば今日のこの出来事も、初めから確定していたのかもしれない。もう、俺たちの道が再び重なり合わぬことは、確定していたのかもしれない。
 それなのに。愚かな真似を、した。


「ディアッカは、どうしている?」
「今日はもう、早退していただきました。このままでは、暴動になりかねませんでしたから」
「暴動?」
「ヴェステンフルス隊長が制止されなければ、間違いなく彼は蜂の巣になっていました」


 淡々と語るシホの言葉に、余計に彼女の怒りのほどを思い知る。
 前線に立つことの多かったジュール隊の面々は、あの大戦における第三勢力の欺瞞の数々を、この目に焼き付けてしまったから。
 やはりそれは、容易には払拭することなど出来ない。

 散々平和と非戦を騙り続けた彼女らが戦場でしたことは嬲り殺しであり。負傷兵の救助さえ、彼女たちは行おうとしなかった。
 わけの分からない論理を振り回しての、大量虐殺。
 それも、即死に直結しないやり方での、極めて陰湿な殺戮だった。

 それを、目にしてしまったんだ。


「アイツは?」
「ハルですか?彼は未だ、軍務に当たっておりますが?」
「早退してもいいと伝えてくれ。今のままでは、仕事に手がつけられないだろう」


 兄を、“フリーダム”お得意のコックピット外し攻撃で喪った隊員。
 彼の兄の死に顔は、すさまじいものだったと言う。
 動力が落ちたコックピットの気温は、急激に下がる。それに輪をかけて、酸素もやがて供給されなくなる。
 彼の死因の、正式な原因は分かっていない。
 彼だけじゃない。他にも数多のザフト兵が、あの攻撃により悲惨な最期を余儀なくされた。
 そんなの、気にもかけないかもしれないが。
 彼らザフト兵の命など、彼女率いる第三勢力にとっては塵芥にも等しいのだろう。


「隊長にあんなことを言うなんて、とても許容できるものではありません。隊長は、その身を賭して私たちを守ってくださったのに。それなのに、あんなこと……」
「そういきり立つな、シホ。仕方ない。『正義』とは、そう言うものだ。唯一絶対の正義なんて存在しない。だから、仕方ない。俺とディアッカのそれは、いつの間にかその方向性を違えてしまっていたということ、ただそれだけだろう」
「はい、唯一絶対の正義などと言うものは、存在しません。でも、彼らは自分たちがそれであると過信している。過信して、隊長までも傷つけました。我らジュール隊が、それを赦せぬと思うのは、致し方ないことです」


 きっぱりと、シホが言い切る。
 あぁ、本当に。このまま隣の部屋に行くことを考えるだけで胃が重い。
 何を言われるものか、分かったものではない。
 あの場にいたジュール隊員全員が、今頃ディアッカの発言に尾鰭を付けまくって吹聴しているだろう。いっそ、背鰭まで付いているかも知れない。
 考えるだけでそれは、気が重たかった。

 『今頃蜂の巣』と言ったシホの言葉を、冗談としてしまえることが出来たら、どんなにか良かっただろう。しかしそれも、不可能なのだ。
 あの言葉を、冗談としてしまえたら、本当に良かったのに。
 そこに介在していたのは、まさしく本気で。
 彼らの本気に、我ながら青褪めずにはいられない。


「そういえば、ハイネは?」
「ヴェステンフルス隊長は、先ほどの一件を議長に報告に行かれました。……私、初めて見ました。ヴェステンフルス隊長が、あんなにも怒りを露わにするところ」
「俺もだ」


 ハイネとミゲルは、声は似ているけど、姿はあまり似ていなくて。
 内包しているものもまた、あまり似ていなかった。

 ミゲルもハイネも、敵に容赦しない。そんなところは、似ていて。
 けれど、似ていない部分もまた多かった。

 ミゲルに比べれば、ハイネは常に優しい空気を纏わせている印象がある。
 優しいと言うか、温かい。
 何があっても相手を包み込んでしまえるような、そんな精神的な厚みを感じさせる。

 ミゲルだって十分優しいし、大事にしてくれたけれど。
 ミゲルには、どこかしら冷たい部分も存在していた。
 二人は、似ていて。その優しいところも、敵に容赦のないところも、似ていたけれど。同時に、あまり似ていなかった。


「アイツのあんな一面、俺は知らなかった」


 普段目にすることなどない。どこか傲慢さすら感じられる、冷然とした表情など。今まで、目にしたことなんてなかった。いつも、どこか優しい雰囲気だけを、ハイネはその周囲に浮かべていたから。
 だから、少しだけ戸惑った。


「大丈夫ですか?」
「うん?」
「大丈夫……ですか?」


 繊細な造りのティーカップに手を伸ばして、華奢な取っ手を握る。
 カップを傾けると、ふくよかな味が口いっぱいに広がって。
 独特の香気に、確かに気持ちが落ち着くのを感じた。


