内包する狂気を。 狂おしいまでの慕情を。 刹那い永遠を。 静かに、奏でながら――……。 虚空の黎明 「おはよう、ミゲル。よく眠れたか?」 華のように麗しい――少女と称するには幾分大人の色香を滲ませた少女が、囁くように尋ねる。 男物のシャツから覗く白い脚が、目に眩しい。 微笑みながらそっと、ベッドサイドへ歩み寄る。 両腕を拘束された、男の枕元に腰掛けて。 「よく眠れたか?ミゲル」 「眠れるわけが、ねぇだろうが」 唸るような声にも、笑って。 けれどどこかそれは、空虚な微笑。 「食事にしようか?今日は何が食べたい?」 「何を……っっ!?」 「何にしようか……。俺、料理のレパートリーも増えたんだぞ?何が食べたい?」 彼は、答えない。 元から答えに期待していなかったのか、少女は笑顔を崩さない。 歪んだ笑顔のままそっと、青年の金髪を撫でて。 「そうだな。今日は俺、非番だから。タルト……ポテトのタルトにしよう。なんだか急に、ポテトのタルトが食べたくなった」 「……」 「ポテト、嫌いだったか?……そんなことは、なかったよな。お前、何でも食べたから。あぁ、トマトは苦手だったか」 くすくす、と。 銀の鈴を転がしたかのように、その笑い声も麗しい。 しかしその笑い声に、彼は一層神経を逆撫でされる。 「いい加減にしろ、イザーク。何の茶番だ、これは!」 「茶番?何のことだ?どこが、茶番だ?」 「茶番じゃなかったら、これは一体何なんだよ!?」 「絶滅危惧種の動物は、保護するだろう?それと同じだ」 枕元に腰掛けたまま、その足を組んで。 ミゲルの髪を、そっと梳く。 アイスブルーの瞳にあるのは、どこまでも無垢な煌き。 「俺はただ、死にそうだったお前を保護しているだけだ」 「何が『保護』だ!体のいい監禁だろうが、これは!」 「保護とは、そう言うものだろう?檻の中に囲い込んで、大事にすることが、『保護』じゃないか。何が不満なんだ?」 俺は大事に……大事にお前を『保護』しているだろう? 少しだけ不満そうに言い募る少女に、初めて殺意を覚えた。 少女には、彼の意思など関係ないことが、分かって。 それは、自由を好む彼の気質とは、対極にあったから。 苛立ちが、募る。 言い知れぬ苛立ちに、彼はぎりぎりと己の腕を戒める手錠を繋いだベッドヘッドを握り締めた。 格子状のそれは、ビクリともしないけれど。 「駄目だ、ミゲル。そんなことをしたら、お前の手が痛んでしまうだろう?」 「イザーク……」 「喉の調子もよくないな。喉にいいお茶でも淹れよう。その喉が悪くなったら、哀しいから」 「イザーク……」 「だから、言って?言ってよ、ミゲル。俺のこと、『アイシテル』って。あの頃みたいに、言って?」 お前の望むものだったら、何でも与えられるよ?それだけの力はあるよ? そう微笑みながら、彼の望むものは一切与えてはくれないのだ。 彼が渇望するものは、自由。 少女が望むものは、独占。 それ故に……。 両者の望みは、対極。 ねじれの位置にあるその望みの前で、少女は己の望みのみを叶えようとするのだ。 幼いそれは、少女の独占欲。 際限なく膨らんだ、浅ましい渇望。 その浅ましさも醜悪さも、本当は少女が一番よく理解していたのだけれど。 同時に、それを改める気など、彼女にはなかった。 「ここから、出せ……それが駄目なら、手錠だけでもいい。せめて手錠を……」 「駄目」 艶やかに、微笑んで。 彼の願いを、即座に否定する。 「駄目。お前に、そんなもの必要ないから」 「イザーク」 「駄目。お前は、ここにいればいい」 ここにいて。 俺の傍にいてくれたら、それでいい。 繰り返される言葉は、睦言なのか。 それとも、呪いなのだろうか。 何度も何度も、狂おしく切なく、そして一方的に告げられる、言葉。 緊迫した空気をかもし出す2人だけの部屋に、機械音が響く。 ベッドヘッドのパネルを、イザークは手を伸ばしてオンにする。 「俺だ」 「イザーク、休暇中に悪い。昨日頼んでた書類だけど、急に今日の会議に必要になっちまったんだ。