世界は 動き続ける? ![]() 〜動乱の予兆〜 与えられた職責を、淡々とこなしていく、毎日。 繰り返される『今日』と言う現実に、少しずつ『過去』が押し流されていくような、そんな焦燥。 『彼』が、過去になってしまう。 『彼』の時は、止まってしまって。 それなのに俺は、時を重ね続ける。 ……何てそれは、残酷。 先の見えない、毎日。 積み重なっていく、『昨日』と言う『過去』の集積。 そのどこにも、彼の影が見えなくて。 傍にいて欲しいのに、ミゲル。 せめて影だけでも、寄り添っていて欲しいのに。 「隊長」 「あ……あぁ、何だ?シホ」 「今度の演習の計画書が、届きました」 「そうか」 “セカンドステージシリーズ”の開発が進んでいる、昨今。 それに付随した演習もまた、多かった。 「平和になった」と、誰もがそう言う。 でもこれは、果たして『平和』と言えるのだろうか。 『平和』とは、こんな形をして、こんな色をしたものだったのだろうか。 「平和になった」と。誰もがそう言うけれど。 こんなの、『平和』とは思えない。 次の戦争に向けて、各国がステップアップを図っているだけのような気が、する。 戦力を蓄えて、次の戦争に耐えられるように。 「演習か……また忙しくなるな」 「そうですね。ヴェステンフルス隊長も、お忙しいようです」 「特務隊が、暇なわけがないだろ」 「それもそうですね」 ナチュラルの軍隊がどうであるか分からないが、コーディネイターの自衛軍の様相が色濃いザフトでは、地位が上がれば上がっただけ、忙しくもなり責任も増える。 その職責に耐えられなくては、エリートの代名詞ともいえるレッドにも、FAITHにもなれない。 それが、ザフト。 「それなのに……駄目だな」 レッドから、ホワイトになった。 一部隊を率いる隊長に、なった。 それなのに、俺は弱くて。 職責に耐えられないくらい、弱くなってしまっている気が、して。 弱い弱い、俺。 「食事に行きましょう、隊長」 「シホ……?」 「食事、行きましょう。そろそろお昼の時間ですから」 「いや、しかし……」 食欲は、相変わらずなかった。 それでも時々は、ハイネに引き摺られて一緒に食事はしていたけれど。 「軍のカフェテリア、結構美味しいんです。ご一緒しましょう、隊長」 「そう……だな」 たまにはそう言うのも、いいのかもしれない。 今まで一度も、そう言えばシホとはそんなこと、しなかったから。 「スィーツも結構、充実しているんですよ。お好きでしたよね、隊長」 まるで、頑是無い子供に言い聞かせるように甘く、シホが言う。 誘いの言葉は、以前の俺ならばきっと、快諾するに十分のものだったけれど。 本当に、今はもう。何も……何も欲しくないんだ、シホ。 満たされないものを、抱えてる。 毎日毎日。繰り返されていく営み。 明日になれば、『昨日』と言う『過去』になってしまう、『今日』と呼ばれる日常の集積物。 そのどこにも『アナタ』がいない。 ありふれていた日々から『アナタ』と言う存在が……『友人』や『戦友』にカテゴライズされる『タイセツ』なものが抜け落ちていく日々。 喪いたくなくて、抱え込んで。 それでも、押し流されていく生の営みと言うサイクル。 ……あぁ、何てそれは残酷。 「食事でなくても、構いません。少し、気分転換をしましょう。それに御一緒させてください」 「……分かった」 頷くと、シホは嬉しそうに微笑む。 その笑顔に、俺が一体どれだけ彼女に心配をかけていたのか、おぼろげながらも分かってしまって。 申し訳ないな、と思う。 部下を守るのは、上官の務めなのに。 部下に、上官たる俺が守られてどうするんだ、本当に。 だから、ハイネは俺を放っておけないんだ。 俺が、頼りないから。 俺が、弱いから。 優しい従兄は、俺の心配ばかりし続けて。 強く、なりたいのに。 強く、ならなくてはいけないのに。 どうしてどうして、こんなにも弱くなってしまったのだろう。 もっともっと、強かった筈なのに。 もっともっと、強かった筈だ。 母を……そしてプラントを守りたくて、軍人に志願した。 首席卒業は叶わなかったけれど、アカデミーは総合次席で卒業した。 前線に配属されて、今まで生き残って。 