告げたかった、言葉。

告げたくて、仕方なくて。

愛していると。

出来ることなら、イザーク。

もう一度だけ、言いたかったんだ――……。





斜陽






真っ白な闇が、広がっている。
白い、白い……。

嗚呼、闇とは漆黒と思っていたけれど。
白、だったんだ……。
わけもなくそう考えて、そんな自分に苦笑した。

何を、考えているのだろう。
自分が死ぬ、まさにその時になって。
こんなことを考える自分が、不思議だった。

もう一度、逢いたかったのにな……。
イザーク、イザーク。
もう一度だけ、お前に逢いたかった……。


性差を感じないあの美貌に、ただ見惚れた。
艶めく銀の髪に、灼熱の光を宿すアイスブルーの双眸。
白い白い……白皙の肌。

『美』というものをそのまま体現したかのようなその、美貌。
男だと言うのに、彼は並の女性よりもはるかに美しかった。

けれど惹かれたのは、その外見だけではなくて。
外見だけ惹かれたのならばまだ、よかったのだろうけれど。
惹かれたのはあの、孤高の魂だった。

他者と馴れ合うことを潔しとしない、苛烈な魂。
他者に厳しく、自身にはより厳しいあの態度。
そんな彼に、ただ惹かれた。
惹かれずには、いられなかった。


(ホント、笑えねぇよなぁ……)


ただ戯れでした、『例え話』。
それがこんな結末になるとは、あの頃考えてもいなかった。
本当に、笑えない。

イザークは、止めたのに。
そんな話は聞きたくないといったのに、した、話。
あの時言ったことは決して嘘ではなかったけれど。
けれど自分に用意されていた運命がこれだったのなら、あんなこと言わなかった。
あんな……あんなこと、言わなかったのに。

イザークを傷つけると分かっていることなんて、言わなかったのに。


好きだよ。愛しているよ。
その言葉は、真実だけれど。
けれど真実が、イザークを傷つけることもある。
真実であれば真実であっただけ、イザークを傷つけることもあったというのに……。


「ゴメンな、イザーク」


それでも、愛してる。
それでも、愛しいと想う。
それだけが、俺の真実なんだ……。


――――『ミゲル』――――



不意に耳に入ったその声に、思わず顔をあげた。
聞きなれた、声。
愛しんだ、声。
その声に、バカみたいに驚いて。

上げた視線の向こうで、イザークが微笑ってる。
満面の笑み、何て。
イザークは浮かべない。
どこかぶっきらぼうな、でも愛しい笑顔。
愛したその、顔。
それが、目の前にあって。


「イザーク……?」
――――『夢でも見ている、顔だ』――――
「だって、夢、だろう……?」


だとしたら、神様という存在は、何て味なことをしてくれるのだろう。
最期の最期に、この世で目にするものが、こんなにも愛しいものだとは。
こんなにも美しいものだなんて、思っても見なかった……。


――――『確かに、夢だ』――――
「だろうな……」


イザークはこんなこと、言わない。
こんな顔は、しない。
イザークは意地っ張りで、常に怒ったような顔ばかりしていて。
付き合いやすいタイプではなかったけれど。
それでも俺は、好きだった……。

好きになったことに、理由なんて必要ないし。
俺もそんなものは求めはしなかったけれど。

俺はイザークのそんなところも、好きだった。

疎遠になった弟を、重ねていたのかもしれない。
ただ最初は、弟のようだと思っていただけなのかもしれない。
それでも……。


――――『でもこれは、「イザーク」が望んだことだ』――――
「イザークが?」
――――『言いたかったんだろう?お前』――――


艶やかに、微笑む。

そう、言いたかった。
もしも明日、俺が死ぬのだとしたら、もう一度だけ言いたかった。
好きだ、と。愛している、と。
言いたかったんだ……。


――――『ミゲル?』――――
「もう一度、言えるんだ?」


微かに口元に笑みを浮かべると、イザークは頷く。
夢だと、分かっている。
これは俺が最期の最期に見る、愚かしいまでの夢の欠片。
でも、それでもいい。

夢でも、構わない。
こんなにも美しい……愛しい夢ならば。
夢であっても、構わない――……。


「……愛している、イザーク……」
――――『嬉しい』――――
「そっか……」
――――『俺も、愛してる』――――


大きく目を見開くと、イザークはますます笑みを深くした。
その笑顔のまま、腕を差し伸べる。

炎上するコックピットの中にあって、それでも彼は微かに笑みを浮かべた。
自嘲が、半分。
己の愚かしさに辟易しながら、それでも笑う。



「愛してる、から。イザーク……」








どうかお前のこれからの人生が、幸福なものでありますことを。
お前の幸せを、俺は祈るから。
願うから。




俺は、待たないよ、イザーク。
俺は、待たないから。
来るならゆっくりと、こっちに来な。
お前がお前の人生をしっかり終えて、それでこっちに来るならその時はお前を出迎えるから。
それ以外では絶対に、こっちに来るな。

俺の後を追うなんて、そんなのは、論外だから。
そんなの、俺は望まない。
俺がいなくても、お前は生きろ。
しっかりと、お前の人生を生きて欲しい。




……できるだろ?
それが、宇宙(そら)に散った同胞たちに答える、術でもあるはず。

それをどうか、忘れないで。










鮮やかに描く、最期の夢。
落日に放たれた光の中に、君の笑顔を見たと思った――……。



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『黄昏の残光』と対になる小説として書きました。
前回がイザークの話だったので、今回はミゲルで。
『夢』というのがテーマだったので、『死』が克明な描写になることを避けたのですが……。
どうでしょうか。
一応、雰囲気モノの話を目指したつもりです。

それにしても私、ミゲル死亡の話、書きすぎ。
まだこれからも書く気でいるんですけど。
書かなきゃいけない話もありますし。

絶対どこかでネタ、被りそうなんですけど……(苦笑)。
どうしましょう?

ここまで読んでいただき、有難うございました。