どちらの比重が重ければ、あの日の自分を後悔せずにいられるだろう。 悔やむのは、もう君がいないから――……。 黄昏の残光 『黄昏の魔弾』 二つ名を与えられるのは、それが優れたパイロットだからだ。 与えられた彼用にカスタマイズされた機体もまた、彼の実力を物語っていた。 例え緑を纏っていようとも、彼は違う。 彼は、それを許された優秀なパイロット。 所詮アカデミーを出たばかりの俺たちは、実践になれば彼には敵わなかった。 それが、カスタムジンを許された男。『黄昏の魔弾』ミゲル=アイマンの実力。 「イザーク」 優しく名を呼ぶ、その声が好きだった。 綺麗な綺麗な声。 歌が好きで、職業すらも歌手を選んだというミゲルのその声が囁く相手が自分だと言うことが、堪らなく優越感を刺激した。 「イザーク」 「何だ?」 尋ね返せば、ミゲルはますます嬉しそうに微笑んで、俺の髪を梳く。 その手が、好きだった。 「例え話、しよっか」 「例え話?」 「そ。例え話。例えば、明日世界が終わってしまうとして」 「馬鹿か、貴様は」 馬鹿だ、コイツは。 そんな例え話、してどうなる? 皆、プラントを守るため、必死になって戦っているんだ。そんな話、不謹慎だろうが。 生きるために、俺たちは戦っているんだ。 死ぬためなんかじゃない。 「んじゃ、明日自分が死ぬとして、でもいいな」 「やめろ、ミゲル」 「……死ぬの、怖いか?イザーク」 俺の言葉に、ミゲルはそう囁いた。 ずるい、そんなの。反則だ。 怖い……怖いさ、死ぬのは。怖い。それより怖いのは……。 お前が死ぬのが、一番怖い。 こんなの、俺らしくない。 でも、そう思ってしまうんだ。 くせの強い性格で、なかなか友達ができなかった俺。 ディアッカは、そんな俺の数少ない友人だった。 そして、ミゲル。 俺を、好きだといってくれた。 何を馬鹿なことを。そう言って、冗談で済ませたのは、俺が弱かったから。 俺も、お前が好きだったから。 だから、自信がなかったんだ。 お前に俺が好かれるわけがない、と。いつか捨てられるんじゃないか、と。 そんなことを考える自分がいやで、俺はその手を振り解いた。 好き、と言葉にするのはとても簡単で。 その簡単な、たった一言を告げられない。 好き、じゃ足りないんだ。 愛してるんだ。 「ま、いいけどね。イザークは、何を望む?」 「馬鹿だろう、貴様は。そんな質問、答える必要などない」 「つれないなぁ、イザーク。別にいいだろ?最後の瞬間、望むものは何か。ただそれだけのこったろうが」 最後の瞬間、望むもの。 欲しいもの。 ……なんだろう。 それほどの執着を、持ったことなどなくて。 でもそれなら余計に、ミゲルに好きだなんて、いいたくなかった。 ミゲルにミゲルの生を生きてもらうためにも。 足枷にしかならない告白を、する気にはされなかった。 「分からん。そんなの、考えたこともなかった」 嘘を、吐いた。 欲しいものは決まっているのに。 お前だって、言いたいのに。それなのに、嘘を吐いた。 ミゲルはクシャッと顔を歪ませて笑って。 いつもどおりの、あの人好きのする笑顔のままで。 「そ。じゃあ、考えてみてよ。ちなみに俺はね…… もう一度、イザークに『好き』って言いたいと。そう願うよ」 「ば……馬鹿か、貴様は!」 「あ、ひどっ。それ、本人の前で言うか?普通」 「馬鹿といったら、馬鹿だろう、貴様!大事な願い事、そんなものに使いやがって……!!」 馬鹿だ、ミゲル。 お前本当に、大馬鹿だ。 それはもう、叶ってるのに。 俺もお前のこと、好きなのに……。 「イザークはそんなに、俺のこと嫌い?」 「好きとか嫌いとかそんな問題じゃないだろう!俺と貴様は……。」 「男同士ってのは分かってるけどさ。気持ちって、止められないだろ?俺やっぱ、お前好きだわ」 真剣な表情で言うミゲルに、何度自分の思いをぶちまけたいと思っただろう。 好きなんだ。 俺もお前のこと、好きなんだ。 男同士だからといって逃げて。 失うかもしれない現実が怖いからといって逃げて。 俺らしくもない弱気な態度も全て、お前が好きだから……。 愛している、と俺はアイツにいえなかった。 高すぎるプライドと臆病すぎる心が邪魔をして、俺は言えなかった。 言えば、よかったのに。 真剣な目で、俺を見るミゲルに。 優しい声で、俺を呼ぶミゲルに。 好きだ、と。一度でもいえばよかった。 こんな現実が待っているなら、いえばよかったんだ。 ミゲル=アイマンはもう、どこにもいない……。 ストライク奪取に失敗して、崩れ去るヘリオポリスと共に、宇宙の深淵に呑み込まれた。 遺体すら、見つけられずに……。 どうか、彼の魂の安からんことを。 彼は最期に、夢を見たのでしょうか。 最期に見た夢は、どんなものだったのだろう。 彼はその夢の中で、俺に言ったのでしょうか。 好きだ、と。 できればその時、彼の夢の仲の俺が、素直であったことを。 俺は祈ります。 彼の最期が、紛れもなく幸福であったことを。 小さな満足で構わないから。 彼が確かに、笑って逝けたことを祈ります。 待ってろ、ミゲル。 今はまだ、逝けない。 でも、俺は俺の役目が終わったら、必ずお前のところに行くから。 その時は、教えて欲しい。 お前が最期に見た夢を。 それまで、俺は俺の道を生きる。 いつかお前が迎えにくる日を夢見て。 最期に見る夢が、お前であることを祈りながら。 お前の温もりのない、この世の中を。 黄昏は、まだ遠い……。 鮮やかに軌跡を描いて。 落日に光を放って消えた、愛しい人へ……。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――― ……乙女イザーク。 なんですか、これは。 えとですね。『雪幻―Winter Dust―』を聞いてたら、死にネタがふっと湧いてきたんですよ。 冬らしい曲でも、いい加減古いかな、と思いつつ。 でも、好きなんです。 イザークには、強く生きて欲しいです。 『死んだら追っかけてやるから、それまで待ってろ』それくらいは言って欲しいな、と思いながら書いたんですけど。 予想に違わず乙女イザ。 所詮私の書く文章って、こんなもんですか。 |