強い、筈なのに。 なのにどうして、こんなに弱くなってしまったのだろう。 どうして、強くなれないのだろう。 ミゲルが、いない。 それだけで、どうして。 ラスティが……ニコルが……オロールが……マシューが。当たり前のように傍にいない、それだけで、どうして。 どうしてこんなに、弱くなってしまった? 喪われた命に、恥じないように。 彼らの命を代価に要求した平和を守るために、強くならなくてはいけないのに。 例え仮初の平和に過ぎないものであっても、その影で犠牲になった数多の命。それに応えるためにも、強くならなくてはいけないのに。 それなのに、俺はどんどん弱くなっていってる。 ……駄目だな、本当に。 繰り返されていく、今日と言うサイクル。 その全てに、すっかり、疲れてしまっているんだ……きっと。 食欲はなかったけれど、誰かと同席する席で、自分だけ何も食べないわけにもいくまい。それは、明らかに無作法だと言うことを、知っている。 だからシホも、俺を食事に誘ったのかもしれない。 ハイネとシホは、最近結託している気が、する。 小さなミニサラダと、薄切りフランスパンの一つくらい食べれば、いいだろう。 それと、コーヒー。 無駄な人件費は削除するのがモットーの軍にあって、カフェテリアも大体がセルフ式だ。 仮に給仕がいるならば、それは専らアカデミーの生徒の役割だった。 アカデミー低学年のものの任務が、軍本部でのカフェテリア等の給仕になる。 ザフトは基本的に、義勇軍の様相が色濃い自衛の軍隊だ。 俺もそうだったが、評議会議員の子息や令嬢、大会社の子など、他者に傅かれる以外の生活を送ったことのない者も、数多い。 そう言うものたちにそのような任務を与えることで、命令には絶対服従することや、他者に傅くことを、叩き込むのだ。 それが任務であることは、だから分かるのだが、煩わしいのはあまり好きじゃないから、セルフで自分の分のトレイを用意した。 シホも、同じだ。 もっとも彼女の場合は、人に傅かれることに慣れていないから、らしいが。 「結構食べるんだな」 「……言わないでください、隊長」 「その細い躯のどの辺に、そんな量の食事が入るんだ?」 純粋に驚いて、尋ねる。 彼女のトレイの上には、スパゲッティカルボナーラに、俺と同じミニサラダ、コンソメスープに薄切りフランスパン。そしてアイスティーが鎮座している。 均整の取れた細い躯を有する彼女のどこに、その量の食事が入ると言うのだろう。 くるくるとフォークにスパゲッティを巻きつけたシホが、憮然とする。 「我ながら、よく食べるなぁ、とは思います。以前は、ダイエットとか食事制限もしたんですけど、力は出ないしフラフラするし、で。それ以来、やめました。それで敵に遅れを取るなんて情けないし、男に負けるのも、嫌じゃないですか」 「……確かに」 可憐な外見に騙されがちだが、シホは負けず嫌いだ。 女だからと言って、男に負けることをよしとしない。 変に女を主張せず、かと言ってしっかりと少女らしい。そのバランスが、俺は好ましかった。 頷きながら、レタスを咀嚼する。 ドレッシングは、あまりこってりしていないノンオイルのものを。 ちょっと爽やかな風味が、口当たりもよくて。 少しは、食事も進むような気が、した。 気がする、だけかもしれないけれど。 胃に少し何かを入れることで、少しは躯が温まっていくような……妙にリラックスしていくような、感覚。 確かに、気分転換にはなるかもしれない。 日がな一日、執務室の白い壁ばかりを眺めていたら、気が滅入ると言うものだ。 暖色でコーディネイトされたカフェテリア内の内装は、それだけで確かに、癒しの効果があるような気が、した。 少しは、外に出ることを覚えてみても、いいかもしれない。 ずっとずっと、『アナタ』を忘れずにいたい。 『アナタ』の全てを、覚えていたい。 感情の描く軌跡。 現実の描く幻滅。 そのギャップにきっと、すっかり参っているんだ……。 「美人が二人揃って、食事中?」 「……ハイネ。相変わらず、神出鬼没だな」 「人をゴキみたいに言うんじゃないよ、お前は」 「……その単語を出すな。嫌いなんだ」 「ヴェステ……」 「あぁ、いいからいいから、シホちゃん。