「……大丈夫だ」
「そうですか」
「あぁ」


 バイオレットの瞳に、心配の色を乗せるシホに、頷く。
 大丈夫……まだ、大丈夫。
 まだ、大丈夫だ。


「すっかり、痩せてしまわれましたね……」
「ハイネにも、言われた」
「では、何故……」


 シホが、言葉に詰まった。
 言いたいことは、分かる。
 『何故軍人を続けるのか』
 おそらく彼女は、そう言いたいのだろう。

 世界は、平和になりました。誰もが、そう言う。
 世界は、平和になりました、と。だからもう、ナチュラルへの憎しみは捨てて。
 ナチュラルと和解しなくてはなりません、と。

 どうしたら、この憎しみを捨てることが出来るのだろう。
 どうしたら、この悲しみを。この喪失感を、埋めることが出来る?
 どうしたら……。

 ミゲルは、いない。
 ラスティも、ニコルもいない。
 当たり前のように俺の周囲にいた人たちみんな、いなくなって。
 それなのに、どうすれば。
 どうすればこの喪失を、埋めることが出来ると言うのか。

 この感情を、俺は捨てられない。


「お邪魔するぜ?」
「ハイネ……」
「ヴェステンフルス隊長!」


 黙りこんでいると、陽気な声が、執務室の入り口のほうからかかった。
 ノックするような体勢で壁に寄りかかりながら、ハイネがこちらを見ている。
 とたんに、シホが敬礼を施した。
 綺麗な……教本の見本のように綺麗な敬礼に、ハイネは口角を上げると、同じように綺麗に返礼した。


「医務室、ちゃんと行ったか?」
「氷を貰って、冷やしていた。もう、大分赤味は取れたぞ」
「そっか。それなら、問題ないな」


 歩み寄ってくるハイネが、そう言う。
 視線が合うと、シホはハイネに軽く会釈して。
 扉の前でもう一度敬礼すると、退室した。
 気を遣っている、らしい。
 二人きりと言うのも、困る気はするんだが……うん。


「議長は、何と?」


 来客用のソファをハイネに勧めながら、尋ねる。
 革張りのソファに腰掛けて、ハイネはゆったりと足を組んだ。
 思案気に、その緑柱石の瞳が、伏せられる。


「難しいことに、なった」
「そうか」
「あぁ。分かっていたことではあるが、議会内で今、幅を広げているのはクライン派だ。当然、ラクス=クライン擁護を崩さない。先の大戦以降、軍はどうしても、その発言力が低下してしまっているからな。軍人の目から見れば確かな裏切り行為であるそれを、あの連中は受け入れることを良しとしないんだ」
「難しいな……」
「難しいよ、本当に。平和になった、平和になったと皆言う。確かにもう、大規模な戦闘は起こっていない。でも、それだけだ。それだけなのに、平和に酔って、何かを見失ってしまっている気がする。講和が成立して、それ即ち平和ってわけじゃないのに、な……」


 呟くハイネの顔には、苦渋の色が滲んでいた。
 特務隊FAITH。
 数え切れない権限と、責務を負うその栄えある地位にある男は、そうであるが故に懊悩から抜け出せないでいるようだった。


「ハイ……」
「ごめんな、イザーク」


 声をかけようとして、口を開いた。
 それよりも早く、ハイネが俺に謝罪をする。
 何故、何を。何を、謝る必要があると言うのか。
 分からずに、目を白黒させる俺に、ハイネは諦観の滲んだ笑みを浮かべた。


「あんな依頼をして、本当に悪かった。謝ってすむ問題じゃないことは分かっているが、本当に……本当に、ごめん。辛かったな?」
「ハイネ……」


 謝らなくても、いいのに。
 謝る必要など、どこにあるというのだろう。
 ただ、避け続けていた現実と、ようやく直面しただけだ。
 避け続けてきた現実――自分と彼らの……ディアッカやアスランとの断絶を、認識してしまっただけ。
 傷ついたのは、今までそれを直視しようともしなかったから。
 ただ、俺が弱かっただけの、話。

 強くならなくては。
 今は、平和だけど。
 所詮この平和も、仮初め。
 強くならなくては。強くなくては。
 何も……何も守れない。

 ミゲルとラスティのとき、俺はあいつらの傍にいることが出来なかった。
 ニコルのとき。俺はその直接の現場に居合わせることが出来なかった。
 傍にいたら、死なせなかったのに。
 絶対に、死なせなかった。何が何でも。絶対に。
 何であの時。ミゲルが再度出撃する時、アスランのように自分も出撃しなかったのだろう。何で、命令違反しなかったのだろう。
 していれば、絶対に。
 絶対に、死なせなかったのに……。