悪いけど、あとでメールで送っといてくれ」 「分かった、ディアッカ。それと。……ジュール隊長、だろう?」 「はいはい。ジュール隊長閣下。じゃ、頼むな?」 「分かった。一時間後にはそちらに送ろう。用件は?以上だな?」 「あぁ。じゃ、休暇を楽しんでくれ」 用が済むと、イザークはさっさとパネルをオフにする。 せっかくの、休暇なのだ。 無粋な邪魔などいらない。 「食事……ポテトのタルトは、嫌か?」 今までの会話の流れなど全て忘れたように、少女はまた、食事にその話を戻した。 都合よく、忘却するつもりか。 そうして都合のいい夢だけを重ねて、少女はただミゲルに求め続けるのだ。 「食事、いらないのか?」 「……」 「そうか。なら、俺も要らない」 沈黙を、肯定と捕らえると、彼女はミゲルのベッドの中にその肢体を滑り込ませる。 「イザーク!?」 「休暇なんだ。朝寝も悪くないな」 微笑むと、ミゲルの躯にその腕を絡ませる。 白い腕も、その肩も躯も。 イザークはそのすべてが華奢で。 ダブルのベッドなら容易に、二人の躯を収めることが出来る。 「ミゲル……」 「……」 「また、言ってくれるだろう?『アイシテル』って。だって俺、こんなにお前のこと、大事にしてるだろう?俺、大事に『保護』してるよな?大事に……」 囁きに、答えるなんてことはしない。 勝手に夢を重ねた。 そして己が自分勝手に紡いだ夢に、彼を縛り続ける。 憎い、少女。 憎らしいほどに美しくて。 殺してしまいたいほどに愛しい。 「俺が、憎い?」 「……」 「それでも、いい。構わない。……もう二度と、あんな思いをしなくて済むなら。俺はお前に憎まれてもいい」 「……」 「いいんだ。もう、いってくれなくてもいい。いいんだ。『アイシテル』なんて要らない。お前が、傍にいてくれたらそれだけでいい」 存在を確かめるように、何度も彼の金の髪を梳いて。 何度も、その肌に口付ける。 軽い口付けは、その肌の上に痕を残すこともない。 戒めた腕に口付けて。 戒めを受ける手首をそろりと舐め上げる。 そしてまた、彼の躯に腕を絡ませて。 泣きそうな声で、囁いた。 「だからもう、どこにも行くな……!!」 「……イザーク」 「俺が目を離したら、お前は俺の知らないところで死ぬんだ。俺をおいて逝くんだ。だから、俺がずっと傍にいなきゃ。俺がずっと、見ていなきゃ。だから……だから……」 囁く少女に、漸く思った。 ああ。彼女を壊したのは、俺なのだ、と。 生死の境を彷徨って。 その間、行方知れず。 意地っ張りだけど本当は淋しがりの彼女がどれだけ心配したか……絶望したかは、想像に難くない。 それでも、哀しみに浸る余裕などなかった。 絶望に打ちひしがれる余裕など、なかった。 そうやって無理を重ね続けた彼女の心が……砕けてしまったのだ。 彼に再会したことで。 多大なる負荷に耐え切れずに。 「アイシテルから、ミゲル……傍に、いてくれ」 答えすら求めずに、少女は瞳を閉じる。 空虚なアイスブルーの瞳に、あの頃の輝きはもはやない。 闇へ堕ちてしまった、少女の精神(ココロ)。 その暁は。 その黎明の光は、どこまでも遠くて。 壊れていく少女を支えることも、出来なかった。 傍にいてくれと、願い続けた。 それだけが、彼女の願いだったのに。 ――懺悔します。 俺が……俺こそが、彼女を壊したんです……。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――― 『例え受けでも歪んだイザーク』 今回のコンセプトは、これだったりします。 別名、種ディス的ミゲイザ。 が!種ディス要素はまるでなし! 唯一ディアッカが『隊長』と言ったことで要素が若干ありのお話しになりましたけど。 いかがだったでしょうか。 ハイネ登場したのに、まだこんな感じですかい。 そんな突っ込みも聞こえてきそうですが。 いや、一番の突っ込みは、『こんな女の子、いるか!?』でしょうかねぇ。 私は書いてて非常に楽しかったですけど; それでは、ここまでお読み頂き有難うございました。 |