座って食事続けて」 立ち上がって最敬礼をしようとするシホを、ハイネが苦笑しながら止める。 シホの性格上、当然起こりうることだと、弁えておけよ、ハイネ。 上官と馴れ合うことをよしとしない、決められた礼儀はきっちりと守るやつなんだぞ。 「相変わらず、上官のお仕込がいいようで」 ぽつん、とハイネが呟いた。 別に、俺が仕込んだわけじゃない。 ごくごく当たり前に、そう言うことが出来る人間なんだ、彼女は。 「俺も同席していい?……あ、俺はコーヒー」 「誰もまだ、いいと言っていないぞ?」 「冷たいやつだね、お前は。いいだろ、別に」 そう言って、ハイネはさっさと空いている席に腰掛けた。 まぁ、シホの正面や隣に座らなかったことだけは、褒めてやってもいい。 絶対に、萎縮するに決まっているから。 「今日はコーヒーなのか?」 「ここのカフェテリア、食事やコーヒーはそこそこ美味いものを出すんだ。ただ……」 「ただ?」 「紅茶だけは、しみじみと不味い。以前頼んだら、あまりの不味さに卒倒しそうになった。それ以来、ここで紅茶は飲むな、と。俺は、学んだ」 「そうなのか?でも、シホ……」 「普段ストレートで飲む筈のシホ=ハーネンフース嬢のアイスティーには、レモンが投下されているだろ?」 「……よく見てるな」 彼の言葉に、呆れる。 まったく、よく見ていることだ。 そんなところまで、普通気にかけるものなのか? 「よく飲めるね、そのアイスティー」 「私は、コーヒーが逆に苦手なので。レモンを入れたりして味を調えたら、まぁ飲めるものにはなります」 「うわぁ。そんなの、俺はごめんだね」 心底辟易した調子で、ハイネは手を顔の前でパタパタさせる。 拘りがあるのか、ないのか。こいつはさっぱり、分からない。 人でも物でも、あまり執着を見せない男。 それが、俺のハイネのイメージだ。 紅茶は確かに好きみたいだ。自分でも、よく淹れているし、ハイネの淹れる紅茶は絶品だと俺も思う。 でも、他に一体何に、こいつは執着を見せるだろうか。 少なくとも俺は、知らなかった。 従兄妹同士という、血縁関係。 でも俺はどれくらい、ハイネのことを知っているのだろうか。 本当はまったく、ハイネのこと、知らないのかもしれない。 ハイネはあまり、自分のことを話したり、しないから。 違う。 話そうとしないのが問題じゃなくて、聞こうとしない俺が、問題なんだ。それじゃあ、お前になんか興味ないって、言っているも同じだから。本当は俺が、もっと早くに、聞いておくべきことだったのだろう。 従兄妹同士という、血縁関係。 だからこそ、知っておかなくてはならないことが、あるだろうに……。 それなのに、俺は何も……何も、知らなかった……。 ハイネのこと、何も知らない。 俺が知っていることは、本当に僅かのことで。軍のパーソナルデータのデータバンクに、記載されている程度のことしか、知らなくて。 趣味も、嗜好も知らない。 従妹としてのイザーク=ジュールは、従兄としてのハイネ=ヴェステンフルスのことを、何も知らなかった。 彼の父親と俺の母が兄妹で。 それで、俺たちは従兄妹だった。 ハイネの父親は、ハイネが1歳のときにテロで死亡している。 母親も確か、ハイネの成人後に病気で亡くなった筈だ。 従兄妹として、俺たちはあまりにも疎遠だった。 俺が幼い頃、あったことはあるらしいけれど。でも俺は、ミゲルと付き合うようになって。そのデート中に彼に出会ったより以前の彼のことを、覚えていなかった。 それだけ、疎遠だったらしい。 幼いと言えど、俺だってコーディネイターだ。しょっちゅう出会った人間の顔を忘れるなんてこと、絶対に有得ない。 そこから導き出せる答えは、唯一つだった。 それだけ、俺とハイネは疎遠な従兄妹同士だった、と言うコト。 それは確かに、無理のない話であったけれど……。 「……ザーク。おい、イザーク」 「あ……あぁ。何だ?」 「何だ?じゃないだろ。急に黙り込んで……心配するだろうが」 「そうか。それはすまなかった」 素っ気無く言うと、ハイネがその口の中で何事か呟く。 どうせ、可愛くないだとか、素直じゃないだとか。その辺だろ? 分かっているよ、それくらい。 