 喪いたくなければ、強くならなくてはいけない。
 そうしなければ、何も守れない。
 隊員の命さえも、守れない。
 そんな隊長、お笑い種だ。


「謝る必要はない、ハイネ。いずれ、明らかにせねばならない問題だった。そうだろう?」
「イザーク……しかし」
「この問題は、いずれ必ず明らかにしなければならなかった。……議会は、また荒れるだろうな」


 現在の議会の主流は、クライン派。
 彼らは体のいい、ラクス=クラインのスポークスマンだ。
 彼女たちに都合のいいように、情報も何もかも改竄していく。彼女に都合の悪いものは一切、世間には出ない。
 可哀想なのは、それに乗せられている国民だ。
 彼らは何も知らず、お優しい平和の歌姫ラクス様、の夢想に浸っているのだから。


「そうだな。議会は、また荒れる……。本当に、やってられないね」


 くしゃり、と前髪をかきあげて、ハイネが言う。
 緑柱石の瞳にあるのは、どこか諦めの滲んだ……倦んだような眼差しで。
 疲れているんだな、と思った。

 議会と、軍と。
 議長直属のFAITH様は、数え切れない雑事に晒されている。
 気の休まる日など、一時もないのだろう。
 挙句、俺にまで、気を遣っているから……な。


「疲れているのか?」
「ん?……あぁ、ちょっと、な」


 いうなら、今だ、と。そう思った。
 このままでは、ハイネまで潰れてしまう。

 ハイネに、救われてる。
 それは確かな、実感。
 でも、俺を抱え込んでハイネは潰れかけている。

 特務隊FAITH。
 ザフトの軍人は、有能であって当たり前。
 その中でも輪をかけて優秀であるべきなのが、特務隊。
 ナチュラルの軍隊のように、後ろで机上の空論な指示だけを出していればいい無能なだけのお飾りでは、勤まらない。
 それが、ザフト。


「ハイネ……」
「何?」
「……俺は、大丈夫だ」


 俺の言葉に、ハイネが心底、分からないと言う顔をする。
 何をして『大丈夫』なのか。きっと、把握できていないということなのだろう。
 でも、ハイネ。
 もう、十分なんだ。
 本当にもう、十分なんだ。

 特務隊FAITHに任命された。
 それは、新政権下でも彼の能力を買っているという、こと。
 未だ母は監視付の、何かあればすぐに切り捨てられる俺と、彼は違う。
 だから彼はこれ以上、俺を抱え込んでしまっては、いけない。

 議会と軍の、折衝。
 それに、俺という重荷まで加えてしまっては、いけない。
 これ以上は、いけない。

 強く、なるから。
 お前がいなくても、立っていられるように。
 強く、なるから。なれるから。
大切なものを守るために、そうなってみせるから。
 だからもう、その手を。
 その手を、離すべきなんだ。


「俺……私はもう、大丈夫です。従兄妹殿」
「イザーク?」
「従兄妹同士だ。俺とお前。だから……」


 だから手を。その手を、離すべきだ。
 子の生せない者同士の婚姻など、このプラントでは決して認められない。

 俺は一度、プラントの法に背いた。
 背いて、ミゲルの手を取った。
 だから……。


「だから、何?」
「ハイネ……」
「従兄妹同士だから?だから、何だって言うんだよ。その言葉で、お前、俺の気持ちを全て否定するつもりか!?」
「ハイネ……」


 違う。違う。
 そうじゃない。
 否定するとか、そういうことじゃない。
 でもいい加減、解放しなくては。

 従兄妹だから。
 血が、繋がっているから。
 だからどこかしらある安心感に、今まで甘えていたから。
 そうして俺が甘え続けることで傷つけてしまったのなら。重荷を背負わせてしまったのだとしたら、それはもう、終わりにしなくては。
 ただ、それだけなんだ。


「……知ってたのか?」
「……知ってた」
「知ってて……?」
「知ってて、惹かれた」


 酷く穏やかな口調で。
 夢見るような口調で、彼が呟く。


『罪と知っていても、焦がれずにはいられなかった』


 そう、囁いた――……。






















それが 罪であること

そんなこととっくに お互い 理解していたんだ――……



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 『世界』を構成する上での、補足かな、と。
 『原罪』は、キリスト教の考え方ですけれど。
 深読みしたら、面白いかも。

 開始時期から、欠かせない設定として考えていたものの一つ。
 この話の中のイザークとハイネは、従兄妹です。
 ミゲルとハイネじゃないあたり、ポイントでしょうか。

 すみません。ちょっと今回は、あとがき苦しいです。
 辛い思いばかりさせてごめん、と。話中のイザークに謝罪文を送りたくて仕方がありません。

 ここまでお読みいただき、有難うございました。