バレンタインというものは、恋人たちの日だと、誰かが言った。

けれど俺にとっては、やっぱり母上が亡くなった日で。

そして数多の同胞を失った日であり、父を喪う予兆とも言うべきで。

あまり、それにいい感情は持たなかった。

母上が死んで。

父上も死んで。

あまりにも多くのものを失って。





俺にとってバレンタインは、そんな日だった――……。



に誓う、永遠




戦争を起こすよりも、それを終え、戦後復興のほうがはるかに難しい。

最近の俺は、それをつくづく痛感していた。

溜息しか出なくて。

半ばウンザリしながら家に帰り、鍵穴にキーを差し込んだ。

……おかしい。鍵が開いているのだ。

(空き巣か……?)

元軍人の家に忍び込むとは、随分と度胸のある空き巣もいたものだ、と心の中で思った。

銃があることを確認し、それを構える。

ゆっくりと壁伝いに進んでいくと、リビングの辺りの明かりが灯っていることが分かった。

「そこにいるのは誰だっ!?」

<ハロ、元気!お前、元気か〜?>

「え……?」

思わず俺は、絶句した。

そこにいるというか、いたというか、あったというかは、俺が元婚約者に贈った、ペットロボットだったからだ。

「まぁ、お帰りなさい、アスラン。丁度今、お茶の仕度をしていたところですのよ」

「あ、そうですか。それは有難う……って違う。何でこんな時間に、貴方がここにいるんですか?」

「アスランは今日が何の日か、ご存知ないのですか?」

……知っているに決まっている。今日は『血のバレンタイン』が起こった日だ。

「今日は、バレンタインですもの。アスランにチョコ、持って来ましたのよ」

「俺に……ですか?」

キラにではなく?

それともキラに、言伝か何かだろうか。

「はい、アスラン。アスランは甘いものが少し苦手だと聞きましたので、甘さ控えめにしましたのよ」

「……有難うございます」

「いいえ。喜んでくださったなら、嬉しいですわ。初めて作りましたから、少し不安なのですけれど……」

「作った……?ラクスが?」

「はい。ミリアリアさんに、教えていただきましたの」

……手作りチョコって、義理でも贈るものだったか……?

いくら俺でも、手作りチョコが持つ意味合いくらいは、分かる。

ラクスが、俺に……?

「あの、それは本当に、俺が頂いていいものなんですか?」

「はい。アスランのために作りましたの」

にっこりと、ラクスは花が綻ぶように微笑った。

その笑顔に、胸が温かいもので満たされていく。

誰もが愛する、プラントの歌姫。

儚げな外見の中に、しっかりと芯の強さを持ち合わせていて。

皆をこの平和にまで導いた、至上の存在。

「俺にチョコレートを渡すためだけに、こんな時間にここに来たんですか?」

「はい。アスランはいつも、お忙しそうですもの。ですが、このようなものは当日に渡したほうが良いものでしょう?」

「有難うございます、ラクス。ですが、このようなことはもう、やめてください」

「ご迷惑……でしたか?」

「とんでもない!!」

ラクスは不安そうに、尋ねてきた。

どうやら相変わらず、俺は言葉が足りないらしい。

これでは、ラクスを傷つけるだけなのに。

「嬉しいです、本当に。ですが、ラクスにもしものことがあったら……」

誰にも愛される歌姫。

平和を手繰り寄せた、至高の存在。

だからこそ、ラクスを怨む者もいる。

俺のせいでラクスに何かあったなら、それこそ俺は、悔やんでも悔やみきれない。

「あら。そのためにアスランは、レーザービームを出すハロを作ってくださったのでしょう?」

「……俺はそんなものを作った覚えはありません」

そんな危ないもの、誰がラクスに贈るだろうか。

まぁ、そうでしたか?なんて、ラクスは言う。

大方、誰かが改造したのだろうが……誰だ、そんな物騒なものをラクスに持たせたのは?

ついでに、人の婚約の贈り物に妙な改造してんじゃねぇ、よ。

思わずそう、心の中で毒づいたとしても、誰も俺を責めたりはしないだろう。

「アスラン、これ、受け取っていただけますか?」

「……有難うございます」

差し出された可愛らしくラッピングされた箱を、俺は受け取った。

ラクスが、俺のために作ってくれたもの。

そう考えるだけで、なんだか温かいもので胸がいっぱいになる。

誰もが焦がれる、プラントの歌姫。

それは、至上の存在。まるで、空にかかる月のような……。

「嬉しいです。ですが、こんなことはもう、やめてください」

「やはり……ご迷惑でしたのね……?」

「違います」

おずおずと尋ねるラクスに、俺は慌てて。けれどキッパリと答える。

迷惑だなんて、とんでもない。嬉しいに、決まっている。

「本当に、嬉しいです。ですが、もしもラクスに何かあったら、俺は悔やんでも悔やみきれません。俺のせいでラクスにもしものことがあったなら……」

「ですがアスランは、私を守ってくださるのでしょう?」

「ラクス……」

それはもう、キラの役目だ。

俺の役目では、もうない。けれどそんなことを言われて、未練が、俺の中で鎌首をもたげて。

嫌いで、婚約を破棄したわけではない。

勝手に婚約させられて、勝手に破棄させられた。

多分に、政治的なものを含んで。

「私、アスランが好きです。ですから、アスランにチョコレートを差し上げたいと思いました」

「ラクス……しかし……」

「私の、これは気持ちです」

「ラクス……貴女はこんな時間に男の部屋に訪れて、そしてそんなことを言って……俺が何か不埒なまねでもしたら、どうするつもりです?」

「アスラン。私、そこまで子供ではありませんわ。こんな時間に男の方を訪れることがどんなことを意味するか、それは分かっています」

ラクスの答えに、俺は目眩すら感じた。

ラクス……俺の忍耐力を試しているんですか?

「アスラン……」

ラクスが囁いて、俺の胸にそっと頭を預けた。

「好きです、アスラン」

「……俺もです。俺もラクスを……」

あとはもう、言葉は要らなかった。

ただ、ラクスを抱きしめて……。









戦争で、俺たちはたくさんのものを失った。

ラクスの父親だって、俺の父上が殺したようなもので……。

俺と彼女の間にあるものは、決して言葉では言い尽くせないものだ。

けれどそれでも、一緒に生きていきたいと思った。

そしてこの気持ちだけは、永遠であると信じたい。

ただ、貴女と一緒に生きていきたいと思った。

戦争のない、平和な世の中を……。

一緒に、生きていこう。

俺たちの間にある溝は、決して浅いものではないけれど。

それでも、一緒に生きていこう。

今度こそ貴女は、俺が守ってみせるから。

だからどうか。

平和な世の中を、一緒に……。




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本当は、バレンタインにアップしようと思っていたブツです。

かなり時期外れですが。

アスラク、大好きです。

生まれて初めて書いたアスラク小説でしたが、結構楽しかったかな。

アスラン一人称が楽しかったです。

次は是非とも、ホワイトデーバージョンを。

書きたいなぁ、と思います。



ここまで読んでいただき、有難うございました。