「俺に構ってくるなんて、特務隊はよほど今、暇を持て余しているらしいな」 「失礼なやつだな、お前は。忙しいに決まっているだろ?」 俺の言葉に、ハイネが苦笑しながら答える。 そう、だな。忙しいんだろうな、本当に。 俺よりも……白服の隊長よりも重い職責を担う、FAITH。 その重圧に耐えられるだけの、精神的な厚みを、でもハイネは持っている。 その強さが、羨ましい。 従兄妹、なのに。 どうしてその強さは彼にだけあって、俺にはないのだろう。 ハイネのような、強さ。欲しくて、堪らなかった。 強くなれない、弱い俺。 強くならなくては、いけないのに。 ハイネの強さは、だから酷く羨ましかった。 「お前らも、演習だ何だで、駆り出されるんじゃないのか?」 「そうだな。また今度、演習がある。今は、『平和』な筈なのに、な」 『平和』 『平和』か。 軍は、“セカンドステージ”シリーズの着手に、本格的に取り組んでいる。 同時に、“ニューミレニアム”シリーズの開発も、始まった。 『平和』になった、と。誰もが口にする裏で進められているのは、『平和』とは異質の兵器。 相容れる筈のない、物でしかないというのに。 別に、“セカンドステージ”シリーズや、“ニューミレニアム”シリーズの開発に、異を唱えているわけじゃない。 何よりも守るべきは、戦う力持たぬ、同胞。 軍人は、そんな同胞を守ることの出来る唯一のもの。 誇りにさえ、思っている。 違和感はきっと、実際に歩み続ける『現実』と、口先で唱えられた偽善的な『平和』との、ギャップだろう。 「平和になった」誰もが、そう言った。 誰もが、そう口にする。 それなのに影で、進められているんだ。 新たな、兵器の開発。 『彼女』の理想では、『武装放棄』こそが、『平和』だった筈なのに。 まぁ、今この場所に……守るべき同胞のもとへいない女の戯言など、どうでもいいことではあるが。 最後のプチトマトにフォークを突き刺して、口の中に放り込む。 あとできっと、吐くことになるんだろうけれど。とりあえず今、口にさえしておけば、二人は安心するだろう。 案の定、空になった皿を見て、ハイネはほっとしたように溜息を洩らした。 込み上げてくる嘔吐感を、ナプキンで口を押さえることで、堪える。 その諸々全てを、コーヒーで流し込んだ。 許容量を超えた容量を突っ込まれて、胃が暴れだしているような、感じ。 その感覚に、溜息が出る。 食事さえもすっかり、ままならなくなってしまった、この弱さで。 本当に、他者の命までも、負うことができるのだろうか。 そんな思いが、ちらりと頭の中をよぎった――……。 「“セカンドステージ”シリーズと“ニューミレニアム”シリーズ?あれならもう、試作機段階に入っている筈だ。まだ、聞いていなかったか?」 執務室にくっついてきたハイネが、勝手に紅茶を淹れ始める。 どうやら彼としては、カフェテリアでコーヒーを飲んだことが、非常に不本意でならないらしい。 手際よくさっさと紅茶を淹れると、俺の目の前に繊細なつくりのティーカップを、置いた。 そして、冒頭の彼の台詞に戻る。 「いや、聞いていなかった。そうなのか?」 と、言うか。知らされていない俺に、試作機段階に入ったこと、伝えてもいいのだろうか。 それは、おそらく軍事機密に属するものではないのか。 「もう、公式発表は目前だ。ここまできて、一体誰がこの流れを止められるっていうんだ?」 「そうだな……クライン派の連中、かな。まぁ、議長もそちらから政界に進出した方である筈だが」 「現実感のない連中の、戯言を下に国家は動かせない。武装放棄しろとあいつらは言うが、そんなことになって困るのは、誰だ。守る術を持たない国民だ。そんなこと、最高権力者である議長には許容できない、と。ただそれだけのことだろ」 そうだな。それが、現実だ。 でも、どうしてだろう。 そんな現実感が、何故か酷く哀しいものに感じられる。 どこまで、どこまで。俺たちは戦い続けなければ、ならないんだろうな……。 この『平和』は、ミゲルやラスティやニコルの命を、代償に欲して。 そして世界は、『平和』になったのに。 それだけの犠牲を払って漸くこの手にした、『平和』である筈なのに。 その崩壊はもう、目の前に迫っているような、そんな感覚。 まだ、終戦から1年ちょっとしか経っていない筈なのに。 そんなにすぐに、潰える筈、ないのに。 「多分、俺たちが賜るとしたら、“ニューミレニアム”シリーズの方だろうな」 「まさか。俺は多分、機体なんて賜れないと思う。そんな最新機、俺には……」 「“セカンドステージ”シリーズのほうは、アカデミー卒業したてのヒヨッコが搭乗するらしい。まぁ、一種のデモンストレーションだ。技量のない者でも、多大な戦果を齎すことの出来る、機体スペックの高さを内外に知らしめるためには、ちょうどいいだろうな」 「ハイ……」 「俺たちに与えられるのは、“ニューミレニアム”シリーズだ」 俺の言葉を遮るように、ハイネは言う。 “ニューミレニアム”シリーズ。与えられるのはきっと、ザフト内でも最高のパイロットたちだろう。 以前の俺ならば、それは当然俺に与えられるべきものだ、と。そう思えたかもしれない。 でも、今は……。 自分の弱さを知ってしまった今、それが俺に与えられる機体だとは、思えなかった。 パイロットの技量を必要とする、“ニューミレニアム”シリーズ。 与えられるほどの、俺はパイロットじゃないだろう、きっと。 「何でそんなことを言うんだ、ハイネ」 「ん?」 「何で、そんなことを言うんだ?だって、戦争なんて、起こらないだろう?そうじゃ、ないのか?」 “セカンドステージ”シリーズだとか、“ニューミレニアム”シリーズだとか。 何でそんなこと、言うんだろう。 戦争なんて、起こらない筈だろう? そのために、各国は努力している筈だ。 それとも、この平和はやはり仮初めのもので。また、生存を賭けて戦うことになるのだろうか。ひょっとしたら、その可能性は、高いのだろうか。 そしてそれは、すぐそこに迫っている……? 彼の言葉は、その可能性を示唆している気がして、仕方がなかった。 矛盾だ、これは。 ミゲルを犠牲に捧げた平和なんて、と。今の世界を否定的に捉えながらも、心のどこかで、この平和を肯定している。 いや、そうじゃないのか。 肯定とか、否定とかじゃなく。 この平和は、ミゲルやニコルやラスティや……多くの仲間たちが、その命を犠牲にしてそれでようやく、得たもので。 だから、それがこんなにも儚く潰えてしまうかも知れない現実に、苛立っているだけだ。 大切だった。 心から、愛していた。 大事だったよ、本当に。 素直になれなくて、あまり言葉にすることはできなかったけれど。 それでも、本当に。 本当に、愛していた。 恋人として、友人として。 愛していたんだ。 それなのに。それなのに。 彼らの命が代価となった『平和』が、こんなにも呆気なく潰えてしまう、なんて。そんなこと、肯定できない。 抱えるのはだから、否定でも肯定でもなく、俺自身の、矛盾。 「プラントが地球に攻め込むようなことは、ない。それは、絶対にない」 「そうか……特務隊が言うのなら、説得力があるな」 「問題はいつだって、逆のほうだな。ナチュラルどもの、動向はどう転ぶか分からない」 「何故?」 Nジャマーキャンセラーのおかげで、原子力だってそのうち、復旧するだろう。 そうすれば、別に宇宙に拘泥しなくてもいい。 こちらだって、食糧はもう、殆ど自給できるから、ナチュラルに隷属することも、ない。 共存ができないのならば、お互いを視界に入れなければいい。 そして、必要なときだけ、付き合っていけばいいのだ。 ただ、それだけのこと。 「精神的な問題、だろうな。やっぱり」 「あぁ……」 ナチュラルはコーディネイターに対して、精神的に嫌悪感を感じるものらしい。 それか。 「分からない以上、常に最悪の方向を考えておくべきだ。軍人も、為政者も。その為の新兵器――“セカンドステージ”と“ニューミレニアム”シリーズ――、その為の政治。そう言うことだろ?」 「分かるさ。そんな風に言わなくても」 「頭では、だろ?お前、頭はいいさ。頭では、何でも理解できるだろう。でも、お前はまだ幼い」 「プラントでの成人年齢は、とうに超えている。ナチュラルの成人さえ、来年になれば迎える」 ムッとしながら、答えた。 別に、自分が大人だなんて、そんなこと思っているわけじゃなくて。 そう断じられるのが、腹立たしかった。 「別の言葉で言い換えてもいい。お前は、純粋すぎる。その純粋さは、美徳だけどな」 「引っかかる言い方だな」 「裏はないさ。美徳だと、思っている、愛すべき美点だ、その純粋さは。でも……戦場には不向きだな」 「ハイネ?」 ハイネの呟きは、小さくて。 届かない声をもう一度、と聞き返す。 けれどハイネはもう、何も言わなかった。 ただ、寂しそうに微笑む。 どこか、諦めを滲ませて。 それは、出会った時から――幼い頃の記憶はないから、再会、と言うことになるのだろうが――すっかりお馴染みになってしまった種類の、微笑。 「ハイ……」 「じゃ、俺もそろそろ、執務に戻るわ」 「ちょっ……!待っ……!」 呼び止めようと、手を伸ばす。 ハイネの軍服の裾を、確かに捉えて。 その時、扉が開いた。 間が悪いとは、このことだ。 立っていたのは、俺の『幼馴染』だったから。 「ディア……ッカ」 呆然と、その名を呼んだ。 険しい目で、ディアッカが俺を見てる。 そこにあるのは、嫌悪、だったのだろうか。 問題なのは、この体勢か? 見ようによっては、ハイネに縋り付いているようにさえ、見える。 「イザーク、お前……」 「これ……は……」 「お前、何やっているんだ!?こんな時間に、他の隊の隊長引き込んで、お前……!」 「ディア……」 唇が、うまく動いてくれなかった。 違う。違う、ディアッカ。 今お前が抱いているのは、誤解だ。 「お前、お前の言葉は、全部嘘だったのか!?それなのに、他人を糾弾……」 「ディアッカ=エルスマン、これを見ろ」 ハイネが、カードをディアッカに見せた。 ハイネの、ID。 「お前は、誤解している」 うろたえる俺と対照的に、ハイネはどこまでも冷静だった。 冷静に、ディアッカに自らのIDカードを差し出す。 Blood relationship 血縁関係を示すそこに書かれているのは、ジュールの姓だ。 このプラントに、ジュール姓は俺と、最早母だけ。 そして、死んだ母の兄。俺の……伯父に当たる人。 その名前が、そこには書かれていた。 「俺とイザークは、イザークにとっては母方の、俺にとっては父方の、従兄妹だ」 「従兄妹……?」 「俺にとって、エザリア=ジュールは叔母に当たる」 淡々と、ハイネは言った。 従兄妹と言う、血縁関係を。 「お前が思ったのは、誤解。……そうやって不条理な言葉を言ってしまうのは、お前がイザークを信じたかったからだろ?だったら、そう言ってやれよ」 「俺……」 「じゃ、後は二人でちゃんと、話をしろ」 そう言ってハイネは、ぴらぴらと手を振って。 部屋から、姿を消す。 残されたのは、俺とディアッカだけ。 久しぶりに、ディアッカに相対した。 久しぶりすぎて、何を言えばいいのか、分からない。 「俺……さ」 「何だ?」> 「話、しておきたかったんだ。話を、聞いておかなくちゃいけない、と思ったんだ。だから……」 「そう、か……」 だから、話をしよう。 お互い、そう言葉にした。 話を、しよう。今まで、話せなかったこと、話して。 『幼馴染』だから。 ずっと近くにいたから。 言葉を尽くせば、分かり合えるかもしれない。 そんな感覚を抱いて。 それが、嬉しかった。 だから、気づかなかったんだ。 寂しそうに笑った、ハイネの胸の内を――……。 迫る足音 迫る破局と 別離を その時俺はまだ 知らなかった――…… ------------------------------------------------------------------------ 10話で片がつきそうにありません。 最低でも、15話いきそう。 そして『幸せ』がテーマの筈なのに(『Elysium』って、ギリシャ語かなにかの言葉で、『楽園』なんで)、欠片たりともその気配が漂わない。 挙句、本編に位置づけてたはずの『屍衣』より長くなりそうで、トホホです。 早く、『幸せ』が書きたい。 裏!裏が書きたいの! そのときは絶対に、『vestige』は流しません。 以前、それ流して裏書いたとき、ぜんぜん裏的な描写に至らなかった過去が……。 流すなら、『AQUA LOVERS』にするよ……!! ここまでお読みいただき、有難うございました。 |